(はしがき)
許されない核兵器による威嚇:核の威嚇・恫喝・脅しの国際法上の評価
(はしがき)
許されない核兵器による威嚇:核の威嚇・恫喝・脅しの国際法上の評価
著者のジョン・バロース(John Burroughs、「ジョン・バローズ」、「ジョン・バロウズ」、「ジョン・ボローズ」とも表記される)は、法学者と弁護士を中心として構成される米国の代表的な反核NGOである核政策法律家委員会(LCNP)の上席研究員(Senior Analyst)。ハーバード大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(JD、Ph.D)を取得。ラトガース大学法科大学院の特任教授として国際法の教授歴もある。アクティビストとしては、1996年の国際司法裁判所(ICJ)「核兵器の威嚇又は使用の合法性に関する勧告的意見」(核兵器勧告的意見)の際に、NGOを初めとした市民社会を含む公聴会に参加した国際反核法律家協会(IALANA)とLCNPの法律コーディネーターを務めたことを皮切りに、1999年から2020年までのおよそ20年間にわたり、核兵器不拡散条約(NPT)再検討サイクルや核兵器禁止条約(TPNW)の条約交渉などにおいて、LCNPの事務局長として精力的な活動に従事してきたほか、特筆すべき個人の活動として、2016年のICJ「核軍備競争の停止と核軍備の縮小に関する交渉義務事件」(いわゆる「核ゼロ裁判」)では、マーシャル諸島共和国の弁護団の一員としても活躍した。また、本稿が掲載された米国のシンクタンク・軍備管理協会(ACA)発行の『アームズ・コントロール・トゥデイ』誌を初め、軍縮・軍備管理分野の専門誌に多数の論稿を寄稿している。現在でも参照される主要著書として、The Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons: A Guide to the Historic Opinion of the International Court of Justice (Lit Verlag, 1997)(同書の日本語訳として、山田寿則・伊藤勧共訳(浦田賢治監訳)『核兵器使用の違法性:国際司法裁判所の勧告的意見』(早稲田大学比較法研究所、2001年))がある。
本稿は、2023年11月8日に米国のニューヨーク州弁護士会(NYSBA)国際部が主催したシンポジウム「核兵器と国際法:ロシアのウクライナ侵略に照らして生じる喫緊の課題」(Nuclear Weapons and International Law: The Renewed Imperative in Light of the Russian Invasion of Ukraine. NYSBAのウェブサイトで詳細が確認できる)での著者の報告に基づいている。ロシアによるウクライナ侵攻を契機として、近年特に耳目を集める核兵器による威嚇(恫喝、脅しとも表現される)について、国際法の側面からの法的評価を試みるものであり、核兵器による威嚇をめぐる国連憲章や国際人道法の観点からの基本的な論点に加え、従来の法的アプローチを補完・強化する近年の傾向として特に注目される国際人権法の観点からの核兵器の威嚇又は使用の違法性の展開に至るまで、簡にして要を得た論評からは多くの示唆を得ることができるだろう。とりわけ、具体的な核兵器による威嚇と一般的な核抑止政策の慣行とを結びつけて評価できるのか、あるいはできないのかは、これを是とする核兵器廃絶を目指す市民社会にとって、あらゆる手段を駆使してその克服が試みられなければならない最重要課題である一方で、より精緻な学術的な議論に当たっても、いわゆる核抑止派・核軍縮派の如何にかかわりなく、繰り返し問われ続けなくてはならない主要論点であるべきなのであって、実務と調査・研究の両者に携わる著者の視座は、この点に自覚的であるように思われる。これら本稿の内容を踏まえ、本稿の副題である「核の威嚇・恫喝・脅しの国際法上の評価」は訳者が付け加えたものである。
核兵器による威嚇をめぐる諸問題については、核の復権とも評される核兵器を取り巻く状況が一段と厳しさを増すなか、2026年のNPT再検討会議に至る一連の再検討サイクルにおいても、引き続き激しい議論の対象となることが予想される。この点について、LCNPが2022年のNPT再検討会議の際に公表した提言書として、「核不拡散レジームに対峙する核威嚇と核共有」(日本反核法律家協会(JALANA)のウェブサイトで利用可能)もある。本稿と併せて参照されるならば、2026年のNPT再検討会議で交わされる法的な議論・論点をあらかじめ理解し、これに備える足掛かりとしても参考となる点があろう。
ウェブサイトのURLについては、2024年7月8日の時点で接続を確認した。また、訳出に当たって、一部の注の表記を訳者が調整した。〔 〕は訳者が補ったものであり、訳注を兼ねている。