プログラム

今年も変なことやります。

総監督の曲目解説

Pelican on the Swan Lake

Take 1

◆ヤニス・クセナキス作曲 A.r 作曲年:1987

クセナキスは新ウィーン楽派の後継であるトータル・セリエルから脱去しようとしたポスト・セリエルと呼ばれた作曲家達の重要人物。作曲に数学を用い、爆発的な世界の表現に成功したことで知られる。本作品はクセナキス作曲活動の後期に書かれ、タイトル「A.r」とは「ラヴェルをたたえて」の略。直感的に引かれた曲線を元に2つの声部が構成され、その声部は32分音符と64分音符のパルスで埋め尽くされている。非常に力強いメロディは「ラヴェルへのオマージュ」というより「ラヴェルの再作曲」と言えるかもしれない。

◆アレクサンドル・ローゼンブラット作曲 2つのロシアの主題によるコンチェルティーノ/musicaliceland編 作曲年:1997

この作品は「ピアノ連弾」「ピアノと弦楽器」「ピアノとオーケストラ」の3つのスタイルで存在する。特に連弾版は一人のピアニストがもう一人のピアニストに覆い被さらなければ演奏出来ないユニークなパートがあり、日本国内において「二人羽織」と俗称される。他にも、観客側が聴くだけの行為に留まらず観て楽しむことのできる妙技(ローゼンブラットはピアノ・スタントと呼んでいる)がいくつも使われ、ただ難しい曲を弾くというヴィルトゥオーゾ性とは一線を画す。世界的によく知らせているロシアの民謡「カリンカ」と「モスクワ郊外の夜」のメロディを主題に、ジャズのリズムやハーモニーの流れに乗せ、ストラヴィンスキーのごとくロシア民謡のエッセンスを散りばめ、実にロマンチックな趣でまとめられている。ピアノ1台にピアニスト2人という条件がそろってはじめて可能な、高いエンターテインメント性が追求されている。「2つのロシアの主題による」というタイトルは連弾曲「ロシアの主題による奇想曲イ長調」オーケストラ曲「2つのロシアの主題による交響曲」などの民族的な音楽を残した近代ロシア音楽の父であるグリンカへのオマージュであるように思われる。グリンカはこんな言葉を残している。「音楽は民衆が作り、作曲家はそれを編曲するだけである」まことにロシアらしいこの発想を、まさにローゼンブラットは体現するのである。

◆アレクサンドル・ローゼンブラット作曲 ショパンの主題による変奏曲 作曲年:1989

フレデリック・ショパンの「24の前奏曲op.28第20番」をテーマに変奏される。ローゼンブラットが敬愛するラフマニノフも同じテーマで「ショパンの主題による変奏曲」を作曲している。ローゼンブラットの本作品では第2変奏は「Modern Beethoven」、第4変奏は「Swing」、第7変奏は「Oscar Peterson」、第9変奏は「Slow Blues」、第13変奏は「Sicilyana」というイメージが与えられていると、作曲家本人は語ってくれた。

◆ヘルムート・ラッヘンマン作曲 ギロ 作曲年:1969/88

ラッヘンマンは現代ドイツを代表する作曲家で、特殊奏法を用いた作曲法に定評がある。当作品名「ギロ」は、正しく打楽器ギロの意である。図形楽譜(お手持ちのプログラム表紙に注目!)で著されたこの曲は、ピアニストに鍵盤楽器を前にして「鍵盤を弾かない」事を要求する。

◆アントン・ウェーベルン作曲 ピアノのための変奏曲 op.27 作曲年:1936

ウェーベルンは師シェーンベルクの創始した12音技法の理論を厳格に用いて作曲し、非常に抽象的な音世界を描いた事で知られる。12音技法とは、1オクターブ12音を使い切り、協和音の隣り合わないテーマをフーガ状に組立て、システマチックに無調音楽を作曲する技法。ウェーベルンの生きた激動の時代の空気を象徴する、不可解で不条理なパラパラとした音色が響く。本日のコンサートでは「12音の首飾り」と題し、この変奏曲をマジックのBGMとして演奏する。加藤の奏でる無調の美しさと小野の奇術の不思議さが全く“噛み合わない”のをお楽しみ頂きたい。

