アドラー(Alfred Adler)は、1870年2月7日、オーストリアのウィーン郊外のルドルフスハイムで生まれました。1935年にアメリカへ移住し、1937年5月28日に講演のために訪れていたスコットランドのアバディーンで亡くなりました。眼科医、内科医を経て、神経学や精神医学、そして心理学の研究、実践に取り組みました。
同時代に活躍した精神科医であるフロイト(Sigmund freud、1856年5月6日~1939年9月23日)とは、当初はフロイトの精神分析学会に所属するなど交友がありましたが、意見の食い違いから袂を分かちました。そして、「個人心理学」という心理学の一分野を築き上げました。(フロイトの精神分析学も、個人心理学も、心理学に基づいて心理的トラブルの治療を行う、臨床心理学の一分野です)
個人心理学は、英語ではIndividual Psychologyと表記しますが、文字通り、個人を独立した一つの統一体として捉えます。フロイトは、心的過程を意識・前意識・無意識に、あるいは心の構造をエゴ(自我)・スーパーエゴ(超自我)・イド(性的欲動)に分け、それらのメカニズムを検討しましたが、その様な考え方とは対照的です。
フロイトは、神経症は、無意識へと抑圧された過去の外傷体験(精神・性的発達段階で生じた問題を含む)や、自我・超自我・イド間の葛藤から生じると考えました。神経症は原因があって生じるという考え方は、決定論的な考え方です。
一方、アドラーは、環境や、環境に対する本人の反応によって神経症的性格が形成され、更に副次的要因がきっかけとなって神経症が生じると考えました。また、本人にとっての「ある目標」を達成する手段として神経症が生じ、維持されていることを強調しました(例:自分を傷つけそうな体験を避けるために無意識的に不安神経症を発症する)。この観点は、目的因論的であると評されます。この点でも、フロイトとアドラーの考え方は異なっています。
さて、ここからは、アドラー心理学の主要な用語・概念を簡単に紹介します。詳しくは、各用語・概念の解説をご覧ください。
<ここで触れる用語・概念>
①共同体感覚
②劣等感、劣等コンプレックス、優越コンプレックス、補償
③優越性の追求、優越性の目標
④ライフスタイル
■共同体感覚
アドラーは、人には生まれつき、他者に関心を持ち、協力しあおうとする傾向があると言います。人類は、他の生物と比べて弱い生き物であり、そうしなければ存続できないのです。このような、まわりの人と結びついていると感じる感覚を「共同体感覚」と言います。
充分な共同体感覚を持っていれば、仲間がいて、自分の居場所があるという安心感や、「自分は他人の役に立っている」という自信が生まれます。一方、共同体感覚が少ないと、居場所が無いと感じられ、自信も持てず、不安感が強まります。この様な状態は、神経症が生じる条件の一つになります。
■劣等感、劣等コンプレックス、優越コンプレックス、補償
アドラーは、人は誰しも、多かれ少なかれ、何らかの劣等感(無能感、支配されている感覚、劣位にある感覚など)を抱いていると言います。これは、人が、幼少期より、困難な出来事に遭遇し続けるためです(例:年上の兄弟に出来る事が自分にはできない、他の人にできる事が自分にはできない)。劣等感が非常に強くなっている状態を「劣等コンプレックス」、また、劣等感が表面に現れないように自身が優れているように見せかけている状態を「優越コンプレックス」と言います。
劣等感を適切に「補償」(克服したり他のことで補うなど)できるといいのですが、それができずに、劣等コンプレックスや優越コンプレックスを抱え続けていると、神経症が生じやすくなります。
■優越性の追求、優越性の目標
人は、劣等感を抱いている反面、優越性を追求しようとする力も備わっていると、アドラーは考えました。これを「優越性の追求」と言います。優越性と言っても、他者を打ち負かして優越感に浸ることではありません。目標に向かって努力し、完全性を追求し、それに伴って自尊心が高まっていく様子を指します。優越性の追求における目標を「優越性の目標」と呼びます。
劣等感は、優越性の追求の原動力になる場合もあります。
■ライフスタイル
人にはそれぞれ、生きていく上での考え方や行動の癖があります。これを「ライフスタイル」と呼びます。ライフスタイルは、人生をどのようなものと捉えるのか、どのような目標を持つのか、課題にどのようにアプローチするのか、どのような感情的性質を持っているのか、などで表すことができます。
例えば、人生に悲観的で回避的なライフスタイルの人(劣等コンプレックスが強く、共同体感覚が少ない人)が、自分にとって困難な状況(厳しい職場環境、見知らぬ人が多く居る場所など)を避けたいと感じ、それを目標に据えた場合(必ずしも自覚は無い)、その目標を実現するために無意識的に神経症(対人恐怖症など)を生じる可能性がある、と考えることができるのです(前述の目的因論)。
■まとめ
アドラー派の心理療法は、上記を踏まえ、心理的トラブル(不安症など)に悩む人のライフスタイルや目標を探ることから始めます。その上で、①劣等感の克服、②共同体感覚の育成、③ライフスタイルや目標の再方向付け、などを援助していきます。