第12回生物学基礎論研究会

【第12回生物学基礎論研究会】

第12回生物学基礎論研究会は下記の日程で開催されました。
日時:2018年9月8日(土)~9日(日)
場所:統計数理研究所
〒190-8562 東京都立川市緑町 10-3
アクセス方法:立川駅より徒歩25分、多摩モノレール高松駅より徒歩10分、立川バス「立川学術プラザ」(正門前に停車)
参加費:無料

特別講演(敬称略)
-三中信宏(農環研/東大)
-三分一史和(統数研)

連絡先:
森元良太(北海道医療大学)
ryota@pb3.so-net.ne.jp 

プログラム・発表要旨集は、本ページ下記に記載のとおりです。
また発表要旨集は、本ページ最下段からダウンロードできます。

【第12回生物学基礎論研究会 プログラム】

9月8日(土)
<開会の挨拶>
10:00-10:10 森元良太(北海道医療大学)

<一般講演 第1部>
10:10-11:10  島谷健一郎(統計数理研究所)
 「生物多様性における統計数理の役割を再考する」
11:20-11:50 佐藤直樹(東京大学大学院)
 「統計解析に基づく現代生物科学史の特徴付け」
11:50-12:20 網谷祐一(東京農業大学)・伊勢田哲治(京都大学)
 「種の論争はパーフィットから何を学べるか」

<一般発表 第2部>
13:40-14:40 冨高辰一郎(パナソニック健保組合・京都大学)
「一般人口の抑うつ評価尺度のスコアは指数分布に関係した分布に従う」 
14:50-15:50 権藤洋一(東海大学・理化学研究所)
「ゲノム時代における統計遺伝学と量的遺伝学」

<特別講演1>
16:00-17:00 三中信宏(農研機構農業環境変動研究センター)
「生物体系学の系譜をたどる道のり:科学史・科学哲学・数学のはざまで」

<懇親会>
18:00-
 当日会場にて案内します。ふるってご参加ください。

9月9日(日)
<一般講演 第3部>
10:00-10:30 松本俊吉(東海大学)
「適応的説明はデフォルトとされるべきか」
10:30-11:00鈴木治夫(慶應義塾大学)
「プラスミドの宿主細菌の過去予測と多様性測定」
11:10-12:10 坪川 達也(慶應義塾大学)
「鏡像認知と自己認知」

<書評シンポジウム>
13:30-14:50 佐藤直樹(東京大学大学院)・中島敏幸(愛媛大学大学院)・松本俊吉(東海大学)

<一般講演 第4部>
15:00-15:30 船渡川伊久子(統計数理研究所)
「「差がない」という帰無仮説が棄却されないこととは」

<特別講演2>
15:30-16:30三分一史和(統計数理研究所)
「時系列解析における確率論的、決定論的アプローチ」

<総合討論>
16:40-17:00

第12回生物学基礎論研究会発表要旨集

9月8日(土)
【一般講演 第1部】
島谷健一郎(統計数理研究所)「生物多様性における統計数理の役割を再考する」
 生物多様性研究は自然観察から始まる。しかし、フィールドワークだけで得られる知見には限界がある。数理モデルや統計モデルを活用することで、フィールドデータから得られる知見は何倍にも膨れ上がる。古くはロトカ・ヴォルテラに始まる多種共存モデルや絶滅リスク評価などの数理モデルが活用されているし、多様性データと環境の関係性などでは一般化線形モデルとその発展版が盛んに使われている。
 ただ、これらは大胆にくくると、数学や統計を道具として、生物多様性研究に利用しているに過ぎない。
 そうではなく、生物多様性研究を起源とし、ここを発祥の地とする数学の概念や統計モデルに何が挙げられるだろう。
 例えば、進化モデルは、遺伝的アルゴリズムなど、他分野に波及し新しいモデルを生み出している。では、目の前の生物群集の調査で得られる多様性データ(種とその個体数)を起源とする統計や数学概念として挙げられるものはあるだろうか?個体数推定は、状態空間モデルのひとつの起源であるが、数学化はカルマンフィルターなどに比べて出足が遅れた。
 ここでは、「観察できなかった種の推定」という統計モデルと、多様性指数が満たすべき条件という数学、をそれぞれの例として挙げられるか、検討する。
 前者、古く第2次大戦中のTuringによる暗号解読で使われたと言われる統計モデルで、文献を眺める限り、観察されなかった種数の推定をイメージして作られたように見える。観察できなかったものをどうやってデータから推定するのか。まさしく「想定外」を科学する。単純には、仮定を設けることでデータを外挿するというアイデアである。
 多様性指数は、以前からエントロピーなどが援用されているが、両者に共通点はあるものの概念としては明確に異なるはずのものである。そこに、α-, β-, γ-多様性という概念の確立が合わさって、多様性を起源とする定量化が生まれている。

