7回キャリアインタビュー  岩井 隆志

インタビュアー:佐藤 美沙紀(SOAS) 

 

キャリアインタビュー第7回は、JICA海外協力隊(当時の名称は青年海外協力隊)やJICAの企画調査員として勤務後、現在はSOASのMSc Environment, Politics and Developmentにて環境分野を中心に開発学を専攻されている岩井 隆志さんです。国際協力の仕事にたどり着いた経緯、実務経験を積んだ後に学問として改めて国際協力や開発について学ぶ理由をお伺いしました。

学部時代、新卒での就職について

佐藤:学部時代と新卒での就職について教えてください。

岩井さん(以下、敬称略):大学では法学部で政治経済について学んでいました。法学部を志望した理由は、法治国家として世間で共通のルールとして法律があり、それに基づいて活動が行われているので、その基本原則を理解したかったということ、その枠組みを利用した政治経済について勉強し、ルールが異なる国でどのように経済活動を進めるかを知りたいと思ったからです。大学時代は国際協力には親しみがなく、新卒では、広告が人に与える影響の大きさに興味を持って広告会社に入社し、クライアントの広告を主に雑誌に掲載する営業を担当していました。仕事にはやりがいを感じてはいたのですが、30歳という区切りの歳が見えてきたところで自身の将来について考えてみると、まだ挑戦していないことが多くあることに気づき、改めて今後のキャリアについて考えるようになりました。そこで出会ったのが青年海外協力隊です。実は、青年海外協力隊への応募を考えたきっかけは電車内の広告でした。青年海外協力隊といえば、開発途上国で井戸を掘って現地の水供給に貢献するというイメージばかり持っていたのですが、調べてみると多種多様な案件があり、私にもできることがあるのではないかと思うようになりました。


青年海外協力隊について


佐藤:青年海外協力隊ではどのようにして派遣先や業務内容が決まりましたか。

岩井:特別な資格を有する訳ではないことから応募分野の選択肢はある程度限られていましたが、これまでの経験から環境教育へ応募しました。その背景として、小学生から始め、大人になって指導者として関わり続けたボーイスカウトの経験がありました。ボーイスカウト活動でのキャンプ等の野外活動、ゴミ拾いや募金活動を通じて、人間の活動は自然を借りることで成り立っているという考えを育んできたことから、青年海外協力隊の活動で自然との共生の重要性を伝えられればと考えたのです。志望した国について、当時の青年海外協力隊の制度では、派遣先の国を3か国希望することができたのですが、今後国際協力の分野でキャリアを構築するにあたり、言語は自身の強みになると考え、フランス語圏を主に志望していました。実際には、派遣先は中東のヨルダンのペトラになったのですが、日本人学習者の少ないアラビア語を学ぶ機会を得るきっかけにもなったので、結果的によかったと思っています。

佐藤:ヨルダンでの具体的な業務について教えてください。

岩井:私が青年海外協力隊として活動していたのは2017~2019年で、公立の小学校、中学校、高校等を主に管轄しているペトラ教育局に配属されていました。そこから配属先近隣の小学校に出かけて行って、日本でいう総合の科目で環境に関するアクティビティを行っていました。当初、どのような内容を授業で取り扱うべきか悩んだのですが、ヨルダンについて調べていくうちに深刻な水不足問題があることを知り、最終的には主に水をテーマにした授業を行っていました。具体的な理由として、ヨルダンでは、水不足にもかかわらず政府からの補助金により水が比較的安価に売られているため、飲みかけの状態で水を捨てている場面によく遭遇しており、水の重要性をもっと知ってもらう必要があるのではないかと考えたからです。子供たちもSDGsについては多少の知識があるようだったことから、SDGsの目標6「安全な水とトイレを世界中に」を入口に授業を組み立てて活動を行っていました。しかし、実を言うと、私の授業がどれだけ現地の人々に響いたのか、活動中にはよく実感が湧きませんでした。もしかしたら、彼らの水や環境に対する意識変革のきっかけになったかもしれないと自分の中で納得していますし、活動自体は様々な面で良い経験となりました。他方、ヨルダンでの活動を振り返ると、文化・宗教・人生観など現地で教わったことの方が多かったように思います。

