AFNS NEWS LETTER NO.19

AFNS NEWS LETTER

No.19 April2013

アジア民間説話学会 [The Asian Folk Narrative Society]

日本支部事務局:立命館大学文学部 鵜野祐介研究室気付

〒603-8577京都市北区等持院北町56-1 tel 075-466-3142

e-mail: y-uno@fc.ritsumei.ac.jp

<巻頭言>

鵜野 祐介

皆様、お変わりございませんか。今年の桜はゆっくりとご覧になられましたか?

私事で恐縮ですが、一昨年(2011年)の暮れに父が逝き、その四九日法要の後、納骨のために出向いた墓地の前でふと思い立ち、我が家の墓石の正面に桜を植えることにしました。そして、叔父夫婦の勧めで「ケイオウザクラ」という品種を、植木屋さんに頼んで昨年4月に植えました。父よりも一足早くあちらの世界へ旅立たれた稲田浩二先生もたいへん桜がお好きな方でしたが、父も桜が大好きで、地元のライオンズクラブに呼びかけ、川の土手に数百メートルにわたって桜を植樹し、毎年の花見を楽しみにしていた人でした。

今年3月20日、岡山の実家に帰省し、彼岸の墓参りに叔父夫婦と出かけたところ、父のケイオウザクラは満開でした。まだ私の背丈と同じぐらいの高さで、幹も枝も細い幼木ながら、薄い桜色の花びらをびっしりつけて咲いており、しっかりと根を張っていることがわかりました。

「季節の花がこれほど美しいことに/歳を取るまで少しも気づかなかった」(ヤン・ヒウン/さだまさし「人生の贈り物」より)。

2012年度活動報告

「第12回国際シンポジウム大会」

テーマ「アジアの創世神話と洪水説話」

2012.8.23(木)~ 8.25(土)韓国・光州市 全南大学校

*日本支部参加者:鵜野祐介、斧原孝守、酒井董美、高木立子、宮井章子、(+中野敦子)

「昔話研究の今-AFNS第12回大会を終えて-」 鵜野祐介

2012年8月24‐25日、韓国・光州市の全南大学校において開催された第12回大会には、日・中・韓三ヵ国の民間説話研究者約30名(内、日本から5名、中国から5名)が参加し、「創世神話と洪水説話」をテーマに11本の研究発表と熱のこもった議論が交わされた。折しも領土問題で日韓間・日中間に政治的緊張が走っていた時期であったが、韓国側も中国側もとても誠実かつ友好的に接してくださり、内容的にもたいへん充実した大会となった。本大会で感じた3つのシフト(方向転換)を中心に、「昔話研究の今」について語ってみたい。

第一に、これまで本学会において支配的であった、国家(ナショナル)レベルでの比較から、地域(ローカル)レベルでの比較にシフトさせた発表が目を引いた。具体的には、韓国済州島と琉球諸島、さらには江蘇省漢族、江西省漢族、リス族やチベット族をはじめとする少数民族の、創世神話の類似性に関する研究である。韓国人参加者の何人もが、沖縄でのフィールドワーク経験を持っていることにも驚いた。

沖縄と朝鮮半島や中国の東南部少数民族との文化的類似性に関する研究はこれまでにも行われてきたが、近年、韓国でも中国でも国家プロジェクトとして地域別・民族別の組織的な民間説話調査が行われ、その成果が紙媒体のみならず電子媒体のデータベースとして発表されつつある。これを活用することによって、国境線にとらわれない地域レベルの国際比較が促進されているように感じる。日本でも樋口淳氏を中心とするグループが日本学術振興会の科学研究費助成を受け、デジタル版「沖縄民話データベース」と「日本民話データベース」をほぼ完成されており、今後この種の研究がますます盛んになることが求められる。

比較文化研究の分野では、数年前より「グローバル」と「ローカル」を組み合わせた「グローカル」な視点の重要性が説かれているが、説話研究においても今後「インター・ナショナル」から「グローカル」へのシフトが進んでいくに相違ない。グローカルな視点を持ち、国境線を越え言葉の壁を超えて進んでいく若い研究者に期待したい。

