「MSc Political Theory」London School of Economics and Political Science

生井海東(なまいかいとう)さん

2024年4月執筆

1.自己紹介


 初めまして、2022年9月より1年間London School of Economics and Political Science(ロンドン政治経済学院、以下LSE)にてMSc Political Theoryに在籍しておりました、生井海東(なまい・かいとう)と申します。学部では、早稲田政治経済学部政治学科に在籍し政治学を専攻し(主に国際関係論、東アジア地域研究など、ゼミでは西洋政治哲学)、同時に台湾研究と紛争解決学の副専攻を履修しました。政治哲学のゼミに所属していましたが、政治理論に本腰を入れ始めたのは学部3年後半のことで、研究者としてのキャリアを目指す為、院進を決意した頃でした。政治理論の分野では英米分析哲学の系譜から歴史的不正議、構造的不正義、責任論などを専門としています。研究では「東アジアの歴史的な不正義(主に慰安婦問題という事例を扱っておりますが)とそれに対する現代の人々の責任とは何か?」という大きな問いを中心に色々と取り組んでおります。

 

 これまでのバックグラウンドを大雑把に話すと、自分は3歳から高校卒業まで中国で暮らし、中学までは現地校、高校から4年間インターナショナルスクールに通っていました。外交官という職業を通じて、東アジアの歴史問題を解決したいという茫然とした夢を抱き日本の大学に進学し2年生から国家公務員試験の勉強に没頭していました。しかし、国益の代弁者としての外交官という立場特有の「不自由さ」と「堅苦しさ」は自分には合わないと徐々に感じ、アカデミアからのアプローチに切り替え、大学院への進学を決意しました。今は(2024年4月現在)、博士課程の出願準備をしつつ、イギリスのオックスフォードという場所でワーホリライフ的なことをしています(某日本食料理店で働いておりますので、オックスフォードへ立ち寄る際はお気軽に連絡ください)。

2.所属コース及び授業の概要


 自己紹介が少々長くなりましたが、ここから本題に入ります。自分が在籍していたLSEのDepartment of Governmentに属するMSc Political Theoryはイギリスでも数少ない政治理論に特化した修士プログラムです。政治理論・政治哲学は、政治学(政治科学)Political Science、またはPhilosophy (哲学)の一分野として扱わることが多く、故に独立したプログラムがある大学はなかなかありません。その中でも、LSEの本プログラムはそれなりに国内外から認知されているプログラムであるということもあり、世界各地から留学生が集まって来ます。自分の学年は34人程いましたが、その殆どが、異なる大陸の異なる国々からの留学生でした。あくまで肌感覚ですが、国内生が2割、ヨーロッパ出身が3割、アジア出身が2割、北米南米合わせて2割程で、アフリカ出身が1人、2人いるかいないかでした。全体としてヨーロッパ出身者が多いかなという印象でした。


 提供されている講義の多くは英米分析哲学の系譜を汲むものが殆どですが、中には中国政治思想やアフリカ哲学、比較政治理論といった非西洋哲学・理論に焦点を当てた講義も開講されており、それなりに手法や伝統の多様性が保たれている印象でした(あくまでイギリスの他の大学で提供されている政治理論・哲学系修士課程と比較した場合)。自分はその中から、政治理論入門、フェミニズム政治理論、マルクス主義、カント政治哲学、分析的平等論、ポストコロニアル比較政治理論を履修しました。修論は1万英文字前後で書き上げます。ジャーナル論文一本文ぐらいの長さで、日本の感覚で行くと少し短いですね。学期は三学期制で、最初の二学期(Autumn Term とWinter Term)に講義の履修とコースワーク、4月後半の第三学期から8月までの4ヶ月で修論を書き上げます。修論執筆に与えられた時間はかなり短いと感じました。基本的な形として、毎学期3〜4講義を履修し、各講義毎週1時間のレクチャーが1回と1時間のディスカッションセミナーが1回あり、コースワークは学期中盤に任意で提出できるFormative Assessmentと最後に提出するSummative Assessmentがあります。前者は1千字程度、後者は3千から5千字程度の論文です。講義によってプレゼンなどもあるそうですが、自分が履修した講義のコースワークは全て論文でした。「大量に読み、沢山議論し、時間に追われながら書きまくる」というのが大学院での忙しい毎日でした。


 学びの機会は講義だけに止まらず、本プログラムでは月2回ほど外部の研究者や教授の方をお呼びしたセミナーにも参加できます。自分はそこまで興味のあるテーマがなかったというのもあり、あまり参加していませんでしたが、研究の視座を広めることのできる大変有意義なチャンスです。セミナー自体はこじんまりとしているので、質問なども自由にすることができます。それ以外には、Graduate Conferenceという、いわゆる院生用の「プチ学会」みたいなものにも参加できました。学会自体院生(博士課程生が殆ど)が運営していて、今取り組んでいるジャーナル論文や博士論文についてプレゼンし、参加者が質問したり、意見します。プレゼンターのレベルがかなり高いというのもそうですが、飛んでくる批判や意見もかなり辛辣なもので、自分は「聞き専」での参加でしたが、飛び交う質問と議論にこっちがビクビクしてしまいました。ひしひしと伝わる先輩方の研究に対する熱意と本気度を目一杯感じることができました。


