AFNS NEWS LETTER No.26

AFNS NEWS LETTER

No.26 May 2020

アジア民間説話学会 [The Asian Folk Narrative Society]

日本支部事務局:立命館大学文学部 鵜野祐介研究室気付

〒603-8577 京都市北区等持院北町56-1 tel 075-466-3142 e-mail: y-uno@fc.ritsumei.ac.jp

学会HP : https://sites.google.com/site/afns2011/ (年会費:正会員3,000円、準会員 [学部学生] 1,000円)

<巻 頭 言>

鵜野祐介

半年前には思いもよらなかったコロナ禍による STAY HOME 生活が続いておりますが、皆様お元気でいらっしゃいますか。本学会も今年 10 月に第17 回国際大会を今回の騒動の発祥の地・武漢で開催する予定でしたが、1 年延期となりました。来年の今頃までには、場所の変更 も含めて開催の目途が立っていることを願うものです。 本号では、2019 年度日本支部大会の研究発表とコメン トを中心に構成しております。ご寄稿下さった皆様、あ りがとうございました。大会に参加いただけなかった皆様もどうぞお読みの上、ご感想をお寄せください。

また昨年 11 月に開催された第 16 回国際大会には、韓国からは崔仁鶴先生ご夫妻を始め6名、中国からは畢雪 飛先生や高木立子さんを始め5名、日本からは約30 名の方が参加され、「東アジアの天人女房譚」をテーマにして とても充実した議論が行われました。大会要録集の残部 が事務局にございますので、お持ちでない方はぜひお知 らせください。送料分のみでお分けします。

2019年度活動報告

A. 第16 回国際大会

2019 年11 月15-17 日、立命館大学OIC

主題「東アジアの天人女房譚」

B. 「日本支部2019 年度総会・研究大会」

2020 年2 月16 日、立命館大学OIC

13:00 総会

13:30‐14:30 研究発表1 前田 久子

「歩く地蔵 ―昔話「笠地蔵」を中心に―」

14:45‐15:45 研究発表2 パク・ミギョン

「韓国の大衆文化から見る九尾狐の表象の変遷」

16:00‐16:30 昔語り 吉川 紗代

「笠地蔵」「狐の恩返し」「妖精と鍋」

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研究発表1

『歩く地蔵』再考」 前田久子

「産神問答」の昔話において、いかなる神仏や精霊が、 お産に出かけて行く側と、留まる側に配分されているかは伝承資料によって異なっているが、中には両者ともに地蔵菩薩であると語る場合もある。つまり地蔵は外から移動してくる「歩く地蔵」とそこに「留まる地蔵」との二つの性格で語ることが可能なのである。

本発表では、拙稿「歩く地蔵―昔話『笠地蔵』を中心 に―」(「梅花児童文学」第27 号 梅花女子大学・大学院児童文学会 2019)を再考、特に「笠地蔵―招待型」と「竜宮童子」との関わりを補足する形で、歩き移動して 村を訪れる地蔵がどのような役割を担っているのかを述 べていく。

昔話「笠地蔵」は『日本昔話通観』第28 巻「昔話タイプ・インデックス」(稲田浩二、同朋舎 1988)では 42A

「笠地蔵―来訪型」と 42B「笠地蔵―招待型」に分類されている。両者は、爺が地蔵に笠を被せると、その返礼として年越しのための金や米が与えられるという部分では一致しているが、その返礼の方法が異なっている。「来訪型」はよく知られた「笠地蔵」の昔話であり、地蔵が雪の夜道を歩き返礼の品を携えて訪れる。一方、「招待型」 では、背負って連れ帰り温めると、地蔵は鼻の穴から米を出し、婆が鼻の穴を広げようとすると米が止まってしまう、という話型である。この二つのサブタイプについて順に考えてみたい。なお、昔話資料の分析にはいずれも『日本昔話通観』(以下『通観』と略記)第2~26 巻(稲田浩二・小沢俊夫責任編集、同朋舎出版1977~1983)を用いた。

