古事記後半原文。 古事記原理の応用:【須佐之男命泣きいさちるの段】 スサノオの研究心。
現実創造へ。古事記原理の応用問題。
始まりの前提 :
古事記の三貴子までは心の原理(言霊百神)を述べたものでした。
ここからは原理を得た心、習得した心はどうなるか、どのように現実を創造して行くかです。
いまスサノオのいる世界は理想的な平和な調和のとれた高天原世界です。あればあったで余れば分配し、不足していれば補い合う世界です。自然の運行と一致するように働く世界でした。物の生産は自然に従い、心にも過不足無く時の流れに満足している生活でした。
しかしそこにスサノオは、調和のとれた心とその社会に、より多くの大きな進歩を遂げるのに可能な道はないのかと思うようになりました。不足時には調和を持った補い合いだけでなく、普段から備蓄の充実した、それでいて分配選択に調和のある生産社会があるのではないかと思うようになりました。
スサノオは「ス」の主である天照す大御神を助ける「サ・佐=助ける」役目ですから、天照すの配分に係わる智慧はありませんが、海原(ウ次元の原)の領域を受け持っていて、その範囲内で天照すを助けウ次元の欲望充足、産業経済の生産社会とそれを導く知識(オ次元)を充実させようとしています。
このスサノオの天照すを補佐する思いが強過ぎ、自分の仕事を遂行していくのに、あることがおきるようになります。家庭の子供が家計を助けようと、手伝いや援助や家のことを放り出して家計の研究を始めてしまいました。高天原の方法、父母、長老、教師たちから教えられた方法意外にも、自分の担当する領域にはもっと上手い方法があるのではないか思うようになりました。
高天原の調和の原理を発見したのはいいけれど、そしてその運用に貢献するのもいいけれど、実際の家計の動きから逸脱しても、より良い方法、自分だけの方法、家の為になり、皆の為社会の為になる方法があるのではないかと、そういった考えを持つようになったのです。
原理を得て理解しても、その適用はまた別のことです。古事記は冒頭から数えて百神までを古事記の(心の)原理とした後、次に心の整理運用とその逸脱の仕方と訂正を知らせる応用続編として、上巻を神話の形を借りて作りました。
まず始めに、原理はある、ではその原理をどうするのか、という意思のイから始まります。
高天原での欲望充足ウ段の原理は、
あ・たかまはらなやさ・わ
ウ・ツクムフルヌユス・ウ
でした。
スサノオはそれに研究に研究を重ね、
あ・かさたなはまやら・わ
ウ・クスツヌフムユル・ウ
にしてしまいます。
そして遂には物質世界に邁進するため客観物だけの世界(根の国)を、研究したいと言い出します。
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原文。
故各隨2依賜之命1所レ知看之中。速須佐之男命。不レ治2所レ命之國1而。八拳須至2于心前1。啼伊佐知伎也。<自レ伊下四字以レ音。下效レ此。>其泣状者。青山如2枯山1泣枯。河海者悉泣乾。是以惡神之音。如2狹蠅1皆滿。萬物之妖悉發。故伊耶那岐大御神詔2速須佐之男命1。何由以汝不レ治B所2事依1之國A而。哭伊佐知流。爾答白。僕者欲レ罷2妣國根之堅洲國1故哭。爾伊耶那岐大御神大忿怒。詔然者汝不レ可レ住2此國1。乃神夜良比爾夜良比賜也。<自レ夜以下七字以レ音。>故其伊耶那岐大神者。坐2淡海之多賀1也。
訓読 : かれおのもおのも依さしたまえる命のまにまに知らしめす中に、速須佐之男命ハヤスサノオの命、依さしたまえる国を知らさずて、八拳ひげむなさきにいたるまで、泣きいさちき。
その泣きたまうさまは、青山を枯ら山カラヤマなす泣きからし、河海はことごとくに泣き乾しき。ここをもちて悪神アラブルカミの音なひ、さ蠅なす皆わき、万の物のわざわいことごとにおこりき。
かれ伊耶那岐の大御神、須佐之男命の命にのりたまわく、「何ゆえにか汝イミマシは事依させる国を知るらさずして泣きいさちる」とのりたまえば、もうしたまわく、「僕アは母の国・根の堅洲国にまからむとおもうがゆえに泣く」ともうしたまいき。
ここに伊耶那岐大御神イザナギのオオミカミいたく怒らして、「しからば汝この国には住むべからず」とのりたまいて、すなわち神やらいにやらいたまいき。かれその伊耶那岐大神イザナギのオオカミは、淡海オウミの多賀タガに座イますなり。
要点。泣くとはあまりにも昂揚した研究心のこと。
意訳 : こうしてそれぞれウオアエの世界を治める活動を始めることになったが、そのうちで速須佐之男命だけは、言われたウ次元世界の研究に没頭していました。
欲望の生産消費、産業経済の発展に心を砕き、天照すのカタマハラナヤサの父韻(ひげ)の運用に依る生産力の発展を研究していきました。
その研究の対象は自然との調和ある社会で発展はあるかで、今ここの高天原の調和世界での原理で自然を相手に豊饒は望めるかでした。マルクスの唯物史観ならば生産力の発展段階に応じた生産関係があるというだけですが、スサノオは意思の介入に依る主体側の活動法を探していきました。
今居るところは高天原ですからそこで使用できるのは、天照すの用いている、たかまはらなやさの父韻(髭・霊気・ひげ)です。スサノオはこれを研究に研究し(泣く)、その様子は、まるでウ次元(河海)、ア次元オ次元(アオ山)の破壊者(アラぶる神)のような熱中を持って行われました。
天照すのエ次元には手を出すことができないけれど、あまりの熱意の強さは高天原のウ次元の在り方を変え手がつけられなくなりました。どのような組織にも直ぐ起きてくる、取り巻き連中や官僚連中、施工者達の暴走のようです。始めは全て首長のため、領主の名においての善かれと思う事柄から出たことです。その為に古代朝廷では年二回の大祓(おおはらい)が行われてきました。
スサノオの研究は度が過ぎるようになりとうとう、主体世界から出て、客体側世界を直接運用できるのではないかとの疑問をもつようになります。そこで伊耶那岐の大御神が須佐之男命の命に尋ねたところ、高天原の精神主体世界から出て、客観客体世界に行って研究を続行したい旨を話します。
伊耶那美の神がいる母の国(黄泉・客観世界)があるのだから、それも調べて研究したということです。これを聞いた伊耶那岐の大神は、ひどく怒る素振りを見せましたが、この世の統率者(淡海の多賀・アワの箍)として当然のスサノオの態度を見て、精神界から出ることを許しました。
◆◆◆ ここから下、工事中 ◆◆◆
原文。
故於レ是速須佐之男命言。然者請2天照大御神1將レ罷。乃參=上2天1時。山川悉動。國土皆震。爾天照大御神聞驚而。詔我那勢命之上來由者。必不2善心1。欲レ奪2我國1耳。即解2御髮1。纒2御美豆羅1而。乃於2左右御美豆羅1。亦於2御鬘1。亦於2左右御手1。各纒=持2八尺勾ソウ(たま:王+聰のつくり)之五百津之美須麻流之珠1而。<自レ美至レ流四字以レ音。下效レ此。>曾毘良邇者負2千入之靫1。<訓レ入云2能理1。下效レ此。自レ曾至レ邇者以レ音。>附2五百入之靫1。亦所レ取=佩2伊都<此二字以レ音。>之竹鞆1而。弓腹振立而。堅庭者於2向股1蹈那豆美<三字以レ音。>如2沫雪1蹶散而。伊都<二字以レ音。>之男建<訓レ建云2多祁夫1>蹈建而。待問。何故上來。爾速須佐之男命答白。僕者無2邪心1。唯大御神之命以。問=賜2僕之哭伊佐知流之事1故。白都良久。<三字以レ音。>僕欲レ往2妣國1以哭。爾大御神詔。汝者不レ可レ在2此國1而。神夜良比夜良比賜故。以=爲C請B將2罷往1之状A參上耳。無2異心1。爾天照大御神詔。然者汝心之清明何以知。於レ是速須佐之男命。答白各宇氣比而。生レ子。<自レ宇以三字以レ音。下效レ此。>
訓読:かれここにハヤスノオのミコトのもうしたまわく、「しからばアマテラスオオミカミにもうしてマカリなん」ともうしたまいて、すなわちアメにまいのぼりマスときに、やまかわコトゴトにとよみ、くにつちミナゆりき。ここにアマテラスオオミカミききオドロカシて、「アがナセのミコトののぼりきますユエは、かならずウルワシキこころならじ。アがクニをうばわんとオモオスにコソ」とのりたまいて、すなわちミカミをとき、ミみずらにまかして、ヒダリみぎりのミみずらにも、ミかずらにも、ヒダリみぎりのミてにも、みなヤサカのマガタマのイオツのミスマルのタマをまきもたして、ソビラにはチノリのユギをおい、イオノリのユギをつけ、またイツのタカトモをトリおばして、ユハラふりたてて、カタニワはムカモモにフミなずみ、アワユキなすケハラカシて、イツのオタケビふみたけびて、まちトイたまわく、「ナドのぼりきませる」とトイたまいき。ここにハヤスサノオのミコトのもうしたまわく、「アはキタナキこころなし。ただオオミカミのミコトもちて、アがナキいさちることをトイたまいしゆえに、『アはハハのクニにまからんとオモイテなく』ともうししかば、オオミカミ、『ミマシはこのくににナすみそ』とノリたまいて、かむやらいヤライたまうゆえに、『マカリなんとするサマをモウサン』とオモイテこそマイノボリつれ。けしきココロなし」ともうしたまわば、アマテラスオオミカミ、「しからばミマシのココロあかきことはイカニシテしらまし」とノリたまいき。ここにハヤスサノオのミコト、「おのもオノモうけいて、ミコうまな」ともうしたまう。
口語訳:そこで速須佐之男命は、「それなら姉の天照大御神にお別れを言ってから行きたい」と言って、すぐに天上に昇った。この時、山や川は鳴り響き、全土は震えた。天照大御神は、その音を聞いて驚き、「私の弟が登ってくるのは、いい目的ではあるまい。私の国を奪おうとしているに違いない」と言って、髪を解き、男のようにみずらに巻いて、左右のみずらにも、鬘にも、また左右の手にも八尺の勾玉を五百個貫いた御統(みすまる)の玉を巻き、背には千本もの矢が入る靫を背負い、(脇には)五百の矢が入る靫を付け、弓を振り立てて、堅い土を踏みならせば、股まですっぽり沈むほどで、まるで雪を踏むようであった。大御神は鋭く猛々しい雄叫びを上げて須佐之男命を待ち受け、問いかけた。「お前は何のためにここまで昇ってきたのか。」すると須佐之男命は「僕には邪心はありません。ただ伊邪那岐の大御神が僕に『お前はなぜいつも泣き叫んでいるのか』と訊いたので、『僕は妣の国に行きたいと思って泣くのです』と答えたら、『ではお前はこの(地上の)国に住んではならん』と言って、僕を追い出されました。だからこれから妣の国へ行きたいと思います。それでお別れを言うためにやって来ました。その他に何の意図もありません」と答えた。天照大御神は、「ではお前に邪心がなく、清らかな心であることをどうやって知ることができるだろう」と言った。速須佐之男命は、「互いに誓いを立てて、それぞれに子供を産もう」と提案した。
『古事記傳』7-3神代五之巻【御宇氣比の段】
故爾各中=置2天安河1而宇氣布時。天照大御神先乞=度2建速須佐之男命所レ佩十拳劔1。打=折2三段1而。奴那登母母由良爾。<此八字以レ音。下效レ此。>振=滌2天之眞名井1而。佐賀美爾迦美而。<自レ佐下六字以レ音。下效レ此。>於2吹棄氣吹之狹霧1所レ成神御名。多紀理毘賣命。<此神名以レ音。>亦御名謂2奧津嶋比賣命1。次市寸嶋《上》比賣命。亦御名謂2狹依毘賣命1。次多岐都比賣命。<三柱。此神名以レ音。>速須佐之男命。乞=度B天照大御神所レ纏2左御美豆良1八尺勾ソウ(王+總のつくり)之五百津之美須麻流珠A而。奴那登母母由良爾。振=滌2天之眞名井1而。佐賀美邇迦美而。於2吹棄氣吹之狹霧1所レ成神御名。正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命。亦乞=度B所レ纏2右御美豆良1之珠A而。佐賀美邇迦美而。於2吹棄氣吹之狹霧1所レ成神御名。天之菩卑能命。<自レ菩下三字以レ音>亦乞=度B所レ纏2御鬘1之珠A而。佐賀美邇迦美而。於2吹棄氣吹之狹霧1所レ成神御名。天津日子根命。又乞=度B所レ纏2左御手1之珠A而。佐賀美邇迦美而。於2吹棄氣吹之狹霧1所レ成神御名。活津日子根命。亦乞=度B所レ纏2右御手1之珠A而。佐賀美邇迦美而。於2吹棄氣吹之狹霧1所レ成神御名。熊野久須毘命。<并五柱。自レ久下三字以レ音>
訓読:かれココニおのもおのもアメのヤスのカワをナカにおきてウケウときに、アマテラスオオミカミまずタケハヤスサノオのミコトのみはかせるトツカつるぎをコイわたして、ミキダにウチおりて、ぬなとももゆらに、アメのマナイにふりすすぎて、サガミにかみて、ふきうつるイブキのサギリにナリませるカミのミナは、タキリビメのミコト、マタのミナはオキツシマヒメのミコトともうす。つぎにイチキシマヒメのミコト。マタのミナはサヨリビメのミコトともうす。つぎにタギツヒメのミコト。<あわせてミハシラ>ハヤスサノオのミコト、アマテラスオオミカミのヒダリのミみずらにマカセルやさかのマガタマのイオツのミスマルのタマをコイわたして、ぬなとももゆらに、アメのマナイにふりすすぎて、サガミにかみて、ふきうつるイブキのサギリにナリませるカミのミナは、まさかアカツかちはやびアメのオシホみみのミコト。またミギリのミみずらにマカセルタマをコイわたして、ぬなとももゆらに、アメのマナイにふりすすぎて、サガミにかみて、ふきうつるイブキのサギリにナリませるカミのミナは、アメのホヒのミコト。またカズラにマカセルタマをコイわたして、サガミにかみて、ふきうつるイブキのサギリにナリませるカミのミナは、アマツヒコネのミコト。またヒダリのミテにマカセルタマをコイわたして、サガミにかみて、ふきうつるイブキのサギリにナリませるカミのミナは、クマヌクスビのミコト。<あわせてイツハシラ>
口語訳:そこで天の安河を間に挟んで立ち、互いに誓いを立てたとき、天照大御神がまず建速須佐之男命の身に着けていた十拳劔を請い取って、三段に打ち折り、玉の音をさせてゆらゆらと天の真名井の水に振り動かして洗った後、バリバリとかみ砕いて、霧にして吹いた。その霧の中から生まれた神の名は、多紀理毘賣命、またの名は奧津嶋比賣命という。次に市寸嶋比賣命、またの名は狹依毘賣命という。次に多岐都比賣命。合わせて三柱の姫神が生まれた。速須佐之男命は、天照大御神が左のみずらに纏いていた八坂の勾玉の五百箇の御統の玉を請い受け、玉の音をさせてゆらゆらと天の真名井の水に振り動かして洗った後、バリバリとかみ砕いて、霧にして吹いた。その霧の中から生まれた神の名は、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命。次に右のみずらに纏いていた玉を請い受けて、バリバリとかみ砕いて、霧にして吹いた。その霧の中から生まれた神の名は、天之菩卑能命。次に、鬘に付けていた玉を請い受けて、バリバリとかみ砕いて、霧にして吹いた。その霧の中から生まれた神の名は、天津日子根命。次に、左手に纏いていた玉を請い受けて、バリバリとかみ砕いて、霧にして吹いた。その霧の中から生まれた神の名は、活津日子根命。次に、左手に纏いていた玉を請い受けて、バリバリとかみ砕いて、霧にして吹いた。その霧の中から生まれた神の名は、熊野久須毘命。合わせて五柱の男神が生まれた。
『古事記傳』7-4神代五之巻【男御子女御子御詔別の段】
於是天照大御神告速須佐之男命。是後所レ生五柱男子者。物實因1我物1所レ成。故自吾子也。先所レ生之三柱女子者。物實因2汝物1所レ成。故乃汝子也。如レ此詔別也。
訓読:ここにアマテラスオオミカミ、ハヤスサノオのミコトにノリたまわく、このノチにアレませるイツハシラのヒコみこは、ものざねアがモノによりてナリませり。かれおのずからアがミコなり。サキにアレませるミバシラのヒメみこは、ものざねミマシがモノによりてナリませり。かれおのずからミマシがミコなり。かくノリわけたまいき。
口語訳:このとき天照大御神は、速須佐之男命に「この後から生まれた五柱の男神たちは、その生まれた種となったものが私のものだったから、私の子です。先に生まれた三柱の姫神は、生まれた種となったものはあなたのものだったから、あなたの子です。」と言って振り分けた。
故其先所レ生之神。多紀理毘賣命者。坐2胸形之奧津宮1。次市寸嶋比賣命者。坐2胸形之中津宮1。次田寸津比賣命者。坐2胸形之邊津宮1。此三柱神者。胸形君等之以伊都久三前大神者也。
訓読:かれソノさきにアレませるカミ、タキリビメのミコトは、ムナカタのオキツミヤにます。つぎにイチキシマヒメのミコトは、ムナカタのナカツミヤにます。つぎにタギツヒメのミコトは、ムナカタのヘツミヤにます。このミバシラのカミは、ムナカタのキミラがもちいつくミマエのオオカミなり。
口語訳:(宗像大社のこと)このとき、先に生まれた神のうち、多紀理毘賣命は宗像の奥津宮に鎮座している。次の市寸嶋比賣命は同じく宗像の中津宮に、また田寸津比賣命は辺津宮にいる。この三女神は宗像の君たちが奉斎する三前の大神(宗像三女神)である。
故此後所レ生五柱子之中。天菩比命之子建比良鳥命。<此出雲國造。无邪志國造。上菟上國造。下菟上國造。伊自牟國造。津嶋縣直。遠江國造等之祖也。>次天津日子根命者。<凡川内國造。額田部湯坐連。木國造。倭田中直。山代國造。馬來田國造。道尻岐閇國造。周芳國造。倭淹知造。高市縣主。蒲生稻寸。三技部造等之祖也。>
訓読:かれコノのちにアレませるイツハシラのミコのなかに、アメノホヒのミコトのみこタケヒラトリのミコト。<コはイズモのくにのみやつこ、ムザシのくにのみやつこ、カミツウナカミのくにのみやつこ、シモツウナカミのくにのみやつこ、イジムのくにのみやつこ、ツシマのあがたのあたえ、トオツオウミのくにのみやつこらのおやなり。>ツギにアマツヒコネのミコトは<オオシコウチのくにのみやつこ、ヌカタベのユエのむらじ、ウバラキのくにのみやつこ、ヤマトのタナカのあたえ、ヤマシロのくにのみやつこ、ウマグタのくにのみやつこ、ミチノシリのキヘのくにのみやつこ、スオウのくにのみやつこ、ヤマトのアムチのみやつこ、タケチのあがたぬし、ガモウのいなき、サキクサベのみやつこらのおやなり。>
口語訳:この後から生まれた五柱の神のうち、天菩比命の子には建比良鳥命がいて、出雲国造、无邪志国造、上菟上国造、下菟上国造、伊自牟国造、津嶋縣直、遠江国造等の祖先となった。次の天津日子根命は、凡川内国造、額田部湯坐連、茨木国造、倭田中直、山代国造、馬來田国造、道尻岐閇国造、周芳国造、倭淹知造、高市縣主、蒲生稻寸、三技部造等の祖先となった。
『古事記傳』8-1神代六之巻【須佐之男命御荒備の段】
爾速須佐之男命白2于天照大御神1。我心清明故。我所レ生子得2手弱女1。因レ此言者。自我勝云而。於2勝佐備1。<此二字以レ音>離2天照大御神之營田之阿1<此阿字以レ音>埋2其溝1。亦其於B聞=看2大嘗1之殿A屎麻理<此二字以レ音>散。故雖2然爲1。天照大御神者登賀米受而告。如レ屎。醉而吐散登許曾。<此三字以レ音>我那勢之命爲レ如レ此。又離2田之阿1埋レ溝者。地矣阿多良斯登許曾。<自レ阿以下七字以レ音>我那勢之命爲レ如レ此登<此一字以レ音>詔雖レ直。猶其惡態不レ止而轉。天照大御神坐2忌服屋1而。令レ織2神御衣1之時。穿2其服屋之頂1。逆=剥2天斑馬1剥而所2墮入1時。天衣織女見驚而。於レ梭衝2陰上1而死。<訓2陰上1云2富登1>故於レ是天照大御神見畏。閇2天石屋戸1而刺許母理<此三字以レ音>坐也。
訓読:ここにハヤスサノオのみこと、アマテラスオオミカミにもうしたまわく、「アがココロあかきゆえに、アがうめりしミコたわやめをえつ。これによりてもうさば、おのずからアレかちぬ」といいて、カチサビに、アマテラスオオミカミのミツクダのアはなち、みぞうめ、またそのオオニエきこしめすトノにくそまりちらしき。かれシカすれども、アマテラスオオミカミはとがめたまわずてノリたまわく、「クソなすは、えいてハキちらすとこそ、アがナセのミコトかくしつらめ。タのアはなちミゾうずむるは、トコロをアタラシとこそ、アガナセのミコトかくしつらめ」と、ノリなおしたまえども、なおそのアシキわざやまずてウタテあり。アマテラスオオミカミいみはたやにマシマシて、カンミソおらしめたまうときに、そのハタヤのむねをうがちて、あめのフチコマをサカハギにはぎておとしいるるときに、あめのミソオリメみおどろきて、ヒにホトつきてみうせき。かれここにアマテラスオオミカミみかしこみて、あめのイワヤドをたててサシコモリましましき。
