第2回キャリアインタビュー 中村敏久様

インタビュアー:安達正之介(サセックス大学)

金子歩乃歌(国際教養大学)

和田菜摘(サセックス大学)

キャリアインタビュー第2回目は、UN Women(国際女性機関)日本事務所パートナーシップ・資金調達専門官(インタビュー当時、4月1日よりUN Womenジュネーブ事務所プログラムマネージャー)の中村敏久様です。民間企業から大学院へ進学された後、NGOや内閣府での勤務を経てJPOとしてUN Womenニューヨーク、ジュネーブに派遣された経歴をお持ちです。UN Women日本事務所にて日本政府とのパートナーシップ構築、広報活動に取り組まれていらっしゃいます。

現在のお仕事、経歴について

安達:現在のお仕事の内容について教えて下さい。

中村:UN Women(国連女性機関)の日本事務所にて、パートナーシップ・資金調達専門官として勤務しています。UN Women日本事務所はリエゾンオフィスとして、日本のドナーとの関係構築を目的として2015年に設立されました。大きな目的としましては、日本政府との関係構築です。日本政府はUN Womenにとって、毎年トップ7に入る非常に大きなドナーですので、日本事務所が関係構築の大きな役割を担っています。また、政府のみでなく民間企業との関係構築にも取り組んでおりまして、CSRやジェンダーに興味のある企業様と、パートナーシップを組んで啓発・広報活動を実施したり、資金拠出にご協力頂いたりしています。

また広報も非常に重要な活動の一つとなります。UN Womenは比較的新しい機関ですので、日本での知名度はまだあまり高くありません。なので我々の活動を知ってもらったり、ジェンダー平等に関する啓発活動に積極的に取り組んでいます。その中でも私は日本政府とのパートナーシップと広報活動を担当しています。


安達:ここ何年かで日本におけるジェンダーに対する取り組みに変化などはありましたか。

中村:2015年以降特に、日本政府はジェンダー平等や女性のエンパワーメントに力を入れて下さってまして、資金拠出もそれに伴って増えています。今年の国際女性デーでもメディアや企業の方からの同国際デーに係るご紹介や、一緒に活動したいというお問い合わせを数多く頂き、日本企業・社会の関心、興味という点では非常に高まっていると思います。

和田:日本の民間企業との取り組みについてお話がありましたが、具体的にはどのような取り組みをなさっているのでしょうか。

中村:具体的な例としては、資生堂様に、HeForSheの活動を通したジェンダー平等の推進に関する学生向けの啓発活動にご協力頂いたり、ファーストリテイリング様には、例えばバングラデシュの縫製工場における女性ワーカーの方に向けた研修等に係る事業への資金拠出にご協力頂いています。また、日本経済新聞社様、日本アドバタイザ-ズ協会(JAA)様とは、広告の中におけるジェンダーバイアスを無くす為の「アンステレオタイプアライアンス」という取り組みの中で、その日本支部の立ち上げを行いました。


安達:学部を卒業されてから現在までのキャリアパス、特にジェンダーの分野に進まれた経緯などについて教えて下さい。

中村:2008年に国際基督教大学を卒業して、リクルートにて3年程営業に携わりました。大学生の頃から国際協力の分野で働きたいという思いがありまして、そうした自分の夢の分野にてキャリアを積もうと決心し、国連平和大学に進学、人権・国際法の修士号を取得しました。卒業後、ワールド・ビジョン・ジャパンに採用となり、そこで人権、政策関係の仕事をさせて頂き、その後政府機関にて2年程人権(LGBTの権利を含む)を担当しました。その後、JPOに合格しまして、20172月よりUN Womenで働いています。初めの1年はニューヨークにて勤務し、その後2年程ジュネーブにて人道支援事業を運営していく仕事をしました。2019年の10月から日本事務所にて現在の仕事をしています。

もともと人権の勉強をしていた私が何故ジェンダーの分野を選んだかについてですが、きっかけとして挙げられるのは、ワールド・ビジョン・ジャパンに勤務していた際に参加した、国連総会会期中のエマ・ワトソンさんのスピーチです。ちょうどUN WomenHeForSheをローンチする際のイベントだったのですが、スピーチの中で、男性がジェンダー平等の取り組みの中で果たす役割の重要性について話されていたことに感銘を受けたというのが一つのきっかけとなりました。

また、政府関係の仕事をしていた際にアフリカのとある国に出張に行って、PKO活動に派遣される現地の兵士や警察官の方に対して、ジェンダーや女性の権利について、講師として研修をする機会がありました。研修の質疑応答の中で、紛争地で戦うことのプレッシャーに対処する為、現地女性の買春や性暴力を正当化するかのような発言が参加者からでたことには、非常に驚きました。まず、そうした意見が出ること自体が衝撃的でしたし、また参加者に女性もいる状況でそうしたことが言えるという事実にもショックを受けました。そうした性暴力が容認されうるような価値観、社会規範が存在する、ということを知り、ジェンダー問題の重要性をリアリティを持って認識する機会となりました。また、同時に「男性」である私がこうした問題に取り組む意義も感じました。研修を受けていた兵士の方々は、講師の私が男性であったからそうした本音を言ったという面もあったと思います(本来そうあるべきではないですが)。そして、そこからどうこの問題を解決していくかという話をすることができました。そうした意味では、男性の私が取り組むことで見い出せる解決方法があるのではないか、と感じたこともジェンダーの分野に進んだ大きな理由の一つです。