まず「来訪型」の資料を分析してみると、全 361 例中半数ほどが節目の出来事として語られていることがわかる。中でもいわゆる大歳の時期がほとんどであり、「笠地 蔵」は、やはり年越しと密接にかかわる話型と言える。 鈴木正彦氏が「歳の夜の訪客―昔話を中心として―」(野 村純一編『日本昔話研究資料集成3 昔話と民俗』名著出版 1967)で指摘するように、8世紀、『日本書紀』神代上一書第三の高天原を追われるスサノヲノミコトの蓑 笠を着けた旅装束は、「笠地蔵」で爺から捧げられた笠や 蓑を着て返礼に訪れる地蔵の姿を彷彿とさせる。また同 時代の『常陸国風土記』筑波郡の「福慈と筑波の神話」 は、節目である「新粟の初甞」に訪れる祖神を拒む福慈(富士)の神と歓待する筑波の神との説話であり、双方の神に対する懲罰と褒美は、大歳の夜、みすぼらしい旅 僧や物乞いなどを泊めることで豊かさが与えられ、無理 やりそれを真似た長者が失敗して落ちぶれる昔話「大歳 の客」に近似している。これら、節目に訪れる神や旅人 は、同じく年の暮れに返礼を携えてやってくる「笠地蔵」 の地蔵の姿と重なる。実際、「笠地蔵」の伝承資料の中に は「大歳の客」との複合型も存在し、両者が来訪神歓待 と云う共通の基盤の上に成り立っていることを忍ばせて くれる。

では「招待型」の「笠地蔵」はどうであろうか。「招待型」は「来訪型」と比べると全 29 例と資料数も少なく、明確に年の暮れの出来事であるのは8例である。だが、ほぼすべてに、地蔵が鼻(口、臍、尻など)から米や金を出すというモチーフが存在する。また、欲を出した婆が地蔵の鼻を広げようとして失敗する展開も少なくない。 これは、正月の門松を龍宮に捧げたことへの返礼に授けられた醜い童子が鼻から米を出すが、その扱いを誤ったことで、全てが失われてしまうという話型「竜宮童子」と共通する特徴である。童子が龍宮という異界からやって来たものであることからすれば、「招待型」の地蔵もまた、節目に異界から返礼のために訪れた存在であるとも考えられよう。

以上のように、「歩く」または移動して訪れる地蔵には、異界から訪れる来訪神の面影を見ることができた。しか し、一方で仏教的な側面、地蔵が衆生を救うためにこの 世界を巡り歩く存在であるという考え方は、平安期の僞 経『仏説延命地蔵菩薩経』や源信の『往生要集』にもあ らわれ、鎌倉期の『宇治拾遺物語』に至れば、歩き巡る 地蔵の姿を追い求める信心深い老女の説話も収められて いる。また、現代の民間地蔵信仰の中にも地蔵を順々に 祀りながら家々を運び廻る「回り地蔵(巡り地蔵)」の習 俗が伝えられ、地蔵が歩く、移動する仏としての信仰が 息づいている。

つまり、そこに見られたのは、年の節目に訪れる来訪神としての姿であり、また平安期以降の衆生を救うため に六道の世界を経巡る慈悲深い菩薩の姿でもあった。昔 話の中に現れる「歩く」地蔵の存在は、民俗的な来訪神 と仏教的な菩薩への重層的な信仰の中で、心を寄せる 人々を寿ぎ豊かさをもたらし、苦しみから救うために、 自ら歩んで来てくれるものとして、親しみと尊さをもっ て語り伝えられてきたのではなかろうか。