佐藤直樹(東京大学大学院総合文化研究科)「統計解析に基づく現代生物科学史の特徴付け」
 生物学の歴史・哲学の考察は従来,研究者が特に注目する研究やターゲットとなる学者の思考過程を再構成するなどの形で,いわば主観的に行われてきた。これに対し,メタ研究は,研究領域と時間の広がりの中で,過去に行われた研究を俯瞰する研究であり,科学史・科学哲学に対して客観的な知見を与える可能性があるものの,まだ始まったばかりである。私は特に「生物の生き物らしさ」に対する認識が生物学の中でどのように機能しているのかに注目して,メタ生物学研究に取り組んできた。まず,アメリカ生物工学情報センター(NCBI)のデータベースPubMedに採録された32の主要生物系学術誌(主に分子細胞生物学の文献)を対象とし,1965年から2014年までに掲載された全論文の登録情報をXMLファイルとしてダウンロードし,Base XというXML処理システムに取り込んだ。さらにRソフトウェアのtm(テキスト処理)パッケージを利用して,タイトルと要旨に高頻度で含まれる用語として322語(語幹のみ)を抽出した。これらの語について,その出現頻度の年次変化に基づいてクラスタリングを行った。その結果,年代とともに減少するクラスター1,年代とともに増加するクラスター3,大きな年次変化がないクラスター2に分類された。さらに平均情報量を求めた結果,1987年と1997年に極大が見られた。このことは,これらの年を境として生物科学論文に使用される用語が大きく変化したことを示しており,分子細胞生物科学が三つの時代に区分されることを示している。それらを生化学期,遺伝子クローニング期,ゲノム期と呼んでおく。各時期における研究方法,研究材料,研究対象,研究目標,研究態度などに興味深い特徴がある。生化学期では方法的な記述・実験そのものの記述が中心で,客観的な姿勢が目立つ。一方,ゲノム期ではfunction, role, mechanismなどの用語が著しく増加し,essentialやimportantなどの強い肯定表現も見られる。単なる因果関係を越えた機能・役割の強調は目的論を導入することになり,一般人にもわかりやすい反面,生命に対する考え方に深刻な影響を及ぼす恐れがある。おそらくこれは,研究費獲得に対する成果の社会的還元として,研究成果を誰にでもわかる形で強調することが広まったためであるが,生命を冷徹に見つめる視点を提供する活動の重要性を改めて認識させられる。

網谷祐一(東京農業大学)・伊勢田哲治(京都大学)「種の論争はパーフィットから何を学べるか」
 「ひとの同一性」(personal identity)にかんするデレク・パーフィットの還元主義的説明――ひとの同一性ではなく心理的関係が、脳分割の事例のような我々にとって重要な問いに答えるために重要である――の帰結については広く議論されてきた。これに対してひとと種の間の並行関係についてはあまり注意が向けられてきたとは言えない。本発表では、パーフィットの説を「種」という概念に適用し、その帰結について考える。そうした帰結の一つは、種分化の研究において重要なのは、特定の個体群が(いつ)種になるのかではなくて、その背後にある因果的・歴史的プロセスを明らかにすることであるということである。
 この目標のために、まず我々はひとの同一性に関して立てられたパーフィットの説を一般化する。ここで重要になるのが「いくらか不正確な要約リポート」(“a somewhat inaccurate summary report,” 以下SISR)という概念である。これをパーフィットのひとの同一性の説に当てはめると、彼の主張の一部は「ひとについての二値的な表現(私はバラク・オバマであるかどうか)は、その背後にある心理的関係についての(程度を許す)表現のSISRである」と解釈できる。この解釈によれば、ひとについての表現は多くの状況を記述するのに有効であるものの、一方脳分割の事例のように、「ひと」の観点から事態を記述することが哲学的困難を招き、さらに「何が我々にとって大事なのか」を明らかにするのに役立たない場合も存在するのである。
 次いでこの一般化されたパーフィット的還元主義を種に適用する。これによって、ひとの同一性と同様の状況が種についても生じている(とりわけ種分化の研究にとって)ことがわかる。この文脈で重要なのは、著名な進化生物学者であるジェリー・コイン&H・アレン・オアとガイ・ブッシュの間に交わされた二つの論争である。彼らは種分化研究にかかわる方法論的問題――種分化研究を始める前に種を定義すべきかという問題――について意見を異にするだけでなく、具体的な種分化の問題――米国のリンゴミバエ(Rhagoletis pomonella)のホストレースが同所的種分化の過程にあるか――についても論争する。本発表ではこの二つの論争を取り上げ、第一の概念的・方法論的対立が第二の論争に対してほとんど影響を与えていないという事実から、種分化の研究者にとって重要なのは、ある個体群を種と呼ぶかどうかではなく、その背後にある種分化プロセスの因果的関係を理解することであると論じる。