第二に、このような比較研究の基準となる単位が、「タイプ(話型)」から「モチーフ」へとシフトしてきているとの印象も受けた。今回の発表で言えば、「天界から人間界への来訪」「死体化生」「花咲かせ競争」「タブー侵犯」といったモチーフの比較である。

故稲田浩二先生が、晩年「核心モチーフ」に基づく研究を提唱されていたことが懐かしく思い出されるが、この動向はロシアの比較神話学者ベリョースキンが近年インターネット上で公開した「フォークロア・神話モチーフのテーマ分類と地域分布」というデータベースからも伺える。直野洋子氏によれば、2011年1月現在、このデータベースは約1400モチーフ、4万5千以上のテキストを含み、各モチーフの分布が世界地図上に示されているという(日本口承文芸学会『口承文芸研究』第34号より)。

最近発表された、特定モチーフのグローカルな比較研究として注目されるのが、「桃太郎」や「猿蟹合戦」、グリムの「ブレーメンの音楽隊」にも見られる、「様々な生物や無生物がそれぞれ特有の力を用いて強敵を倒す」というTMI:K1161モチーフの分布と発生に関する斎藤君子氏の研究である(『口承文芸研究』第35号、2012年3月)。斎藤氏は、このモチーフがアジア大陸からアメリカ大陸まで広範囲に分布していることを紹介した上で、日本を取り巻く多くの地域で、このモチーフを含む昔話がかつて悪天候を回復させるために語られ、大自然の霊威を鎮めるための呪術的な機能を持っていたと結論づける。「桃太郎」の鬼は、風雨・雷・地震といった大自然の霊威であり、「猿蟹合戦」の臼や腐れ縄や糞は、「魂鎮め」のための呪具だったのだ。

これに関連して、「桃太郎」の必須アイテム「黍団子」に注目した斧原孝守氏の研究も紹介しておこう(外国民話研究会『聴く 語る 創る』第20号)。「主人公が食べ物を与えて他の生物や無生物の助力を乞う」というモチーフは、チベット周辺の諸民族と日本の昔話に多く見られる他、フランス東南部にも存在することを紹介した後、このモチーフは精霊の助力を乞うための「お供え」に由来するのではと斧原氏は推測する。

三つ目のシフトは、伝承の様式としての「書承」と「口承」、両者の果たした役割と関係性の見直しである。従来、「書承説話」は一握りの特権階級のもので、無文字文化に生きる一般民衆にとっての「口承説話」との間には断絶があるとの認識が、私自身も含め、特に民俗学から説話研究に入った者には強かったように思う。ところが今回の学会テーマ「創世神話」を主題にする時、仏典をはじめ「書承」の説話に注目せざるを得ない。それが誰によって、どのようにして文字が読めない民衆に伝えられ、さらに民衆の間で伝承されていったのかを考えていくこと、すなわち「書承」から「口承」へ、「口承」から「書承」への移行の過程、両者間の連続性と非連続性、供与者や供与手段といった問題が、重要な研究テーマとなってくるのである。

そうしたシフトの延長線上に、「再話」の問題も浮上してくる。昔話に託した先人たちの想いを、次代を担う世代に届けるために再話者は、新世代が話の意味内容をきちんと理解できる言葉で記述するということに腐心するだけでなく、言葉の響きや余韻(音響効果)、挿絵の持つ視覚情報の提供としての意味合いや話のトーン(調子)を裏支えする効果にも十分配慮しなければならない。「myb」第41号(みやび出版)で稲田和子氏が書いておられた「方言を用いる」という手法も、父祖の想いをきちんと伝えるために、音響効果によって話のトーンを醸成するものとして意味づけられるだろう。

