TCHC売却について

武田薬品コンシュマーヘルスケア事業(TCHC)売却の経緯と「考える会」の見解と要望について

 1 グローバル製薬産業におけるコンシュマーヘルスケア事業について   

コンシュマーヘルスケア製品(Consumer Healthcare:以下CHC )の世界トップ企業は、米国の大衆薬(OTC薬) McNeil (マクニール)ブランドを有するジョンソンエンドジョンソン= J&J )で、売上高は 14 憶ドル(1兆 5000 億円)と安定しています。

英国ではグラクソ・スミスクライン( GSK )が大衆薬市場の最大手で、売上高は2017 年に 100 億ドルを超え、J&J に迫ってきました。スイスのノバルティス、米国ファイザーのCHC事業を買収するなど、以前からM&A を繰り返してきたことによる結果と思われます。

フランスではサノフィ、ドイツではバイエルが大衆薬事業でのトップ企業となっています。GSKと同様、その要因は、M&A が大きく影響しています。ドイツのベーリンガー・インゲルハイムは、日本のエスエス製薬を傘下に収めるなどグローバル展開していましたが、大衆薬事業分野において、ドイツの競合企業バイエルの後塵を拝する立場から脱却できず、サノフィに売却したという経緯があります。

日本でも、山之内と藤沢が合併しアステラス製薬になる際、大衆薬分野の子会社を第一三共に譲渡しました。このようにファイザー、メルクはじめ、世界の製薬企業は、CHC事業を分離して、医療用医薬品に特化する兆候が顕著になってきております。武田薬品が、医療用医薬品事業に特化すべくCHC事業を売却する決断をくだしたのは、このような世界の潮流に合わせたものと考えられます。

新型コロナウイルス感染症の影響で世界経済が停滞する厳しい事業環境下では、武田薬品のCHC事業を引き継ぐにふさわしい企業を探すことは極めて困難であったことから、今回、海外ファンドに安値での売却を余儀なくされたのではないかという印象はどうしても否めません。

2.タケダ・コンシューマー・ヘルスケア(TCHC)事業について    

日本の大衆薬メーカーはグローバルな展開ができておらず、国内市場も低迷しており、最大手の大正製薬も苦戦を強いられています。そのような状況下で、TCHCはここ数年にわたり800億円程の売り上げを維持してきており、6番手に位置しています。

次の表をご覧ください。

2000 年代初めからCHC事業のグローバルな再編成が大きく進展している状況が顕著であることが分ります。このような状況において、武田薬品は、CHC事業を更なる成長を目指して分社化し、本体は医療用医薬品事業に集中させることを目指しました。

武田薬品が医療用医薬品分野で急速なグローバル化を推進している中、CHC事業の再編は、「考える会」は必ずしも反対するものではありません。しかし、このコロナ禍における事業売却は、適正価格で売却することは難しく、限られた競合の中で、買い手の言い値で売却せざるを得ない、いわゆる投げ売りの状態になりかねないということを危惧していました。

「考える会」としては、文書にてウェバー社長宛てに、売却先を慎重に選び、タイミングを見計らった上で検討していただきたいと、要望をしてきました。これに対して、会社側からは返答がないまま、8月中旬に突如として、マスコミ報道によりCHC事業の売却を知ることとなりましたので、会社幹部に事実関係を問い合わせたところ、それはマスコミが勝手に流したものであり、会社として決定したものではない、という返答でした。然しながら、8 月 24 日、武田薬品は、CHC事業の譲渡を決定したことを公表しました。譲渡先は、米投資ファンドの The Blackstone Group 社と、その関係会社が運用するプライベートエクイティファンドが管理する買収目的会社(譲受会社)です。

このような会社側の対応に、不誠実さを感じるとともに疑問を抱かざるを得ません。

Blackstone社は、 2019 年に鎮痛剤の「カロナール」などを主力品とするあゆみ製薬(東京・中央)を買収するなど、CHC事業分野においては、日本でも存在感を高めているとのことです。同社はTCHC の企業価値を 2420 億円と評価するものの、今後、譲受会社との間で最終的に価格を決定するとの見解を示しています。

「考える会」としては、コロナ禍収束後、「アリナミン」を含むCHC事業の価値を的確に評価したうえで、適正価格で買収を希望する複数企業と折衝し、最終的に買収先が決定されることを期待していました。

3.TCHCの売却についての説明責任    

武田薬品は、アイルランドの Shire 社の買収(2018 年)により拡大した負債を削減するため、総額 100 億ドルの目標を掲げてノンコア(非中核)事業の資産売却を進めており、今回の売却もその一環ではないかと思われます。

しかし、会社側の説明では、今回の譲渡は Shire 社の買収とは無関係であり、また、資産売却ではなく、CHCビジネスを十分に育成できる会社に譲渡するのが最適と判断し、譲渡会社によりCHCの価値を高める目的であると述べています。

このように、不利と思われる売却に至った背景には、今年度中に1 兆円の資産売却をすすめ、借入金5 兆円の一部を返済しなければならないという切迫した状況があるのではないかと思われます。

加えて、借入金のEBITDA 倍率を 2023 年度までに 2 倍以下にするという、シャイアー買収時の公約条件が満たせていないことも、売却の背景にあると思われます。シャイアー統合後のEBITDA が計画通り 1 兆 3000 億円に達していれば、問題ないはずですが、その見通しが大きく狂ってきているのではと危惧しています。

経営陣には、営業キャッシュフローの現状と借入金の返済計画についての説明責任を果たしていただきたく、切にお願いする次第です。