青年海外協力隊として授業で水の濾過の実験をする様子

JICAでの業務について

佐藤:青年海外協力隊の後はJICAに勤務されたということですが、どのような経緯で次の勤務先を選びましたか。

岩井:実際のところ、青年海外協力隊の活動が終わるまでは次のキャリアについてあまり考えていませんでした。ただ、ヨルダンの首都アンマンに難民として住むシリア人の現状を日本に広めるアドボカシーを行う団体と知り合う機会に恵まれ、青年海外協力隊の活動と並行して、休日に個人的に参加していました。ヨルダンはシリア、パレスチナ、イスラエル、イラク等に囲まれ、地政学的に他国の影響を受けやすい場所に位置しています。シリア難民の家庭訪問を通じて、(当たり前ですが)開発途上国の人々の暮らしにも境遇によって大きな格差があることを目の当たりにして、国際協力を通じてそのような状況を改善したいという思いを抱くようになり、開発業界に携わっていくことを決めました。ただし、その時点では、社会開発や難民支援と環境教育隊員としての活動で経験した環境分野の協力をどのように結びつければ良いのか、はっきりとは見えていませんでした。そのため、日本に帰国後は、JICAの「PARTNER」というキャリアサイトで国際協力に関する仕事を探しました。国際協力といえば日本ではODAが大半を占めると考えたため、日本が行う国際協力を学ぶためにJICAでの仕事を希望しました。結果として、縁あってJICA四国の専門嘱託として草の根技術協力事業を担当する機会を得ることができました。

佐藤:JICA四国での業務はご自身のキャリアに影響を与えましたか。

岩井:国際協力に対するイメージが覆されました。それまで、いわゆる国際協力や開発というと、政府機関などの公的機関が主導して開発対象国政府と具体的な協力内容を決め、活動を実施していくものというイメージがあり、民間セクターやNGO等の市民組織がどのように関わるかを理解していませんでした。JICAで草の根技術協力を担当したことで、多くの民間企業やNGO、自治体等が開発途上国で国際協力を実施する意思を有し、(JICAと協力、もしくは独自に)活動する状況を目の当たりにして国際協力業界の新たな一面を知ることができました。これらのアクターが開発途上国で活動する理由は様々あると思いますが、JICA四国で勤務している際に学んだ、日本の課題と海外の課題を一元的に捉えるという故緒方元JICA理事長の「内外一元化」という言葉がその理由のうちの一つであると感じました。その他、JICAでは開発途上国から国の将来を担う人材等を対象として、日本で様々な研修(課題別、国別、青年、長期:修士/博士号取得)を通じた人材育成を行うなど、対象国で実施するだけではなく、日本国内における国際協力があることも学びました。

佐藤:その後は中東地域で企画調査員としてご勤務されたとのことですが、本部ではなく在外事務所を選んだのはどのような理由からでしょうか。

岩井:青年海外協力隊で開発の最前線である現場を知り、JICA四国での業務で日本国内における国際協力という視点を得ることができました。本部で開発の全体像を知るという選択肢もありましたが、現場と本部の間に立ち、日本の本部の方針を理解したうえで現場目線で調整ができる在外事務所での仕事に魅力を感じました。在外事務所を選択する際には、青年海外協力隊を通じて得た中東地域とアラビア語の知見、また、水をはじめとする環境分野でキャリアを築くことを念頭に応募を進めました。