「昔話の心を求め、祖先との出会いを重ね、自らの生き方と重ねていく、そのことを忘れ去ったところでは、ほんとうの再話は生まれないのではないだろうか」(松谷みよ子「再話の方法」、『日本昔話大成』第12巻「研究篇」所収)。(*本稿は、「myb」第42号 [2012年12月発行] 掲載の論稿からの抜粋です。)

「日本支部2012年度総会・研究大会」

(2013年2月23日、梅花女子大学)

<総会>

1.2012年度活動報告

2.会計報告(後述)

3.2012年度活動計画(後述)

<研究大会>

・研究発表:斧原孝守氏

「釈迦と弥勒の花咲かせ競争譚について」

・講演:酒井董美氏

「江戸時代のわらべ歌を推察する

-鳥取県東部の資料を援用して-」

2012年度会計報告

(2012.2.1~2013.1.31)

<収入>

・前年度繰越金 526,543(円)

・2011年度分会費 6,000

・2012年度分会費 60,000

・2012年度賛助会費 5,000

・利息 24

(2011年度総会・研究大会)

・参加費 6,500

収入合計 604,067

<支出>

・通信費 5,180

・翻訳料 150,000(第12回大会発表論文)

・総会・研究大会諸経費 65,919

支出合計 221,099

2012年度残金 604,067-221,099=382,968

会計:山中郁子、宮井章子、会計監査:中塚和代

2013年度活動計画

A.日本支部2013年度総会・研究大会

2014年2月15日(土)会場 未定

B.日韓中3カ国共通昔話タイプ資料集の編纂

C.その他

入会者・退会者(2012年3月-2013年2月)

・入会:なし

・退会:増田友子

情報アラカルト

1.新刊情報

・鵜野祐介監訳、ノラ&ウィリアム・モンゴメリー編著『スコットランド民話集 世界の果ての井戸』朝日出版社

・斧原孝守「『猿蟹合戦』と『桃太郎』のあいだ-ATU210としての『桃太郎』」、日本民話の会・外国民話研究会編『聴く 語る 創る』20号、所収。

・酒井董美『さんいんの民話とわらべ歌』(新装改訂版)ハーベスト出版

・西村正身「『シンドバード物語』所収話の源泉」、『作大論集』第3号、所収。

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・赤坂憲雄、R・A・モース編『世界の中の柳田国男』藤原書店

・石井正己編著『子守唄と民話』三弥井書店

・大野寿子編著『超越する異界』勉誠出版

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2.関連学会の大会情報

・説話・伝承学会2013年度春季大会

4月27-28日、静岡文化芸術大学

・日本口承文芸学会2013年度大会

6月1-2日、深川江戸資料館

・日本昔話学会平成25年度夏季大会

7月6-7日 関西外国語大学

エッセイ「2012年夏。全南大学校卒業式」

宮井章子

2012年夏。韓国光州の全南大学校でのAFNS国際シンポジウム大会で、思いがけなく大学院の卒業式に出席させていただいた。韓国では春と秋(夏休み?)の2回卒業式があり、夏の方が卒業生の数が少ないということだった。韓国についての知識がなく韓国語もわからず、で、式の流れがよくつかめないためもあったのだろうが、始まる前からびっくりと戸惑いの連続で、とても興味深い経験だった。

当日、あいにくの雨の中を車で行くと、国立大学で三番目に広いという構内のあちこちにテントが立てられ、台の上に結婚披露宴で花嫁が持つようなブーケが並んでいる。家族や友人が卒業生に贈るための花束を売っているのだという。なるほど、花屋らしき人が客の相手をしている。お祭りの屋台が並んでいるような光景で、「国立大学の構内でこんなふうに商売するんだ」とまず最初のびっくりだった。

卒業式は学部か学科ごとに行われるようで、私たちが参加した人文系の式もこじんまりしたものだった。開始前、階段教室のような式場に案内されて最前列の席に。片隅で見学させてもらうのだと勝手に思っていたので、エ!と戸惑い。やがて、「立ってください」という感じの言葉で立ち上がったら卒業生と他の出席者に対しての紹介があり、先生方にくっついて参加させてもらっている私は、後ろを向いてお辞儀をしながらまごまごしてしまった。