 ここからは、LSEのMSc Political Theoryでの1年間を振り返って、このプログラムを留学先に選んで良かった点、良くなかった点を簡単にまとめてみたいと思います。


良かった点

 最初に挙げられるのは、教授陣がずば抜けて豪華という点です。いわゆる業界の「スター」や「中心人物」とでも言える先生が数名在籍しており、その先生方に教わるということはかなり貴重な体験でした。次に挙げられる点は、研究に必要なリソースが集中しているということです。ジャーナルへのアクセスはもちろん、ハイ・プロファイルな先生方や優秀な同期が揃っていて、これほどまでに刺激的な環境は、どこを探しても中々ありません。第三に、「大量に読み、沢山議論し、時間に追われながら書きまくる」ことを実践できた経験を通じて、自分のインプットとアウトプットのキャパシティーを全体的に底上げできたというのは、研究スキルアップとしては大変重要なトレーニングだったと思います。


良くなかった点

 良くなかった点として先ず最初に挙げたいのがプログラムの長さです。もちろん分野や専攻によると思いますが、政治理論という分野において1年間で修士課程を完走するのは、蓄積とスキル熟達の両方においてあまりにも短く、不足だと個人的に思います。1年間のプログラムと言っても、実際は9ヶ月程度であり、各講義11週間ほどです。自分の年度に関しては、ストライキが既に短い講義時間をさらに短くしてしまった故、大半のインプットが講義を通じてというよりは、先生から配られたリーディングリストからでした。些か残念だったと言っても過言ではありません。講義の質が学費相応だったかと言われたら、自分は首を傾げてしまいます。講義内容の多くはかなり初歩的なことだけで終わってしまい、講義によっては出席の意味をあまり感じませんでした(その割に、コースワーク論文ではかなりハイレベルな議論構築とオリジナリティーを求められますので高得点を取るのは至難の業でした)。二つ目は、サポートシステムがそれほど充実していないという点です。オフィスアワーは各セッション15分前後、それ以外の時間は先生に中々会うことができなかったりと、教授陣の面倒見が良い日本の大学とはかなり異なる状況でした。それ以外にも、修論のミーティングが全部で3回だったり、先生が修論の原稿に目を通すことが公式ルールとして禁じられているなど、なぜ存在しているのかわからない「謎ルール」が沢山あり、結果として自力完走と言って良いほど、修論はほぼ誰にも頼らずに書き上げることになりました(幸いにも、というより奇跡的にDistinction評価を頂けましたが)。有名な先生方に限って言えば、自分の研究、出版や講演依頼も相まって、中々学生に時間を割く事ができないような状態の方もいました。それもあり、メールを送っても中々返信が来ないということも割と多かったです。自分は出願をしている最中にメールが返ってこなくて、本当に参りました。


  総じて言うなら、LSEのMSc Political Theoryは政治理論分野におけるトップクラスの研究機関であることは疑いもない事実ではありますが、それ故の弊害がいくつか存在している事もまた、残念ながら明白な現実です。そこにイギリスの「一年マスター」制度が重なり、リソースが充実していながらも、それを十分に利用出来ない・アクセスできないという場合が結構あり、必ずしも満足のいく修士課程留学経験ではなかったということは否めません。それでも、世界各地から来た、似たような志を持った同期と優秀な先生や先輩方にお会いできたことは何よりも貴重な体験であり、またプログラム全体を通しての「自力完走」の経験も、トレーニングとしては多少酷ですが、有意義だったとは思います。

.その他


  LSE全体に関する紹介は、既に多くの同期や先輩方がIDDPの留学レポートにて、かなり詳細に書いているというのもあり、ここでは割愛させて頂きます。大学寮に関しては、同じ寮に住んでいました稲田裕貴さんや他のLilian Knowles House生のレポートを参考にしていだければ幸いです。Noteにて有料記事ですが、寮に関するより詳細な情報を掲載しています、そちらの記事をご参考にして頂けたら幸いです。 (TwitterからDMを頂ければ無料記事としてお送りする事も可能ですので遠慮せず)。自分の留学準備や出願プロセスから出願結果までの詳細な情報は同じく前記のNote記事にて掲載しています。イギリスでの生活や大学院出願やこちらの留学レポートに関する質問などがありましたらご気軽に連絡頂ければと思います。答えられる範囲でなんでも答えます!下記の連絡先までどうぞ!ここまで読んでいただきありがとうございます。


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