ただよし

<前田氏発表へのコメント> 酒井 董美

地蔵といえば、私たちは農村の道端に佇んでいるお地 蔵さんとか、墓地の入口に並ぶ六地蔵などを思い出すの ではなかろうか。いずれもこれらの地蔵は、人びとや子 どもたちを苦しみから救ってくださる存在(仏教の一菩 薩である地蔵菩薩)として捉えられている。前田久子氏 の今回の発表は、この地蔵が鎮座している場所から、他 の場所へ運ばれたり、地蔵自身の意志で移動する説話を 取り上げながら、その背景にある民間習俗の意識基盤を 多角的に論じたものである。

発表資料は2種類あって、一つは出典を挙げ事例の文 章を抄出したB4判で4ページのものと、今ひとつは稲 田浩二編著『日本昔話通観』を資料にして、項目を数量 化し、都道府県別一覧表にしたB4判で6ページのもの になっている。

発表者が口承文芸として挙げたものを、まず昔話の現代の文献資料順に見ると、①「産神問答」(水難の運)、②「笠地蔵」(来訪型、招待型)、③「大歳の客」(大みそかの客-授福型、大みそかの客-猿長者型)、④「笠地蔵」と「大歳の客」の複合型、⑤「竜宮童子」となり、 それらを挙げながら、地蔵が人びとに幸せを授ける働きを述べている。更にこの背景を探るため、歴史上の文献資料、『日本書紀』神代上の素戔嗚尊が天下る部分、『常陸国風土記』の神々の巡行を「神の移動」事例として捉え、『宇治拾遺物語』で地蔵が移動する記述部分の3例を挙げている。これ以外、「地蔵が世の中を巡るということについて」として『往生要集』と『仏説延命地蔵菩薩経』の民俗事例を示している。他にも回り地蔵(巡り地蔵)の信仰習俗の現状を紹介するなど、分析は実にきめが細かい。

こうした時代の流れを通して説話と民俗を総合させな がら、地蔵の民間信仰の基盤と位置づけた発表に、無形 民俗文化財としての民話研究のあるべき雛型を見た思い がした。散会の後、ある人が「稲田浩二先生の考えてお られる研究の方向を、そのまま示した発表で、もし稲田 先生がおられたらどれだけ喜ばれたことか」とつぶやい ていたが、その言葉がそのまま今回の発表の成功を示しているのではなかろうか。

評者は、評者の住む山陰地方で聞いた婚礼の夜、青年 団員たちが、近隣のお地蔵さんを婚礼中の家の庭に何体 も運び込んで据え、翌日、新婚の家では地蔵を元の場所 に返すのにどこの地蔵か知るのに苦労したという風習の あることなどを補足的に発言したが、今回の発表は広く 文献に当たり、統計的裏付けに基づいたりっぱな発表で あったと総括したい。

研究発表2 「韓国の大衆文化から見る九尾狐の表象の変遷」 パク・ミギョン

本発表では、韓国の人気テレビドラマシリーズ『伝説の故郷』(KBS、1977 年~1989 年に578 編、1996 年~ 1999 年に72 編、2008 年に8 編、2009 年に10 編制作) に登場する九尾狐のエピソード、「九尾狐(1977 年)」、「九尾狐(1986 年)」、「野狐(1996 年)」、「狐女(1996 年)」、「狐谷(1998 年)」、「九尾狐(1998 年)」、「九尾狐(2008 年)」と、その他のドラマ『九尾狐外伝(2004 年)』、『私の彼女は九尾狐(2010 年)』、『九尾狐:狐妹伝(2010)』などを対象にし、内容における説話のモチーフ、視覚表 現、狐が象徴するもの、そして日本の大衆文化からの影 響などの観点から検討した。

ドラマの内容は、既存の説話を組み合わせて制作され たものが多い。構成は、狐の発覚、その退治を中心に構 成されており、多数の狐説話から変身、肝、玉の話など のモチーフが用いられる。特に多く見られる説話として は、説話「狐妹」と日本の説話「雪女」が挙げられる。

