(要旨)

国際刑事裁判所の賛否について:アメリカを軸として

 国際刑事裁判所(International Criminal Court:ICC)が活動していくに当たって問題となる点として、米国(アメリカ)によるICC規程への反対が指摘されている。もとより、なぜICCの活動に際してアメリカの動向が注目されるのかといえば、統一的な法執行機関を持たない国際社会の構造のなかで、深刻な人権侵害を中止させるためには、大国であるアメリカの協力が不可欠である点に由来する。ところが、アメリカによるICCへの反対については依然として解決の目処も立っていない。深刻な人権侵害への対策を模索しICCの今後の動向を観察するうえでも、まずは、アメリカによるICC反対の根拠を理解する必要がある。以上の問題意識に基づいて、本論文では、これまで展開されてきたアメリカによる規程反対とICCをめぐる議論に見られる「ProとContra(賛否)」の枠組みを紹介したうえで、若干の分析を試みるものである。

 本論文の結論は以下のとおりである。

 Proの主張は、アメリカによるICC反対の根拠を反駁し、ICC規程の人権保障条項を中心とした保障措置の条項を重ねて提示することにより、ICCがアメリカの国益を損ねるどころか、人権保護の観点からアメリカ国民の利益を法的に最も効果的に保護することができる点を説得的に論証している。ICCを有益な機関に成長させるためには締約国による努力が不可欠であるが、法的な面においても、実際的な面においても、アメリカがICCに反対することがアメリカ自身に不利益をもたらすことは間違いないと考えてよいと思われる。

 それでは、なぜ、アメリカはICC規程に拒絶ともいえる反対を示すのか。この問いに答えるためには、Contraの立場に見られる、ICCの法的枠組みというよりも、政治的なパラダイムを指針とするロジックの方が説得力を有している。1990年代中盤まで、アメリカは、国際刑事裁判所の設立を強く支持してきた。アメリカの活動がICC設立のための外交会議開催に重要な役割を果たしたのは事実である。ところが、実際に採択されたICC規程は、アメリカの支援が意図しないものであった。すなわち、国連国際法委員会が作成した規程草案からの大幅な変更を受けて、多数決で採択されたICC規程は、アメリカの視点から見るならば簡単には容認できるものではない。

 外交会議においては、人権侵害者に対して制裁を行うことが可能な国家として、アメリカに機能的な免除を与える選択肢をとることも可能であった。しかしながら、ICC規程の推進派諸国(と同時に現時点での構成国)は、その免除を与えることを拒否したのである。それは正義と理念の勝利でもあるが、それゆえに、ICC規程に賛成し支持する国家の責任は重く、その重大な責任を担っていく努力と覚悟がICC規程の締約国には求められているのである。


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