【一般講演 第2部】
冨高辰一郎(パナソニック健保組合・京都大学)「一般人口の抑うつ評価尺度のスコアは指数分布に関係した分布に従う」
 ヒトは嫌なこと、辛いことがあると気分が憂鬱になり、抑うつ症状が出現する。抑うつ症状には、抑うつ気分、意欲の低下、といった心理学的なものから、睡眠障害、食欲低下といった身体的なものまで様々なものが含まれる。現在の精神医学の診断基準では、ある程度の重い抑うつ症状が、2週間以上継続すれば、うつ病と診断される。ではこういった抑うつ症状の総スコアや項目反応のスコアは社会全体ではどのような分布を示すのであろうか。
 我々は大規模データを用いれば、一般人口における抑うつ評価尺度の項目反応や総スコアの分布に何らかの特徴的な数理パターンが見出せるのではないかと仮説を立て、研究を開始した。その結果一般人口における抑うつ評価尺度の項目反応や総スコアが、指数分布に関係した数理パターンに共通して従うことを見出した(Tomitaka et al 2016)。この数理パターンは、日本、英国、米国、アイルランドといった国々の様々な大規模疫学データで、抑うつ評価尺度の種類に関係なく、再現性が認められた。
 興味深いのは、抑うつ総スコアの分布は20代から70代まで非常に安定していることである(Tomitaka et al. 2018)。 一般的に生物の生理学的指標や機能指標は高齢化に伴って大きく変化することを考えると、興味深い所見と思われた。
 抑うつ症状のスコアが正規分布ではなく、指数分布に関連した分布を呈示したことも興味深い。指数分布は、一分子の持つエネルギー、1人が持つお金、といった最大エントロピー原理(総量は安定しているが、個々の間で交換される)が成立する場合に出現するが、抑うつ症状の分布にも同様の原理が関係しているのかもしれない。

権藤洋一(東海大学・医学部、理化学研究所・統合情報開発室)「ゲノム時代における統計遺伝学と量的遺伝学」
 超高速ゲノム解読によってゲノム診断/個別化医療が実現しつつある。デザイナーベイビーまで議論されている。有効安全なゲノム情報利用に向け、古典統計遺伝的に再検討する。現在、100万人を越えるヒトゲノム解読解析が全世界で進み、単因子疾患解明とその臨床応用をまず目指している。しかし疾患を含めほぼ全て多因子形質(complex traits/diseases)であり、その概要すらわかっていない。実験集団遺伝学では、適応度などの量的形質を、遺伝要因と環境要因へ、さらに、遺伝要因を相加要因と顕性(優性)要因へと分割し統計解析が進んだ(例, Mukai et al. Genetics 76: 339-66, 1972)。こういった解析において、要因間の相互作用(=epistasis)は一般的にゼロとして議論されている。いまヒトゲノムは、コーディング配列1.2%を省き、ほとんどがダークマターとしてほぼ未解明のままである。ゲノム解析からncRNAなどが抽出されさまざまな遺伝子発現ネットワークに複雑に絡むとされ、epistasis解明の重要性が高まっている。遺伝率の高い集団や形質を捉え統計遺伝学的に解析することが解明の鍵となる(権藤, 生物の科学遺伝22: 241-43, 2017)。自閉症、統合失調症、双極性障害などが候補であろう(Burmeister et al. Nat Rev Genet 9: 527-40, 2008; Gondo Nat Rev Genet 9: 803-10, 2008)。一方でゲノム時代とともにiPS細胞やゲノム編集への期待と懸念両面から社会的議論も進んでいる。1方法として、量的形質は「平行集団では平均値も分散も一定」という知見から学術的議論を進めたい。適応度で考慮すると、平行集団では平均値がもっとも高く、同時に、常に一定の分散値を維持することを意味する。もし、量的な疾患形質が平衡状態にあれば「平均値に戻すことが正しいゲノム医療」となる。是非は別としてデザイナーベイビーにも当てはまる。ただし、平均値ばかりに集中すると、集団としてはいわゆる近交弱勢をもたらす。

