4/10 LONDON 4日目

4/10(SUN)今日は午前中に列車で移動し、史上最強のカップリングシングル”PENNY LANE / STRAWBERRYFIELDS FOREVER”の

プロモ撮影現場ノール・パークを訪れた後、ロンドンに戻ってSW地区のBEATLESスポットを廻る予定です。

7時過ぎに起きて5泊目をキャンセルしてからVictoria駅で朝食を取ってSevenoaksへ向かいます。

Victoria駅を出てすぐにテムズ河を渡りますがこの時、列車はバターシー発電所の横を通って行きます。

列車の車窓から見えるバターシー発電所

この列車はほぼ各駅停車で通勤の足として使われているようです。

Sevenoaksまでは50kmほど、1時間で到着する間、15ぐらいの駅に止まったように思いました。

Sevenoaks駅のホーム

終点Sevenoaks駅のホームに入った列車

Sevenoaks駅からノール・パークまでは3kmほどで昇りになっています。

富裕層が住んでいるのかフェラーリのディーラー

ゆるそうな坂ですがポンコツの足にはきつい

ノール・パーク(”PENNY LANE / STRAWBERRYFIELDS FOREVER”のプロモ撮影現場)

ノール・パークへの近道があって、近道の前まで行くと門が閉まっていて今日のミサは10時という看板が掛けてあった。

どうやら教会の門らしい、10時まで待つわけにもいかないので付近でこの道に抜ける所がないか探してみた。

抜けられると思って入ったら学校の敷地内でぐるぐる廻ったが見つからず関係者に注意されてしまった。

遠回りになるが普通の道を行こうと思い少し走ったが、もう一度門が開いているか見に行ったら地元の人らしいおばさんが

門の横の小さい扉を開けて中に入ろうとしていたので、観光客も入っていいんですかと聞くといいですよ

大きな門に気を取られて、この扉に気がつかなかっただけで最初から入れたんだ。

この道を進んでいくと小高くなったノール・パークがすぐ見えてくる。

坂道を昇って開けた所に出ると城のような建物があった。

城のような建物

城のような建物のどこかにプロもの撮影現場があると思って廻りを1週したが見つからない。

建物の周りをジョギングしている人が大勢いたので、一人に聞こうとしたが手を横に振って止まってくれない。

良く見ると胸にゼッケンが貼ってあって、どうやらクロスカントリーのレース中のようだ。

角に立っていた主催者の人にプロモの門を見せて、この場所知りませんかと聞いたが

今朝来たばかりでよく分からないとの事だった。

建物の南側は仕切りがなくてすぐゴルフ場になっていて、ゴルフ場の茶店かなと思っていた建物を

念のため見にいったら

ゴルフ場の茶店と思った建物

見つけました!石積みの壁!PENNY LANEプロモの1’29”でこの角を曲ります

仕切りがなく、すぐ横がゴルフ場

"PENNY LANE”のプロモ59秒あたりに馬で潜ってくる門です http://www.youtube.com/watch?v=_hIV7jwLXt8

この門に着いた時、中から自転車に乗った小学生低学年くらいの男の子が出てきて

木の柵を開けようとしていて手が届かなかったので手伝って出してあげた。

写真を撮っていると中からお母さんが出てきて何やらしゃべっている。

多分、子供の事を聞いていると思って、あっちに行ったよと言っても、ヒステリックにわめきたてる。

PermissionだとかFamilyだとかPrivateとか叫んでいるので怒っているらしい。

あまりの剣幕に圧倒されてしまって「ごめん」と言って立ち去った。

大阪のおばちゃんならこんな事はあらへんと思いながら。

池の写真を撮っていてもう少し近くにいこうと思って

ふと右側を見るとゴルファーが待ってくれているので

あまり近くにはいけなかった。

同2'16"あたりで燭台を置いた白テーブルの周りでお茶を飲むシーンの後ろの池です

"STRAWBERRYFIELDS FOREVER”の樫の木はもうないらしいのですが

後ろの林からこの辺にあったと思います http://www.youtube.com/watch?v=jJdQTbChn70

名残惜しいのですがノール・パークを後にしてSevenoaks駅に戻りロンドンへ帰ります。

Sevenoaks駅

Victoria行きの列車

Sevenoaks駅で列車待ちをしていて、おばさんの後ろを通ったら思いっきり"屁"をかまされました。

Victoria駅には11時ごろ着きハイド・パークに向かいました。

ハイド・パーク("FOR SAIL"の撮影現場)

3rdアルバム"BEATLES FOR SAIL”のジャケットが地下鉄ナイツ・ブリッジ駅の近くで撮影されています。

この辺りでしょうか

ワイヤーの兄貴分みたいな犬がノーリードで散歩していました

サーペンタイン池です

日曜日なので結構な人出でした後ろの橋は映画マジッククリスチャンでリンゴが撮影した橋です

桜の木下でランチ

橋を渡りサーペンタイン池の北側に廻って

ハイド・パーク(ベンチの撮影現場)

ベンチで撮った4人の写真はこのベンチ?