出張先のニューヨークにて

大学院での経験について

安達:大学院では具体的にどのようなことを学ばれましたか。

中村:国連平和大学にて国際公法と人権(International public law and human rights)の修士号を取得しました。国際公法がどういったものであるか、また具体的な人権条約などについて学びました。アフリカ、中南米、またアジアの学生等、所謂グローバルサウスから来ている学生が多く、多様なバックグラウンドの生徒と共に学ぶことができました。授業の中でグローバルサウスの学生、特にNGOや国際機関での勤務経験がある学生から、現場での経験を踏まえたクリティカルな意見を学べたことは良かったと思います。

日本企業で国内の営業をしていた人間が、人権という全く異なる分野を学ぶという状況でしたので、不安、特に英語に関する不安は大きかったですね。なので英語力を向上する為に、毎日英文の法律の専門書を100ページ以上読んで、必ずクラスで発言するといったことを心がけ、英語で議論をするということに慣れるようにしました。

また、現場での実践を重視する大学でしたので、インターンシップが単位として認められる制度もあり、開発の現場経験を積む為にミャンマーのUnicefにてChild protection unit3カ月インターンをしたり、また授業の一環としてフィリピンの元反政府組織の村にいってフィールド・リサーチをしたりしました。それまでの自分に欠けていた現場経験を積むことができたのは良かったですね。

金子:大学院を選ぶ上での軸といったものはありましたでしょうか。

中村:進学前に自分に足りなかった現場経験と英語力を得る為、所謂“発展途上国”にある大学院、特に英語でのコースがある大学院に行こうと決めていました。インドの大学院とフィリピンの大学院を検討していまして、国連平和大学はコースの半分をフィリピンで行う為、最終的にそちらに決めたという経緯ですね。


安達:いつ頃から就職活動を始められましたか。

中村:実際に応募したりといった活動は、大学院卒業の半年前程から始めました。関連分野での経験が少なかった為、卒業後の就職について留学前から心配していました。また、留学前に結婚をしていたので、選択肢が限られることもあり、留学に行く前からNGOや国際機関で働く方に会ったりして、留学から帰ったらこういうことがしたいといったことを伝えるようにしていました。

最終的にはNGOや国連関係のポジションに3、4個程応募し、ご縁のあったワールド・ビジョン・ジャパンに採用となりました。

大学院留学中の一枚

JPOについて

安達:JPO試験に関して、苦労された点等ありましたら教えて下さい。

中村:三回目の応募で合格しました。一番苦労したのは書類でしたね。一回目、二回目は書類選考で通らず、三回目で面接に行くことができ、合格しました。民間企業の営業職から人権・ジェンダーの分野に応募していた為、最初の二回の応募の際は、開発の関連分野の経歴が2年に満たしていなかった為に書類選考が通らなかった、ということが言えると思います。また、三回目の応募の際は周りの同僚に国連での勤務経験のある方が多く、そうした方に書類を見て頂いたことで応募書類の書き方が劇的に変わりました。

同じ経験一つとっても、アピールの仕方というのは重要になってきます。例えば、プロジェクトマネージャー職に応募する際に、単純に営業職での経験をアピールしても関連経験ゼロ、ということで選考から外されてしまいます。しかし、業務内容を細かく見て、例えば、リクルートでの営業といっても、人事採用のプロジェクトのPDCAサイクルをお客さんと一緒に回すところまで行っていた場合、そうした仕事というのはまさにプロジェクトマネジメントの仕事といえると思います。そのようにアピールの仕方、見せ方を工夫していくことが重要になると思います。

安達:学生のうちに身に付けるべきスキル、経験等ありましたら教えて下さい。

中村:自分が希望する分野での経験、また途上国での経験を積むことがまず一つ挙げられます。また、これは働き始めてから強く感じたのですが、英語力、特にライティング力をしっかりと身に付けておくことですね。特に国際機関の本部で働く場合は英語のライティング力は高いレベルで求められます。何故かと言いますと、本部は人材の層が厚い為に人前で話したり、会議で議論したりというのは職位の高い職員がすることが多く、インターンやP-2レベルとしての仕事は主に、そういった上級職員が会議で使用するブリーフィングノートや会議記録等のドラフト作成といった業務になるからです。その際にもしライティング力が低いと、回ってくる仕事が少なくなる危険性があります。アカデミックな文章を長々と書く技術というよりは、要点をしっかりとまとめた分かりやすい文章を作るスキルが求められると思います。

第三言語としてアラビア語、フランス語も重要になると思います。やはり国際機関で勤務すると紛争・人道危機における仕事に関わる機会が多く、現在そうした地域はフランス語圏のアフリカ諸国とアラブ諸国が多いです。そして現状やはり日本人でフランス語、アラビア語ができる人は限られており、それら二つの言語能力は非常に有利になると思います。