【特別講演1】
三中信宏(農研機構農業環境変動研究センター)「生物体系学の系譜をたどる道のり:科学史・科学哲学・数学のはざまで」
この一年の間に私が出版した3冊の単著:『思考の体系学:分類と系統から見たダイアグラム論』(2017年4月,春秋社),『系統体系学の世界:生物学の哲学とたどった道のり』(2018年4月,勁草書房),『統計思考の世界:曼荼羅で読み解くデータ解析の基礎』(2018年6月,技術評論社)は,その成立と内容から見てひとつの“単系統群” を構成する “姉妹本”である.本講演では,これら3冊をふまえて,生物体系学の現代史とその意味をたどる.『思考の体系学』で論じたように,対象物(オブジェクト)の分類と系統は体系化のためのふたつの柱であり,その可視化を支えてきたダイアグラムの理論は統計学と離散数学のバックグラウンドを有する.そして,生物体系学の科学史を振り返るとき,離散数学と統計学とは互いに密接に関連しながらその姿を発現した.とりわけ,『統計思考の世界』において強調されたデータ可視化の一般的理念は,共通言語であるグラフィクス(ダイアグラム)を介して,生物体系学という個別分野において大きな役割を果たしてきた.そして,『系統体系学の世界』では,グローバルな科学哲学がしだいに個別のローカルな科学を対象とするようになるとともに,科学と科学哲学の関係も変容したことを示した.科学哲学の対象がいずれの個別科学かによってそのつど微調整が科学哲学側に求められるからである.生物体系学にはもともと研究対象(個体・個体群・種など)をめぐる“哲学的” あるいは “形而上学”な疑問が日常的に浮上するという特徴があった.さらに,生物界の進化史あるいは進化過程を復元する課題は歴史仮説をいかにして経験的に推論するのかという科学哲学の問題と直結する.体系学や進化学においては,普遍法則の発見ではなく,個別事例の記載や復元が目的となることが多いという特徴がある.個別科学としての生物体系学が,一方では科学哲学,他方では離散数学と統計学という複数の次元から構成される領域のなかでどのような歴史をたどってきたかはきわめて興味深い.
 
9月9日(日)
【一般講演 第3部】
松本俊吉(東海大学)「適応的説明はデフォルトとされるべきか」
 自然選択に訴える適応的説明と、外適応・スパンドレル・発生的制約等に訴える非適応的説明とは果たして相互排他的なのかという問題を考える。そのために、Andrews et al. (2002) “Adaptationism: how to carry out an exaptationist program”という進化心理学者たちによる適応主義の立場からの論文と、Lloyd (2015) “Adaptationism and the Logic of Research Questions: How to Think Clearly About Evolutionary Causes”という生物学哲学者による多元論の立場からの論文の論点を突き合わせる。
 Andrewsらは、非適応的対案の真実性は、適応的仮説(最適性モデルや特異的デザイン分析など)と現実のデータとの不一致によってしか示されないがゆえに、多元論者の側が、その対案の主張に先立ってあらゆる適応主義的説明の不成功を示す〈挙証責任〉を負うと主張する。それに対してLloydは、適応的説明と非適応的説明とは多元論的に共存可能かつ相互に対等な選択肢であるがゆえに、逆に適応主義者の側こそが、なぜ「機能」への問いを優先せねばならないのかを示す〈挙証責任〉を負うと論ずる。
 発表者はこうした「適応的説明の優先順位」に関する挙証責任という観点からこの問題に検討を加えた上で、この問題をサンショウウオの足の指の数の進化をめぐる、発生論者(構造主義者)のWake (1991)と、適応主義者(機能主義者)のReeve and Sherman (1993)との論争の解釈に援用する。その際、「内的選択」の概念に訴えることによって、「制約のゆえに形質Bでなく形質Aが発現している」という発生論的/構造主義的説明を、「形質Aは、内的な構造的安定性の観点から形質Bよりも優れているがゆえに選択されている」という選択的/機能主義的説明に読み替えることは可能なのか、という問題を考える。