口語訳:そこで速須佐之男命は天照大御神に「私の心が清かったから、私が生んだ子は優しい手弱女だった。つまり私の勝ちだ。」と言って、勝ち誇った勢いで、天照大御神の作っていた田の畔を切り崩し、溝を埋めてしまった。また大御神が大嘗を召し上がる殿に、糞をしてまき散らした。だが天照大御神はとがめずに、「私の弟が糞をしたのは、酔っぱらって吐き散らしたのでしょう。また田の畔を切り崩し、溝を埋めたのは、その場所が田にできるのにと惜しんだのでしょう」とかばったが、その悪行はやまず、見ていられないほどであった。天照大御神が忌服屋にいて、神御衣を織らせていたとき、その服屋の屋根に穴を開け、逆剥ぎにした天斑馬をそこから落とし入れたところ、天衣織女は驚いて、梭で陰部を突いて死んだ。天照大御神はこの様子を見ておそろしくなり、天石屋戸にこもってしまった。
『古事記傳』8-2神代六之巻【天石屋戸の段】
爾高天原皆暗。葦原中國悉闇。因レ此而常夜往。於レ是萬神之聲者狹蝿那須<此二字以レ音。>皆滿。萬妖悉發。是以八百萬神於2天安之河原1神集集而。<訓レ集云2都度比1>高御産巣日神之子思金神令レ思<訓レ金云2加尼1。>而。集2常世長鳴鳥1令レ鳴而。取2天安河之河上之天堅石1。取2天金山之鐵1而。求2鍛人天津麻羅1而。<麻羅二字以レ音。>科2伊斯許理度賣命1<自レ伊下六字以レ音。>令レ作レ鏡。科2玉祖命1令レ作2八尺勾ソウ(王+總のつくり)之五百津之御須麻流之珠1而。召2天兒屋命布刀玉命1<布刀二字以レ音。下效レ此。>而。内=拔2天香山之眞男鹿之肩1拔而。取2天香山之天之波波迦1<此三字以レ音。木名。>而。令2占合麻迦那波1而。<自レ麻下四字以レ音。>天香山之五百津眞賢木矣根許士爾許士而。<自レ許下五字以レ音。>於2上枝1取=著2八尺勾ソウ(王+總のつくり)之五百津之御須麻流之玉1。於2中枝1取=繋2八尺鏡1。<訓2八尺1云2八阿多1。>於2下枝1取=垂2白丹寸手青丹寸手1而。<訓レ垂云2志殿1。>此種種物者。布刀玉命布刀御幣登取持而。天兒屋命布刀詔戸言祷白而。天手力男神隱=立2戸掖1而。天宇受賣命手=次=繋2天香山之天之日影1而。爲レ鬘2天之眞拆1而。手=草=結2天香山之小竹葉1而。<訓2小竹1云2佐佐1。>於2天之石屋戸1伏2ウ(さんずい+于)氣1<此二字以レ音。>而。蹈登杼呂許志<此五字以レ音。>爲2神懸1而。掛=出2胸乳1裳緒忍=垂2於番登1也。爾高天原動而八百萬神共咲。
訓読:すなわちタカマノハラみなくらく、アシハラのなかつくにコトゴトにくらし。これによりてトコヨゆく。ここにヨロズのカミのおとないはサバエナスみなわき、ヨロズのわざわいコトゴトにおこりき。ここをもてヤオヨロズのカミあめのやすのかわらにカムツドイツドイて、タカミムスビノカミのこオモイカネのカミにおもわしめて、とこよのナガナキドリをつどえてなかしめて、あめのやすのかわのカワラのあめのかたしわをとり、あめのかなやまのカネをとりて、カヌチあまつまうらをまぎて、イシコリドメのミコトにおおせてカガミをつくらしめ、タマノヤのミコトにおおせてヤサカのまがたまのイオツのミスマルのたまをつくらしめて、アメノコヤネのミコト・フトタマのミコトをよびて、あめのかぐやまのマオシカのカタをうつぬきにぬきて、あめのかぐやまのアメノハワカをとりて、ウラエまかなわしめて、あめのかぐやまのイオツマサカキをネコジにコジて、ホツエにヤサカのまがたまのイオツのミスマルのたまをとりつけ、ナカツエにヤタカガミをとりかけ、シズエにしらにぎて・あおにぎてをとりしでて、このクサグサのものは、フトタマのミコト、フトみてぐらととりもたして、アメノコヤネのミコト、フトのりごとネギもうして、アメノタヂカラオのカミみとのワキにかくりたたして、アメノウズメのミコトあめのかぐやまのアメノヒカゲをたすきにかけて、アメノマサキをカヅラとして、あめのかぐやまのササバをタグサにゆいて、あめのイワヤドにうけふせて、ふみトドロコシ、かむがかりして、ムナヂをかきいでモヒモをホトにおしたれき。かれタカマノハラゆすりてヤオヨロズのカミともにわらいき。
口語訳:たちまち高天の原はすっかり暗くなり、葦原の中つ国は闇に沈んだ。そのまま何日も常夜のような日が続いた。そのため悪神たちがおとずれて、蠅のようにわき出して満ち、あらゆる災いが起こった。そこで八百万の神々は天の安河の河原に集まり、高御産巣日神の子、思金神に対策を考えさせた。まず常世の長鳴鳥を集めて夜明けが来たように時を作らせた。天の安河のほとりの堅い石と、天金山の鉄を取り、鍛冶師の天津麻羅を招いて、伊斯許理度賣命に鏡を作らせた。また玉祖命に八尺の勾玉の五百箇の御統の玉を作らせた。天児屋命と布刀玉命を呼び寄せ、天香山の真男鹿の肩の骨を抜き、天香山の天の波波迦を燃やした火で骨を灼いて占わせた。また天香山の五百本の真賢木を根こそぎ取って、上の枝には八尺の御統の玉を取り付け、中ほどの枝には八尺鏡をかけ、下の枝には白和幣、青和幣を垂らした。これを布刀玉命が太御幣として持ち、天児屋命が太祝詞を唱えた。天手力男神は戸の蔭に隠れていた。天宇受賣命は天香山の天の日影葛を襷に掛け、天の真拆を鬘にし、天香山の笹の葉を腕輪に付けた。その姿で石屋の前に伏せて置いた桶の上で踊り踏み鳴らし、神懸かりになって乳房をかき出し、裳の紐を押し下げて陰部まで露わにした。そのため高天の原はどよめいて、八百万の神々は一斉に大笑いした。
於レ是天照大御神以=爲2怪1。細=開2天石屋戸1而。内告者。因2吾隱坐1而以=爲2天原自闇。亦葦原中國皆闇矣1。何由以天宇受賣者爲レ樂。亦八百萬神諸咲。爾天宇受賣白言益2汝命1而貴神坐故歡喜咲樂。如レ此言之間。天兒屋命布刀玉命指=出2其鏡1。示=奉2天照大御神1之時。天照大御神逾思レ奇而。稍自レ戸出而臨坐之時。其所2隱立1之天手力男神取2其御手1引出。即布刀玉命以2尻久米<此二字以音>繩1控=度2其御後方1。白言從レ此以内不レ得2還入1。故天照大御神出坐之時。高天原及葦原中國自得2照明1。
訓読:ここにアマテラスオオミカミあやしとおもおして、アメのイワヤドをほそめにひらきて、うちよりのりたまえるは、アがこもりますによりてアマノハラおのずからくらく、アシハラのナカツクニもみなくらけんとおもうを、などてアメノウズメはあそびし、またヤオヨロスのカミもろもろワラウゾとのりたまいき。すなわちアメノウズメ、ナがミコトにまさりてとうときカミいますがゆえにエラギあそぶともうしき。かくもうすあいだに、アメノコヤネのミコト・フトタマのミコトかのカガミをさしいでて、アマテラスオオミカミにみせまつるときに、アマテラスオオミカミいよいよアヤシとおもおして、ややトよりいでてノゾミますときに、かのカクリたちたるアメノタヂカラオのカミそのミテをとりヒキいだしまつりき。すなわちフトタマのミコト、シリクメナワをそのミシリエにひきわたして、ここよりウチにナかえりましソともうしき。かれアマテラスオオミカミいでませるときに、タカマノハラもアシハラのナカツくにもオノズカラてりあかりき。
口語訳:このとき、天照大御神は「奇妙だ」と思い、石屋の戸を少しだけ開き、「私がここに籠もったので、高天の原は暗くなり、葦原の中つ国も真っ暗だと思うのに、どうして天宇受賣は神遊びの舞をしていて、八百万の神々はみんな楽しそうに笑っているのか」と尋ねた。そこで天宇受賣は「大御神にも優って尊い神様がいらっしゃったので、みんなで神遊びしています」と答えた。この間に、天兒屋命と布刀玉命は隙間から鏡を差し入れて、天照大御神に見せた。天照大御神は鏡に映った自分の姿を来訪した神の姿と思い、いよいよ不思議に思って、もっとよく見ようと、身を少し石屋戸の外に乗り出したとき、そばに隠れて立っていた天手力男神がその手を取って引き出した。ただちに布刀玉命は尻久米繩を大御神の背後に張り、「ここより内へお帰りになりませんよう」と言った。こうして天照大御神が再び姿を現したので、高天の原と葦原の中つ国は元通り明るくなった。
『古事記傳』9-1神代七之巻【須佐之男命被避の段】
於レ是八百萬神共議而。於2速須佐之男命1負2千位置戸1。亦切レ鬚及手足爪令レ拔而。神夜良比夜良比岐。
訓読:ここにヤオヨロズのカミともにはかりて、ハヤスサノオのミコトにチクラオキドをおわせ、またひげをきり、てあしのツメをもぬかしめて、かむやらいやらいき。
口語訳:八百万の神々は相談して、速須佐之男命に大きな賠償責任を負わせ、鬚を切り、手足の爪も抜かせて、高天の原から追放した。
又食物乞2大氣津比賣神1。爾大氣都比賣。自2鼻口及尻1。種種味物取出而。種種作具而進時。速須佐之男命。立=伺2其態1。爲2穢汚而奉進1。乃殺2其大宜津比賣神1。故所レ殺神於レ身生物者。於レ頭生レ蠶。於2二目1生2稻種1。於2二耳1生レ粟。於レ鼻生2小豆1。於レ陰生レ麥。於レ尻生2大豆1。故是神産巣日御祖命。令レ取レ茲。成レ種。
訓読:またオシモノをオオゲツヒメのカミにこいたまいき。ここにオオゲツヒメ、ハナ・クチまたシリより、くさぐさのタメツモノをとりいでて、くさぐさツクリソナエテたてまつるときに、ハヤスサノオのミコト、そのしわざをたちうかがいて、きたなきものをタテマツルとおもおして、すなわちそのオオゲツヒメのカミをコロシたまいき。かれコロサエたまえるカミのミになれるモノは、カシラにカイコなり、ふたつのメにイナダネなり、ふたつのミミにアワなり、ハナにアズキなり、ホトにムギなり、シリにマメなりき。かれここにカミムスビのミオヤのミコト、これをとらしめて、タネとなしたまいき。
口語訳:また大氣都比賣神に食べるものを欲しいと言った。そこで大氣都比賣は鼻・口・尻から様々な食べ物を取り出し、様々に料理して奉った。ところが物陰からその様子を窺っていた須佐之男命は、「汚い物を食わせようとする」と思い、たちまち大氣都比賣を殺してしまった。その死体には、頭に蚕が生じ、二つの目には稲の種が生じ、二つの耳には粟が生じ、鼻には小豆が生じ、陰部には麦が生じ、尻に大豆が生じた。そこで神産巣日命はこれを取らせ、人々の食べ物の種とした。
『古事記傳』9-2神代七之巻【八俣遠呂智の段】
故所2避追1而。降2出雲國之肥《上》河上在鳥髮地1。此時箸從2其河1流下。於レ是須佐之男命。以=爲3人有2其河上1而。尋覓上往者。老夫與2老女1二人在而。童女置レ中而泣。爾問=賜2之汝等者誰1。故其老夫答言僕者國神。大山《上》津見神之子焉。僕名謂2足《上》名椎1。妻名謂2手《上》名椎1。女名謂2櫛名田比賣1。亦問2汝哭由者何1。答白言我之女者自レ本在2八稚女1。是高志之八俣遠呂智<此三字以レ音>毎レ年來喫。今其可レ來時故泣。爾問2其形如何1。答白彼目如2赤加賀智1而。身一有2八頭八尾1。亦其身生2蘿及檜榲1。其長度2谿八谷峽八尾1而。見其腹者悉常血爛也。<此謂2赤加賀知1者今酸醤者也。>爾速須佐之男命詔2其老夫1。是汝之女者。奉2於吾1哉。答=白2恐亦不1レ覺2御名1。爾答詔吾者天照大御神之伊呂勢者也。<自三字以レ音>故今自レ天降坐也。爾足名椎手名椎神。白2然坐者恐立奉1。
訓読:かれやらわえて、イズモのクニのヒのカワカミのトリカミのトコロにくだりましき。このおりしもハシそのかわよりナガレくだりき。ここにスサノオのミコト、「そのカワカミにヒトありけり」とおもおして、マギのぼりいでまししかば、オキナとオミナとふたりありて、オトメをナカにすえてナクなり。「イマシたちはたれぞ」とといたまえば、そのオキナ「アはクニつカミ、オオヤマツミのカミのコなり。アがナはアシナヅチ、メがナはテナヅチ。ムスメがナはクシナダヒメともうす。」また「イマシのナクゆえはなにぞ」とといたまえば、「アがムスメはもとよりヤオトメありき。ここにコシのヤマタオロチなも、トシゴトにきてクウなる。イマそれキヌベキときなるがゆえにナク」ともうす。「そのカタチはいかさまにか」とといたまえば、「ソレがメはアカカガチなして、ミひとつにカシラやつ・オやつあり。またそのミにコケまたヒ・スギおい、そのナガサやたにオヤオをわたりて、そのハラをみれば、ことごとにいつもチあえタダレたり」ともうす。<ここにアカカガチといえるは、いまのホオズキなり。>かれハヤスサノオのミコトそのオキナに「これイマシのムスメならば、アレにたてまつらんや」とのりたまうに、「カシコけれどミナをシラズ」ともうせば、「アはアマテラスオオミカミのイロセなり。カレいまアメよりクダリましつ」とコタエたまいき。ここにアシナヅチ・テナヅチのカミ、シカもうさばカシコシたてまつらんともうしき。
口語訳:こうして追放されて、出雲国の斐伊川の上流の鳥髪に天降った。ちょうどそこに箸が川上から流れてきた。須佐之男命は「この川上には人が住んでいるのだ」と思い、道を上流に辿って行ったところ、年老いた男女が年若い乙女を間にはさんで泣いていた。そこで「あなた方は誰か」と尋ねると、老人は「私は国津神で、大山津見神の子です。私の名は足名椎(あしなづち)、妻の名は手名椎(てなづち)と言い、この娘の名は櫛名田比賣(くしなだひめ)と言います。」と名乗った。そこで「どうして泣いているのか」と尋ねると「私の娘は、もともと八人いました。ところが高志(こし)の八俣遠呂智(やまたおろち)が一年ごとにやって来て、一人ずつ食べられ、残るのはこの子だけになってしまいました。今それがやって来る時期になったので、こうして泣いているのです。」「八俣遠呂智だって?それはどんな奴なんだ?」と尋ねると、「その目は赤加賀知(あかかがち)のように真っ赤で、胴体は一つですが、頭は八つ、尾も八つあります。その体には苔や杉が生え、身の長さは八つの谷、八つの山にまたがる巨大さです。その腹を見ると、いつも血で爛れています。<ここで「あかかがち」と言っているのは、今の酸漿(ほおずき)のことである。>」そこで須佐之男命はその老人に「これがあなたの娘なら、私の嫁にしてくれないか」と言ったところ、「たいへん畏れ多いことですが、お名前を存じません」と答えるので、「私は天照大御神の兄弟で、事情があって今天から降ったところだ」と答えた。すると足名椎・手名椎の神は「それならば娘は差し上げましょう」と言った。
爾速須佐之男命。乃於2湯津爪櫛1取=成2其童女1而。刺2御美豆良1。告2其足名椎手名椎神1。汝等釀2八鹽折之酒1。且作=廻2垣1。於2其垣1作2八門1。毎レ門結2八佐受岐1。<此三字以レ音>毎2其佐受岐1置2酒船1而。毎レ船盛2其八鹽折酒1而待。故隨レ告而。如レ此設備待之時。其八俣遠呂智信如レ言來。乃毎レ船垂=入2己頭1飮2其酒1。於レ是飮醉死由伏寢。爾速須佐之男命。拔B其所2御佩1之十拳劔A。切=散2其蛇1者。肥河變レ血而流。故切2其中尾1時御刀之刄毀。爾思レ怪。以2御刀之前1刺割而見者。在2都牟刈之大刀1。故取2此大刀1。思2異物1而。白=上2於天照大御神1也。是者草那藝之大刀也。<那藝二字以レ音>
訓読:かれハヤスサノオのミコト、すなわちソノおとめをユツツマグシにとりなして、ミみずらにササシテ、そのアシナヅチ・テナヅチのカミにのりたまわく、「イマシたちヤシオリのサケをかみ、またカキをツクリもとおし、そのカキにやつのカドをつくり、カドごとオにヤツのサズキをゆい、そのサズキごとにサカブネをおきて、フネごとにそのヤシオオリのサケをもりてマチてよ」とノリたまいき。かれノリたまえるママにして、かくマケそなえてマツときに、かのヤマタオロチまことにイイシがゴトきつ。すなわちフネごとにオノモオノモかしらをタレテそのサケをのみき。ここにノミえいてミナふしねたり。すなわちハヤスサノオのミコト、そのミハカセルとつかツルギをぬきて、そのオロチをきりハフリたまいしかば、ヒのカワちになりてながれき、かれそのナカのオをキリたまうときミはかしのハかけき。「アヤシ」とおもおして、ミはかしのサキもちてサシさきてみそなわししかば、ツムガリのタチあり。かれこのタチをとらして、「あやしきモノぞ」とおもおして、アマテラスオオミカミにモウシアゲたまいき。コはクサナギのタチなり。
口語訳:そこで速須佐之男命は、その乙女を湯津爪櫛の姿に変えてみずらに刺し、足名椎・手名椎の神たちに「あなた方は、八鹽折りの酒を造り、また八つの門のある囲いを作りなさい。その八つの門のそれぞれに食べ物を置く棚を作って、そこに酒船を置き、船を八鹽折りの酒で満たしておきなさい。」と命じた。そこで彼らは言われた通りにして待っていた。果たして八俣遠呂智は言ってと折りにやってきた。その八つの首をそれぞれの酒船に突っ込んで、酒を飲み、ついに酔って寝込んでしまった。そこで速須佐之男命は帯びていた十拳剣で、蛇をずたずたに切り裂いた。そのため肥の河の水は血で真っ赤になった。そのとき、一つの尾に刀が当たって、少し刃がこぼれた。「おかしい」と思い、剣の先でその尾を切り開いてみると、都牟刈(つむがり)の太刀が出て来た。この太刀を取り、「これは不思議なものだ」と思ったので、天照大御神に報告した。これが草那藝(くさなぎ)の大刀である。
『古事記傳』9-3神代七之巻【須賀宮の段】
故是以其速須佐之男命。宮可2造作1之地求2出雲國1。爾到=坐2須賀<此二字以レ音下效レ此>地1而詔之。吾來2此地1。我御心須賀須賀斯而。其地作レ宮坐。故其地者於レ今云2須賀1也。茲大神初作1須賀宮1之時。自2其地1雲立騰。爾作2御歌1。其歌曰。夜久毛多都。伊豆毛夜幣賀岐。都麻碁微爾。夜幣賀岐都久流。曾能夜幣賀岐袁。於レ是喚2其足名椎神1。告=言3汝者任2我宮之首1。且負レ名號2稻田宮主須賀之八耳神1。
訓読:かれここをもて、そのハヤスサノオのミコト、ミヤつくるべきトコロをイズモのクニにまぎたまいき。ここにスガのところにいたりましてノリたまわく、「あれここにきまして、アがミこころスガスガし」とノリたまいて、ソコになもミヤをつくりてマシマシける。カレソコをばイマにスガとぞいう。このオオカミはじめスガのミヤつくらししときに、ソコよりクモたちのぼりき。かれミうたヨミしたまう。そのミうたは、「やくもたつ、いずもやえがき、つまごみに、やえがきつくる、そのやえがきを」。ここにかのアシナヅチのカミをめして、「イマシはアがミヤのオビトたれ」とノリたまい、またナをイナダのみやぬしスガのヤツミミのカミとおおせたまいき。
口語訳:妻と共に住むため、速須佐之男命は宮を作るところを、出雲の地に求めた。須賀の地に到って、「ここに来て、私の心は清々しくなった」と言い、そこに宮を作った。それで、その地を今も「須賀」と言う。この大神が宮を作るとき、その地から雲が立ち昇った。そこで歌を詠んだ。その歌は、「八雲立つ、出雲八重垣、妻籠みに、八重垣作る、その八重垣を」。ここにかの足名椎の神を呼んで、「あなたは私の宮の守護の役をしなさい」と言い、またその名を稲田の宮主、須賀の八耳神と命名した。
『古事記傳』9-4神代七之巻【大國主神御祖の段】
故其櫛名田比賣以久美度邇起而。所レ生神名。謂2八嶋士奴美神1。<自レ士下三字以レ音。下效レ此。>又娶2大山津見神之女名神大市比賣1。生子大年神。次宇迦之御魂神。<二柱。宇迦二字以レ音。>
訓読:かれそのクシナダヒメをもて、クミドにおこして、ウミませるカミのミナは、ヤシマジヌミのカミという。またオオヤマツミのカミのミむすめ、ナはカムオオイチヒメにみあいして、みこオオトシのカミ、つぎにウカノミタマのカミをウミましき。
口語訳:そこでその櫛名田比賣と交合して生んだ神は、八嶋士奴美の神という。また大山津見神の娘、神大市比賣を娶って生んだ子は大年神、次に宇迦之御魂神という。