青年海外協力隊での同僚とのピクニック

大学院について

佐藤:開発の実務経験を豊富にお持ちの中、大学院への進学を決めた理由を教えてください。

岩井:企画調査員として在外事務所で勤務するなかで、自身の課題として専門性が不足していると感じるようになりました。在外事務所は現場に近く、一方で本部の方針も理解する必要があるのですが、内外関係者との課題分野の検討などの議論において自信をもってエビデンスを提供することができませんでした。そのため、大学院で学問的な観点から開発、特に環境分野に関する理論や知識を得ることで、自身のバックグラウンドに専門性を持たせ、実務に活かしたいと考えました。

佐藤:進学先はどのようにして検討しましたか。

岩井:最初は、オランダのワーヘニンゲン大学で農業の視点から環境について学びたいと考えていました。ただ、自身の年齢を踏まえると修了までに2年間を要することがボトルネックになり、1年で修士号を取得できるイギリスがより現実的と考えました。イギリスの大学院では、SOASとSussexで迷ったものの、モジュールを比較した結果、水と開発に特化した授業があり、その教授がワーヘニンゲン大学出身であることから前者を選びました。

佐藤:入学してみて、実際のところ学修や生活はいかがですか。

岩井:SOASは地域研究を専門としていることもあり、教授陣も学生も多国籍であることは認識していましたが、入学してみて、その想像をさらに上回るほど、世界の様々な場所から人が集まってSOASのコミュニティができていると感じます。これまで仕事で関わることがなかった地域出身の学生と議論をすると、自身にはない新たな視点を得ることができ、とても面白いです。学修については、Term 1に履修している4モジュールのうち、3つは国際法系統の授業です。なかでも、国際環境法の授業は特に興味深く、国際環境条約等の理論と実際の運用における課題などについて学んでいます。開発の最前線における即戦力の知識にはならないかもしれませんが、環境分野における国際的な潮流の把握や、各国での環境系協力案件の立案・実施における国際条約やそれに適合する国内法規、課題などを理解するためのバックグラウンド知識として役立つと考えています。また、SOASを選択した決め手である水に関する授業は、理論を社会実装した際にどのようになるかがイメージしやすくなりました。生活面では、イギリスはほぼ毎日曇りか雨のため、中東のくっきりした青空が懐かしくなります。

佐藤:大学院修了後のキャリアについてはどのようにお考えですか。

岩井:現時点で定まったものはありませんが、環境関連の基礎と専門性を得て、JICAの環境系のプロジェクトに関わりたいと思っています。JICA以外にも、例えばNGOや在外公館の専門調査員、期限付き職員なども選択肢として考えています。長期的には、やはりいつかはUNDPやUNEPといった国際機関でも勤務し、各組織の強みやアプローチの違いを理解したいです。また、気候変動の影響により、環境変化を原因とした環境難民が生まれている現状があるので、そのような人を対象とした人道支援にも関心があります。

   大学院留学中に参加したロンドンでのエド・シーランのコンサート

最後に

佐藤:開発分野での大学院進学や就職を目指している方々にメッセージをお願いします。

岩井:海外大学院への進学はハードルが高いと思いがちかと思います。私もそうで、私が大学生の時に海外への進学・就職を目指す人は多くいませんでした。ただ、実際にイギリスの大学院に入学してみて、挑戦してみれば入学そのものは過去に想像していたほど高いハードルではなかったと感じます。奨学金などの資金面も含め、いまは活用できるツールもたくさんあるので、まずは情報収集を始めてみてください。イギリスの大学院は1年という短期でインテンシブなコースなため、メリットもあればデメリットもあります。正直、2年の時間をかけたらもっと深く理解できるだろうと感じることもあり、ご自身のこれまでと今後のキャリアをよく考えたうえで進学先を検討する必要があります。国際協力や開発という分野は多岐にわたるため、例えば私のように環境を中心に学んだとしても、必ずしも環境に直結する仕事を目指す必要はないと考えており、基礎部分としてご自身の軸は持ちつつも、別の興味関心があればその分野の知見も蓄え、守備範囲を広げていくと良いのではないかと思います。