鈴木治夫(慶應義塾大学環境情報学部)「プラスミドの宿主細菌の過去予測と多様性測定」
 細菌間を移動する染色体外DNA、すなわちプラスミドは、細菌の機能(薬剤耐性、病原性、物質代謝能など)の獲得に関与することが知られている。遺伝子水平伝播の理解には、プラスミドの宿主域の予測が不可欠である。様々な細菌で染色体とプラスミドの連続塩基組成(オリゴヌクレオチド出現頻度)が類似していることは、プラスミドが宿主の塩基組成を獲得したことを示唆する。そこで、細菌染色体とプラスミドの連続塩基組成に関する類似度に基づいて、各プラスミドの宿主域を過去予測した。すなわち、連続塩基組成に関する非類似度(マハラノビス距離)の小さい細菌をプラスミドの宿主候補とし、狭宿主域プラスミドと広宿主域プラスミドとの間で過去に滞在した宿主細菌の多様性に違いが認められるかどうかを検証した。
 プラスミド間の宿主域を比較するために、「細菌の種類」と「細菌間の距離」に基づいて宿主候補の多様性を測定した。先ず、「細菌の種類」(門・綱・目・科・属・種・株などの分類群の数)に基づいて各プラスミドの宿主多様性を測定した。分類群の数は、細菌間の距離を考慮しておらず、宿主候補として検出された菌株の数(利用可能なゲノム配列の偏り)によっても影響され得るという欠点を有する。例えば、プラスミド間の宿主多様性の高低が分類階級により逆転することがある。さらに新種・新属に再分類されている菌株もある。次に、種などの分類学的情報を用いることなく、16S rRNA遺伝子配列に基づく「細菌間の距離」に基づいてプラスミドの宿主多様性を測定した。狭宿主域プラスミドは、広宿主域プラスミドと比較して、宿主候補の多様性が低かった。この結果は、DNA塩基組成の解析がプラスミドの宿主域の予測に有効であることを示唆する。

参考文献
Suzuki H., Brown C.J., Top E.M. (2014) Genomic Signature Analysis to Predict Plasmid Host Range. In: Bell E. (eds) Molecular Life Sciences. Springer, New York, NY

坪川達也(慶應義塾大学、生物学教室)「鏡像認知と自己認知」
 前回発表では発生と運動形態から動物神経系の左右非対称性をミクロ視点で見た。今回は「鏡像認知」をマクロ視点から見て、動物、ロボット、ヒトの「自己認知」を通して両者の関係を考察したい。
 自己の左右非対称性が視覚認知されるのは鏡像においてである。しかし、魚類で水槽に鏡を入れると多くの魚で接近行動などの行動が示されるが、自己認知ではなく少なくとも同種認知を含む社会行動であると考えられている。またこの鏡接近行動は視覚認知のみであるが、マルチモーダルな“同群”認知(別個体を水槽の区画に提示する)より反応性が高いが、近年、社会行動の発達から刺激の同期性が関係するのではないかと示唆されている。
 鏡像認知と自己認知について、演者らは2011の第71回日本動物心理学会(慶應三田キャンパス)でワークショップを開き、“Gallop Test”を指標としてチンパンジー、カササギ、ゾウ、イルカ、イカ、ロボットの鏡像及び自己認知について討論を行いった。動物心理学研究(Vol62(1),p111-24,2012)にその成果をまとめたが、演者はその中で鏡像及び自己認知における動物の頭化(Cephalizaton)と情報構造の高次化(2次サイバネティックス)の必要性について言及した。
 これらに加えて、ヒトの鏡像認知の心理学、特に多段階説の「視点反転」の恣意性と言語人類学における左右指示語のない文化の存在や、“サリーとアン”課題における社会性の発達、トマセロの用法基盤言語学の意図理解とパターン発見の共通性、ラマチャンドラの“幻痛”における鏡を利用した治療と刺激の同期現象などの知見をまとめて、鏡像認知と自己認知の共通点と相違点を明らかにし、鏡像認知の進化的利点や起源を考える。