兄八嶋士奴美神。娶2大山津見神之女名木花知流<此二字以レ音>比賣1生子。布波能母遲久奴須奴神。此神娶2淤迦美神之女名日河比賣1生子。深淵之水夜禮花神。<夜禮二字以音>此神娶2天之都度閇知泥《上》神1<自レ都下五字以レ音>生子。淤美豆奴神。<此神名以レ音>此神娶2布怒豆怒神<此神名以レ音>之女名布帝耳《上》神1<布帝二字以レ音>生子。天之冬衣神。此神娶2刺國大《上》)神之女名刺國若比賣1生子。大國主神。亦名謂2大穴牟遲神1<牟遲二字以レ音>亦名謂2葦原色許男神1。<色許二字以レ音>亦名謂2八千矛神1。亦名謂2宇都志國玉神1。<宇都志三字以レ音>并有2五名1。
訓読:ミあにヤシマジヌミのカミ、オオヤマツミのカミのミむすめナはコノハナチルヒメにミアイてウミませるミコ、フワのモジクヌスヌのカミ。このカミ、オカミのカミのむすめナはヒカワヒメにミアイてウミませるミコ、フカブチのミズヤレハナのカミ。このカミ、アメのツドエチネのカミにミアイてウミませるミコ、オミヅヌのカミ。このカミ、フヌヅヌのカミのむすめナはフテミミのカミにミアイてウミませるミコ、アメのフユキヌのカミ。このカミ、サシクニオオのカミのむすめナはサシクニワカヒメにミアイてウミませるミコ、オオクニヌシのカミ。またのナはオオナムジのカミともうし、またのナはアシハラシコオのカミともうし、またのナはヤチホコのカミともうし、またのナはウツシクニタマのカミともうす。あわせてミナいつつあり。
口語訳:第一子である八嶋士奴美神は大山津見神の娘、木花知流比賣を娶って、布波能母遲久奴須奴神を生んだ。この神は淤迦美神の娘、日河比賣を娶って、深淵之水夜禮花神を生んだ。この神は天之都度閇知泥神を娶って、淤美豆奴神を生んだ。この神は布怒豆怒神の娘、布帝耳神を娶って、天之冬衣神を生んだ、この神は刺国大神の娘、刺国若比賣を娶って大国主神を生んだ。この神のまたの名は大穴牟遲神といい、またの名は葦原色許男神、また八千矛神、または宇都志国玉神ともいう。あわせて五つの名がある。
『古事記傳』10-1神代八之巻【稲羽ノ素菟の段】
故此大國主神之兄弟八十神坐。然皆國者避2於大國主神1。所2以避1者。其八十神各。有B欲レ婚2稻羽之八上比賣1之心A。共行2稻羽1時。於2大穴牟遲神1負レ袋<正字は代の下に巾>。爲2從者1率往。於レ是到2氣多之前1時。裸菟伏也。爾八十神謂2其菟1云。汝將レ爲者。浴2此海鹽1。當2風吹1而。伏2高山尾上1。故其菟從2八十神之教1而伏。爾其鹽隨レ乾。其身皮悉風見2吹拆1故。痛苦泣伏者。最後之來大穴牟遲神。見2其菟1言。何由汝泣伏。菟答言。僕在2淤岐嶋1。雖レ欲レ度2此地1。無2度因1故。欺2海和邇1<此二字以レ音。下效レ此>言。吾與レ汝競欲レ計2族之多小1。故汝者。隨2其族在1悉率來。自2此嶋1至2于氣多前1。皆列伏度。爾吾蹈2其上1走乍讀度。於レ是知B與2吾族1孰多A。如レ此言者。見レ欺而列伏之時。吾蹈2其上1讀度來。今將レ下レ地時。吾云汝者我見レ欺言竟。即伏2最端1和邇捕レ我。悉剥2我衣服1。因レ此泣患者。先行八十神之命以。誨=告B浴2海鹽1當レ風伏A。故爲レ如レ教者。我身悉傷。於レ是大穴牟遲神教=告2其菟1。今急往2此水門1。以レ水洗2汝身1。即取2其水門之蒲黄1敷散而。輾=轉2其上1者。汝身如2本膚1必差。故爲レ如レ教。其身如レ本也。此稻羽之素菟者也。於2今者1謂2菟神1也。故其菟白2大穴牟遲神1。此八十神者必不レ得2八上比賣1。雖レ負レ袋<正字は代の下に巾>。汝命獲之。
訓読:かれこのオオクニヌシのカミのミアニおとヤソガミましき。しかれどもミナくにはオオクニヌシのカミにサリまつりき。サリまつりしユエは、そのヤソガミおのおの、イナバのヤカミヒメをよばわんのココロありて、ともにイナバにゆきけるときに、オオナムジのカミにフクロをおわせ、トモビトとしてイテゆきき。ここにケタのサキにいたりけるときに、アカハダなるウサギふせり。ヤソガミそのウサギにいいけらく、「いましセンは、このウシオをあみ、カゼのふくにあたりて、たかやまのオノエにふしてよ」という。かれそのウサギ、ヤソガミのおしうるままにしてフシキ。ここのそのシオのかわくマニマニ、そのミのカワことごとにカゼにフキサカエシからに、いたみてナキふせれば、イヤハテにきませるオオナムジのカミ、そのウサギをみて、「ナゾもイマシなきふせる」とトイたまうに、ウサギもうさく、「あれオキノシマにありて、このクニにわたらまくホリつれども、わたらんヨシなかりしゆえに、うみのワニをあざむきていいけらく、『アレとイマシとトモガラのおおき・すくなきをくらべてん。かれイマシは、そのトモガラのアリにことごとイテきて、このシマよりケタのサキまで、みなナミふしわたれ。あれそのうえをフミてハシリつつヨミわたらん。ここにアがトモガラとイズレおおきということをしらん』。カクいいしかば、あざむかえてナミふせりしトキに、あれそのうえをフミてヨミわたりきて、いまツチにおりんとするトキに、あれ『イマシはアレにあざむかえつ』といいオワレば、すなわちイヤハシにふせるワニ、アをとらえて、コトゴトにアがきものをはぎき。これによりてナキうれいしかば、さきだちてイデまししヤソガミのミコトもちて、ウシオをあみてカゼにあたりフセレとオシエたまいき。かれオシエのごとせしかば、アがミことごとにソコナワエツ」ともうす。ここにオオナムジのカミそのウサギにオシエたまわく、「いまトクこのみなとにゆきて、ミズもてナがミをあらいて、そなわちそのみなとのカマのハナをとりてシキちらして、そのうえにコイまろびてば、ナがミもとのハダのごとかならずいえなんものぞ」とオシエたまいき。かれそのオシエのごとせしかば、そのミもとのごとくになりき。これイナバのシロウサギというものなり。いまにウサギガミとナモいう。かれそのウサギ、オオナムジのカミにもうさく、「このヤソガミはかならずヤカミヒメをエたまわじ。フクロをおいたまえれども、ナがミコトぞエたまいなん」ともうしき。
口語訳:この大国主神の兄弟は八十柱の神がいた。しかし、彼らの国はいずれも大国主神の国から遠く離れていた。遠く離れて住んでいた理由は次の通りである。その八十神たちは、それぞれ因幡の八上比賣を娶りたいと思っていて、みんなで因幡へ行くときに、大穴牟遲神に袋を負わせ、従者のように従えていった。氣多の崎に到ったとき、赤裸になった兎が倒れ伏していた。そこで八十神たちは、「こうするといい。この海水を浴びて風に当たり、高い山の上に寝ているんだ」と言った。兎は教えられた通り、海水を浴びて風に当たったが、その皮膚は風に吹かれてひび割れたので、痛みに泣き伏していた。最後に大穴牟遲神がやって来て、「お前はどうして泣いているのか」とたずねると、兎は「私はもともと隠岐島に住んでいて、この国に渡りたいと思っていましたが、渡る方法がないので、海のワニをだまして、『オレたちとお前たちと、どちらが仲間の数が多いか、比べようじゃないか。お前たちは、仲間を全部連れてきて、隠岐島と氣多の崎の間に並んでいろ。オレはその上を踏んで走りながら数を数えよう。そうすればどちらが数が多いか分かるだろう』と言いますと、ワニたちはだまされて海の間に並びました。そこで私はその上を踏んでここに渡ってきました。ところが地面に降りようとするときに、『お前たちをだましてやったのさ』と言うやいなや、最後の一頭のワニが私を捕まえて、私の服を剥いで丸裸にしました。そこで泣き憂えていると、先に来た八十神が『海水を浴びて風に当たれ』と言いましたので、教えの通りにすると、私の皮膚がいたるところ破れて、痛くてたまりません」と答えた。そこで大穴牟遲神は、「すぐに水門のところへ行って、真水で体を洗いなさい。その水門のところに生えている蒲の穂をたくさん敷いて、その上に寝ていなさい。するとお前の皮膚は元通りになるだろう」と教えた。兎が教えられた通りにすると、その体は元の通りに良くなった、これが因幡の素兎である。今の世では兎神と呼んでいる。その兎は大穴牟遲神に、「あの八十神たちは誰も八上比賣を娶ることができないでしょう。袋を背負ったお姿ではありますが、あなたこそ八上比賣を娶ることになります」と言った。
『古事記傳』10-2神代八之巻【手間山の段】
於レ是八上比賣答2八十神1言。吾者不レ聞2汝等之言1。將レ嫁2大穴牟遲神1。故爾八十神怒。欲レ殺2大穴牟遲神1共議而。至2伯伎國之手間山本1云。赤猪在2此山1。故和禮<此二字以レ音>共追下者。汝待取。若不2待取1者。必將レ殺レ汝云而。以レ火燒2似レ猪大石1而。轉落。爾追下。取時。即於2其石1所2燒著1而死。爾其御祖命哭患而。參=上2于天1。請2神産巣日之命1時。乃遣3キサ(討の下に虫)貝比賣與2蛤貝比賣1。令2作活1。爾キサ(討の下に虫)貝比賣岐佐宜<此三字以レ音>集而。蛤貝比賣持レ水而。塗2母乳汁1者。成2麗壯夫1<訓2壯夫1云2袁等古1>而出遊行。
訓読:ここにヤカミヒメ、ヤソガミにこたえけらく、「アはイマシたちのコトはきかじ、オオナムジのカミにアワナ」という。カレここにヤソガミいかりて、オオナムジのカミをころさんとアイたばかりて、ハハキのクニのテマのヤマもとにいたりていいけるは、「このヤマにアカイあるなり。かれワレどもオイくだりなば、イマシまちとれ。モシまちとらずは、かならずイマシをころさん」といいて、イににたるオオイシをヒもてやきて、まろばしオトシき。カレおいくだり、とるときに、そのイシにヤキつかえてミウセたまいき。ここにそのミオヤのミコトなきうれえて、アメにマイのぼりて、カミムスビのミコトにもうしたまうときに、すなはちキサガイヒトとウムギヒメとをオコセて、ツクリいかさしめたまう。かれキサガイヒメキサゲこがして、ウムギヒメみずをもちて、オモのチシルとヌリしかば、うるわしきオトコになりてイデあるきき。
口語訳:八上比賣は八十神たちの求婚に答えて、「私はあなたたちの言うことは聞きたくありません。大穴牟遲神の妻になりたいと思います。」と言った。八十神たちは怒り、いっそ大穴牟遲神を殺してしまおうと共謀して、伯耆の手間山の麓に到ったとき、大穴牟遲神に「この山に大きな赤猪が住んでいる。われわれは上から猪を追い落とすから、お前は待ち受けて捕らえろ。待っていないなら、お前を殺すぞ」と言った。そして猪のように見える大きな石を火で焼き、転がし落とした。大穴牟遲神はそれを待ち受けて、抱き留めたとき、石に焼き付いて死んでしまった。その御祖の神は泣き憂い、天に昇って神産巣日之命に訴えた。すぐにキサ貝比賣と蛤貝比賣を遣わして蘇生させた。その様子はキサ貝比賣が貝殻を削って粉を焼き、蛤貝比賣はそれを水で母の乳の汁として死体に塗りつけると、美しい男になって甦り、出て歩き回ったのである。
於レ是八十神見。且欺率=入2山1而。切=伏2大樹1。茹レ矢打=立2其木1。令レ入2其中1。即打=離2其氷目矢1而拷殺也。爾亦其御祖命哭乍求者。得レ見。即拆2其木1而。取出活。告2其子1言。汝有2此間1者。遂爲2八十神1所レ滅。乃速=遣2於木國之大屋毘古神之御所1。爾八十神覓追臻而。矢刺之時。自2木俣1漏逃而去。
訓読:ここにヤソガミみて、またアザムキてヤマにいていりて、オオギをきりふせ、ヤをはめそのキにうちたて、そのナカにいらしめて、すなわちそのヒメヤをうちハナチテうちコロシき。カレまたそのミオヤのミコト、なきつつまげば、みえて、すなわちそのキをさきて、トリいでイカシテ、そのミコにノリたまわく、「イマシここにあらば、ついにヤソガミにほろぼさえなん」とノリたまいて、すなわちキのクニのオオヤビコのカミのみもとにイソガシやりたまいき。かれヤソガミまぎおいイタリテ、ヤさすときに、キのマタよりクキのがれてサリたまいき。
口語訳:八十神はこれを見て、また大穴牟遲命を騙して山に連れて行った。大きな木を切り倒して、その木にくさびを打ち込んでおき、その間に入らせてからくさびを打ち離したので、大穴牟遲命は挟まれて死んでしまった。御祖の神は泣きながら大穴牟遲命を捜し回り、死体を見つけた。その木を裂いて亡骸を取り出し、再び活かしてから、御子に「お前はこの辺りにいたのでは、いずれ八十神たちに殺されてしまう。すぐに紀伊国にいる大屋毘古の神のところへ行きなさい」と言った。行く途中に八十神たちに追いつかれて矢を浴びたが、木の股からすり抜けて逃れることができた。
『古事記傳』10-3神代八之巻【根堅洲國の段】
御祖命告レ子云。可レ參=向2須佐能男命所レ坐之根堅洲國1。必其大神議也。故隨2詔命1而參=到2須佐之男命之御所1者。其女須勢理毘賣出見。爲2目合1而相婚。還入白2其父1。言甚麗神來。爾其大神出見而。告3此者謂2之葦原色許男1。即喚入而。令レ寢2其蛇室1。於レ是其妻須勢理毘賣命。以2蛇比禮1<二字以レ音>授2其夫1云。其蛇將レ咋。以2此比禮1三擧打撥。故如レ教者。蛇自靜故。平寢出之。亦來日夜者。入2呉公與レ蜂室1。且授2呉公蜂之比禮1。教レ如レ先故。平出之。亦鳴鏑射=入2大野之中1。令レ採2其矢1。故入2其野1時。即以レ火迴=燒2其野1。於レ是不レ知レ所レ出之間。鼠來云。内者富良富良。<此四字以レ音>外者須夫須夫。<此四字以レ音>如レ此言故。蹈レ其處1者。落隱入之間。火者燒過。爾其鼠咋=持2其鳴鏑1出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。
訓読:ミオヤのミコト、ミコにノリたまわく、「スサノオのミコトのましますネのカタスクニにマイいでてよ。かならずそのオオカミたばかりタマイなん」とノリたまう。かれミコトのまにまにスサノオのミコトのもとにマイたりしかば、そのミむすめスセリビメいでみて、マグワイしてミアイまして、かえりいりてそのミちちに、「イトうるわしきカミまいきつ」ともうしたまいき。カレそのオオカミいでみて、「こはアシハラノシコオというカミぞ」とノリたまいて、やがてよびいれて、そのヘミのムロヤにねしめたまいき。ここにソノみめスセリビメのミコト、ヘミのヒレをそのヒコジにさずけてノリたまわく、「そのヘミくわんとせば、このヒレをみたびフリテうちはらいたまえ」とノリたまいき。カレおしえのゴトしたまいしかば、ヘミおのずからしずまりしゆえに、ヤスクねていでたまいき。マタくるひのよは、ムカデとハチとのムロヤにイレたまいしを、またムカデ・ハチのヒレをさずけて、サキのごとおしえたまいしゆえに、ヤスクいでたまいき。またナリカブラをオオヌのなかにイいれて、そのヤをとらしめたまう。カレそのヌにいりますときに、すなわちヒもてそのヌをヤキめぐらしつ。ココニいでんトコロをしらざるアイダに、ネズミきていいけるは、「ウチはホラホラ、トはスブスブ」。かくいうゆえに、そこをフミしかば、おちいりてカクリシあいだに、ヒはヤケすぎぬ、ココニそのネズミかのナリカブラをクイもちいできてたてまつりき。そのヤのハは、そのネズミのコどもミナくいたりき。
口語訳:御祖の神はその御子に「須佐之男命のいる根の堅洲國に行きなさい。あの大神なら、いいように計らってくれるだろうから。」と言った。そこで教えのままに須佐之男命のもとに行った。すると須佐之男命の娘、須勢理毘賣が出て来て、目を合わせたとたん恋に落ち、夫婦の契りを交わした。その後父のところに還って、「とても美しい男神が来ましたわ」といったので、その大神も出て来て、見て言った。「これは葦原色許男という神だ。」すぐに宮の中に呼び入れ、蛇の部屋に寝かせた。そこで妻の須勢理毘賣命は「蛇の比禮(ひれ)を夫に渡して、「蛇が噛みつこうとしたら、これを三度ふりなさい」と言った。その通りにすると蛇はおとなしくなったので、安らかに寝て出て来た。また次の夜はムカデと蜂の部屋に入らせた。すると妻はまた「ムカデと蜂の比禮」を渡し、前と同じように教えたので、無事で出て来た。須佐之男命は、今度は鳴鏑の矢を大きな野原に射ち込んで、その矢を取ってくるように言った。そこで野原に入って行くと、その周囲を取り囲むように火を着けた。葦原色許男はそれから抜け出す方法がなく、困っていると、鼠が出て来て「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言った。そこでその辺りを踏んでみると、鼠の穴に落ち入り、そのまま隠れていると火は上を通りすぎて行った。その後、鼠が鳴鏑の矢をくわえて持ってきたが、その羽の部分は、鼠の子供たちがくわえてきた。
<訳者註:最後の文は「矢の羽は鼠の子供たちにすっかり食われてしまっていた」とするのが自然だと思うが、ここでは宣長の解釈に従った。>
於レ是其妻須世理毘賣者。持2喪具1而哭來。其父大神者。思1已死訖1。出=立2其野1。爾持2其矢1以奉之時。率=入2家1而。喚=入2八田間大室1而。令レ取2其頭之虱1。故爾見2其頭1者。呉公多在。於レ是其妻以3牟久木實與2赤土1授2其夫1故。咋=破2其木實1。含2赤土1唾出者。其大神以=爲B咋=破2呉公1唾出A而。於レ心思レ愛而寢。爾握2其大神之髮1。其室毎レ椽結著而。五百引石取=2塞其室戸1。負2其妻須世理毘賣1。即取=持B其大神之生大刀與2生弓矢1及其天詔琴A而。逃出之時。其天詔琴拂レ樹而地動鳴。故其所レ寢大神聞驚而。引=仆2其室1。然解2結レ椽髮1之間。遠逃。故爾追=至2黄泉比良坂1。遙望呼=謂2大穴牟遲神1曰。其汝所レ持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者。追=伏2坂之御尾1。亦追=撥2河之瀬1而。意禮<二字以レ音>爲2大國主神1。亦爲2宇都志國玉神1而。其我之女須世理毘賣爲2嫡妻1而。於2宇迦能山<三字以レ音>之山本1。於2底津石根1宮柱布刀斯理。<此四字以レ音>於2高天原1氷椽多迦斯理<此四字以レ音>而居是奴也。故持2其大刀弓1。追=避2其八十神1之時。毎2坂御尾1追伏。毎2河瀬1追撥而。始レ作レ國也。
訓読:ここにそのミメ、スセリビメは、ハブリツモノをもちてナキツツきまし、そのちちのオオカミは、「すでにミウセヌ」とおもおして、そのヌにいでたたせば、すなわちかのヤをもちてたてまつるときに、いえにイテいりて、ヤタマのオオムロによびいれて、そのミかしらのシラミをとらせたまいき。かれそのミかしらをみれば、ムカデおおかり。ここにそのミメ、ムクのキノミとハニとをそのヒコジにさずけたまえば、そのコノミをくいやぶり、ハニをふふみてツバキいだしたまえば、そのオオカミ「ムカデをくいやぶりてツバキいだす」とおもおして、ミこころにハシクおもおしてミねましき。ここにそのオオカミのミかみをとりて、そのムロヤのタリキごとにゆいつけて、イオビキイワをそのムロのトにとりさえて、そのミメ、スセリビメをおいて、そのオオカミのイクダチ・イクユミヤまたそのアメのノリコトをとりもたして、にげいでますときに、そのアメのノリコトきにふれてツチとどろきき。かれそのミねませるオオカミききおどろかして、そのムロヤをひきたおしたまいき。しかれどもタリキにゆえるミかみトカスルあいだに、とおくにげたまいき。かれここにヨモツヒラサカまでおいいでまして、はろばろにミサケてオオナムジのカミをよばいてノリたまわく、「そのイマシがもたるイクダチ・イクユミヤをもて、イマシがアニオトどもをば、サカのミオにおいふせ、カワのセにおいはらいて、おれオオクニヌシのカミとなり、またウツシクニタマのカミとなりて、そのアがむすめスセリビメをムカイメとして、ウカのヤマのヤマモトに、ソコツイワネにミヤバシラふとしり、タカマノハラにヒギたかしりておれコヤツよ」とノリたまいき。かれそのタチ・ユミをもちて、かのヤソガミをおいサクルときに、サカのミオごとにおいふせ、カワのセごとにおいはらいて、クニツクリはじめたまいき。