「狐妹」は、ソン・ジンテが 1930 年『朝鮮民譚集』に記録したのが文献上の初出で、その後絵本として数多く出版され、ドラマにもよく取り上げられてきた素材である。家族の中に狐が混ざっているという話で、身近なところに潜む怪異の恐怖を表している。他方、雪女モチーフは、日本の説話「雪女」を素材として制作された映画などの影響を受けたもので、70 年代末に登場して以来、80 年代、90 年代のドラマでも韓国の九尾狐譚の定番になっている。

ドラマの中で狐の表現を、姿(メイクやCG)だけではなく、しぐさ、動き、演出なども視野に入れて検討した。九尾狐の姿は、長い白髪、長い爪、牙、赤い目、毛、尻尾で表現され、動作はとんぼ返りや空中を飛ぶ移動が特徴である。このようなしぐさ、動き、演出は歌舞伎の動物表現や日本の怪猫映画を想起させる場面が多く、日本の特撮映画やドラマの影響を受けた可能性が考えられる。 また、時代によっても狐表現に変化が見られ、80~90 年代は動物としての野生性の強い狐として描かれていたものが、2000 年代からはより人間に近いイメージで美人として描かれる傾向がある。

そして、九尾狐が象徴しているものは、90 年代までは前近代的秩序に抑圧される女性が多く、烈女や良妻賢母 として描かれたが、2000 年代の中頃からは女性に限らず弱者、差別されるマイノリティーの象徴としても描かれ るようになった。このような変化は、2000 年代半ばから韓国社会に多文化家庭が増え、教育の問題や差別問題な ど様々な問題に直面していたことと関わっている。

このように、狐の説話は大衆に好まれる素材であり、 日本の大衆文化の影響を受けながら、韓国大衆文化のな かで典型性を獲得している。そして、視覚表現において も内容において時代の変化が反映され、儒教的美徳の強 調や社会批判的な要素などが追加されつつ、狐の登場す る作品が制作され続けている。

<パク氏発表へのコメント> 岩男 久仁子

パクさんの発表に、私はとても楽しく、研究発表には相応しくないかもしれませんが、ワクワクしてしまいました。私は「九尾の狐」をメスの「妖怪」、「オバケ」くらいにしか知りませんでした。人間(男)を欺し、化かし、 命を奪うというかなりおどろおどろしい存在で、男女の関係ということで、“いかがわしい”妖怪昔話に出てくる「妖怪」という程度の知識でした。今回パクさんが発表 してくださったように韓国では、「九尾の狐」が獣っぽさ が前面に出ていた時代があり、そこから、美女に9本の 尾っぽが生えて CG を駆使した現代風のアレンジが加わり、時代に合わせて、変化をしていっているとは思いも よりませんでした。現代のテレビドラマに利用され、「九 尾の狐」は韓国ではすでに民衆に周知されていることが 前提なのでしょう。変化の表れを、年代を追いながら解 説してくださいました。それが私には新鮮に思え、大変 興味深く、発表を聞いている間、心の中では「そうなの? 1つだけでなく、いくつもドラマが作成され、現在も続 いているのか。」と感歎ばかりでした。

私は、物語に登場する「狐」が、「ずる賢い」「いたずら」「狡猾」「失敗したら滑稽な奴」などというイメージ を持っていました。これは、イソップ寓話の「鷲と狐」「狐 とブドウ(酸っぱいブドウ)」というお話のせいかもしれ ません。どこか「間抜け」ている感があり、やはり「動 物」であって、「人間」ではないという意識が離れないの です。しかし、「九尾の狐」となると、「動物」という感 覚では無く、むしろ「人間」により近いイメージが増し てきます。韓国の「九尾の狐」は「人間になりたい」と いう意識が強いからでしょうか。人間を欺す方法など、 人間と妖怪の関わり方の王道で、「王道」となれば、読む 人見る人にとって安心する形であります。1話完結の勧 善懲悪の時代劇を安心して見ていられるのと同じです。 日本にも昔話の登場人物がアレンジされて現代に登場 することは、CMにはあります。次はどういったパターンで現れるか楽しみなのですが、あくまでもCMですから、ストーリー展開は韓国の九尾の狐のような話は望め ません。せいぜいパロディーものとしてしか存在してい ないのではないでしょうか。