公園内を通りBayswater Roadに出てHyde Park Streetを北に入ると

ジョージ・マーティンの家:5 Somers Crescent W2 London

BEATLESのプロデューサーSirジョージ・マーティンの家がここにあった。

ジョージ・マーティンは戦時中、英国海軍の航空仕官だったこともありフェアリー ソードフィッシュに乗っていた。

戦争が終わって除隊しギルドホール音楽院でクラシックを学びEMIに24歳で入社

ギルドホール音楽院ではオーボエを専攻したが、その時ジェーン・アッシャーのお母さんに学んでいる。

BEATLESの楽曲の編曲、特にストリングスのスコアはほとんどジョージが書いていて

時々ピアノや他の楽器でレコーディングにも参加している。

5人目のBEATLESと呼ばれているようにマーティン抜きでBEATLESは語れない。

BEATLESと出会ったのはマーティン36歳の時で20前後の彼らにとってはボスであり兄貴分のような存在だった。

5番地のマーティンの家

SOMERS CRESCENT全景、Crescentの名の通り三日月形の道路に面している

再び公園を通ってKengington Roadに出て西へEarl's Cort Roadを南へ

Kengington Roadに出ると

ROYAL ALBERT HALLがある

1963/9/15ストーンズと競演している

フレディー・マーキュリーの家:RoganPlace W14 London

QUEENのボーカリスト、フレディー・マーキュリーの生前に住んでいた家がある。

1991/11/24フレディーはHIVの感染からAIDSで亡くなっている。

QUEENは親日家として知られていて、彼らの5thアルバムA Day at the Racesには一部日本語の歌詞で歌われる

”TEO TORIATTE(Let Us Cling Together)”手を取り合ってという曲が収められている。

「手を取り合ってこのまま行こう愛する人よ 静かな宵に明かりを灯し愛しき教えを抱き」と歌われる。

夜にではなく宵に、誰が最近、日本でもあまり使わない"宵”という単語を教えたのだろうか。

彼らのサウンドは緻密で独特のギターサウンドと多重録音の分厚いコーラスに特徴がありBEATLESからもかなり影響を受けていることが窺える。

フレディーの家、親日家の彼の庭は日本庭園らしい

プライベート・スタジオへの入口

ここで写真を撮っていたら近所の人だと思っていた女性が近付いてきてドアの前で写真を撮ってほしいと頼まれた

ここに来るのが長年の夢で今日やっとここに来ることが出来たと言って私が去って行く時もまだドアの前で立ち尽くしていた。

その女性に撮ってもらった写真

フレディファンの女性を残して東へ少し戻りジョンのフラットへ

ジョンのフラット:13 Emperor's Gate SW7 London

ジョンがシンシア、ジュリアンと住んでいたフラットがあった場所です。

次は、さらに東へナイツブリッジの少し手前まで

パティー・ボイドの住んでいた家:15 Ovington Mews SW3 London

ジョージの最初の奥さんでジョージの親友エリック・クラプトンの奥さんでもあったパティ・ボイドの住んでいた家です。

クラプトンの”LAYLA"や”Bell Bottom Blues"、”Wonderful Tonight"はパティを歌った曲だと言われています。

勿論ジョージのラブソングはほとんどですが。

1966/2/21のジョージとパティの結婚式にはポールが付添人で参加しています。

パティがロン・ウッドと浮気したのが原因で1974年に離婚、クラプトンとは1979年に結婚している。

MEWSと名のつく所は大抵こんな所を入って行って袋小路になっています

パティの住んでいた家

さらに東へナイツブリッジを少し過ぎると

リンゴとジョージのフラット:William Mews SW1 London

Green Streetの共同生活の後、リンゴとジョージはこのフラットに移っています。

ここもMewsなのでこんな所を入って行きます

向こうは袋小路

別の階を借りていました

次は、すぐ近くのマネジャーのブライアン・エプスタインのフラットへ

エプスタインのフラット:25 Chapel Street SW1 London

ジョージがブライアンの近くで探したのかブライアンがジョージの近くにしたのか

きっとブライアンはジョージがまだ子供で心配だったんでしょうね。

すぐ近くなのにぐるっと廻らなければならないので、ちょっと道に迷ってしまいました。

ジョン、ジョージ、リンゴに比べたらブライアンはちょっといい所に住んでいたんですね。

次は、ここからもリンゴとジョージのフラットからも同じくらいの距離にある

ライアル・ミューズ:36 Lyall Mews SW1 London