口語訳:その妻の須世理毘賣は、葬式の道具をそろえ、泣きながら父のもとにやってきた。父の大神は「奴もとうとう死んだか」と思い、その野に出て見ると、大穴牟遅命が現れて、かの矢を奉った。そこで家に連れて帰り、八田間の大室に呼び入れて、頭のシラミを取らせた。大穴牟遅命がその頭を見ると、髪の間にはムカデがたくさんいた。そこで妻は椋の木の実と赤土を夫に与えた。大穴牟遅命がその木の実を食い破り、赤土を口に含んで吐き出すと、大神は彼がムカデを噛んで吐き出していると考え、内心「可愛い奴だ」と思って、うとうとと眠ってしまった。そこでその髪を室のあちこちの垂木ごとに結びつけ、五百人でなければ動かせないほど大きな石で室の戸口を塞ぎ、須世理毘賣を背負い、同時に大神が持っていた生大刀と生弓矢、および天詔琴を奪って逃げた。ところがそのとき天詔琴が木に触れて鳴り、地が轟いた。眠っていた大神は目を覚まして起き上がったところ、結い付けられていた髪で室屋を引き倒した。その髪をほどいている間に、大穴牟遅命は遠くに逃げ去ってしまっていた。須佐之男命は後を追って黄泉比良坂に到り、遙か遠くに見える大穴牟遅命に呼びかけて、「お前の持っている生大刀と生弓矢で、お前の兄弟たちを坂の尾に追い詰め、河の瀬に追い払い、おのれは大国主神となり、また宇都志國玉神となって、そのわが娘、須世理毘賣を正妻として、宇迦能山の山本に宮殿を建て、地の底に届くほどの柱を立て、高天の原に届くほど屋根を高く挙げて住め、この野郎め」とののしった。そこでその大刀と弓で、八十神たちを坂の尾ごとに追い詰め、河の瀬ごとに追い払って、ついに国造りを始めた。
故其八上比賣者。如2先期1美刀阿多波志都。<此七字以レ音>故其八上比賣者。雖2率來1。畏2其嫡妻須世理毘賣1而。其所レ生子者。刺=狹2木俣1而返。故名2其子1云2木俣神1。亦名謂2御井神1也。
訓読:かれかのヤカミヒメは、サキノチギリのごとミトあたわしつ。かれそのヤカミヒメは、いてキマシつれども、かのミむかいめスセリビメをかしこみて、そのウミませるミコをば、キのマサにさしはさみてカエリましき。かれそのミコのミナをキノマタのカミともうす。マタのナはミイのカミともうす。
口語訳;あの八上比賣は先のような事情で既に大穴牟遲命と結婚していた。だから八上比賣もこの冒険に連れてきていたのだが、彼女は正妻となった須世理毘賣を恐れて、その生んだ子を木の股に挟み、身一つで自分の生まれた国へ帰ってしまった。その子の名を木俣の神、またの名は御井の神という。
『古事記傳』11-1神代九之巻【八千矛神御妻問の段】
此八千矛神。將レ婚2高志國之沼河比賣1幸行之時。到レ其2沼河比賣之家1歌曰。夜知富許能。迦微能美許登波。夜斯麻久爾。都麻麻岐迦泥弖。登富登富斯。故志能久邇邇。佐加志賣袁。阿理登岐加志弖。久波志賣遠。阿理登伎許志弖。佐用婆比爾。阿理多多斯。用婆比邇。阿理迦用婆勢。多知賀遠母。伊麻陀登加受弖。淤須比遠母。伊麻陀登加泥婆。遠登賣能。那須夜伊多斗遠。淤曾夫良比。和何多多勢禮婆。比許豆良比。和何多多勢禮婆。阿遠夜麻邇。奴延波那伎。佐怒都登理。岐藝斯波登與牟。爾波都登理。迦祁波那久。宇禮多久母。那久那留登理加。許能登理母。宇知夜米許世泥。伊斯多布夜。阿麻波勢豆加比。許登能。加多理其登母。許遠婆。
訓読:このヤチホコノカミ、こしのくにのヌナカワヒメをヨバイしにいでまししとき、そのヌナカワヒメのイエにいたりてうたいたまわく、やちほこの、かみのみことは、やしまくに、つままぎかねて、とおとおし、こしのくにに、さかしめを、ありときかして、くわしめを、ありときかして、さよばいに、ありたたし、よばいに、ありかよわせ、たちがオも、いまだとかずて、おすいをも、いまだとかねば、おとめの、なすやいたとを、おそぶらい、わがたたせれば、ひこづらい、わがたたせれば、あおやまに、ぬえはなき、さぬつとり、きぎしはとよむ、にわつとり、かけはなく、うれたくも、なくなるとりか、このとりも、うちやめこせね、いしたうや、あまはせづかい、ことの、かたりごとも、こをば。
歌部分の漢字表記(旧仮名):八千矛の、神の命は、八嶋国、妻覓(ま)ぎかねて、遠遠し、越の国に、賢し女を、ありと聞かして、麗し女を、ありと聞かして、さ婚ひに、あり立たし、婚ひに、あり通はせ、太刀が緒も、いまだ解かずて、襲(をすひ)をも、いまだ解かねば、乙女の、閉(な)すや板戸を、押そぶらひ、我が立たせれば、引こづらひ、我が立たせれば、青山に、鵺(ぬゑ)は鳴き、さ野つ鳥、雉(きぎし)は響(とよ)む、庭つ鳥、鶏(かけ)は鳴く、慨(うれ)たくも、鳴くなる鳥か、この鳥も、打ち病めこせね、いしたふや、天馳使(あまはせづかひ)、事の、語り言も、こをば。
口語訳:八千矛の神は、越の国の沼河比賣を妻にしたいと思って、その比賣の家に行って、次のように歌った。八千矛の神は、この八嶋国に妻を求めることができないでいたが、はるばると越の国に賢く美しい娘がいると聞いてやってきた。太刀の紐も解かず、上に着る襲もまだ脱がないのに、乙女の部屋の閉じた板戸を押したり引いたりしながら外に立っていると、山では鵺(ぬえ:トラツグミ?)が鳴く、野には雉が鳴き、庭で鶏が鳴く。忌々しくも鳴くことだ。みんな打ち懲らしてくれ。天の馳使が、この物語を、こう歌に伝えました。
爾其沼河日賣未レ開レ戸。自レ内歌曰。夜知富許能。迦微能美許等。怒延久佐能。賣邇志阿禮婆。和何許許呂。宇良須能登理叙。伊麻許曾婆。知杼理邇阿良米。能知波。那杼理爾阿良牟遠。伊能知波。那志勢多麻比曾。伊斯多布夜。阿麻波世豆迦比。許登能。加多理碁登母。許遠婆。
訓読:ここにそのヌナカワヒメいまだとをひらかずて、うちよりうたいていわく、やちほこの、かみのみこと、ぬえくさの、めにしあれば、わがこころ、うらすのとりぞ、いまこそは、ちどりにあらめ、のちは、などりにあらんを、いのちは、なしせたまいそ、いしたうや、あまはせづかい、ことの、かたりことも、こをば。
歌部分の漢字表記(旧仮名):八千矛の神の命、ぬえくさの、女にしあれば、浦渚の鳥ぞ。今こそは、千鳥にあらめ、後は、平和にあらむを、命は、な死せ賜ひそ。いしたふや、天馳使ひ、事の、語り言も、こをば。
口語訳:沼河比賣は、まだ戸を開けないで、中から歌で答えた。八千矛の神よ、平凡な女ですから、心は、今は浜辺の千鳥のように騒いでいますが、後ではなどり(平和)に静まりますのに、命だけは失わないでください。天の馳使が、この物語を、こう歌に伝えました。
阿遠夜麻邇。比賀迦久良婆。奴婆多麻能。用波伊傳那牟。阿佐比能。恵美佐迦延岐弖。多久豆怒能。斯路岐多陀牟岐。阿和由岐能。和迦夜流牟泥遠。曾陀多岐。多多岐麻那賀理。麻多麻傳。多麻傳佐斯麻岐。毛毛那賀爾。伊波那佐牟遠。阿夜爾。那古斐支許志。夜知富許能。迦微能美許登。許登能。迦多理碁登母。許遠婆。故其夜者不レ合而。明日夜爲2御合1也。
訓読:あおやまに、ひがかくらば、ぬまたまの、よはいでなん。あさひの、えみさかえきて、たくづぬの、しろきただむき、あわゆきの、わかやるむねを、そだたき、たたきまながり、またまで、たまでさしまき、ももなかに、いはなさんを、あやに、なこいきこし、やちほこの、かみのみこと。ことの、かたりことも、こをば。かれそのよはあわさずて、くるひのよミアイしたまいき。
歌部分の漢字表記(旧仮名):青山に、日が隠らば、ぬばたまの、夜は出でなむ。朝日の笑み栄え来て、栲綱の、白き腕、沫雪の、若やる胸を、小叩き、叩き拱がり、眞玉手、玉手差し纏き、股長に、寝はなさむを、あやに、な恋ひ聞こし。八千矛の、神の命。事の、語り言も、こをば。
口語訳:青山に日が沈むと、夜には出てくる。朝日のように微笑みかけるとき、白い腕で若々しい胸に触れ、互いに抱き合って、互いの手を枕にして、足をゆったりと伸ばして寝ようとしているのに、ああ、恋の言葉を言わないで。八千矛の神よ。この物語は、こう歌に伝わっています。
古事記傳』11-2神代九之巻【宇伎由比の段】
又其神之嫡后須勢理毘賣命。甚爲2嫉妬1。故其日子遲神和備弖<三字以レ音>自2出雲1將レ上=坐2倭國1而。束裝立時。片御手者繋2御馬之鞍1。片御足蹈=入2其御鐙1而。歌曰。奴婆多麻能。久路岐美祁斯遠。麻都夫佐爾。登理與曾比。淤岐都登理。牟那美流登岐。波多多藝母。許禮婆布佐波受。幣都那美。曾邇奴岐宇弖。蘇邇杼理能。阿遠岐美祁斯遠。麻都夫佐邇。登理與曾比。於岐都登理。牟那美流登岐。波多多藝母。許母布佐波受。幣都那美。曾邇奴棄宇弖。夜麻賀多爾。麻岐斯。阿多尼都岐。曾米紀賀斯流邇。斯米許呂母遠、麻都夫佐邇。登理與曾比。淤岐都登理。牟那美流登岐。波多多藝母。許斯與呂志。伊刀古夜能。伊毛能美許等。牟良登理能。和賀牟禮伊那婆。比氣登理能。和賀比氣伊那婆。那迦士登波。那波伊布登母。夜麻登能。比登母登須須岐。宇那加夫斯。那賀那加佐麻久。阿佐阿米能。佐疑理邇。多多牟敍。和加久佐能。都麻能美許登。許登能。加多理碁登母。許遠婆。
訓読(新仮名):またそのカミのおおぎさきスセリビメノミコト、いたくウワナリネタミしたまいき。かれそのヒコジのカミわびてイズモよりヤマトのくににノボリまさんとして、よそいしタタスときに、かたミテはミマのくらにかけ、かたミアシそのミアブミにふみいれて、うたいたまわく、ぬばたまの、くろきミケシを、まつぶさに、とりよそい、おきつとり、むなみるとき、はたたぎも、これはふさわず。へつなみ、そにぬぎうて。そにどりの、あおきミケシを、まつぶさに、とりよそい、おきつとり、むなみるとき、はたたぎも、こもふさわず。へつなみ、そにぬぎうて。やまがたに、まぎし、あたねつき、そめきがしるに、しめころもを、まつぶさに、とりよそい、おきつとり、むなみるとき、はたたぎも、こしよろし。いとこやの、いものみこと、むらとりの、わがむれいなば、ひけとりの、わがひけいなば、なかじとは、なはいうとも、やまとの、ひともとすすき、うなかぶし。ながなかさまく、あさあめの、さぎりに、たたんぞ。わかくさの、つまのみこと。ことの、かたりごとも、こをば。
訓読:またそのカミのおおぎさきスセリビメノミコト、いたくウワナリネタミしたまいき。かれそのヒコジのカミわびてイズモよりヤマトのくににノボリまさんとして、よそいしタタスときに、かたミテはミマのくらにかけ、かたミアシそのミアブミにふみいれて、うたいたまわく、ぬばたまの、くろきミケシを、まつぶさに、とりよそい、おきつとり、むなみるとき、はたたぎも、これはふさわず。へつなみ、そにぬぎうて。そにどりの、あおきミケシを、まつぶさに、とりよそい、おきつとり、むなみるとき、はたたぎも、こもふさわず。へつなみ、そにぬぎうて。やまがたに、まぎし、あたねつき、そめきがしるに、しめころもを、まつぶさに、とりよそい、おきつとり、むなみるとき、はたたぎも、こしよろし。いとこやの、いものみこと、むらとりの、わがむれいなば、ひけとりの、わがひけいなば、なかじとは、なはいうとも、やまとの、ひともとすすき、うなかぶし。ながなかさまく、あさあめの、さぎりに、たたんぞ。わかくさの、つまのみこと。ことの、かたりごとも、こをば。
歌部分の漢字表記(旧仮名):ぬばたまの、黒き御衣を、真つぶさに、取り装ひ、奥つ鳥、胸見るとき、鰭揚ぎも、此は相応はず。辺つ波、そ(磯)に脱ぎ棄て。
ソニ(立+鳥)鳥の、青き御衣を、真つぶさに、取り装ひ、奥つ鳥、胸見るとき、鰭揚ぎも、此も相応はず。辺つ波、そ(磯)に脱ぎ棄て。
山縣に、求ぎし、茜搗き、染め木が汁に、染衣を、真つぶさに、取り装ひ、奥つ鳥、胸見るとき、鰭揚ぎも、此し宜し。
いとこやの、妹の命、群鳥の、我が群れ往なば、引け鳥の、我が引け往なば、泣かじとは、汝は言ふとも、倭の、一本薄、頂傾し。汝が泣かさまく、朝雨の、狭霧に、立たむぞ。若草の、妻の命。事の、語り言も、こをば。
口語訳:ところで、その神の正后であった須勢理毘賣命は、甚だ嫉妬深かった。夫の神はやむを得ない事情で、出雲から倭へ行こうとした。服装を整えていざ出ようとするとき、片手を馬の鞍にかけ、片足を鐙にかけて、歌った。黒い衣を入念に身に着けて、水鳥が長い首を曲げて自分の胸を見るように、自分の服装を、袖を揚げて見た。これはよくない、磯に投げ棄ててしまえ。青い衣を入念に身に着けて、水鳥が長い首を曲げて自分の胸を見るように、自分の服装を、袖を揚げて見た。これもよくない、磯に投げ棄ててしまえ。山里で求めた、茜の絞り汁に染めた衣を入念に身に着けて、水鳥が長い首を曲げて自分の胸を見るように、自分の服装を、袖を揚げて見た。これこそよろしい。恋しい妹の命、群鳥のように、私が大勢で群れて行ったなら、または引け鳥のように、みんなに引かれて行ったなら、「泣かない」とあなたは言うが、山の一本薄は頂をうなだれている。あなたが泣き出すときには、涙の霧が立つに違いない。若草のような私の妻よ。この物語を、こう歌に伝えております。
爾其后取2大御酒坏1立依指擧而歌曰。
夜知富許能。加微能美許登夜。阿賀淤富久邇。奴斯許曾波。遠邇伊麻世婆。宇知微流。斯麻能佐岐邪岐。加岐微流。伊蘇能佐岐淤知受。和加久佐能。都麻母多勢良米。阿波母與。賣邇斯阿禮婆。那遠岐弖。遠波那志。那遠岐弖。都麻波那斯。阿夜加岐能。布波夜賀斯多爾。牟斯夫須麻。爾古夜賀斯多爾。多久夫須麻。佐夜具賀斯多爾。阿和由岐能。和加夜流牟泥遠。多久豆怒能。斯路岐多陀牟岐。曾陀多岐。多多岐麻那賀理。麻多麻傳。多麻傳佐斯麻岐。毛毛那賀邇。伊遠斯那世。登與美岐。多弖麻都良世。如レ此歌。即爲2宇伎由比1<四字以レ音>而。宇那賀氣理弖<六字以レ音>至レ今鎭坐也。此謂2之神語1也。
訓読:ここにそのキサキおおみさかずきをとらしてタチヨリささげてうたいたまわく、やちほこの、かみのみことや、あがおおくに、ぬしこそは、オにいませば、うちみる、しまのさきざき、かきみる、いそのさきおちず、わかくさの、つまもたせらめ。アはもよ、めにしあれば、なをきて、おはなし、なをきて、つまはなし。あやかきの、ふわやがしたに、むしぶすま、にこやがしたに、たくぶすま、さやぐがしたに、あわゆきの、わかやるむねを、たくづぬの、しろきただむき、そだたき、たたきまながり、またまで、たまでさしまき、ももながに、いをしなせ。とよみき、たてまつらせ。かくうたいて、すなわちウキユイして、うながけりて、いまにいたるまでシズマリます。これをカミコトという。
歌部分の漢字表記(旧仮名):八千矛の、神の命や、吾が大國、主こそは、男に坐せば、打ち見る、島の崎々、掻き見る、磯の崎落ちず、若草の、妻持たせらめ。吾はもよ、女にしあれば、汝措きて、夫はなし、汝措きて、夫はなし。文垣の、ふわやが下に、蒸し衾、柔やが下に、栲衾、さやぐが下に、沫雪の、若やる胸を、栲綱の、白き腕、小叩き、叩き拱がり、眞玉手、玉手差し纏き、股長に、寝をし宿せ。豊御酒、奉らせ。
口語訳:そこで后は大きな杯を取り、八千矛の神の近くに寄って、次のように歌った。八千矛の神の命、私の大国、あなたの場合は、男ですから、目に入る島の崎々、磯の崎まで、あらゆるところに妻を持つでしょう。私はやっぱり女ですから、あなたの他に夫はいません。飾り布を垣のように巡らし、ふんわりした幕の下に、暖かい床を敷き、柔らかい幕の下に、木綿の床を敷き、さやさやとさやぐ幕の下で、柔らかな若々しい胸に、白い腕で触れ、互いに抱き合って、互いの手を枕にして、足をゆったりと伸ばして寝ましょう。どうぞこの美味しい酒を召し上がれ。こう歌って、杯を交わして誓い合い、肩を抱き合って並んでいた。この後、今に至るまで、そこに留まっている。これを神語という。
『古事記傳』11-3神代九之巻【大國主神御末神等の段】
故此大國主神。娶B坐2胸形奧津宮1神多紀理毘賣命A生子。阿遲<二字以レ音>スキ(金+且)高日子根神。次妹高比賣命。亦名下光比賣命。此之阿遲スキ(金+且)高日子根神者。今謂2迦毛大御神1者也。
訓読:かれこのオオクニヌシのカミ、ムナカタのオキツミヤにますかみタキリビメのミコトにみあいしてウミませるミコ、アジシキタカヒコネのカミ。つぎにいもタカヒメのミコト。またのミナはシタテルヒメのミコト。このアジシキタカヒコネのカミは、いまカモのオオミカミともうすカミなり。
口語訳:この大国主神が、宗像の奥津宮にいる神、多紀理毘賣命を娶って生んだ子は、阿遲スキ(金+且)高日子根神、次にその妹高比賣命、またの名は下光比賣命である。この阿遲スキ(金+且)高日子根神は、今迦毛の大御神という。
大國主神亦娶2神屋楯比賣命1生子。事代主神。亦娶2八嶋牟遲能神<自レ牟下三字以レ音>之女鳥耳神1生子。鳥鳴海神。<訓レ鳴云2那留1>此神娶2日名照額田毘道男伊許知邇神1<田下毘又自レ伊下至レ邇皆以レ音>生子。國忍富神。此神娶2葦那陀迦神<自レ那下三字以レ音>亦名八河江比賣1生子。速甕之多氣佐波夜遲奴美神。<自多下八字以音>此神娶2天之甕主神之女前玉比賣1生子。甕主日子神。此神娶2淤加美神之女比那良志毘賣1<此神名以レ音>生子。多比理岐志麻流美神。<此神名以レ音>此神娶2比比羅木之其花麻豆美神<木上三字花下三字以レ音>之女活玉前玉比賣神1生子。美呂浪神。<美呂二字以レ音>此神娶2敷山主神之女青沼馬沼押比賣1生子。布忍富鳥鳴海神。此神娶レ若晝女神1生子。天日腹大科度美神。<度美二字以レ音>此神娶2天狹霧神之女遠津待根1神生子。遠津山岬多良斯神。右件自2八嶋士奴美神1以下。遠津山岬帶神以前。稱2十七世神1。
訓読:オオクニヌシのカミまたカムヤタテヒメのミコトにミアイてウミませるミコ、コトシロヌシのカミ。またヤシマムジのカミのむすめトリミミのカミにミアイてウミませるミコ、トリナルミのカミ。このカミ、ヒナテリヌカタビチオイコチニのカミにミアイてウミませるミコ、クニオシトミのカミ。このカミ、アシナダカのカミ、またのなはヤカワエヒメにミアイてウミませるミコ、ハヤミカのタケサワヤジヌミのカミ。このカミ、アメのミカヌシのカミのむすめサキタマヒメにミアイてウミませるミコ、ミカヌシヒコのカミ。このカミ、オカミのカミのむすめヒナラシビメにミアイてウミませるミコ、タヒリキシマルミのカミ。このカミ、ヒイラギのソノハナマヅミのカミのむすめイクタマサキタマヒメのカミにミアイてウミませるミコ、ミロナミのカミ。このカミ、シキヤマヌシのカミのむすめアオヌマヌオシヒメにミアイてウミませるミコ、ヌノシトミトリナルミのカミ。このカミ、ワカヒルメのカミにミアイてウミませるミコ、アメのヒバラオオシナドミのカミ。このカミ、アメのサギリのカミのむすめトオツマチネのカミにミアイてウミませるミコ、トオツヤマザキタラシのカミ。ミギのクダリ、ヤシマジヌミのカミよりシモ、トオツヤマザキタラシのカミまで、とおまりななつよのカミという。
口語訳:大国主神が、また神屋楯比賣命を娶って生んだ子が事代主神である。また八嶋牟遲能神の娘、鳥耳神を娶って生んだ子が鳥鳴海神<鳴は「なる」と読む>この神が日名照額田毘道男伊許知邇神を娶って生んだ子は國忍富神。この神が葦那陀迦神、またの名は八河江比賣を娶って生んだ子は速甕之多氣佐波夜遲奴美神である。この神が天之甕主神の娘、前玉比賣を娶って生んだ子は甕主日子神である。この神が淤加美神の娘、比那良志毘賣を娶って生んだ子は多比理岐志麻流美神である。この神が比比羅木之其花麻豆美神の娘、活玉前玉比賣神を娶って生んだ子は美呂浪神である。この神が敷山主神の娘、青沼馬沼押比賣を娶って生んだ子は布忍富鳥鳴海神である。この神が若晝女神を娶って生んだ子は天日腹大科度美神である。この神が天狹霧神の娘、遠津待根神を娶って生んだ子は遠津山岬多良斯神である。このくだり、八嶋士奴美神から遠津山岬帶神まで、十七世の神という。
『古事記傳』12-1神代十之巻【少名毘古那神の段】
故大國主神坐2出雲之御大之御前1時。自2波穗1。乘2天之羅摩船1而。内=剥2鵝皮1剥爲2衣服1。有2歸來神1。爾雖レ問2其名1不レ答。且雖レ問2所從之諸神1。皆白レ不レ知。爾多邇具久白言。<自レ多下四字以レ音>此者久延毘古必知之。即召2久延毘古1問時。答=白2此者神産巣日神之御子少名毘古那神1。<自レ毘下三字以レ音>故爾白=上2於神産巣日御祖命1者。答=告此者實我子也。於2子之中1。自2我手俣1久岐斯子也。<自レ久下三字以レ音>故與2汝葦原色許男命1爲2兄弟1而。作=堅2其國1。故自レ爾。大穴牟遲與2少名毘古那1二柱神相並。作=堅2此國1。然後者。其少名毘古那神者。度2于常世國1也。故顯=白2其少名毘古那神1。所レ謂久延毘古者。於2今者1山田之曾富騰者也。此神者。足雖レ不レ行。盡知2天下之事1神也。