またスキル以外の点では、自分が選んだ分野に対するモチベーションや志を自分の原点として持っておくことです。やはり国際協力の業界は楽な仕事ではありません。契約も短期のものが多くなりますし、働く中でのプレッシャーも多いです。そうした時に戻ってこれる原点を自分の中に持つことは非常に重要なのだと感じます。

最後に、上司や同僚、一緒に働く仲間に対して「いい人間・同僚」であることも大事だと思います。この業界では新しい仕事に応募する際、書類選考や面接に加えて、前職のレファレンスチェックも選考の基準となります。狭い業界の中で、いかに自分の評判を広めていくかということが必要になってくると思います。一緒に働いていて気分がいい、何かと難しくない、そうした人の方が一緒に働きたいですよね。こうした人間として根本的な部分があってしっかりと仕事に取り組んでいれば、先に挙げたようなスキルは後からついてくるものだと考えています。

安達:具体的なお話、ありがとうございます。「いい人間」であることと自分の意見、考えをしっかりと相手に伝えること、これら二つの折り合いはどのようにつけていますか。

中村:そうですね。やはり部署同士の利益が衝突することはありますが、必要なことは伝えていかなくてはいけません。ただそうした意見のぶつかり合いがヒートアップする時も、感情のぶつかり合いがヒートアップしないように、言い回しには気を付けるように心掛けています。また、プロフェッショナルとしての自分と人間としての自分、普段の仕事において後者として信頼されているかが意見の衝突の際には活きてくるのかなと考えています。


ジェンダーという分野について

安達:日本は他先進国と比較してジェンダーの分野で後れを取っていますが、UN Womenとしてそれに対してどのような取り組みをしていますか。

中村:現在勤めているUN Women日本事務所はリエゾンオフィスという立ち位置になり、支援事業を行うことを目的としたオフィスではない為、日本の問題に対して働きかける、というのは限定的になります。しかし、国内の問題についても、例えば、内閣府の男女共同参画局等と密に連携を取り、コロナ禍で増加するドメスティックバイオレンス等に対して啓発活動を行う、といった取り組みをしています。

安達:ジェンダー平等を実現する際、文化や宗教が大きな障害となると思いますが、UN Womenでの仕事を通して、それらを強く感じたことはありましたか。

中村:パプアニューギニアに出張に行った際に、現地の方から女性に対する暴力が男らしさの表現の一つとして捉えられることがあると聞きました。そうした状況でジェンダー平等や女性のエンパワーメントを達成することの難しさを感じました。我々ができることは、法・政策等の制度に働きかけて、そうした暴力に適正に対処できる環境を作ることに加えて、同時に社会規範・考え方を変えていくことであると考えます。

また、そうした暴力をなくす取り組みは、文化や宗教に関わらず国家が追う義務であるというのが人権の考え方の原則としてあります。それに加えて、ジェンダー平等を達成した場合の実利をアピールすることもあります。例えば、ある国における女性の社会進出が進んだ場合にその国の経済がどれだけ良くなるのかを示すという方法です。利益に関係なく、義務として守らなければいけないということが前提としてありますが、その上でインセンティブを与えるという考え方になります。

安達:男性だからこそ見えてくる、感じるジェンダーの課題やその解決策について教えて下さい。

中村:課題としては、ジェンダー不平等や女性が持っているディスアドバンテージに気付かないということがあると思います。そうした時に男性として大切になるのは、(難しいですが!)気付かないということに気付いていくということだと思います。機会があるときにジェンダーに関する記事を読んだり、詳しい人に話を聞いたりすることが大切になります。同時に、男性を、窮屈に、生きにくくしているジェンダー規範が存在することも事実です。例えば、男性が一家の稼ぎ手となるべしといった社会的な圧力があり、そういった根拠のない規範に左右されず、自由な選択をできる社会は、男性にとっても望ましい環境だと思います。そういったジェンダー課題について、男性も声を上げることは重要ではないでしょうか 。また、先程お話したように男性が伝えていくことの強みというものもあると思いますので、気付いたことを同じ男性の方に伝えていくこともして頂きたいなと考えています。



最後に一言

安達:本日はお忙しい中、ありがとうございました。最後に、国際開発でのキャリアを考えている方へのメッセージをお願い致します。

中村:やはり国際開発のキャリアは非常にやりがいのある仕事だと思いますので、是非興味を持たれている方には目指して頂きたいと思います。自分のやりたい事が先にあって、その後にそれぞれの選択肢が出てくると思います。もちろん働いてみないと分からないこともあるかとは思いますし、同時に、一度自分がやりたいことをしっかりと考える機会を持つことが非常に大切になると思います。

また、UN Womenについてですが、ジェンダー平等や女性のエンパワーメントについて興味をお持ちの方にとって、これ以上ない素晴らしい機関であると思います。比較的新しい機関ですので、規模が小さい分個人の裁量が多く、若いうちから多くの仕事を任され、そうした点でのやりがいはUN Womenならではだと思います。是非UN Womenを選択肢の一つとして考えて頂ければと思います。本日はありがとうございました。