5回キャリアインタビュー 大辻由起

インタビュアー:西山大貴(UEA)

 

キャリアインタビュー第5回は、ILOアジア太平洋地域総局 で労働活動専門家 として勤務されている大辻由起さんです。アメリカやスイスのNGOで勤務された後、東洋英和女学院大学大学院へ進学。在学中にはユニセフラオス事務所でのインターンやNGOの立ち上げ・運営をされていました。ご卒業後、公益財団法人国際労働財団(JILAF)を経て現在のポストで勤められております。

現在のお仕事、経歴について

西山:現在のお仕事の内容について教えて下さい。

大辻:労働者活動局(ACTRAV)に所属し、労働組合や労働者組織の支援を通した労働の改善がざっくりとした仕事内容となります。裨益対象は、労働組合、労働組合員、また労働組合がサポートしている労働者で、彼らのニーズに合わせた支援を提供するのが仕事です。担当している国が東南アジア、東アジアの13か国になります。各国に労働組合があるので、そこと一緒にその時々のニーズに合わせた活動を行っています。直近では、ギグワーカーといった「労働者」として認知されていない人もカバーされるような労働法に改正できるよう、各国の労働組合に政策提言を行ったり、労働組合活動のデジタル化などにも力を入れています。また。社会対話(政労使による三者対話や、労使による二者対話)が未熟な国では、対話のプラットフォーム構築、対話に参加するための交渉能力の向上に向けた技術支援を行っています。

西山:国際協力に興味を持たれたきっかけについて教えて下さい。

大辻:私は広島出身で被爆三世ということが大きいです。広島だと小さい頃から平和教育に携わること多いんですが、私の場合は特に祖母が原爆が原因で亡くなったこともあり、中学生のころから平和には関心がありました。また、中学一年生の頃に出会った英語の先生に影響されました。教育ってすごいなと。教育があれば世界を平和にできると感じ、そこから国際協力に携わりたいと思いました。

西山:大学の学部を卒業されてからのキャリアパス。特に労働関連の分野に進まれた経緯について教えていただけますでしょうか?

大辻:大学三年生の頃に、高校時代の部活の顧問からアメリカで平和教育を行うボランティアを紹介されました。アメリカに行くために、大学卒業後は一年間派遣のお仕事をやってお金を貯め、その後一年間アメリカとカナダでボランティアとして学校を訪問して日本文化教育と平和教育の授業を行っていました。ただ、頭のどこかに国連に入りたいという思いがあり、何とかして近いものをやりたいと考えていました。偶然にも平和関連で別のNGOの方と知り合い、スイスのジュネーブにある軍縮関連のNGOを紹介してもらい、そこで一年間勤務しました。その仕事の最中に国連のことをリサーチして、修士号が必要というのを知ったので、スイスから日本に戻り、大学院に進学することにしました。当時はとにかくお金がなくて、働きながら通える大学院を選びました。

大学院に入った頃は、教育と平和をテーマとして掲げ、ルワンダにおける教育を通した平和構築の取り組みについて研究をしようと思っていました。転機として、ゼミの研修旅行でラオスに行くことになり、そこでユニセフラオス事務所を訪問したことがきっかけで、その事務所でインターンをする機会を頂きました。そこから研究の対象をルワンダからラオスにおける教育開発に変えました。卒業した後に、日本のNGOを受けたのですが途上国経験が無かった為全滅。普通の求人サイトで国際協力しませんかと謳っている求人があり、そこを受け、内定を頂きました。そこが労働系のNGOでJILAFという名前の組織でした。それが労働分野に進んだきっかけです。


タイの政労使が参画するディーセントワーク国別計画検討会議の様子

西山:大辻さんはJPOを受けずに国連に入ったと伺っています。その経緯について教えていただけますか?