訓読:かれこのオオクニヌシのカミいずものミホのみさきにいますときに、なみのほより、アメのカガミのふねにのりて、ヒムシのかわをウツハギにはぎてキモノにして、よりくるカミあり。かれそのナをとわすれどもこたえず。またミトモのカミたちにとわすれども、みな「しらず」ともうしき。ここにタニグクもうさく、「こはクエビコぞかならずしりたらん」ともうせば、すなわちクエビコをめしてとわすときに、「こはカミムスビのカミのみこスクナビコナのカミなり」ともうしき。かれここにカミムスビみおやのミコトにもうしあげしかば、「こはマコトにアがミコなり、ミコのなかに、アがたなまたよりくきしミコなり。かれミマシ・アシハラのシコオのミコトとアニオトとなりて、そのクニつくりかためてよ」とのりたまいき。かれそれより、オオナムジとスクナビコナとふたばしらのカミあいならばして、このクニつくりかためたまいき。さてのちには、そのスクナビコナのカミは、とこよのクニにわたりましき。かれそのスクナビコナのカミをあらわしもうせりし、いわゆるクエビコは、いまにヤマダのソオドというものなり。このカミは、あしはあるかねども、あめのしたのことをコトゴトにしれるカミになもありける。
口語訳:この大国主神が出雲の御大の崎にいたとき、波間から、天の羅摩の船に乗り、鵝の皮を剥いで着物にしたものを着て、やって来た神があった。その名を尋ねたが答えない。お伴の神々に尋ねても、みな「知らない」と言う。だが多邇具久という神が、「これは久延毘古ならきっと知っているでしょう」と言った。そこで久延毘古を召して尋ねたところ、「これは神産巣日神の御子で、少名毘古那神という神です」と答えた。そこで神産巣日命に報告し、この神を見せたところ、「これは確かに私の子だ。私の子の中で、指の間から漏れた子だ。だからあなた、葦原色許男命はこの子と兄弟になって、この国を作り固めなさい」と言った。そこでこの後、大穴牟遲命と少名毘古那神の二柱は相並んで、この国を作り固めた。その後、少名毘古那神は常世の国に行ってしまった。この少名毘古那神の名を明らかにした、いわゆる久延毘古は、今は山田の曾富騰(そおど=かかし)という者である。この神は、歩くことはできないけれども、世の中のことをすべて知っている神だという。
『古事記傳』12-2神代十之巻【幸魂奇魂の段】
於是大國主神愁而。告吾獨何能得=作2此國1。孰神與レ吾能相=作2此國1耶。是時有2光レ海依來之神1。其神言。能治2我前1者。吾能共與相作成。若不レ然者國難レ成。爾大國主神曰。然者治奉之状奈何。答=言3吾者。伊=都=岐=奉2于倭之青垣東山上1。此者坐2御諸山上1神也。
訓読:ここにオオクニヌシのカミうれいまして、「われひとりしていかでかもこのクニをエつくらん。いずれのカミとともにアはこのクニをあいつくらまし」とノリたまいき。このときにウナハラをてらしてよりくるカミあり。そのカミのノリたまわく、「アがミマエをよくおさめてば、アレともどもにあいつくりなしてん。もしシカあらずはクニなりかてまし」とノリたまいき。かれオオクニヌシのカミもうしたまわく、「しからばおさめたてまつらんサマはいかのぞ」ともうしたまえば、「アレをばも、ヤマトのあおかきヒンカシのやまのエにいつきまつれ」とノリたまいき。こはミモロのヤマのエにますカミなり。
口語訳:大国主神は愁い歎いて、「私一人で、どうやってこの国を作り終えることができよう。どの神と協力すればいいのだろうか。」と言った。このとき、海を明々と照らしてやって来る神があった。その神は「私をよく処遇するなら、あなたと共に国造りをしましょう。そうでなければ、国は完成しないでしょう。」そこで大国主神は「そのあなたに対する処遇はどうしたらいいでしょうか」と尋ねた。その神は「私を倭の青垣となっている東の山に祀ってください」と言った。これは三諸の山の上にいる神である。
『古事記傳』12-3神代十之巻【大年神羽山戸神御子等の段】
故其大年神。娶2神活須毘神之女伊怒比賣生子1。大國御魂神。次韓神。次曾富理神。次白日神。次聖神<五神>又娶2香用比賣1<此神名以レ音>生子。大香山戸臣神。次御年神。<二柱>又娶2天知迦流美豆比賣1<訓レ天如レ天亦自レ知下六字以レ音>生子。奧津日子神。次奧津比賣命。亦名大戸比賣神。此者諸人以拜竈神者也。次大山《上》咋神亦名山末之大主神。此神者坐2近淡海國之日枝山1。亦坐2葛野之松尾1用2鳴鏑1神者也。次庭津日神。次阿須波神。<此神名以レ音>次波比岐神。<此神名以レ音>次香山戸臣神。次羽山戸神。次庭高津日神。次大土神。亦名土之御祖神。<九神>上件大年神之子自レ大國御魂神以下大土神以前。并十六神。
訓読:かれそのオオトシのカミ、カムイクスビのカミのむすめイヌヒメにみあいてウミませるミコ、オオクニミタマのカミ。つぎにカラのカミ。つぎにソオリのカミ。つぎにムカイのカミ。つぎにヒジリのカミ。<いつはしら>またカガヨヒメにミアイてウミませるミコ、オオカガヤマトオミのかみ。つぎにミトシのカミ。<ふたばしら>またアメシルカルミズヒメ<テンをテンのごとくよみ、チよりしもロクジおんをもちう>にミアイてウミませるミコ、オキツヒコのカミ。つぎにオキツヒメのミコト、またのなはオオベヒメのカミ。こはモロヒトのもちいつくカマのカミなり。つぎにオオヤマクイのカミ、またのなはヤマスエのオオヌシのカミ。このカミはチカツオウミのクニのヒエのやまにます。またカヅヌのマツノオにますナリカブラになれるカミなり。つぎにニワツのカミ。つぎにアスハのカミ。つぎにハイギのカミ。つぎにカガヤマトオミのカミ。つぎにニワタカツヒのカミ。つぎにオオツチのカミ、またのなはツチのミオヤのカミ。<ここのはしら>かみのくだり、オオトシのカミのミコ、オオクニミタマのカミよりしもオオツチのカミまで、あわせてとおまりむばしら。
口語訳:その大年神が神活須毘神の娘、伊怒比賣を娶って生んだ子は、大國御魂神。次に韓神、次に曾富理神、次に白日神、次に聖神。<全部で五神。>また香用比賣を娶って生んだ子は、大香山戸臣神。次に御年神。<二柱である。>また天知和迦流美豆比賣<天の字はそのまま読み、知以下の六字は音読みする>を娶って生んだ子は、奧津日子神、次に奧津比賣命、またの名は大戸比賣神。これは世の人々が齋拜する竃の神である。次に大山咋神、またの名は山末之大主神。この神は、淡海の国の日枝山(比叡山)に鎮座している。また葛野の松尾(松尾大社)の鳴鏑に化った神である。次に庭津日神、次に阿須波神、次に波比岐神、次に香山戸臣神、次に羽山戸神、次に庭高津日神、次に大土神、またの名は土之御祖神。<全部で九柱。>このくだり、大年神の子は、大國御魂の神から大土の神まで、合わせて十六神である。
羽山戸神娶2大氣都比賣神1<自レ氣下四字以レ音>生子。若山咋神。次若年神。次妹若沙那賣神。<自レ沙下三字以レ音>次彌豆麻岐神。<自レ彌下四字以レ音>次夏高津日神。亦名夏之賣神。次秋毘賣神。次久久年神。<久久二字以レ音>次久久紀若室葛根神。<久久紀三字以レ音>上件羽山戸神之子。自2若山咋神1以下若室葛根神以前。并八神。
訓読:ハヤマトのカミ、オオゲツヒメのカミにみあいてウミませるミコ、ワカヤマクイのカミ。つぎにワカトシのカミ。つぎにいもワカサナメのカミ。つぎにミズマキのカミ。つぎにナツタカツヒのカミ、またのナはナツノメのカミ。つぎにアキビメのカミ。つぎにククトシのカミ。つぎにククキワカムロツナネのカミ。かみのくだり、ハヤマトのカミのミコ、ワカヤマクイのカミよりしもワカムロツナネのカミまで、あわせてヤはしら。
口語訳;この羽山戸神が大氣都比賣神を娶って生んだ子は若山咋神、次に若年神、次に妹若沙那賣神、次に彌豆麻岐神、次に夏高津日神、またの名は夏之賣神。次に秋毘賣神、次に久久年神、次に久久紀若室葛根神である。このくだり、羽山戸神の子、若山咋神から若室葛根まで、合わせて八神である。
『古事記傳』13-1神代十一之巻【國平御議の段】
天照大御神之命以。豊葦原之千秋長五百秋之水穗國者。我御子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命之所レ知國。言因賜而。天降也。於レ是天忍穗耳命。於2天浮橋1多多志<此三字以音>而詔之。豊葦原之千秋長五百秋之水穗國者。伊多久佐夜藝弖<此七字以音>有祁理<此二字以音下效此>告而。更還上。請2于天照大神1。爾高御産巣日神天照大御神之命以。於2天安河之河原1。神=集2八百萬神1集而。思金神令レ思而詔。此葦原中國者。我御子之所レ知國。言依所レ賜之國也。故以=爲B於2此國1道速振荒振國神等之多在A。是使2何神1而將2言趣1。爾思金神及八百萬神議白之。天菩比神是可レ遣。故遣2天菩比神1者。乃媚=附2大國主神1。至2于三年1不2復奏1。
訓読:アマテラスオオミカミのミコトもちて、「トヨアシハラのチアキのナガイオアキのミズホのクニは、アガミコ、マサカアカツカチハヤビ・アメのオシホミミのミコトのしらさんクニ」と、ことよさしたまいて、あまくだしたまいき。ここにアメのオシホミミのミコト、アメのウキハシにたたしてノリたまわく、「トヨアシハラのチアキのナガイオのミズホのクニは、いたくさやぎてありけり」とノリたまいて、さらにかえりのぼらして、アマテラスオオミカミにもうしたまいき。かれタカミムスビのカミ・アマテラスオオミカミのみこともちて、アメのヤスのカワのかわらに、ヤオヨロズのカミをかむつどえにつどえて、オモイカネのカミにおもわしめてノリたまわく、「このアシハラのナカツクニは、アがミコのしらさんクニとことよさしたまえるクニなり。かれこのクニにチハヤブルあらぶるクニツカミどものさわなるとおもおすは、いずれのカミをつかわしてかコトムケまし」とノリたまいき。ここにオモイカネのカミまたヤオヨロゾのカミたちはかりて、「アメのホヒのカミ、これつかわしてん」ともうしき。かれアメのホヒのカミをつかわしつれば、やがてオオクニヌシのカミにコビつきて、みとせになるまでカエリゴトもうさざりき。
口語訳:天照大御神は、「豊葦原の永遠の水穂の国は、私の子、正勝吾勝勝速日天忍穗耳命が治めるべき国だ。」と言って、天から降らせた。天忍穗耳命は天の浮橋に立ち、下界を窺って「豊葦原の永遠の水穂の国は、ひどく騒がしい」と言って、再び天に昇って天照大御神に状況を訴えた。そこで高御産巣日神と天照大御神は天の安河の河原に八百万の神々を招集して、思金神に「この葦原の中つ国は、私の子が治めるべき国だと言依さした国である。しかしこの国には、荒ぶる国つ神がたくさんいる。この国を平らかにするため、どの神を遣わしたらいいだろうか。」すると思金神は八百万の神たちと相談して、「天菩比神がよろしいかと存じます」と答えた。そこで天菩比神を遣わしたが、すぐに大国主神に媚び付いて、三年もの間、状況を復奏しなかった。
『古事記傳』13-2神代十一之巻【天若日子の段】
是以高御産巣日神天照大御神亦問2諸神等1。所レ遣2葦原中國之天菩比神1。久不2復奏1。亦使2何神1之吉。爾思金神答白。可レ遣2天津國玉神之子天若日子1。故爾以2天之麻迦古弓<自レ麻下三字以レ音>天之波波<此二字以レ音>矢1賜2天若日子1而遣。於レ是天若日子降=到2其國1。即娶2大國主神之女下照比賣1。亦慮レ獲2其國1。至=于2八年1不2復奏1。故爾天照大御神高御産巣日神。亦問2諸神等1。天若日子久不2復奏1。又遣2曷神1以。問2天若日子之淹留所由1。於レ是諸神及思金神答白。可レ遣2雉名鳴女1時。詔之。汝行問2天若日子1状者。汝所=以3使2葦原中國1者。言=趣2和其國之荒振神等1之者也。何至2于八年1不2復奏1。
訓読:ここをもてタカミムスビのカミ・アマテラスオオミカミまたもろもろのカミたちにといたまわく、「アシハラのナカツクニにつかわせるアメのホヒのカミ、ひさしくカエリゴトもうさず。またいずれのカミをつかわしてばえけん」。ここにオモイカネのカミもうしけらく、「アマツクニタマのカミのこアメワカヒコをつかわしてん」ともうしき。かれここにアメのマカコユミ・アメのハハヤをアメワカヒコにたまいてつかわしき。ここにアメワカヒコかのクニにくだりつきて、すなわちオオクニヌシのカミのむすめシタテルヒメをメとし、またそのクニをえんとおもいはかりて、ヤトセになるまでカエリコトもうさざりき。かれここにアマテラスオオミカミ・タカミムスビのカミまたもろもろのカミたちにといたまわく、「アメワカヒコひさしくカエリコトもうさず。またいずれのカミをつかわしてか、アメワカヒコがひさしくとどまるユエをとわしめん」とといたまいき。ここにもろもろのカミたちまたオモイカネのカミもうさく、「キギシナナキメをつかわしてん」ともうすときに、のりたまわく、「イマシゆきてアメワカヒコにとわんさまは、『イマシをアシハラのナカツクニにつかわせるユエは、そのクニのあらぶるカミどもをことむけやわせとなり。なぞヤトセになるまでカエリコトもうさざる』ととえ」とのりたまいき。
口語訳:そこで高御産巣日神と天照大御神は、また諸神を招集して、「葦原の中つ国に遣わした天菩比神は、長い間還ってこない。今度は誰を遣わせばいいだろうか。」と尋ねた。その時、思金神が答えて「天津國玉神の子、天若日子を遣わしたらいいでしょう」と言った。そこで天若日子に天の麻迦古弓と天の波波矢を賜い、降らせた。天若日子は、その国に到着すると、大国主神の娘、下照比賣を妻に娶り、またその国を手に入れようという魂胆があって、八年経っても復奏しなかった。そこで天照大御神と高御産巣日神は、また諸神たちに「天若日子も長い間復奏してこない。今度は誰を遣って、天若日子が長い間かの国に留まっている理由を問わせたらいいだろうか。」と尋ねた。そこで諸神と思金神は、「雉名鳴女を遣わせばいいでしょう」と答えた。そこで雉名鳴女に「お前は行って、天若日子に『お前を葦原の中つ国に遣わしたのは、その国の荒ぶる神どもをことむけ、なごませよということである。なぜ八年もの間還ってきて報告しないのか』と訊ねよ」と言った。
故爾鳴女自レ天降到。居2天若日子之門湯津楓上1而。言3委曲如2天神之詔命1。爾天佐具賣<此三字以レ音>聞2此鳥言1而。語2天若日子1言。此鳥者其鳴音甚惡。故可2射殺1」云進。即天若日子持2天神所レ賜天之波士弓天之加久矢1。射=殺2其雉1。爾其矢自2雉胸1通而。逆射上。逮B坐2天安河之河原1天照大御神高木神之御所A。是高木神者。高御産巣日神之別名。故高木神取2其矢1見者。血箸2其矢羽1。於レ是高木神。告=之B此矢者所レ賜2天若日子1之矢A。即示2諸神等1詔者。或天若日子不レ誤レ命。爲レ射2惡神1之矢之至者。不レ中2天若日子1。或有2邪心1者。天若日子於2此矢1麻賀禮<此三字以レ音>云而。取2其矢1。自2其矢穴1衝返下者。中B天若日子寢2朝床1之高胸坂A以死。<此還矢之可レ恐之本也>亦其雉不レ還。故於レ今諺曰2雉之頓使1本是也。
訓読:かれここに、ななきめアメよりくだりいたりて、アメワカヒコのカドなるユツカツラのうえにいて、まつぶさにアマツカミのおおみことのごとのりき。ここにアマのサグメこのとりのいうことをききて、アメワカヒコに「このとりはナクこえいとアシ。いコロシたまいね」といいすすむれば、すなわちアメワカヒコ、アマツカミのたまえるアメのハジユミ・アメのカクヤをもちて、このキジをイころしつ。ここにそのやキジのむねよりとおりて、さかさまにイあげらえて、アメのヤスのカワのかわらにましますアマテラスオオミカミ・タカギのカミのみもとにいたりき。このタカギのカミは、タカミムスビのカミのまたのミナなり。かれタカギのカミそのヤをとらしてみそなわすれば、そのヤのハにチつきたりき。ここにタカギのカミ、「このヤはアメワカヒコにたまえりしヤぞかし」とのりたまいて、もろもろもカミたちにみせてノリたまえらくは、「もしアメワカヒコみことをたがえず、あらぶるかみをいたりしヤのキつるならば、アメワカヒコにあたらざれ。もしきたなきココロしあらば、アメワカヒコこのヤにまがれ」とノリたまいて、そのヤをとらして、そのヤのアナよりつきかえしたまいしかば、アメワカヒコがアグラにねたるタカムナサカにあたりてみうせき。<これカエシヤおそるべしのコトのモトなり。>またそのキギシジかえらず。かれいまにコトワザに「キギシのひたづかい」というもとこれなり。
口語訳:そこで鳴女は天から降って、天若日子の家の門にあった湯津楓(ゆつかづら)の上に留まり、天神が言ったことをそのまま伝えた。ところが天佐具賣がこれを聞いて、天若日子に告げて「この鳥の鳴き声は、たいへん悪い声です。射殺してしまいなさい」と言ったので、天若日子はすぐに天神から賜った天之波士弓と天之加久矢で、雉を射殺した。その矢は雉の胸を突き抜けて、天に逆さに昇り、天安河の河原にいた天照大御神と高木の神のところまで届いた。この高木の神というのは、高御産巣日神のまたの名である。高木の神が矢を取って調べると、矢羽根に血が付いていた。そこで高木の神は「これは天若日子に与えた矢だ」と言い、諸神に見せ、「天若日子が命令を違えず、荒ぶる神を射た矢が来たのであれば、天若日子に当たるな。もし逆心があるのなら、天若日子はこの矢に当たって死ね」と言い、その矢を取って、通ってきた穴から突き返したところ、天若日子が胡床(あぐら)に寝ていたその胸に当たって死んだ。これが「返し矢おそるべし」ということの初めである。>またその雉は還ってこなかった。今のことわざで「雉の直使(ひたづかい)」という初めである。
故天若日子之妻下照比賣之哭聲。與レ風響到レ天。於レ是在レ天天若日子之父天津國玉神。及其妻子聞而。降來哭悲。乃於2其處1作2喪屋1而。河雁爲2岐佐理持1<自レ岐下三字以レ音>鷺(底本正字は路が偏、鳥が旁の字)爲2掃持1。翠鳥爲2御食人1。雀爲2碓女1。雉爲2哭女1。如レ此行定而。日八日夜八夜遊也。
訓読:かれアメワカヒコがメ・シタテルヒメのなかせるこえ、かぜのムタひびきてアメにいたりき。ここにアメなるアメワカヒコがちちアマツクニタマのカミ、またそのメコどもききて、くだりきてかなしみて、すなわちソコにモヤをつくりて、カワガリをキサリモチとし、サギをホウキモチとし、ソニをミケビトとし、スズメをウスメとし、キギシをナキメとし、かくおこないさだめて、ひヤカよヤヨをアソビたりき。
口語訳:天若日子の妻、下照比賣の泣く声が、風とともに天にまで届いた。そこで天上にいた天若日子の父、天津國玉神とその妻子が地上に降りてきて、泣き悲しんだ。また喪屋をそこに造り、河雁をきさり持ち(葬送で死者の食べ物を持って随行する役)とし、鷺を箒持ちとし、翠鳥(そに)を御饌人とし、雀を碓女とし、雉を泣き女とし、このように定めて、八日八夜の間遊び弔った。
此時阿遲志貴高日子根神<自レ阿下四字以レ音>到而。弔2天若日子之喪1時。自レ天降到天若日子之父。亦其妻皆哭云。我子者不レ死有祁理。<此二字以レ音下效レ此>我君者不レ死坐祁理云。取=懸2手足1而。哭悲也。其過所以者。此二柱神之容姿甚能相似。故是以過也。於レ是阿遲志貴高日子根神大怒曰。我者愛友故弔來耳。何吾比2穢死人1云而。拔B所2御佩1之十掬劔A。切=伏2其喪屋1。以レ足蹶離遣。此者在2美濃國藍見河之河上1喪山之者也。其持所レ切大刀名謂2大量1。亦名謂2神度劔1。<度字以レ音>故阿治志貴高日子根神者。忿而飛去之時。其伊呂妹高比賣命。思レ顯2其御名1故歌曰。阿米那流夜。淤登多那婆多能。宇那賀世流。多麻能美須麻流。美須麻流邇。阿那陀麻波夜。美多邇。布多和多良須。阿治志貴。多迦比古泥能。迦微曾也。此歌者夷振也。
訓読:このときアジシキタカヒコネのカミきまして、アメワカヒコがモをとぶらいたまうときに、あめよりくだりきつるアメワカヒコがちち、またそのメみななきて、「アがコはしなずてありけり。アがキミはしなずてマシケリ」といいて、てあしにとりかかりて、なきかなしみき。そのアヤマテルゆえは、このふたばしらのカミのかおいとよくにたり。カレここをもてアヤマテルなりけり。ここにアジシキタカヒコネのカミいたくいかりていいけらく、「アはうるわしきトモなれこそとぶらいきつれ。なにとかもアレをきたなきシニビトになそうる」といいて、みはかせるトツカツルギをぬきて、そのモヤをきりふせ、あしもてケはなちやりき。こはミヌのクニのアイミガワのかわかみなるモヤマというやまなり。そのもちきたれるタチのなはオオバカリという。またのなはカムドのツルギともいう。かれアジシキタカヒコネのカミは、オモほでりてとびさりたまうときに、そのイロモ・タカヒひメのミコト、そのミナをあらわさんとおもいてうたいけらく、「あめなるや、おとたなばたの、うながせる、たまのみすまる、みすまるに、あなだまはや、みたに、ふたわたらす、あじしき、たかひこねの、かみぞや」。このうたはひなぶりなり。