山高帽の写真を撮った現場です。

ミューズに入って36番地の前で写真を撮ろうとすると、すぐに住人が出てきて

家族がいるので撮らないで欲しいと言われてしまい、ねばってみたのですがダメでした。

日本から来たBEATLESファンですお願いしますと拝み倒したのですが。

ノール・パークの時みたいにガミガミと言うのではなく、物腰は柔らかいのですが

でも、去っていこうとするとSorryと言ってくれました。

こんな門を入って行きます

入るとやっぱり袋小路です

この扉の前で山高帽の写真を撮っています

この写真を撮った後、住人が出てきました

次は、スローン・スクエアへ

ロイアルコートホテル:8-10 Sloane Square SW1 London

1963年初めに滞在していたホテルで、ロンドンの最初の拠点です。

この後、プレジデント・ホテルに移っていますが。

1963/2/10にホテルのロビーとスローン・スクエア付近で写真を撮っています。

旧ロイアルコート・ホテル、左のキャンパス屋根の下辺りで椅子に座ったショット

現ロイアルコート・ホテルの側

工事テントの後にKing's Armsというパブがあってパブに入ろうとするリンゴの腕をジョンが引っ張って止めようとしているショット

今は無いが入口前にあったポストに3人がリンゴを抱えて投函しようとしているショット

横の入口前あたりに、たまたま止めてあったフォード・ポピュラーを押しているショット

電話BOXでジョージが電話を掛ける振りをしているショット

左側にロイアルコート・シアターがあって入口の階段の手摺に跨っているショット

電話BOX

スローン・スクエア

ここから西のチェルシー方面へ向かいます。

⑫チェルシー・マナー・スタジオ:1-11 Flood Street SW3 London

1967/3/30"Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"のジャケットがここで撮影されています。

大阪万博の英国館では、何も無い広い空間でずっと”Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band"が流れていたっけ

大英帝国は凋落しBEATLESの音楽だけが誇れるものになっていたと云う事だと理解しました。

大阪万博は3回いってますが、チェコ館のレストランでメニューを見て高かったので

1番安い物を注文したらサラダが出てきてタダだったパンとサラダを食べて出ました。

最終日に行った時は、インドネシア館のパーティーに潜り込んでおもいっきり飲み食いしました。

写真家マイケル・クーパーのチェルシー・マナー・スタジオ

次は、同じく写真家オルーフ・ニッセンのスタジオへ

⑬オルーフ・ニッセンのスタジオ:1 The Vale SW3 London

1966/3/25”Yesterday And Today"のブッチャー・カバーの撮影が行われました。

ブッチャーカバーの”Yesterday And Today"

3階がオルーフ・ニッセンのスタジオ

次は、イングランド・プレミアムリーグのチェルシーFCのホームスタジアム

スタンフォードブリッジ・スタジアム:Stamford Bridge, Fulham Rd

愛称がThe Bluesなので、ロックに関係あると云う事ではなく我家の愛犬の名前と同じなので訪れました。

Fullham RoadにあるStanford Gate

入口までの壁にプレイヤーのパネルが並んでいた

CHELSEAのエンブレム

ここからテムズ河北岸を東へ

Battersea Power Station:188 Kirtling St LONDON SW1

ピンクフロイドの”ANIMALS”のカバーに使われた発電所です。

発電所の煙突が角度によって2本から4本に見えると聞いていましたが完全に2本に見えるポイントは無かったです。

3本から2本になりかけ

左もだいぶ重なってきたが右は後ろの煙突が見えてきている

やっぱり2本には見えない

4本

どうも”ANIMALS”は向こう側からのショットのようです

ほぼ3本

そのまま東へ走って

MI6

宿に戻る前にもう一箇所ここを対岸から見て終わりです。

窓から狙撃されないだろうか

隣には斬新なデザインの住宅郡

ここから宿へは1.5kmほど、5泊目をキャンセルしたのでスローンスクエアのスローン・スクエア・モート・ハウス(旧ロイアルコート・ホテル)

へ行ってみたが明日は空室がなく明日は明日でどうにかなるだろうと思い宿に帰った。

今日は38km走って午前中のSEVENOAKSはしんどかったが、ロンドンは坂がほとんどなくマイペースで走れた。

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