企画者: 黒田航(杏林大学)・新垣紀子(成城大学)
日時:2016/8/24 (水)13:00-16:30
場所:京都大学吉田キャンパス総合研究7号館 情報学講義室1 (1階 107)
講演者:
松田美佐(中央大学) 「デマ」とは何か:その問題性と今日的特徴
田中優子(名古屋工業大学) 群衆の批判的思考:災害時のデマ拡散とその抑制
荒牧英治(奈良先端科学技術大学院大学) ソーシャルメディアと現実との差異を生む心理
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企画趣旨:なぜ「デマ」の「認知科学」なのか?
インターネット(以後「ネット」)は私たちの生活を変えた.劇的に変えた.私たちは日々,ネットから様々な恩恵を得ている.情報交換の速度向上,情報共有の高度化(知識の遍在),取引費用の劇的低下(作業短縮).報道の透明度の向上.これらはネットが普及する前はなかった事だ.
その一方で,私たちは日々,ネットから様々な不利益も被っている.匿名者による大規模な誹謗中傷,罵詈雑言やヘイトスピーチの蔓延,吊るし上げ.流言飛語による風評被害.これらもネットが普及する前はなかった事だ.後者の暗黒面がはっきりしたのは2011年の東日本大震災の時であり,それに続いて起こった福島第一原発危機だったように思われる(政治言説にはいつでもこのような暗黒面が伴っており,大型選挙の度に強度が増すが,大災害時には別次元の事態,カタストロフィーが起きる).
企画者の一人は被災地の出身であり,自分の家族,友人,知人が巻き込まれた騒乱に直接,間接に係わった.騒乱の一部は今でも続いている.端的な例は福島第一原発危機の被害の実態はどうか?という問題である.このような極端な災厄が生じた時,人々の意見は大きく食い違う.真実を記述しているとは見なしにくい言説,いわゆる「デマ」が急速度で流通を始める.その後に,何がデマで何がデマでないかを巡って,多くの人々が言い争い,罵倒し合い,憎み合う.
なぜこういう事が起きるのか?それは一言で言えば,人々の現実認識が食い違っているからである.しかも,それは単に一方が現実を「正しく」認識し,他方が「誤って」認識しているという単純な誤認の構造に帰し得る食い違いではない.それは,誰も「真の現実」を知らない状態で,どの主張が現実の「真の規定」であるかのヘゲモニー争いが起こっている状態だと考えるべきである.
この問題に適切にアプローチする方法は,現実を「正しく」認識する方法の強化,再普及では,もはやない(科学性は非科学的思考を説得する効力にならない).それより有効なのは,そもそも現実がどうやって構築されるのか?という問題を掘り下げて一旦相対化を図る事である.更に特定すると,ネットに存在している玉石混交の言説の海から現実がどうやって構築されるのか?という問題を掘り下げて,一旦相対化を試みる事である(その後に何ができるかは別に考える必要があるが).
本研究分科会を企画したのは,その相対化の手がかりを得るためである.ただ,問題意識を一般化すると次のようにネット社会に特有の公益性の問題になる.ネット普及前の社会と,普及後の社会は別の社会であると言っても良い.ネットがもたした社会構造の変化は,石油が産業構造にもたらした変化に匹敵するだろう.更に興味深い事に,ネットにも石油に伴っているのと同じ外部性=利用の暗黒面が伴っていて,それが上に挙げたような様々な不利益である.
今は将来のために,次の事を考えてみるべき時である.
1. ネットの負の面=外部性はどうして生じるのか?
2a. それが生じる理由は,私たちがネットのある世界に完全に順応していないからなのか?
2b. それとも,ネットの長所と短所はトレードオフの関係にあって,一方だけを手に入れ,他方を退ける事は原理的にできないのか?
3. ネットの負の面=外部性は(石油の産業利用の外部性のように)抑制可能,あるいは原理的に回避可能なものなのか?