歌部分の漢字交じり表記<旧仮名遣い>:天なるや、弟棚機の、項がせる、玉の御統、御統に、穴玉はや、み谷、二渡らす、阿治志貴、高日子根の、神ぞ。
口語訳:このとき阿遲志貴高日子根神がやって来て、天若日子の喪を弔っていた。そこへ天から降ってきた天若日子の父とその妻たちは、みな泣いて「私の子は死んでいなかった、わが君は死なずにいた」と彼の手足に取りすがり、泣き悲しんだ。そう思い誤った理由は、この二柱の神は容貌がたいへんよく似ていた。そのため間違えたのである。阿遲志貴高日子根神は激怒し、「私は親しい友を弔いに来ただけだ。どうして私を穢れた死人と同じように見るのか。」と言って、帯びていた十掬剣を抜いて、その喪屋を切り倒し、足で遠くへ蹴った。これは美濃の国の藍見河の上流にある喪山という山である。その太刀の名は大量という。またの名は神度剣ともいう。阿治志貴高日子根神は怒りで顔を真っ赤にして飛び去った。そのとき彼の妹、高比賣の命は、彼の名を知らせようとして歌った。「天にいるという、若い機織り女の、うなじに掛けている、玉の御統、御統の、穴玉の何と美しいこと、そのように美しく、谷を二谷に渡って照らし輝く、阿治志貴高日子根の神ですよ」。この歌は夷振である。
『古事記傳』14-1神代十二之巻【大國主神國避の段】
於レ是天照大御神詔之。亦遣2曷神1者吉。爾思金神及諸神白之。坐2天安河河上之天石屋1名伊都之尾羽張神。是可レ遣。<伊都二字以レ音>若亦非2此神1者。其神之子建御雷之男神。此應レ遣。且其天尾羽張神者。逆塞=上2天安河之水1而。塞レ道居故。他神不2得行1。故別遣1天迦久神1可レ問。故爾使2天迦久神1。問2天尾羽張神1之時。答白恐之仕奉。然於2此道1者。僕子建御雷神可レ遣。乃貢進。爾天鳥船神副2建御雷神1而遣。
訓読:ここにアマテラスオオミカミののりたまわく、「またいずれのカミをつかわしてばえけん」。かれオモイカネのカミまたもろもろのカミたちもうしていわく、「アメのヤスカワのかわかみのアメのイワヤにますナはイツのオハバリのカミ、これつかわすべし。もしまたこのカミならずは、そのカミのミコ、タケミカヅチのオのカミ、これつかわすべし。まずそのアメのオハバリのカミは、アメのヤスカワのみずをさかさまにセキあげて、みちをセキおれば、あだしカミはエゆかじ。かれコトにアメのカクのカミをつかわしてとうべし」ともうしき。かれここにアメのカクのカミをつかわして、アメのオハバリのカミにとうときに、「かしこし、つかえまつらん。しかれどもこのみちには、アがコ、タケミカヅチのカミをつかわすべし」ともうして、すなわちたてまつりき。かれアメのトリフネのカミをタケミカヅチのカミにそえてつかわしき。
口語訳:そこで天照大御神は、「今度はどの神を遣わしたらいいだろう」と言った。思金の神とその他の諸神は、「天の安河の川上の天の石屋にいる伊都之尾羽張神を遣わせばいいでしょう。そうでないなら、その神の子の建御雷之男神がいいでしょう。ただしその天尾羽張神は、天の安河の川水を塞き止めて(水を他に分けて)、道を塞いでいるので、他の神は彼の所まで行くことができないでしょう。そこで別に天迦久神を彼の所へ遣って、意志を問わせたらいいでしょう」と言った。そこで天迦久神を使いに遣った。すると天尾羽張神は「かしこまりました。お仕えしましょう。しかし今回のご用件は、私の子、建御雷神が適任だと思います」と言い、その子を返答のために差し向けた。そこで天鳥船神を副将に付けて、建御雷神を地上の国に遣わした。
是以此二神降=到2出雲國伊那佐之小濱1而。<伊那佐三字以レ音>拔2十掬劔1逆刺=立2于浪穗1。趺=坐2其劔前1。問2其大國主神1言。天照大御神高木神之命以問使之。汝之宇志波祁流<此五字以レ音>葦原中國者。我御子之所レ知國言依賜。故汝心奈何。爾答白之。僕者不2得白1。我子八重言代主神是可レ白然。爲2鳥遊1取レ魚而往2御大之前1。未2還來1。故爾遣2天鳥船神1。徴=來2八重事代主神1而。問賜之時。語2其父大神1言。恐之。此國者。立=奉2天神之御子1。即蹈=傾2其船1而。天逆手矣於2青柴垣1打成而。隱也。<訓レ柴云2布斯1>
訓読:ここをもてこのふたばしらのカミいずものクニのイナサのオバマにくだりつきて、トツカツルギをぬきてなみのほにサカサマにさしたてて、そのツルギのさきにあぐみいて、そのオオクニヌシのカミにといたまわく、「アマテラスオオミカミ・タカギのカミのみこともちてといにつかわせり。ナがうしはけるアシハラのナカツクニは、アがみこのしらさんクニとことよさしたまえり。かれナがこころいかにぞ」とといたまうときに、こたえまつらく、「アはエもうさじ。アがこヤエコトシロヌシのカミこれもうすべきを、とりのあそび・スナドリしにミホのサキにゆきて、いまだかえりこず」ともうしき。かれここにアメのトリフネのカミをつかわして、ヤエコトシロヌシのカミをめしきて、といたまうときに、そのチチのオオカミに「かしこし。このクニは、アマツカミのミコにたてまつりたまえ」といいて、すなわちそのフネをふみかたぶけて、アマのサカデをアオフシガキにうちなして、かくりましき。
口語訳:この二柱の神は出雲国の伊那佐の小濱に到着し、十掬剣を抜いて波頭に逆さに差し立て、その剣の先端に胡座を組んで座り、大国主神に問いかけて「われわれは天照大御神と高木の神の詔によって、問いに来た。あなたが支配している葦原の中つ国は、天照大御神の御子が治めるべき国だと仰っている。あなたの気持ちはどうだ」と訊くと、大国主神は答えて「私は何とも答えられない。私の子、八重事代主神が答えるべきところだが、鳥遊びと魚取りのために御大の崎に行って、まだ帰ってこない」と行った。そこで天鳥船を遣って、八重事代主神を連れてこさせ、同じように訊ねると、彼は父の大神に「恐れ多いことです。この国は天神の御子に奉りなさい」と言って、船を踏み傾け、天の逆手を打ってその船を青柴垣に変え、そのまま隠れた。
故爾問2其大國主神1。今汝子事代主神如レ此白訖。亦有2可レ白子1乎。於レ是亦白之。亦我子有2建御名方神1。除レ此者無也。如レ此白之間。其建御名方神。千引石ササゲ(敬の下に手)2手末1而來。言B誰來2我國1而。忍忍如レ此物言。然欲レ爲2力競1。故我先欲Aレ取2其御手1。故令レ取2其御手1者。即取=成2立氷1。亦取=成2劔刄1。故爾懼而退居。爾欲レ取2其建御名方神之手1乞歸而取者。如レ取2若葦1。ツカミ(てへん+益)ヒシギ(てへん+此)而投離者。即逃去。故追往而。迫=到2科野國之洲羽海1。將殺レ時。建御名方神白。恐。莫レ殺レ我。除2此地1者。不レ行2他處1。亦不レ違2我父大國主神之命1。不レ違2八重事代主神之言1。此葦原中國者。隨2天神御子之命1獻。
訓読:かれここにそのオオクニヌシのカミにといたまわく、「いまナがこコトシロヌシのカミかくもうしぬ。またもうすべきコありや」とといたまいき。ここにまたもうしつらく、「またアがこタケミナガタのカミあり。これをオキテハなし。」かくもうしたまうおりしも、そのタケミナガタのカミ、チビキイワをタナスエにささげてきて、「たれぞワガクニにきて、しぬびしぬびカクものいう。しからばチカラクラベせん。かれアレまずそのミテをとらん」という。かれそのミテをとらしむれば、すなわちタチビにとりなし、またツルギバにとりなしつ。かれおそれてしりぞきおり。ここにそのタケミナガタのカミのテをとらんとコイかえしてとれば、ワカアシをとるがごと、ツカミひしぎてなげはなちたまえば、すなわちニゲいにき。かれオイゆきて、シナヌのクニのスワのウミにせめいたりて、コロサンとしたまうときに、タケミナガタのカミもうしつらく、「かしこし。アをナころしたまいソ。このトコロをおきては、あだしトコロにゆかじ。またアがちちオオクニヌシのカミのミコトにたがわじ。ヤエコトシロヌシのカミのコトにたがわじ。このアシハラのナカツクニは、アマツカミのミコのミコトのまにまにたてまつらん」ともうしたまいき。
口語訳:そこで大国主神に「いまあなたの子、事代主神はあのように言った。他に意見を言う子がいるか。」と訊ねた。大国主神は「もう一人、建御名方神がいる。彼の他にはいない」と答えたとき、その建御名方神が、手に千引石(千人でなければ動かせないような大きな岩)を手のひらに載せてやって来て、「誰だ、私の国に来て、ひそひそとそんな話をしている奴は。それなら力比べをしよう。まずあなたの手を私に取らせよ」と言ったので、手を彼に握らせた。ところがつかんだその手は、つららのような氷と化し、また剣と化した。建御名方神は驚き恐れて退いた。次に今度は(建御雷神が)建御名方の手を取らせよと言ってつかんだところ、生え出たばかりの柔らかい葦を握るようにひしゃげた。そのまま遠くへ放り投げた。建御名方は逃げ出した。それを追って、ついに信濃の国の諏訪の湖まで追い詰め、殺そうとしたところ、建御名方神は「かしこまりました。私を殺さないでください。私はこの地に留まって、どこにも行きません。また父大国主神の命に従います。事代主神の言った通りにします。この葦原の中つ国は、天神の御子の御心のままに献げましょう。」と言った。
故更且還來。問2其大國主神1。汝子等事代主神建御名方神二神者。隨2天神御子之命1勿レ違白訖。故汝心奈何。爾答白之。僕子等二神隨レ白。僕之不レ違。此葦原中國者。隨レ命既獻也。唯僕住所者。如2天神御子之天津日繼所レ知之登陀流<此三字以レ音。下效レ此>天之御巣1而。於2底津石根1宮柱布斗斯理。<此四字以レ音>於2高天原1氷木多迦斯理<多迦斯理四字以レ音>而治賜者。僕者。於2百不レ足八十クマ(土+冂の中に口)手1隱而侍。亦僕子等百八十神者。即八重事代主神爲2神之御尾前1而仕奉者。違神者非也。如レ此之白而
訓読:かれさらにまたかえりきて、そのオオクニヌシのカミにといたまわく、「ナがコどもコトシロヌシのカミ・タケミナガタのカミふたりは、アマツカミのミコトのまにまにタガワジともうしぬ。かれナがこころいかにぞ」とといたまいき。ここにこたえまつらく、「アがコどもふたりのモウセルまにまに、アレもたがわじ。このアシハラのナカツクニは、ミコトのまにまにすでにたてまつらん。ただアがすみかをば、アマツカミのミコのアマツヒツギしろしめさんトダルあまのミスなして、そこついわねにミヤバシラふとしり、タカマノハラにヒギたかしりておさめたまわば、アは、ももたらずヤソクマデにかくりてさもらいなん。またアがコどもももやそがみは、ヤエコトシロヌシのカミ、カミのみおさきとなりてツカエまつらば、たがうカミはあらじ。」かくもうして
口語訳:さらにまた戻って来て、その大国主の神に「あなたの子たち、事代主神、建御名方神の二人は、天神の命に従うと言っている。あなたの心はどうだ」と訊ねた。すると大国主神は「私の子たちの言う通り、私も従おう。この葦原の中つ国は、天神の詔のままに、ことごとく差し上げよう。ただその後の私の住処は、天神の御子が住んで世をお治めになる宮と同様に、どっしりと宮柱が太く、千木を空高く掲げて造ってくだされば、私は黄泉の国に隠れよう。私の子の百八十神たちは、事代主神が指導者として天神に仕えたなら、反逆することはない。」こう言って、
於2出雲國之多藝志之小濱1。造2天之御舍1<多藝志三字以レ音>而。水戸神之孫櫛八玉神爲2膳夫1。獻2天御饗1之時。祷白而。櫛八玉神化レ鵜。入2海底1。咋=出2底之波邇1。<此二字以レ音>作2天八十毘良迦1<此三字以レ音>而。鎌2海布之柄1作2燧臼1。以2海蓴之柄1作2燧杵1而。鑚=出2火1云。是我所レ燧火者。於2高天原1者。神産巣日御祖命之登陀流天之新巣之凝烟<訓2凝因1云2州須1>之八拳垂麻弖燒擧。<麻弖二字以レ音>地下者。於2底津石根1燒凝而。栲繩之千尋繩打延。爲2釣海人之。口大之尾翼鱸。<訓レ鱸云2須受岐1>佐和佐和邇<此五字以レ音>控依騰而。打竹之登遠遠登遠遠邇。<此七字以レ音>獻2天之眞魚咋1也。故建御雷神返參上。復=奏B言=向2和平葦原中國1之状A。
訓読:いずものタギシのオバマにあめのミアラカをつくりて、ミナトのカミのひこクシヤタマのカミをかしわでとして、あめのミアエたてまつるときに、ネギもうして、クシヤタマのカミ・ウになりて、わたのそこにいりて、そこのハニをくいいでて、あめのヤソビラカをつくりて、メのカラをかりてヒキリウスにつくり、コモのカラをヒキリギネにつくりて、ひをキリいでてもうしけらく、「このアがきれるひは、タカマノハラには、カミムスビみおやのミコトのとだるアマのニイスのススのやつかたるまでたきあげ、つちのしたは、そこついわねにたきこらして、タクナワのちひろなわうちはえ、つらせるアマが、おおくちのオハタすずき、さわさわにひきよせあげて、サキタケのとおおとおおに、あめのマナグイたてまつらん」ともうしき。かれタケミカヅチのカミかえりまいのぼりて、アシハラのナカツクニことむけやわしぬるサマをもうしたまいき。
口語訳:出雲の国の多藝志の小濱に御殿を建てて、水戸神の孫、櫛八玉神を膳夫(料理長)として、料理を献げるとき、言壽ぎして、櫛八玉神は鵜に姿を変えて海に入り、海底の土をくわえてきて多くの平瓮(平たい土器)を造り、海藻の茎を刈って火燧の臼とし、海蓴(こも)の茎を火燧の杵として、火を起こして言うには、「この私が起こした火は、高天の原の神産巣日命の新しい宮殿の御厨に届いた煤が、どっさり溜まって長く垂れるまで炊きあげ、地の下では底の底まで焼き固める。白い長い延縄を引き回して漁をする海人が大きな鱸を非常にたくさん捕らえ、引き寄せあげると、竹の簀もたわわに、献げ物の魚の料理を奉る」と言った。建御雷神は天に返り、葦原の中つ国を平定した様子を報告した。
『古事記傳』15-1神代十三之巻【御孫命天降の段】
爾天照大御神高木神之命以。詔2太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命1。今平=訖2葦原中國1之白。故隨2言依賜1降坐而知看。爾其太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命答白。僕者將レ降裝束之間。子生出。名天邇岐志國邇岐志<自レ邇至レ志以レ音>天津日高日子番能邇邇藝命。此子應レ降也。此御子者。御=合2高木神之女萬幡豊秋津師比賣命1生子。天火明命。次日子番能邇邇藝命<二柱>也。是以隨1白之1。科レ詔2日子番能邇邇藝命1。此豊葦原水穗國者汝將レ知國言依賜。故隨レ命以可2天降1。
訓読:ここにアマテラスオオミカミ・タカギのカミのミコトもちて、ヒツギのミコ・マサカアカツかちはやびアメのオシホミミのミコトにノリたまわく、「いまアシハラのナカツクニことむけおえぬともうす。かれコトヨサシたまえりしマニマニくだりましてシロシメせ」とノリたまいき。ここにそのヒツギのミコ・マサカアカツかちはやびアメのオシホミミのミコトのもうしたまわく、「アレはくだりなんヨソイせしほどに、ミコあれましつ。ミナはあめニギシくにニギシあまつひだかひこホのニニギのニコト。このミコをくだすべし」とモウシたまいき。このミコは、タカギのカミのミむすめヨロズハタとよあきづしひめのミコトにみあいましてウミませるミコ、アメのホアカリのミコト。つぎにヒコほのニニギのミコトに<ふたはしら>ます。ここをもてモウシたまうまにまに、ヒコほのニニギのミコトにミコトおおせて、「このトヨアシハラのミズホのくには、ミマシしらさんクニなりとコトヨサシたまう。かれミコトのまにまにアモリますべし」とノリたまいき。
口語訳:そこで天照大御神、高木の神は勅命して、御子の正勝吾勝勝速日天忍穗耳命に「今、葦原の中つ国は平定し終わったという。そこで、言依さしに従って天降り、その国を治めよ」と言った。太子、正勝吾勝勝速日天忍穗耳命は答えて、「天降りしようと服を着替えておりましたところ、私の子が生まれました。名は天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命といいます。この子を降らせた方がいいかと思います」と言った。この御子が、高木の神の娘、萬幡豊秋津師比賣命を妻として生んだ子が、天火明命、次に日子番能邇邇藝命の二柱である。そこでその答えのままに、日子番能邇邇藝命に詔命を下して、「この豊葦原の瑞穂の国は、お前が治める国だと言依さしがあった。だから詔命に従って天降りせよ」と言った。
爾日子番能邇邇藝命將2天降1之時。居2天之八衢1而上光2高天原1。下光2葦原中國1之神於レ是有。故爾天照大御神高木神之命以。詔2天宇受賣神1。汝者雖レ有2手弱女人1。與2伊牟迦布神1<自レ伊至レ布以レ音>面勝神。故專汝往將レ問者。吾御子爲2天降1之道誰如レ此而居。故問賜之時。答白。僕者國神。名猿田毘古神也。所=以2出居1者。聞2天神御子天降坐1故。仕=奉2御前1而。參向之侍。(「猿」の正字はけものへん+爰)
訓読:かれヒコホノニニギのミコトあもりまさんとするときに、アメのヤチマタにいて、かみはタカマノハラをてらし、しもはアシハラのナカツクニをてらすカミここにあり。かれここにアマテラスオオミカミ・タカギのカミのみこともちて、アメノウズメのカミにのりたまわく、「イマシはたわやめなれども、いむかうカミとおもかつカミなり。かれもはらイマシゆきてとわんは、『アがミコのあもりまさんとするミチを、たれぞかくておる』ととえ」とノリたまいき。かれとわせたまうときに、こたえもうさく、「アレはクニつカミ、なはサルタビコのカミなり。あまつかみのミコあもりますとききつるゆえに、ミサキにつかえまつらんとして、まいむかえさもらう」ともうしたまいき。
口語訳:日子番能邇邇藝命がいよいよ天降りしようとしたとき、天の八衢という場所(天と地を結ぶ往来の盛んなところ)に、一柱の神がいて、その光は天上に届き、地上をあまねく照らしていた。そこで天照大御神と高木の神は天宇受賣神に、「お前は女ではあるが、どんな神とにらみ合っても恐れず、勝つような気の強さがある。そこで行って、『私の御子が天降ろうとする道にいるそなたは何者か』と訊いてきなさい」と詔した。そこで天宇受賣神がその正体不明の神の前に行って訊ねると、「わしは国津神、名は猿田毘古神だ。天神の御子が降られると聞いたので、先導してご案内しようと思って、ここへ迎えに出て来たのだ」と答えた。
爾天兒屋命布刀玉命天宇受賣命伊斯許理度賣命玉祖命。并五伴緒矣支
加而。天降也。
訓読:かれここにアメノコヤネのミコト・フトダマのミコト・アメノウズメのミコト・イシコリドメのミコト・タマのヤのミコト、あわせてイツのトモのおをクマリくわえて、あまくだりまさしめたまいき。
口語訳:そこで天兒屋命・布刀玉命・天宇受賣命・伊斯許理度賣命・玉祖命、合わせて五柱の神を伴の緒としてお伴させ、天降りさせた。
於レ是副=賜2其遠岐斯<此三字以レ音>八尺勾タマ(王+總のつくり)鏡。及草那藝劔。亦常世思金神手力男神天石門別神1而。詔者。此之鏡者。專爲2我御魂1而。如レ拜2吾前1伊都岐奉。次思金神者。取=持2前事1爲レ政。
訓読:ここにかのおきしヤサカのマガタマカガミ、またクサナギのツルギ、またトコヨのオモイカネのカミ・タヂカラオのカミ・アメのイワトワケのカミをそえたまいて、ノリたまいつらくは、「これのカガミは、もはらアがミタマとして、アがみまえにイツクがごとイツキまつりたまえ。つぎにオモイカネのカミは、みまえのことをとりもちてもうしたまえ」とノリたまいき。
口語訳:このとき、かつて(天石屋戸で)神招寿(かむおき)した八尺勾王と鏡、草薙の剣と思金神・手力男神・天石門別神を添えて、詔して「この鏡は、私の御魂として、私の前に仕えるように、祭祀せよ。また思金神は、もっぱら政治向きのことを判断して奏上せよ」と言った。