大辻:ILOとお仕事をする機会があったのがきっかけです。。JILAFでの主な仕事はアジア7か国のインフォーマルセクター労働者の生活改善事業やアジアの労働組合に対するセミナーの企画・運営だったのですが、そのセミナーの一部がILOと共催で、当時のILOの担当者から、ILOが求人を公募していることを聞きました。一回落ちてしまったんですが、一年後にまたポジションが空き、再度受け、合格しました。かなり珍しいポジションで、国際レベルでの労働組合に携わった経験が5年以上要求されるのですが、それほど長期間携わった人がほとんどいないため、リクルートする側もめぼしい人に声をかけていたようです。

西山:ありがとうございます。国連に近い組織にいることで声がかかりやすくなるということは、これから国連を目指す人にとっては1つのヒントになるのかなと思います。

大辻:ただ、国連に入ってみると、皆さん全員がJPO出身というわけではないようです。コンサルタントなどで、内部で働いていと、どのポジションが空くかわかるので、公募が出る前にそのポジションを内々にゲットしている人もいるようです。

西山:ILOで働かれることになって一番最初のポジションがエントリーレベルのP2ではなくP4だったと伺っています。会社でいうと課長クラスですね。いきなり管理職クラスでの勤務ということで苦労されたことはありますか?

大辻:毎日が戸惑いですね。海外の大学院を出ていないので英語に自信がないですし、周りの方々は労働法や社会保障などの専門家で、専門性が高い方達です。だからと言って何もできないというと仕事になりません。強みとして担当している国の労働組合のネットワークだったり、そこの国の政治状況、労働状況を他の誰よりも知っているので、それをさらに強めるために努力しないとなと思っています。

西山:現在のポストを獲得するに当たって、どのような知識や経験、技術が活きましたか?

大辻:やはり前職のJILAFでの職務経験が大きかったと思います。7か国の労働組合だけでなく、政府、労働者、使用者の3者間との事業で人間関係を培うことができました。また、その国の政治を知らないといけない業務だったので、各国の政治状況の知識が活きました。

コロナで影響を受けた産業の対応に関する

タイ労働組合との打ち合わせの様子

大学院について

西山:大学院ではどのようなことを学ばれましたか?

大辻:国際協力全般です。紛争学、NGO論、教育関係のモジュールを受講していました。NGOを作ったり、ゼミの先生がラオス専門だったのが大きな収穫です。小さい大学院なので、個々人のニーズに合わせた教育を実施していたり、個々人の関心にあった機会を提供してくれました。それがあってラオスにも行けました。ゼミの先生からのサポートも受け、NGOを作りました。

西山:NGOを作るきっかけや、どのようなことをされたかについて教えていただけますか?

大辻;立ち上げるきっかけは、ゼミの先生が企画した研修旅行です。ラオスにあるNGOをたくさん訪問したのですが、その中に障害を持った女性の為の職業訓練所があり、そこが困っているということで、支援することを目的として立ち上げました。JICAやトヨタ財団から、立ち上げのサポートや経済的な援助を頂き、職業訓練を拡充しました。

西山:活動を通じて苦労されたことはありますか?

大辻:NGOの限界を感じました。結局NGOではやりたいことがあっても資金がないとうまくいきません。資金を出す側に対してお伺いを出さないと動けませんし、やりたいことが絶対できるわけではないということを学びました。

西山:大学院時代の就職活動について教えていただけますでしょうか?

大辻:3月が卒業だったので、12月くらいから就職活動を始めました。インターンでユニセフにいた頃に国連への思いが少し揺らぎました。というのはインターナショナルスタッフとローカルスタッフの壁を現実に見たので、JPOなどは受けませんでした。それよりもNGOでもっとフィールドに入って活動した方がよいと思っていました。そのため、日本のNGOを中心に就職活動を行いました。


労働関連の分野について

西山:日本では違法残業などがよく労働関連の問題として挙げられますが、東南アジアではどのような問題が挙げられますか?