【書評シンポジウム】
佐藤直樹(東京大学大学院総合文化研究科)・中島敏幸(愛媛大学大学院理工学研究科理学系)・松本俊吉(東海大学)
本研究会会員の佐藤直樹氏が、著書『創発の生命学』をこの春青土社から上梓された。そこで、佐藤氏が本書を構想するきっかけともなった、2013年のISHPSSBモンペリエ大会における“Emergence and Downward Determination from a Philosophical Point of View”というセッションを佐藤氏とともに企画した中島敏幸氏と松本俊吉氏にコメンテーターになっていただき、佐藤氏の構想する「〈生き物らしさ〉の哲学」をどう捉えたらよいのかを会場も交えて議論したい。

【一般講演 第4部】
船渡川伊久子(統計数理研究所)「「差がない」という帰無仮説が棄却されないこととは」
 「差がない」という帰無仮説が棄却されないとき、「帰無仮説を採択する」、「帰無仮説を受容する」と表現することがありますが、これは帰無仮説が真だと信じたり、判断するのではありません。これは、わかりづらいかもしれません。誤解を避けるため、「帰無仮説は棄却できない」、「有意な差はない」、「帰無仮説を保留する」という表現も用いられます。医学分野では、既存薬に比べて「差がない」という帰無仮説が棄却されなかったことに基づいて、過去に新薬を承認したことへの反省があります。サンプルサイズが小さく、ばらつきが大きいほど差が出づらくなります。効率の高い、良質の臨床試験を行うインセンティブが失われがちという批判もあります。その後、同等性や非劣性の概念がガイドラインとともに定着しています。「差がある」ことを証明する場合に比べ、「差がない」あるいは「劣らない」ことの証明には、同等域あるいはこれ以上劣らない許容域をさらに定める必要があります。この設定が難しく、また事後的に定めると恣意的な印象を受けます。事後的な設定に関しては、臨床試験の事前登録が行われており、事前に試験計画書や解析計画書が作成されます。有意差を示すのか、非劣性を示すのかは、対照をプラセボ(偽薬)にするか実薬にするかの選択につながりますが、これは倫理的な問題とも関わります。「差がない」あるいは「劣らない」ことの証明に関わる話題を取り上げます。

【特別講演2】
三分一史和(統計数理研究所)「時系列解析における確率論的、決定論的アプローチ」
 ある時系列データを元にした未来の値の予測には大きく分けて過去の値の平均値や傾きなどの統計値を用いる方法、データの背景となるシステムの物理モデルを表現する方程式を用いる2つの方法が考えられる。振り子運動など単純なシステムではどちらの方法でも必要な予測精度は期待できるが、生体信号など、より複雑なシステムから生成される時系列の場合はどうであろうか? システムの物理モデルをより複雑にしたり非線形性を組み込んだりしてより完成度を上げれば予測が可能であるという立場をとるのが決定論的アプローチである。これに対し、完璧なモデルの構築は不可能で必ず予測誤差が生じると考えるのが確率論的アプローチである。種々の物理モデルの定性的な検証を行うのであれば前者のアプローチで良いが、データの定量的な分析やモデルのパラメータ推定を行うのであれば目的関数を設定する必要があり、予測誤差の分散を目的関数に設定することができる後者のアプローチをとる必要がある。また、後者のアプローチでは情報量規準を用いることで複数のモデルの性能の比較を行うこともできる。本講演では確率論的、決定論的アプローチの概略について議論する。そして、確率論的アプローチとして自己回帰モデル、外生変数型自己回帰モデル、多変量自己回帰モデルなど代表的な時系列モデルと実データへの適用法、モデル選択と因果性について解説する。
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