此二柱神者拜=祭2佐久久斯侶伊須受能宮1。<自レ佐至レ能以レ音>次登由宇氣神。此者坐2外宮之度相1神者也。次天石戸別神。亦名謂2櫛石窓神1。亦名謂2豊石窓神1。此神者御門之神也。次手力男神者坐2佐那縣1也。
訓読:このふたばしらのカミは、さくくしろイスズのミヤにいつきたてまつる。つぎにトヨウケのカミ。こはトツミヤのワタライにいますカミなり。つぎにアメのイワトワケのカミ、またのナはクシイワマドのカミともうし、またのナはトヨイワマドのカミとももうす。このカミはミカドのカミなり。つぎにタヂカラオのカミはサナガタにませり。
口語訳:この二柱の神は、さくくしろ五十鈴の宮に祭られている。次に豊受大神は、外宮の度会にいる神である。次に天石門別の神は、一名櫛石窓の神、また豊石窓の神とも言い、御門の神である。次に手力男の神は佐那縣にいる。
故其天兒屋命者。[中臣連等之祖。]布刀玉命者。[忌部首等之祖。]天宇受賣命者。[猿女君等之祖。]伊斯許理度賣命者。[鏡作連等之祖。]玉祖命者。[玉祖連等之祖。]
([]の中は、原本は細字。また「猿」の正字は「けものへん+爰」)
訓読:かれそのアメノコヤネのミコトは、〔ナカトミのムラジらがオヤ。〕フトタマのミコトは、〔イミベのオビトらがオヤ。〕アメノウズメのミコトは、〔サルメのキミらがオヤ。〕イシコリドメのミコトは、〔カガミツクリのムラジらがオヤ。〕タマノヤのミコトは、〔タマノヤのムラジらがオヤ。〕
口語訳:その天兒屋命は、〔中臣連たちの先祖である。〕布刀玉命は、〔忌部の首たちの先祖である。〕天宇受賣命は、〔猿女の君たちの先祖である。〕伊斯許理度賣命は、〔鏡作の連たちの先祖である。〕玉祖命は、〔玉祖の連たちの先祖である。〕
『古事記傳』15-2神代十三之巻【日向宮御鎮座の段】
故爾詔天津日子番能邇邇藝命而。離2天之石位1。押=分2天之八重多那<此二字以レ音>雲1而。伊都能知和岐知和岐弖。<自レ伊以下十字以レ音>於2天浮橋1。宇岐士摩理。蘇理多多斯弖。<自レ宇以下十一字亦以レ音>天=降=坐2于竺紫日向之高千穗之久士布流多氣1。<自レ久以下六字以レ音>
訓読:かれここにアマツヒコホノニニギノミコト、アマのイワクラをはなれ、アメのヤエタナグモをおしわけて、イツのちわきちわきて、アメのウキハシに、うきじまり、ソリたたして、ツクシのヒムカのタカチホのクジフルタケにあもりましき。
口語訳:そこで天津日子番能邇邇藝命は、天の石座を離れた。天にたなびく雲を押し分け、神威によって道を押し開いて、天の浮き橋に立ち、ついに筑紫の日向の高千穂の久士布流多氣に降り立った。
故爾天忍日命天津久米命二人。取=負2天之石靫1。取=佩2頭椎之大刀1。取=持2天之波士弓1。手=挾2天之眞鹿兒矢1。立2御前1而仕奉。故其天忍日命。<此者大伴連等之祖。>天津久米命。<此者久米直等之祖也。>
訓読:かれここにアメノオシヒのミコト・アマツクメのミコトふたり、アメのイワユギをとりおい、クブツチのタチをとりはき、アメのハジユミをとりもち、アメのマカゴヤをたばさみ、ミサキにたたしてつかえまつりき。かれそのアメノオシヒのミコト。<こはオオトモのムラジらがオヤなり。>アマツクメのミコト。<こはクメのアタエらがオヤなり。>
口語訳:このとき、天忍日命と天津久米命は天之石靫を負い、頭椎之大刀を佩き、天之波士弓と天之眞鹿兒矢を持って、皇孫の先に立ってお仕えした。この天忍日命は<大伴の連の先祖である。>また天津久米命は<久米の直らの先祖である。>
於レ是詔之此地者向2韓國1眞=來=通2笠紗之御前1而朝日之直刺國。夕日之日照國也。故此地甚吉地詔而。於2底津石根1宮柱布斗斯理。於2高天原1氷椽多迦斯理而。坐也。
訓読:ここにソジシのカラクニをカササのミサキにまぎとおりてノリたまわく、「ここはあさひのたださすくに、ゆうひのひでるくになり。かれココゾいとよきところ」とノリたまいて、ソコツイワネにミヤバシラふとしり、タカマノハラにヒギたかしりて、ましましき。
口語訳:皇孫は住むべき地を求めて、(そじし:旅の下に肉)の空国を経て笠沙の岬に到り、「ここは朝日がまっすぐに刺してくる土地で、夕日も広々と照らしている国だ。これこそ住むによい国である」と言い、宮柱を深くしっかりと立て、屋根を高く掲げて宮を建て、そこに住んだ。
『古事記傳』16-1神代十四之巻【猿女の君の段】
故爾詔2天宇受賣命1。此立2御前1所2仕奉1。猿田毘古大神者。專所2顯申1之汝送奉。亦其神御名者。汝負仕奉。是以猿女君等。負2猿田毘古之男神名1而。女呼2猿女君1之事是也。
(「猿」の正字はけものへん+爰:以下同様)
訓読:かれここにアメノウズメのミコトにノリたまわく、「このミサキにたちてツカエまつりし、サルタビコのオオカミをば、もはらあらわしもうせるイマシおくりまつれ。またそのカミのミナは、イマシおいてつかえまつれ」とノリたまいき。ここをもてサルメのキミら、そのサルタビコのおガミのナをおいて、オミナをサルメのキミとよぶコトこれなり。
口語訳:(事の後、天照大御神は)、天宇受賣命に、「この天孫の前に立って道案内した猿田毘古の大神は、彼の正体を明らかにしたお前が送って行きなさい。またその名を、お前の名としなさい」と言った。そのため、猿田毘古という男神の名を負うこととなり、女でも「猿女の君」と呼んでいるわけである。
『古事記傳』16-2神代十四之巻【猿田毘古神阿射加の段】
故其猿田毘古神。坐2阿耶訶1<此三字以レ音。地名。>時。爲レ漁而。於2比良夫貝1<自レ比至レ夫以レ音>其手見2咋合1而。沈=溺2海鹽1。故其沈=居2底1之時名。謂2底度久御魂1。<度久二字以レ音>其海水之都夫多都時名。謂2都夫多都御魂1。<自レ都下四字以レ音>其阿和佐久時名。謂2阿和佐久御魂1。<自レ阿至レ久以レ音>
訓読:かれそのサルタビコのカミ、アザカにいましけるときに、スナドリして、ヒラブガイに、そのテをくいあわさえて、ウシオにおぼれたまいき。かれそのソコにしずみイタマウときのミナを、ソコドクミタマともうし、そのウシオのツブタツときのミナを、ツブタツミタマともうし、そのアワサクときのミナを、アワサクミタマともうす。
口語訳:その(後)、猿田毘古神は、阿耶訶にいたとき、海で漁をして、比良夫貝に手をくわえ合わされて、海に溺れた。その底に沈んでいるときの名を底度久御魂と言い、海水のぶつぶつと粒立つときの名を都夫多都御魂と言い、泡が海面ではじけるときの名を阿和佐久御魂と言う。
於レ是送2猿田毘古神1而。還到。乃悉追=聚2鰭廣物鰭狹物1以。問=言2汝者天神御子仕奉耶1之時。諸魚皆仕奉白之中。海鼠不レ白。爾天宇受賣命謂2海鼠1云。此口乎不レ答之口而。以2紐小刀1拆2其口1。故於レ今海鼠口拆也。是以御世。嶋之速贄獻之時。給2猿女君等1也。
訓読:ここにサルタビコのカミをおくりて、まかりいたりて、そなわちコトゴトにハタのヒロモノ・ハタのサモノをおいあつめて、「イマシはアマツカミのミコにつかえまつらんや」とトウときに、もろもろのウオどもみな「つかえまつらん」ともうすなかに、コもうさず。かれアメノウズメのミコト、コにいいけらく、「このクチや、こたえせぬクチ」といいて、ヒモガタナをもてそのクチをさきき。かれいまにコのクチさけたり。ここをもてみよみよ、しまのハヤニエたてまつれるときに、サルメのキミらにたまうなり。
口語訳:(天宇受賣命は)猿田毘古の神を送った後に、海にいる種々の魚たちを呼び集めて、「お前たちは天神の御子にお仕えするか」と聞いた。すると諸々の魚たちは皆「お仕えいたします」と答えたが、その中で海鼠(なまこ)だけは何も答えなかった。そこで天宇受賣命は「この口は返事ができない口だな」と言い、紐小刀で海鼠の口を切り裂いた、そのため、今でも海鼠の口は裂けている。その後、代々、伊勢から海産物を奉るときには、猿女の君に賜うことになっている。
『古事記傳』16-3神代十四之巻【大山津見神詛(トコヒ)の段】
於レ是天津日高日子番能邇邇藝能命。於2笠紗御前1遇2麗美人1。爾問2誰女1。答白之。大山津見神之女。名神阿多都比賣。<此神名以レ音>亦名謂2木花之佐久夜毘賣1。<此五字以レ音>又問B有2汝之兄弟1乎A。答=白2我姉石長比賣在1也。爾詔。吾欲レ目=合2汝1奈何。答=白B僕不2得白1。僕父大山津見神將Aレ白。故乞=遣2其父大山津見神1之時。大歡喜而。副2其姉石長比賣1。令レ持2百取机代之物1奉出。故爾其姉者。因2甚凶醜1。見畏而。返送。唯留2其弟木花之佐久夜毘賣1以。一宿爲レ婚。爾大山津見神。因レ返2石長比賣1而。大恥。白送言。我之女二竝立奉由者。使2石長比賣1者。天神御子之命。雖2雪零風吹1恆如レ石而。常堅不レ動坐。亦使2木花之佐久夜毘賣1者。如2木花之榮1榮坐宇氣比弖<自レ宇下四字以レ音>貢進。此令レ返2石長比賣1而。獨留2木花之佐久夜毘賣1故。天神御子之御壽者。木花之阿摩比能微<此五字以レ音>坐。故是以至レ于レ今。天皇命等之御命不レ長也。
訓読:ここにアマツひだかヒコホノニニギノミコト、カササのミサキにかおよきオトメのあえるに、「たがムスメぞ」とトイたまいき。こたえもうしたまわく、「オオヤマツミのカミのムスメ、ナはカムアタツヒメ、またのナはコノハナのサクヤビメ」ともうしたまいき。また「イマシがハラカラありや」とトイたまえば、「アがあねイワナガヒメあり」ともうしたまいき。かれノリたまわく、「あれイマシにマグワイせんとオモウはいかに」とノリたまえば、「アはエもうさじ。アがちちオオヤマツミのカミぞもうさん」とモウシたまいき。かれそのちちオオヤマツミのカミにこいにつかわしけるときに、いたくよろこびて、そのあねイワナガヒメをそえて、モモトリのツクエシロのものをもたしめて、タテまだしき。かれここにそのあねは、いとみにくきによりて、みカシコミて、かえしおくりたまいて、ただそのおとコノハナのサクヤビメをのみとどめて、ひとよミトあたわしつ。ここにオオヤマツミのカミ、イワナガヒメをかえしたまえるによりて、いたくはじて、もうしおくりたまいけることは、「アがムスメふたりナラベてたてまつれるユエは、イワナガヒメをつかわしてば、アマツカミのミコのミいのちイ、アメふりカゼふけどもトコシエなるイワのごとく、トキワにカキワにましませ。またコノハナのサクヤビメをつかわしてば、コノハナのサカユルがごとサカエマセとうけいてタテマツリき。かかるにいまイワナガヒメをかえして、コノハナのサクヤビメひとりトドメたまいつれば、アマツカミのミコのミいのちは、コノハナのアマイのみましなんとす」とモウシたまいき。かれここをもてイマにいたるまで、スメラミコトたちのミいのちながくはまさざるなり。
口語訳:天津日高日子番能邇邇藝能命は、笠紗の御崎で一人の美人に出会った。「あなたはどなたの娘さんですか」と尋ねると、「大山津見の神の娘ですわ。名前は神阿多都比賣、または木花之佐久夜毘賣と申します」と答えた。「あなたにはご兄弟がありますか?」「姉に石長比賣という者がおりますけど」「ぜひあなたと結婚したいと思いますが、どうでしょうか?」「私一人ではお答えできませんわ。でも父、大山津見の神がご返事するでしょう。」そこで彼は、その父大山津見神に使いをやって、結婚を請わせた。大山津見の神はたいへん喜んで、彼女の姉の石長比賣と共に、たくさんの引き出物を持たせて、嫁入りをさせた。ところが石長比賣は非常に醜い女性だったので、顔を見ただけでぞっとしてしまい、娶らずに返して、妹の木花之佐久夜毘賣だけを留め、一夜交合した。大山津見の神は、石長比賣を返されたことを大いに恥じて、次のように申し送った。「私が娘二人を共に送った意図は、石長比賣をお使いになれば、天神の御子の命は、雨が降ろうと風が吹こうとゆらぐことのない岩のように、がっしりと末永く続け。また木花之佐久夜毘賣をお使いになれば、木の花が美しく咲くように、世が華やかに栄えよ、という意味でした。ところがこのようにあなたが石長比賣を返し、木花之佐久夜毘賣だけを留められたからには、天神の御子の命は、木の花が咲いている間だけの、はかないものと決まってしまいました」。そのため、今に至るまで、天皇たちの命は、長くないのである。
『古事記傳』16-4神代十四之巻【木花佐久夜毘賣御子産の段】
故後木花之佐久夜毘賣。參出白。妾妊身。今臨2産時1。是天神之御子。私不レ可レ産。故請。爾詔。佐久夜毘賣。一宿哉妊。是非2我子1。必國神之子。爾答白。吾妊之子。若國神之子者。産不レ幸。若天神之御子者。幸。即作2無レ戸八尋殿1。入2其殿内1。以レ土塗塞而。方2産時1。以レ火著2其殿1而産也。故其火盛燒時。所レ生之子名火照命。<此者隼人阿多君之祖。>次生子名火須勢理命。<須勢理三字以レ音>次生子御名火遠理命。亦名天津日高日子穗穗手見命。<三柱>
訓読:かれのちにコノハナノサクヤビメ、まいでてモウシたまわく、「アレはらめるを、いまコうむべきときになりぬ。このアマツカミのミコ、ワタクシにうみまつるべきにはあらず。かれもうす。」ともうしたまいき。ここにノリたまわく、「コノハナノサクヤビメ、ひとよにやはらめる。そはわがミコにあらじ。かならずクニツカミのコにこそあらめ」と、ノリたまえば、「アがはらめるみこ、もしクニツカミのコならんには、うむことサキからじ。もしアマツカミのミコにまさばサキからん」ともうして、すなわちトなきヤヒロドノをつくりて、そのトノヌチにいりまして、ハニもてぬりふたぎて、そのトノにひをつけてナモうましける。かれそのひのまさかりにもゆるときに、アレませるミコのミナはホデリのミコト。<こはハヤビトあたのきみのおや。>つぎにアレませるミコのミナはホスセリのミコト。つぎにアレませるミコのミナはホオリのミコト。またのミナはアマツヒダカヒコホホデミのミコト。<みばしら>
口語訳:後日、木花之佐久夜毘賣が天孫のもとにやって来て、「私が妊娠した子は、もう生まれるときが来ましたわ。けれど天神の子ですから、自分勝手に生むわけには行きません、それでそのことをお知らせに来ました」と言った。すると(邇々藝の命は)「おい、佐久夜毘賣、ただ一度夜を共にしただけで妊娠したというのか。それは私の子ではないだろう。きっとそこらへんに住む(野卑な)国つ神の子に違いない」と言った。そこで佐久夜毘賣は「もし国つ神の子だったら、無事に生むことはできないでしょう。天神の子だったら、無事に生まれます」と言うと、戸のない大きな産屋を立てて、その中に入り、粘土で隙間を塗り固め、子が生まれようとするまさにその時に火を放って、その中で生んだ。その火が盛んに燃えるときに生まれた子の名は火照命<これは隼人の阿多の君の先祖である>。次に生まれた子の名は、火須勢理命。次に生まれた子の名は火遠理命、またの名は天津日高日子穗穗手見命という。<全部で三柱である。>
『古事記傳』17-1神代十五之巻【御幸易の段】
故火照命者。爲2海佐知毘古1<此四字以レ音。下效レ此。>而。取2鰭廣物鰭狹物1。火遠理命者。爲2山佐知毘古1而。取2毛麁物毛柔物1。爾火遠理命。謂B其兄火照命。各相=易2佐知1欲Aレ用。三度雖レ乞。不レ許。然遂纔得2相易1。爾火遠理命。以2海佐知1釣レ魚。都不レ得2一魚1。亦其鉤失レ海。於レ是其兄火照命乞2其鉤1曰。山佐知母己之佐知佐知。海佐知母已之佐知佐知。今各謂レ返2佐知1之時。<佐知二字以レ音。>其弟火遠理命答曰。汝鉤者。釣レ魚不レ得2一魚1。遂失レ海然。其兄強乞徴。故其弟。破2御佩之十拳劔1。作2五百鉤1雖レ償。不レ取。亦作2一千鉤1雖レ償。不レ受。云2猶欲1レ得2其正本鉤1。
訓読:かれホデリのミコトは、ウミサチビコとして、ハタのヒロモノ・ハタのサモノをとりたまい、ホオリのミコトは、ヤマサチビコとして、ケのアラモノ・ケのニコモノをとりたまいき。ここにホオリのミコトそのいろせホデリのミコトに、「かたみにサチをあいかえてもちいてなん」といいて、みたびこわししかども、ゆるさざりき。しかれどもついにワズカにエかえたまいき。かれホオリのミコト、ウミサチをもちてナつらすに、かつてひとつもエたまわず。またそのツリバリをさえウミにうしないたまいき。ここにそのいろせホデリのミコトそのハリをこいて、「ヤマサチもおのがさちさち、ウミサチもおのがさちさち。いまはおのおのサチかえさん」というときに、そのイロト・ホオリのミコトのりたまわく、「ミマシのツリバリは、ナつりしにひとつもえずて、ついにウミにうしないてき」とノリたまえども、そのイロセあながちにコイはたりき。かれそのイロト、ミハカシのトツカツルギをやぶりて、イオハリつくりてツグノイたまえども、とらず。またチハリをつくりてツグノイたまえども、うけずて、「なおかのモトのハリをえん」とぞいいける。
口語訳:火照命は海佐知毘古として、大小さまざまの魚を捕って暮らし、火遠理命は山佐知毘古として、種々の鳥獣を捕って暮らした。あるとき火遠理命は兄に、「たまにはお互いの道具を交換して使ってみよう」と言ったが、兄は三度頼んでも聞き入れなかった。しかしついにやっと換えてみることになった。火遠理命は海幸(釣り道具)を持って海で魚を釣ったが、全く釣れなかった。そのうえ釣り針まで失くしてしまった。期限が来て、兄の火照命は釣り鉤を返せと要求し、「山幸も山幸自身の得物、海幸も海幸の得物。それぞれ元の得物に戻そうじゃないか」と言った。火遠理命は「兄さんの釣り鉤で釣りをしたけど、一匹も釣れなかった。しかも釣り鉤まで失くしちゃったんだ」と答えた。すると兄はどうしても返せと強く言った。そこで弟は、佩いていた十拳劔を潰して釣り鉤を五百本作り、弁償しようとしたが、兄は受け取らない。また千本の釣り鉤を作って渡そうとしたが、兄は受け取らず、「どうしても失くしたその元の釣り鉤を返せ」と言って聞かなかった。
『古事記傳』17-2神代十五之巻【綿津見の宮の段】
於レ是其弟。泣患居2海邊1之時。鹽椎神來問曰。何虚空津日高之泣患所由。答言。我與レ兄易レ鉤而。失2其鉤1。是乞2其鉤1故。雖レ償2多鉤1。不レ受。云2猶欲1レ得2其本鉤1。故泣患之。爾鹽椎神。云C我爲2汝命1作B善議A。即造2无間勝間之小船1。載2其船1以。教曰。我押=流2其船1者。差暫往。將レ有2味御路1。乃乘2其道1往者。如2魚鱗1所レ造之宮室。其綿津見神之宮者也。到2其神御門1者。傍之井上有2湯津香木1。故坐2其木上1者。其海神之女。見相議者也。<訓2香木1云2加都良1>
訓読:ここにそのイロト、ウミベタになきウレイいますときに、シオツチのカミきてといけらく、「いかにぞソラツヒダカのなきウレイたまうゆえは」ととえば、こたえたまわく、「われイロセとツリバリをかえて、そのハリをうしないてき。かくてそのハリをこうゆえに、アマタのハリをつぐのいしかども、うけずて、『なおそのモトのハリをえん』というなり。かれナキうれう」とノリたまいき。ここにシオツチのカミ、「あれナがミコトのためによきコトバカリせん」といいて、すなわちマナシカツマのオブネをつくりて、そのフネにのせまつりて、おしえけらく、「あれこのフネをおしながさば、ややシマシいでませ。うましミチあらん。すなわちそのミチにのりていましなば、イロコのごとつくれるミヤ、それワタツミのカミのみやなり。そのカミのミカドにいたりましなば、カタエのイのべにユツカツラあらん。かれそのキのウエにましまさば、そのワタのカミのミむすめ、みてアイはからんものぞ」とおしえまつりき。
口語訳:どうしようもなくて、弟が海辺で泣いていると、塩土の神がやって来て、「どうして虚空津日高が歎き悲しんでいるのですか」と尋ねたので、「私は兄と釣り鉤を取り替えたのですが、その鉤をなくしてしまいました。それを返せと言われたので、たくさんの鉤を作って返そうとしたところ、兄は受け取らず、あくまで失ったその元の鉤を返せと言われました。どうしようもなくて泣き悲しんでいるのです」と答えた。すると塩土の神は「私があなたのために、いい策を献じましょう」と言って、无間勝間の小船を作り、御子を乗せて、「私がこの舟を押し流しますから、そのまましばらく行きなさい。快適に進める海路があるでしょう。その海の道に沿って行くと、魚の鱗のように作った宮殿があります。それは海神の宮です。その宮殿にたどり着くと、門のところに湯津香木(かつら)があります。その木の上に登っていたら、海神の娘に会って、彼女がはからってくれるでしょう」と教えた。