式場は30人ほどの卒業生と家族友人らしい出席者でほぼいっぱいなのだが、きちんと座って静粛に大事な式の始まるのを待っているというより楽しいイベントという雰囲気で、通路を子どもがちょろちょろ動き回ったりしている。壇上に並んだ先生方とかたまって座っている卒業生は角帽に黒いガウンで、スーツや振袖袴のような華やかな感じはない。大学院なのでなおさらなのかもしれないが、卒業式はひとつの段階を終える区切りではなく、努力と研鑽の結果「博士」「修士」の称号を与えられる式なのだという印象だった。

式は終始和やかな明るい雰囲気で進んでいった。改まった特別な感じを与えるのは角帽とガウンだけで、しかも気がつくとガウンの襟元にのぞくのがチェックのスポーツシャツだったりする。ガウンの足元はジーンズとスニーカーという青年も何人かいた。あれ、と思いながらも、見ているうちにそんなことはいいのだ、角帽を戴きガウンを身につけているんだもの、という気になってくる。名前を呼ばれた卒業生は壇上に上がって証書をもらい、指導教官(だと思う)の前に進む。教官が角帽の上にあった房を下げ、「おめでとう」という笑顔で握手する。絵にかいた学者のような角帽ガウン姿が完成して、まさに角帽とガウンは獲得したものの象徴なのだという気がした。最後の仕上げとして角帽の房をたらすのが指導教官だというのは、とてもいいなあと思う。卒業生だけでなく先生もうれしそうで、握手でおさまらずに教え子をハグしている人もいた。

お祝いはそれだけでは終わらず、壇の下では花束を抱えた人が待っている。身内なのだろう。たいていは子どもで、後ろの大人に促されるようにして花束を渡している。なるほど、それであちこちで子どもがうろちょろしていたのか。花屋が何軒も店開きするはずだ。式場にいる人たちを見ると、卒業生よりも身内・友人らしい人のほうがずっと多い。お祝いなのだ、うれしい日なのだと、式場中にうきうきした気分が漂っている感じがした。

卒業生全員が証書をもらい、賞の授与もすんだところで、壇の脇にごくカジュアルな服装の人物が4人現われた。2人は民族楽器らしいものを持っている。一人がピアノ前に座り演奏が始まった。卒業を祝う曲だと思って聞いていると、どうもイメージが違う。知っている曲だ。じっと聞いていて思い出した。「ベサメムーチョ」。なんで卒業式に「ベサメムーチョ」なんだ?!と、この日一番の驚きと戸惑いだったのだが、式場の誰にも全く違和感はないようだった。続いては歌手も入っての今韓国で流行しているという曲で、式場はさっきまでとは別の盛り上がりを見せていた。式は終わり、お祝いは次の場面に移っていたのだろう。なんだかよくわからないまま目の前で進行していることを見ているという感じだったが、厳粛、静粛の卒業式しか知らない私には予想外のことだらけで、とても楽しい時間だった。

<編集後記>

1994年3月に開催されたアジア民間説話学会第1回国際シンポジウム大会の会場校であり、1997年4月、故稲田浩二先生の後任として着任以来16年間お世話にもなった梅花女子大学を今年3月いっぱいで退職し、4月より立命館大学文学部(人間研究学域教育人間学専攻)に着任いたしました。新たなステージに立って自分の研究をさらに深化・発展させていきたいと期しております。韓国や中国をはじめアジア諸国との交流事業にも力を入れている大学ですので、出版助成をはじめ本学会に対して様々な支援をしていただけることをひそかに期待しております。

来年(2014年)8月下旬には第13回国際シンポジウム大会を岡山市で開催する予定です。多くの皆様にご参加いただきますとともに、準備・運営へのお力添えをいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

(鵜野祐介)