パロディーと言えば、「九尾の狐」が実は男性(オス) であり、狐妖怪の世界では伝説的存在で、九尾あるというのは最高位であり、尾の数で狐妖怪のランクが決まるという漫画を見つけました。三尾の狐(メス、人間に変化している)と僧侶(人間、男)との間に三尾を持つの子狐(普段は人間の子供と同じ)が生まれたのですが、三尾の狐と僧侶は事故死、残った子狐を伝説の九尾の狐(オス)が僧侶の弟(この人物も僧侶)と育てていくことを決めます。しかし、子狐を残して死んでしまった母狐は心配のあまり悪霊になりかけるところを九尾の狐と僧侶の弟が教え諭すというものです。子を思う親の濃厚な愛情が現れており、このあたりは、韓国のドラマに共通でしょうか。妖怪譚の醍醐味があふれているようです(『九尾の狐と子連れ坊主』この漫画のジャンルがここで紹介するには少々難ありなので、他のエピソードは、説明しがたいものがあります)。

韓国の現代ドラマ事情もよく知らなかったものですから、発表を聞くことによって、新しい発見をし、興味深 く、私自身、かなり凝り固まった固定観念を持っていた と気付きました。柔らか頭を目指しているつもりでした が、もっと柔軟に様々な情報を仕入れていきたいと思い ました。

第16回国際学術大会(2019.11.15-17)会計報告

<収入>

・三島通雲記念財団助成 300,000

・歓迎懇親会+宿泊費 166,700

・昼食代(2 日分) 23,000

・要録集売上げ 19,000

・民博入館料 4,200

・翻訳料 35,000

・学会運営費より補填 140,821

収入合計 688,721

<支出>

・懇親会・宿泊料 439,970

・昼食代(2 日分) 37,400

・要録集・横断幕 100,000

・翻訳料+通訳謝礼 70,000

・通訳謝礼 35,000

・スタッフ日当 25,200

・雑費・通信費・交通費 16,151

支出合計 688,721

2019年度会計報告 (2019.2.1~2020.1.31)

<収入>

・前年度繰越金 468,073

・2017 年度分会費 3,000

・2018 年度分会費 9,000

・2019 年度分会費 69,000

・入会費 1,000

・利子 1

収入合計 550,074

<支出>

・通信費 5,420

・プリンタ消耗品 1,150

・国際学術大会補填 140,821

支出合計 147,995

◆ 2019 年度残金 550,074-147,995= 402,079円

会計:宮井章子、会計監査:中塚和代

2020年度活動計画

日本支部2020 年度総会・研究大会

2021 年2月21 日(日)立命館大学OIC

情報アラカルト

会員の著書・論文(2019 年度分、50 音順)

◇ 鵜野祐介

・「民話を<語る‐聞く>ことと災害・厄災レジリエンス」、 対人援助学会「対人援助学研究」vol.10, 2020/03

◇ 酒井董美

・「歌のある民話の分類試案」、島根県立短期大学「人間 と文化」第2号、2019/03

◇ 立石展大

・「小学校国語教科書における中国昔話教材の指導と課題

「太陽をさがしに」を例として」、高千穂大学「高千穂 論叢」54 巻1 号 2019/08

・(分担執筆)花部英雄・小堀光夫編『47 都道府県民話百科』(東京都担当)丸善出版2019/12

◇ 西村正身

・「『シンドバード物語』東洋系各本について――どのような版が伝わっているのか。付:広本・小本所収話一 覧――」、「作大論集」10、2020/02、pp. 1-20

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< 編 集 後 記 >

故稲田浩二先生の蔵書を国立民族学博物館への搬入作 業がほぼ完了しました。整理作業が順調に進めば、2021 年度から閲覧が可能になる見込みです。多くの皆様に活用 していただけることを願っております。(鵜野)