故隨レ教少行。備如2其言1。即登2其香木1以坐。爾海神之女豊玉毘賣之從婢。持2玉器1。將レ酌レ水之時。於レ井有レ光。仰見者。有2麗壯夫1<訓2壯夫1云2袁登古1。下效レ此>以=爲2甚異奇1。爾火遠理命見2其婢1。乞レ欲レ得レ水。婢乃酌レ水。入2玉器1貢進。爾不レ飮レ水。解2御頸之タマ<王+與>1。含レ口。唾=入2其玉器1。於レ是其タマ<王+與>著レ器。婢不レ得レ離レタマ<王+與>。故タマ<王+與>任レ著。以進2豊玉毘賣命1。爾見2其タマ<王+與>1。問レ婢曰。若人有2門外1哉。答曰有レ人坐2我井上香木之上1。甚麗壯夫也。益2我王1而甚貴。故其人乞レ水故。奉レ水者。不レ飮レ水。唾=入2此タマ<王+與>1。是不レ得レ離故。任レ入將來而獻。爾豊玉毘賣命思レ奇。出見。乃見感。目合而。白2其父1。曰吾門有2麗人1。爾海神自出見云2。此人者天津日高之御子。虚空津日高矣1。即於レ内率入而。美智皮之疊敷2八重1。亦キヌ<糸+施のつくり>疊八重敷2其上1。坐2其上1而。具2百取机代物1。爲2御饗1。即令レ婚2其女豊玉毘賣1。故至2三年1。住2其國1。
訓読:かれおしえしまにまにすこしいでましけるに、つぶさにそのコトのごとくなりしかば、すなわちそのカツラにのぼりてましましき。ここにワタのカミのミむすめトヨタマビメのまかたち、たまもいをもちて、ミズくまんとするときに、イにかげあり。あうぎてみれば、うるわしきオトコあり。「いとあやし」とおもいき。かれホオリノミコトそのオミナをみたまいて、「ミズをエしめよ」とこいたまう。まかたちすなわちミズをくみて、たまもいにいれてたてまつりき。ここにミズをばのみたまわずして、みくびのタマをとかして、ミくちにふふみて、そのたまもいにツバキいれたまいき。ここにそのたまもいにつきて、まかたちタマをエはなたず。かれタマつけながら、トヨタマビメのミコトにたてまつりき。かれそのタマをみて、まかたちに、「もしカドのトにヒトありや」とといたまえば、「アがイのべのカツラのうえにヒトいます。いとうるわしきオトコにます。アがキミにもまさりてイトとうとし。かれそのヒト、ミズをこわせるゆえに、たてまつりしかば、ミズをばのまさずて、このタマをなもツバキいれたまえる。これエはなたぬゆえに、いれながらもちまいきてたてまつりぬ」ともうしき。かれトヨタマビメのミコトあやしとおもおして、いでみて、すなわちミめでて、まぐわいして、そのチチに、「アがカドにうるわしきヒトいます」ともうしたまいき。ここにワタのカミみずからいでみて、「このヒトは、アマツヒダカのミコ、ソラツヒダカにませり」といいて、すなわちウチにイテいれまつりて、ミチのかわのたたみヤエをしき、またきぬだたみヤエをそのうえにしきて、そのうえにマセまつりて、モモトリのツクエシロのものをそなえて、ミアエして、すなわちそのミむすめトヨタマビメをあわせまつりき。かれミトセというまで、そのクニにすみたまいき。
口語訳:そこで教えられた通り少しゆくと、何もかも(塩土の神の)言葉の通りだったので、その香木に登って座っていた。すると海神の娘、豊玉毘賣の侍女が、玉器を以て出て来て、水を汲もうと井戸をのぞくと、人の姿が映っていた。上を見ると、木の上に美しい若い男がいた。彼女は「不思議なことだわ」と思った。火遠理命は彼女をみて、「水をください」と言った。女は水を汲み、玉器に入れて奉った。ところが火遠理命は水を飲まず、首に掛けていた玉を解き、口に含んで、玉器の中に吐き入れた。すると玉は器にくっついて、女が取ろうとしても離れない。仕方がないので、玉が付いたまま持ち帰って、豊玉毘賣命に奉った。豊玉毘賣命はその玉を見て、「もしや門の外に人が来ているの?」と尋ねた。すると侍女は、「いつも水を汲む井戸のほとりの香木の上に人がいます。とても美しい殿方です。私のお仕えする君(海神)にもまして貴いお姿です。その人が水をくれと言うので、差し上げましたら、水を飲まず、玉をこの中に吐き入れましたの。するとぴったりくっついて離れません。仕方がないので、そのままお持ちしました」と答えた。豊玉毘賣は「不思議な話もあるものね」と思い、自分で外へ出て火遠理命を見ると、すっかり一目惚れしてしまった。豊玉毘賣と火遠理命は互いに視線を交わし、思いは双方同じだった。豊玉毘賣は父に「私の門のところに、とても美しく立派な殿方がいます」と言った。すると海神は自ら出て火遠理命を見ると、「この人は、天津日高の御子で、虚空津日高でいらっしゃるぞ」と言い、宮の中に連れて入り、海獣の皮の敷物を八重に敷き、その上に絹の畳を八重に敷いて、火遠理命をそこに坐らせた。すぐにたくさんのごちそうを取りそろえて饗応し、娘の豊玉毘賣を火遠理命に娶(めあわ)せた。その後三年になるまで、その国に留まった。
於レ是火遠理命。思2其初事1而。大一歎。故豊玉毘賣命聞2其歎1。以白2其父1言。三年雖レ住。恆無レ歎。今夜爲2大一歎1。若有2何由1故。其父大神。問2其聟夫1曰。今且聞2我女之語1云3。三年雖レ坐。恆無レ歎。今夜爲2大歎1。若有レ由哉。亦到2此間1之由奈何。爾語C其大神。備如B其兄罰2失鉤1之状A。是以海神悉召=集2海之大小魚1問曰。若有B取2此鉤1魚A乎。故諸魚白之。頃者赤海ソク<魚+即>魚。於喉ノギ<魚+更>。物不レ得レ食愁言。故必是取。於レ是探2赤海ソク<魚+即>魚之喉1者。有レ鉤。即取出而清レ洗。奉2火遠理命1之時。其綿津見大神誨曰之。以2此鉤1。給2其兄1時。言状者。此鉤者。淤煩鉤。須須鉤。貧鉤。宇流鉤云而。於2後手1賜。<於煩及須須亦宇流六字以レ音。>然而。其兄作2高田1者。汝命營2下田1。其兄作2下田1者。汝命營2高田1。爲レ然者。吾掌レ水故。三年之間。必其兄貧窮。若恨=怨2其爲レ然之事1而。攻戰者。出2鹽盈珠1而溺。若其愁請者。出2鹽乾珠1而活。如レ此令2惚苦1云。授2鹽盈珠鹽乾珠并兩箇1。即悉召=集2和邇魚1。問曰。今天津日高之御子虚空津日高。爲レ將レ出=幸2上國1。誰者幾日送奉而覆奏。故各隨2己身之尋長1。限レ日而白之中。一尋和邇白。僕者一日送。即還來。故爾告B其一尋和邇。然者汝送奉。若渡2海中1時。無Aレ令2惶畏1。即載2其和邇之頸1。送出。故如レ期。一日之内送奉也。其和邇將レ返之時。解2所レ佩之紐小刀1。著2其頸1而返。故其一尋和邇者。於レ今謂2佐比持神1也。
訓読:ここにホオリのミコト、そのはじめのことをおもおして、おおきなるナゲキひとつしたまいき。かれトヨタマビメのミコトそのナゲキをきかして、そのチチにもうしたまわく、「ミトセすみたまえども、つねはナゲカスこともなかりしに、コヨイおおきなるナゲキひとつしたまいつるは、もしなにのユエあるにか」ともうしたまえば、そのチチのオオカミ、そのミむこのキミにといまつらく、「けさアがむすめのかたるをきけば、『ミトセましませども、つねはナゲカスこともなかりしに、コヨイおおきなるナゲキひとつしたまいつ』ともうせり。もしユエありや。またここにきませるユエはいかにぞ」とといまつりき。かれそのオオカミに、つぶさにそのイロセのうせにしツリバリをはたれるサマをかたりたまいき。ここをもてワタのカミ、ことごとにハタのヒロモノ・ハタのサモノをよびあつめて、「もしこのツリバリをとれるウオありや」とといたまう。かれもろもろのウオどももうさく、「このごろタイなも、『ノミトにノギありて、ものエくわず』とウレウなれば、かならずコレとりつらん」ともうしき。ここにタイのノミトをさぐりしかば、ツリバリあり。すなわちとりいでてすまして、ホオリのミコトにたてまつるときに、そのワタツミのオオカミおしえまつりけらく、「このハリを、そのイロセにたまわんときに、ノリたまわんさまは、『このハリは、おぼち、すすじ、まぢち、うるぢ』といいて、シリエデにたまえ。しかして、そのいろせアゲタをつくらば、ナがミコトはクボタをつくりたまえ。そのいろせクボタをつくらば、ナがミコトはアゲタをつくりたまえ。シカしたまわば、あれミズをしれば、ミトセのあいだ、かならずそのイロセまずしくなりなん。もしそれシカしたまうことをうらみて、せめなば、シオミツタマをいだしておぼらし、もしそれウレイもうさば、シオヒルタマをいだしていかし、かくしてたしなめたまえ」ともうして、シオミツタマ・シオヒルタマあわせてふたつをさずけまつりて、すなわちことごとにワニどもよびあつめて、といたまわく、「いまアマツヒダカのミコ、ソラツヒダカ、ウワツクニにいでまさんとす。タレはイクカにおくりまつりてカエリコトもうさん」とといたまいき。かれおのもおのもミのナガサのまにまに、ヒをかぎりてもうすなかに、ヒトヒロワニ、「われはヒトヒにおくりまつりて、カエリきなん」ともうす。かれそのヒトヒロワニに、「しからばナレおくりまつりてよ。もしワタナカなるとき、ナかしこませまつりソ」とのりて、すなわちそのワニのくびにノセまつりて、おくりだしまつりき。かれいいしがごと、ヒトヒのうちにおくりまつりき。そのワニかえりなんとせしときに、ミはかせるヒモガタナをとかして、そのくびにつけてナモかえしたまいける。かれそのヒトヒロワニをば、いまにサイモチのカミとぞいうなる。
口語訳:ある夜、火遠理命は、ここに来た初めのことを思い出し、大きなため息をついた。これを聞いた豊玉毘賣命は、父神に「三年間ここに住んでおられて、いつもは嘆息することなどなかったのに、今夜は大きなため息をついておられましたわ。何か事情がおありなんでしょうか」と言った。そこで父の大神はその婿の君に「今朝私の娘が言うには、『三年間ここに住んでおられて、いつもは嘆息することなどなかったのに、今夜は大きなため息をついておられました』ということです。何か事情がおありでしょうか。また、ここに来られた理由はどういったものですか」と尋ねた。そこで火遠理命はその大神に、兄が失した釣り針を返せと責めるので困り果てた状況を詳しく語った。すると海神は、海の大小の魚を悉く呼び集めて、「この釣り針を取った魚はいるか」と尋ねた。そのとき諸々の魚たちは「この頃鯛が、『喉にとげのようなものがあって、ものが食べられない』とつらがっています。この鯛が取ったのでしょう。」と申し立てた。そこで鯛の喉を調べてみると、釣り針があった。それを取り出してきれいに洗い、火袁理命に奉ったが、綿津見の大神は「この針をあなたの兄に渡すとき、『この針は、おぼち、すすぢ、まぢち、うるぢ』と言って、後ろ手に渡しなさい。そうして、兄が高いところに田を作ったら、あなたは低いところに田を作りなさい。また兄が低いところに田を作ったら、あなたは高いところに田を作りなさい。そうすれば、私は水を支配していますから、三年の間には、あなたの兄さんは、貧しくなってしまうでしょう。だけどもし兄さんが恨んで戦いを挑んできたら、今度は鹽盈珠を出して兄を溺れさせ、苦しいからよしてくれと言ったら、鹽乾珠を出して助けてあげなさい。」と言って、鹽盈珠と鹽乾珠の二つを与えた。それから海の鰐たちをすべて呼び集め、「いま天津日高の御子、虚空津日高が地上の国に帰ろうとしておられる。お前たちの中で、だれが御子を何日で送って還ってこられるか」と尋ねた。そこで鰐たちは、それぞれ体長によって送る日の長さを申し立てたが、その中で一尋鰐は「「私は一日で御子を送って帰ってこられます」と言った。そこでその一尋鰐に、「ではお前が御子を送れ。ただし海中を進むとき、御子に怖ろしい思いをさせてはならんぞ。」と命じ、その首に御子を乗せて送り出した。すると本当に言った通り、一日で送った。その鰐が帰ろうとしたとき、御子は持っていた紐小刀を鰐の首に付けて送り返した。その一尋鰐を、今は佐比持神と呼ぶ。
『古事記傳』17-3神代十五之巻【火照命奉仕の段】
是以備如2海神之教言1。與2其鉤1。故自レ爾以後稍兪貧。更起2荒心1迫來。將攻之時。出2鹽盈珠1而令レ溺。其愁請者。出2鹽乾珠1而救。如レ此令2惚苦1之時。稽首白。僕者自レ今以後。爲2汝命之晝夜守護人1而仕奉。故至レ今。其溺時之種種之態。不レ絶仕奉也。
訓読:ここをもてツブサにワタのカミのおしえしコトのごとくして、かのツリバリをあたえたまいき。かれそれよりのちいよよまずしくなりて、さらにあらきこころをおこしてせめく。せめんとするときは、シオミツタマをいだしておぼらし、そのウレイもうせば、シオヒルタマをいだしてすくい、かくしてタシナメたまうときに、のみもうさく、アはいまよりゆくさき、ナがミコトのよるひるのマモリビトとなりてツカエまつらんともうしき。かれいまにいたるまで、そのおぼれしときのクサグサのわざ、たえずつかえまつるなり。
口語訳:そこで、すべて海神の教えた通りにして、その鉤を与えた。この後、火照命は次第に貧しくなって、ついに心が荒れすさんで攻めて来た。その攻めようとするときに、鹽盈珠を出して溺れさせ、「助けてくれ」と言うと、今度は鹽乾珠を出して助けた。このようにして苦しめたので、ついに降参して、「僕はこれからはあなたの昼夜の守護の人となって仕えよう」と言った。そのため今でも、その溺れるときの種々の動作を(舞として)伝えている。
『古事記傳』17-4神代十五之巻【鵜羽産屋の段】
於レ是海神之女豊玉毘賣命。自參出白之。妾已妊身。今臨2産時1。此念。天神之御子。不レ可レ生2海原1。故參出到也。爾即於2其海邊波限1。以2鵜羽1爲2葺草1。造2産殿1。於レ是其産殿。未2葺合1。不レ忍2御腹之急1故。入=坐2産殿1。爾將レ方レ産之時。白2其日子1言。凡他國人者。臨2産時1。以2本國之形1産生。故妾今以2本身1爲レ産。願勿レ見レ妾。於レ是思レ奇2其言1。竊=伺2其方1レ産者。化2八尋和邇1而。匍匐委蛇。即見驚畏而。遁退。爾豊玉毘賣命。知2其伺見之事1。以=爲2心恥1。乃生=置2其御子1而。白B妾恆。通2海道1。欲2往來1然。伺=見2吾形1是甚サク<りっしんべん+乍>之A。即塞2海坂1而。返入。是以名2其所レ産之御子1。謂2天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命1。<訓2波限1云2那藝佐1訓2葺草1云2加夜1>
訓読:ここにワタのカミのミむすめトヨタマビメのミコト、みずからまいでてモウシたまわく、「あれハヤクよりはらめるを、いまミコうむべきときになりぬ。こをおもうに、アマツカミのミコを、ウナハラにうみまつるべきにあらず。かれまいできつ」ともうしたまいき。かれすなわちそのウミベタのなぎさに、ウのハをかやにして、ウブヤをつくりき。ここにそのウブヤ、いまだふきあえぬに、ミハラたえがたくなりたまいければ、ウブヤにいりましき。ここにミコうみまさんとするときに、そのヒコジにモウシたまわく、「すべてアダシクニのひとは、コうむおりになれば、モトツクニのカタチになりてナモうむなる。からアレもいまもとのみになりてうみなんとす。アをナみたまいソ」とモウシたまいき。ここにそのことをアヤシとおもおして、そのマサカリにミコうみたまうをカキマみたまえば、ヤヒロワニになりて、はいモコヨイき。かれミおどろきかしこみて、にげソキたまいき。ここにトヨタマビメのミコト、そのカキマみたまいしことをしらして、うらはずかしとおもおして、そのミコをうみおきて、「あれつねは、うみつジをとおして、かよはんとこそおもいしを、アがカタチをみたまいしがイトはずかしきこと」ともうして、すなわちウナサカをせきて、かえりいりましき。ここをもてそのウミませるミコのみなを、アマツヒダカひこなぎさたけウガヤフキアエズのミコトともうす。
口語訳:ある日豊玉毘賣の命が自分から穂々手見命のところへやって来て、「私は以前からあなたの御子を妊娠していたけれど、もうお産の時になったの。でも天神の子を海原で生むのはよくないことだわ。それでこちらへ来たのよ」と言った。そこですぐに海辺の渚に鵜の羽根で屋根を葺いた産屋を造った。ところがその産屋の屋根をまだ葺き終えないうちに、急に産気づき、産屋に入った。まさに子供が生まれようとするとき、彼女は夫に向かって「他国の人は、みな臨産の時に、本国の姿になって子を生むと言うわ。私も今元の姿になっているの。お願いだから見ないでね」と言った。火遠理命はその言葉を奇妙に思って、子を生んでいる最中の姿を垣間見ると、比賣は八尋鰐の姿になって這い回っていた。穂々手見命はこれを見て驚き恐れて、逃げ去った。豊玉毘賣命は彼がのぞいて見たことを知り、恥ずかしいと思って、生んだ子たちを放置し、「私はこれまで、海の道を通って(子育てに)通うつもりだったのに、生んでいるところを見られたのは、恥ずかしいことだわ」と言って、海の通い路を鎖して帰って行ってしまった。その生んだ子の名を天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命という。
然後者。雖レ恨2其伺情1。不レ忍2戀心1。因B治=養2其御子1之縁A。附2其弟玉依毘賣1而。獻レ歌之。其歌曰。阿加陀麻波。袁佐閇比迦禮杼。斯良多麻能。岐美何余曾比斯。多布斗久阿理祁理。爾其比古遲<三字以レ音>。答歌曰。意岐都登理。加毛度久斯麻邇。和賀韋泥斯。伊毛波和須禮士。余能許登碁登邇。故日子穗穗手見命者。坐2高千穗宮伍佰捌拾歳1。御陵者。即在2其高千穗山之西1也。
訓読:しかれどもノチは、そのかきまみたまいしココロをうらみつつも、こいしきにタエたまわずて、そのミコをひたしまつるヨシによりて、そのいろとタマヨリビメにつけて、ウタをなもたてまつりたまいける。そのウタ。「あかだまは、おさえひかれど、しらたまの、きみがよそいし、とうとくありけり」。かれそのヒコジ、こたえたまいけるミウタ。「おきつとり、かもどくしまに、わがいねし、いもはわすれじ、よのことごとに」。かれヒコホホデミのミコトは、タカチホのミヤにイオチマリヤソトセましましき。ミハカは、やがてそのタカチホヤマのニシのかたにあり。
歌の漢字表記<旧仮名遣い>:
豊玉毘賣の歌:赤玉は、緒さへ光れど、白玉の、君が装ひし、貴くありけり
穗穗手見命の歌:沖つ鳥、鴨著く島に、我が率寝し、妹は忘れじ、世のことごとに
口語訳:しかしながら後に、まだ彼がのぞき見たことを恨んではいたが、やはり恋しさに耐えかねて、姉に代わって御子を育てていた玉依姫に託して、歌を送った。その歌は、「赤玉は、その紐までが光っているけれど、白い玉のようなあなたの装った姿こそそれにも増して美しく貴かったことですわ」。そこでその夫は、歌を返した。その歌は、「沖に住む鴨たちの集う島に、共に寝た、愛しい妻は決して忘れない、この命の限り」。日子穗穗手見命は高千穂の宮に五千八百年住んで天下を治めた。墓はその高千穂山の西にある。
『古事記傳』17-5神代十五之巻【鵜葺草葺不合命御子等の段】
是天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命。娶2其姨玉依毘賣命1。生2御子1名五瀬命。次稻氷命。次御毛沼命。次若御毛沼命。亦名豊御毛沼命。亦名神倭伊波禮毘古命。<四柱>故御毛沼命者。跳2浪穗1。渡=坐2于常世國1。稻氷命者。爲2妣國1而。入=坐2海原1也。
訓読:このアマツヒダカヒコなぎさたけヤガヤフキアエズのミコト、みおばタマヨリビメのミコトにみあいて、ウミませるミコのミナはイツセのミコト。つぎにイナイのミコト。つぎにミケヌのミコト。つぎにワカミケヌのミコト。マタのミナはトヨミケヌのミコト、マタのミナはカムヤマトイワレビコのミコト。<四柱>かれミケヌのミコトは、なみのホをふみて、トコヨのクニにわたりまし、イナイのミコトは、ミははのクニとして、うなはらにイリましき。
口語訳:この天津日高波限建鵜葺草葺不合命が、その叔母である玉依毘賣命を妻にして、生んだ子は五瀬命。次に稻氷命。次に御毛沼命。次に若御毛沼命、またの名は豊御毛沼命、また神倭伊波禮毘古命とも言う。この御毛沼命は、波の穂を踏んで、常世の国に行ってしまった。稻氷命は母の国だからというので、海原に入ってしまった。
古事記上卷終