大辻:一番大きいのは、働き方が多様化しているのですが、労働法や労働組合の対応がそれに追い付いてないことです。例えば、日本でいうウーバーイーツのような媒体で働く「ギグワーカー」が急激に増えています。最近イギリスはそれらの人々を労働者と認定しているのですが、そんな国はほとんどありません。また、デジタル化に伴いオンラインを使った労働者が増えていますが、彼らには職場がなかったり決まった労働時間がないんです。そして、そのような働き方を想定した労働法がありませんし、私が担当している地域では、そもそも労働法自体が脆弱です。コロナによってさらにこのような労働者は増加し、労働法で守られていない労働者の増加につながっていることが東南アジアを含め全世界で起きている問題だと認識しています。私の仕事は、労働組合を通じた支援なので、労働組合がそのような人々を支援できる対応力を持てるようサポートしないといけません。コロナ前にもこのようなインフォーマル労働者はもともと多く、東南アジアだと全労働者の7割、南アジアは9割がインフォーマル労働者でした。これはコロナ前の数字であって、社会保障の制度内で守られていた人(フォーマル労働者)もコロナによる不況のあおりを受けた倒産や契約の切り替えなどによりインフォーマル労働者に変わってきています。インフォーマル労働者というのは、日本で言う非正規労働者とは違います。インフォーマル労働者だと、何も社会保障を受けれませんし、退職金やけがの保証もなく、賃金の交渉もできません。ウーバーイーツ以外にもリキシャとか家内労働者(メイド)、屋台で働く人たち、農業従事者が該当します。

西山:そのような問題に対してどのように対応していますか?

大辻:労働組合に対して様々なサポートを行っています。労働組合がある強みとして、政府に政策提言ができます。労働者が多様化しているので、労働法を作る際にアドバイスを提供しています。交渉力がない労働者が多いのですが、労働組合に入ることによって代わりに組合が交渉してくれます。一方、労働組合が弱いのと知名度が低いので、アドボカシー力、キャパシティーを向上させる活動を行っています。また、近代化しないと取り残されるので、組織自体のデジタル化のサポートも行っています。

西山:政策提言をした場合、政府はそれを実行に移してくれるのでしょうか?

大辻:これは国によりますね。ただ、まったく聞いてくれないわけではなくて、私が担当している国の半分以上はきちんと聞いてくれます。労働法自体を政府と労働者、使用者で作るという仕組みがある国もたくさんあるので、そこでどれだけ労働者のためになる項目を入れれるかが大事です。そうじゃない国、例えばミャンマーは、現在軍事政権下で、社会対話が不在なため、現状のモニタリングのみ行っています。ミャンマー以外にも、カンボジアなど、労働法上では、労働者の権利や社会対話が認められていても、実態では労働組合や労働者がなかなか権利を行使できない国もあります。そのような場合はILOが仲介として入ることで話を進めるというケースもあります。ILOは、政労使で成り立っている組織なので、社会対話が脆弱で、労働者が政策提言できない場合もILOが仲介をすることでより労働者のためになる制度構築が可能になっています。

カンボジアの労働組合とのハイレベル調査団への意見文書作成の様子

最後に

西山:これからのキャリアの展望について教えて下さい。

大辻:今年の5月末でプロベイション(試用期間)が終わります。そこをクリアすると2年ごとに契約が更新されていくので、まずは生き残れるよう与えられた職務を全うしていきたいと思います。また将来は、原点でもある教育と平和につながるような業務をしたいと思っています。

西山:本日はお忙しい中お時間を頂きありがとうございました。最後に、これから国際協力を目指す学生や社会人に一言いただけますか?

大辻:日本人で国連に入るとなるとJPO試験に合格することが一番メジャーな道だと思いますが、もちろんそれ以外にも道は沢山ありますし、国際協力=国連ではないので、いろんな形で貢献することは可能です。また、ニッチなところを狙うとポストを獲得できる可能性が高まると思います。例えば教育とかアフリカというキーワードに関心がある人は沢山いますが、その分野はそれだけ倍率が高いということです。一方その陰で人手不足が起きている分野もあると思うので、そのような分野にも目を光らせておくことも必要であると感じます。

西山:インタビューは以上です。ありがとうございました