2回:防災と開発について

導入

2月6日未明にトルコとシリアの国境付近で地震が発生し、2月18日時点で4万人以上の死者が確認された。地震の映像を見ると、被災地の建物がパンケーキのように崩壊している様子がとりわけ印象的であった。このように、古い基準で設計された建物による“パンケーキクラッシュ”現象が、被害を拡大させた可能性があると指摘されている(NHK, 2023)。

日本に住んでいると、防災や減災への取り組みは、極めて当たり前であると感じる。しかし、その当たり前は、途上国において、なかなか実現されていないのが実情である。中央政府や地方政府に防災を担当する部局が存在しない国や、経済発展を優先し、防災に予算をなかなか回せない国もある。

しかし、防災と開発は決して相反する存在ではない。むしろ、防災に取り組むことはよりよい開発に直結する。まず、災害は開発の成果を破壊する。災害による人命損失は年々改善されている一方、経済損失はますます課題になってきている。2022年に災害が世界にもたらした経済損失は3,130億ドルと推定され、そのうち保険がかけられているのは半分以下である(Reuters, 2023)。防災をせずに開発を続けることは、非常に大きなリスクを負うことに等しい。次に、開発がその副作用として新たな災害を招く危険がある。例えば経済発展と都市化によって、農村型水害が都市水害に転換していく。さらに、経済発展に伴う環境破壊は、生態系を壊し、大型台風を始め、各地で異常気象を引き起こすようになる(UN, 2019)。

上記のように、防災と開発は複雑に関係しているが、防災なしでは、持続的な経済発展も、平等な社会構築も難しい。本稿はまず、防災において災害リスクの軽減の大切さを紹介し、災害リスクの構成要素についても軽く触れる。その後、途上国で防災を実施する上で、特に重要な注意点を2つ取り上げる。

 災害リスクの軽減(DRR)

DRRとは、Disaster Risk Reductionの略称で、災害リスクの軽減を表す。災害リスクの分析や脆弱性の把握を通して、リスクを軽減するための体系的なアプローチでもある。DRRの目的は、物理的な影響を減少し、住民の命を守るだけではない。災害がコミュニティや住民の資産、及び経済・環境に与える影響を最小限に抑えることを目指している(UN, 2019)。

災害リスクは、(物理的な)危険性、(住民や土地の)脆弱性、および(住民や自治体・政府の)能力の欠如の3つの要素に分解することができる。リスクを軽減するのに、火山や地震など、災害を引き起こすそのものをなくすか、脆弱性を軽減するか、能力を向上するしかない。これらの要素の関係を、北斎の富嶽三十六景を使って説明する論文はなかなか興味深かった。船が波に飲み込まれることが災害そのもので、津波と火山(背後の富士山)はハザードであるという。船に乗っているであろう漁夫は、富士山のすぐ麓に住み、防災対策もないので、その地域は脆弱性が高いと判断できる。災害が来たときに、漁夫は船に乗って逃げるしかないが、彼らの運転技術と船の丈夫さで、その村の防災能力が決まる(Wisner et al., 2004)。災害そのものをなくすことは、現時点の技術ではなかなか対応できないので、住民の土地の脆弱性を減らし、住民や自治体・政府の能力を高めることにフォーカスしている。

DRRを実施する際の注意点

途上国の開発においてDRRを実施する際、様々な事項を留意する必要がある。本稿はとりわけ大事なものを2つ取り上げる。

1.     公平性と平等性

災害時には、様々な不平等や不公正が潜んでいる。

(i)             ジェンダー

女性は様々な角度から災害の影響を受けやすく、色んなリスクに直面していることが広く認識されている(Fordham, 2003)。どの災害も、ほとんどの場合において、女性の死者は男性の死者より多い。また、女性のほうが、身体的・心理的な健康リスクを負う確率が高い(Fatema et al., 2019)。さらに、男性から女性への暴力(性暴力含む)は、災害が起こった時やその後に急増するケースが多い(Abiona and Koppensteiner, 2018)。

(ii)            障害

障害を持つ者は、適時に警告を受ける可能性が低く、避難経路や公共の避難所へのアクセスが困難または不可能である。さらに、災害後、避難所施設に入れてもらえないことも多い(Twigg, 2017)。

(iii)          貧困

貧困層はしばしば、災害への備えがなく、非正規労働をしているため、被災後に失業してしまうリスクも大きい。災害によってさらに貧困になる悪循環に陥ることも多い(SAMHSA, 2017)。

(iv)          人種

人種的・民族的マイノリティは、普段さほど差別を受けていない地域でも、災害時に不当な扱いを受けることが多い(Bethel et al., 2013)。

他にも、子供や老人、外国人などが災害時に不公平な扱いを受ける可能性がある。開発観点における防災は、ただ物理的に建物を丈夫に建てる話ではない。防災や避難中、被災後において、誰でも身の安全と精神上の健康を維持できることを目指している。