総監督が作ったプログラムの表紙です。

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Take 2

◆チャールズ・チャップリン作曲 スマイル 作曲:1936

言わずと知れたチャップリンによる作曲作品。映画「モダン・タイムス」でチャップリンが少女を笑顔にさせ、二人で旅立って行くラストシーンで流れる。可愛らしい曲調の中に哀愁がある名曲で、マイケル・ジャクソンを始めとする多数のポップスターにカバーされている。

◆アレクサンドル・ローゼンブラット作曲 タンゴ 作曲年:1995

ロシア人ローゼンブラットによるラテン音楽。タンゴの特徴である力強いアクセントのある2/4拍子で構成されている。情熱的なリズムと現代的なハーモニーの組み合わせが魅力的なこの曲、実はローゼンブラット完全オリジナルのメロディであり、ゆえに彼の美意識や感性も垣間見える。ローゼンブラットのファンの中でも大変人気のある曲。二人のピアニストの掛け合いを最大限活かす為にも、やはり男女のデュオで演奏されるべきであろう。

◆アレクサンドル・ローゼンブラット作曲 ワルツ・エレジー 作曲年:2000

ロマンチックと表現するのに相応しい作品。妖艶なハーモニーが漂い、時には響きが儚く途絶え、時には踊るようにリズムが刻まれている。ジャズのコードとリズムを組み合わせていながらも、どこかチャイコフスキーのようなロシア・ピアニズムを感じる。これはロシア音楽的息遣いが現代ロシア人ローゼンブラットにも確と継承されていることを示している。彼の鮮やかな語法は民族的才能に他ならず、世界中の作曲家は模倣すら出来ない。

◆アレクサンドル・ローゼンブラット作曲 組曲「白鳥の湖~チャイコフスキーの主題によるファンタジー」/musicaliceland編 作曲年:2009

チャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」より、印象的なテーマを元に変奏される幻想曲。ニコライ・トカレフに献呈されたピアノ独奏曲だが、musicalicelandが2台ピアノ用に編曲し、更に総監督の演出により格段に難易度が上がってしまった。2人のピアニストに白鳥が憑依して行く様をご覧頂きたい。この曲中には随所に8音音階を聴くことが出来る。8音音階とは、全音と半音が交互に現れる音階で、20世紀半ばにメシアンが「移調の限られた旋法 第2番」として提唱するのに先んじてリムスキー・コルサコフが作曲に利用している。非日常的世界を想像させる音階で、よく知られた曲では「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマや「世にも奇妙な物語」のテーマも似た音階を使用している。また、ビル・エヴァンスとオスカー・ピーターソンが大好きなローゼンブラットらしく、Jazzyな5拍子をスパイスとして散りばめている。5拍子はロシア音楽では多用されるリズムである。故にジャズとロシア音楽の親和性は高い。

◆アレクサンドル・ローゼンブラット作曲 組曲「不思議の国のアリスの冒険」より、2つの断片/musicaliceland編 作曲年:2005

原曲オーケストラ版はロシアらしく氷上バレエの為の音楽として作曲され、世界的にも大成功をおさめた作品である。その13の組曲の中から第7曲「To Be a Pig or Not To Be a Baby」と第5曲「Can-Can」を2つの断片として2台ピアノ版に作曲された。2005年3月、ローゼンブラットとシンキンの初来日コンサートでは息のあった楽しいパフォーマンスで観衆を魅了した。私達の団体名“musicaliceland”もこの組曲の名前から付けられ、思い入れが深い。

曲目解説 松本和貴/総監督