(はしがき)
国際刑事裁判所の戦略計画(2006年版)
(はしがき)
国際刑事裁判所の戦略計画(2006年版)
1 以下に訳出したのは、国際刑事裁判所(International Criminal Court; ICC)の戦略計画〔ICC-ASP/5/6, 2006〕(以下、戦略計画)の本文部分である。原文はICCのウェブサイトから入手でき、本訳もこれを典拠としている。戦略計画は2006年11月23日から同年12月1日まで開催されたICCの第5回締約国会議(Assembly of States Parties; ASP)に提出されたものであり、設立条約のローマ規程を基にしつつ、ICCの任務、目的および目標等をより明確化したものとなっている。特に、ICCの目標については3年(20項目)あるいは10年(10項目)単位で目標が設定されていることから、ICCの活動の達成状況を外部から評価するのに際しても指漂の1つとして用いることができるであろう。
2 戦略計画は、ICCへの締約国による分担金の割り当て等を任務とするASPの予算財政委員会(Committee on Budget and Finance; CBF)の要請にしたがって、ICCの予算を有効利用する観点から策定されたものであるが、ASPの事務局によって作成された戦略計画立案に関するレポートによれば、その作成経緯は以下の通りである。
戦略計画は、第4回ASPにおいて2005年12月5日に採択された決議に基づき、ICC 自らが作成した草案にASPによってハーグに設置された作業部会がフィードバックを与えて完成された。2006年4月にICCから戦略計画の草案が提出されたことをうけて、作業部会は2006年の5月31日、6月19日、7月12日、9月12日の4回にわたり会合を開き、戦略計画の内容を検討したが、その際に裁判所の主要3機関(裁判所長会議、検察局、書記局)の代表に加え、NGO(Coalition for the International Criminal Court; CICC、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティ・インターナショナル)の代表らによっても意見が述べられた。また、これらの会合には約30名の国家代表も参加していたという。検討の結果は2006年10月にCBFへと報告され、その後、完成された戦略計画が同年11月に開催された第5回ASPに提出されたのである。
以上のように、戦略計画はASPにおいて直接交渉されたものではないが、作業部会では、その実施のために締約国の援助が不可欠であることが認識されており、今後の改訂にあたっては締約国から意見が出されるべきであるとされている。
3 戦略計画はICCの目的と任務の説明に関連して研究者の諸論考においても引用されているものであるが、ICCの活動に関係する主要NGOによっても、その内容について意見が出されている。参考までに、アムネスティ・インターナショナルとヒューマン・ライツ・ウォッチのものについて以下で紹介しておきたい。
まず、アムネスティ・インターナショナルは、2006年11月2日に公表した文書の中で、戦略計画を裁判所の活動のために重要なガイドとなると述べる一方で、主要な懸念事項として2003年にICCの検察局により提示された主要方針の1つである「積極的な補完性」(ICCが非締約国も含め、国家に対して対象犯罪の捜査および訴追のための主要な責任を果たすよう促すこと)について触れていないこと、戦争被害者のための任務実施や裁判にあたっての防御権の重要性を明確にしていないこと等を挙げている。
次に、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、2007年の第6回ASPに対するメモランダムにおいて戦略計画についてのコメントを公表している。このメモランダムでは戦略計画を ICCの活動の理念とその実施目標、さらにその目的達成のための計画を明確にする重要な 方法であると評価する一方で、提出より1年を経て、上記アムネスティ・インターナショナルが指摘したようなICCの戦争被害者に対する取り組みには進展が見られるものの、戦略計画の発展を任務とする戦略コーディネーターのポストが定まっていないなど、戦略計画の進展が停滞することに懸念を表明し、締約国によって戦略計画についての定期的なヒアリングが開催されるべきと主張している。
なお、ICCと戦争被害者および「積極的な補完性」との関係については、戦略計画では具体的な記述はなされていないが、ICCはアウトリーチ(外部への働きかけ)の戦略計画を個別に作成し、その中で詳細に上記事項を取り扱い、特に戦争被害者に対してICCの役割を積極的に伝達していくとしている。
4 戦略計画の主要な意義は、上記で述べたようにICCの任務、目的および目標等をより明確にしたものであり、ICCという国際機関(ないしは、その方向性)を理解するために、それ自体、参照の価値があるといえる。他方において、戦略計画の作成過程にNGOが参加している点も注目に値すると考えられ、国際機関の戦略計画というソフトな規範について、その作成にNGOが関与した文書の1つとしての資料的価値も見出せるのではないかと思われる。