(はしがき)
核:原子力の脅威と気候変動:我々には将来世代を守る義務がある
(はしがき)
核:原子力の脅威と気候変動:我々には将来世代を守る義務がある
本稿は「ザ・ヒル」の掲載記事を訳出したものである。「ザ・ヒル」は米国ワシントンD.C.で発刊されている著名な政治・議会専門紙であるが、主な読者層は議会・政府関係者とされ、当然その中には政策決定者が含まれる。本稿の主張は、「核兵器の生産、実験、使用」、「放射性廃棄物を生み出す核・原子力エネルギーの利用」、「気候の不安定化」、これらが複合的にもたらす脅威につき、その影響の共通項である将来世代の権利の侵害ないし将来に対する犯罪という用語をキータームとして、現状の問題点を指摘し、これに対する法的措置ないし是正を求めるものであって、人類の生き残りに必須の論点を含んだ論稿といえよう。訳出にあたっては、訳注と併せて参照することで、より法的な観点から内容を理解できるように工夫した。
本稿の背景には、2017年にバーゼルにおいて開催されたNGO主催の国際会議「核時代における人権、将来世代及び犯罪」を初めとした一連の国際会議の成果がある。たとえば、バーゼル会議で採択された「人権並びに核兵器及び核・原子力エネルギーに由来する世代間犯罪に関するバーゼル宣言」においては、「核・原子力エネルギーと核兵器に関する事実を強調し、人権及び将来世代の権利と調和した、人類と我々の地球のために、安全で持続可能かつ平和な未来を促進することが我々の道義的義務」であるとして、会議参加者は、同宣言が示した提案(将来世代の権利及び核・原子力エネルギーの段階的除去に関する法的要請、ICRP勧告の見直し、電離放射線による健康被害に対する医療基準の確立、核兵器使用及びエコサイド(大規模環境破壊)のICC対象犯罪への追加、核兵器及び核・原子力エネルギーと人権及び将来世代の権利侵害との関係についての注意喚起、WHOとIAEAとの1959年協定の破棄等)を各国の政策決定者に伝達する準備があるとされている。本稿もその一環として発信されたものと理解できよう。
本稿に関連する重要文献として、東日本大震災(福島の原発事故)直後に発せられたC・G・ウィーラマントリー(ICJ元副所長、IALANA元共同会長)の公開書簡にも触れておく必要があるだろう。同公開書簡において、ウィーラマントリーは、新たな原子炉の建設停止、代替エネルギーシステムの探求、既存システムの段階的廃止、直面する危険性についての警告、原子炉の利点についての一方的な情報流出の是正等を訴え、これらの不作為が将来世代に対する犯罪であると断罪しているからである。このようなウィーラマントリーの見解と本稿との親和性は非常に高く、本稿の理解にも資すると思われる。公開書簡の日本語訳と訳者による解説はJALANAのウェブサイトで容易に入手できるので、本稿と併せて再読していただければと願っている。
なお、著者の一人であるアラン・ウェアーによると、本稿の投稿時のタイトルは「我々の子どもたちのために、我々には核時代を終わらせる義務がある(We owe it to our children to end the nuclear age)」であったそうである。このタイトルには、現在世代たる我々が世代間にわたり脅威をもたらす問題に対して将来世代の権利を設定し、法規範として擬制する意義について、その理由の一つが的確に示されていると思う。