 2.     コミュニティベースのアプローチの必要性

ほとんどの国において、防災への取り組みに着手するのは中央政府か地方政府である。しかし、防災の体制や法的枠組みが確立されていない国や、ガバナンスが脆弱な国も多い。そこで、防災の推進において、トップダウン型の制度改革や戦略だけ[KT1] に留まらず、ボトムアップ型の地域・コミュニティベースのアプローチも取り入れる必要がある。トップダウン型の制度改革や戦略はよく議論されているが、実際に震災が訪れた際、最初に頼れるのも、持続的に頼れるのもコミュニティである。日頃から住民間の絆を作り、災害に対する備えとして地域資源と能力を有効に活用していくことが大事である。ムンバイの例を一つ挙げる。ムンバイでは1996 年に ALM(Advance Locality Management)と呼ばれる取組を始めた。普段から、同じコミュニティに住む人々に集まってもらい、清掃などのプログラムに多く参加してもらった (Surjan et al., 2009)。2005 年、ムンバイは壊滅的な洪水に見舞われ、多くの人命が失われたが、ALM を実施した地区では被害が少なかった。そのような地区では、人々は日常的にコミュニケーションをとり、お互いをよく知っていたため、最初に救助されるべき人(老人、障害者、妊婦など)を理解し、優先的に救助の順番を譲り合った(同書)。

 まとめ[KT2] 

本稿は、まず防災と開発は相反しないことと、持続的な開発を達成するには、むしろ防災への取り組みは不可欠であることを論じた。その後、土地や住民の脆弱性を減らし、住民と自治体・政府の能力を高めることで、災害リスクを軽減して防災することの大切さを訴えた。最後に、途上国でDRRを実施する際、特に留意する2つの事項について取り上げた。近い将来、災害がもたらす涙を少しでも減らしつつ、持続的可能な発展をする社会の実現を心から願う。

参考文献

Abiona, O. and Koppensteiner, MF. (2018) ‘The Impact of Household Shocks on Domestic Violence: Evidence from Tanzania.’, IZA Institute for Labor Economics, 11992. Available at: https://docs.iza.org/dp11992.pdf (Accessed: 23 December 2022).

Albrecht, F. (2017). The Social and Political Impact of Natural Disasters Investigating Attitudes and Media Coverage in the Wake of Disasters. [online] Available at:

https://uu.diva-portal.org/smash/get/diva2:1090236/FULLTEXT01.pdf.

Bethel, J.W., Burke, S.C. and Britt, A.F. (2013). Disparity in disaster preparedness between racial/ethnic groups. Disaster Health, 1(2), pp.110–116. doi:https://doi.org/10.4161/dish.27085.

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UN (2019). Global Assessment Report on Disaster Risk Reduction 2019. [online] United Nations. Available at:

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NHK (2023). 「パンケーキクラッシュ」で被害拡大か トルコの大地震. [online] NHKニュース. Available at:

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230208/k10013974801000.html [Accessed 8 Feb. 2023].

Wisner, B. et al. (2004). At Risk: Natural Hazards, People’s Vulnerability and Disasters. [online] Google Books. Psychology Press. Available at:

https://books.google.co.uk/books?id=3CA8mT0vLFgC&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_ViewAPI&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false [Accessed 8 Feb. 2023].

SAMHSA (2017). Disaster Technical Assistance Center Supplemental Research Bulletin Greater Impact: How Disasters Affect People of Low Socioeconomic Status. [online] Available at: https://www.samhsa.gov/sites/default/files/dtac/srb-low-ses_2.pdf. [Accessed 8 Feb. 2023].

Surjan, A., Redkar, S., & Shaw, R. (2009) ‘Community based urban risk reduction: Case of Mumbai.’, in R. Shaw, H. Srinivas, & A. Sharma (eds.), Urban risk: An Asian perspective. London: Emerald Publication, pp. 339–354.

Fatema, SR. et al. (2019) ‘Women’s health-related vulnerabilities in natural disasters: a systematic review protocol.’, BMJ Open, 9(12), doi:10.1136/ bmjopen-2019-032079.

Fordham, M. (2003) `Gender, disaster and development: The necessity for integration.’, in M. Pelling (Ed.) Natural disasters and development in a globalizing world. London: Routledge, pp. 73–90.

Twigg, J. (2017). Equalizing Access: Ensuring People With Disabilities Don’t Lose Out in Emergency Shelters. [online] hazards.colorado.edu. Available at: https://hazards.colorado.edu/news/research-counts/equalizing-access-ensuring-people-with-disabilities-dont-lose-out-in-emergency-shelters#:~:text=People%20with%20physical%2C%20psychosocial%2C%20and [Accessed 8 Feb. 2023].

文責:章雅涵(22-23年度運営)