M&Aの副作用

について

武田薬品工業は2018年5月8日、国籍をアイルランドに置く製薬企業シャイアーを買収して完全子会社化すると発表しました。買収総額は7兆円にのぼり、日本企業による海外M&A(合併・買収)として過去最大ですが、7兆円のうちシャイアーの純資産4兆円を上回る3兆円が超過支出となり、そのうち2兆円は「のれん代」となりそうです。その結果、

武田薬品がかかえることになる「のれん代」は5兆円を超え、これも日本企業にとって過去最大になるでしょう。

M&Aによって発生する「のれん代」は、取得した「純資本」を上回って支払われた「超過支出」です。将来見込まれる「超過収益」によって回収できることを前提に無形資産として計上されます。資産といっても設備、建物、不動産や現預金といった実態のある資産ではなく、「将来回収できる」というよりも「回収しなければならない」金額の記録でしかありません。

合併による超過収益が想定通りに実現しなかった場合や、その前段階であっても「将来見通し」が著しく変化して回収の目途が立たなくなった場合には無形資産が毀損されていることを認識して、損失計上、株主資本の減資、場合によっては破産処理ということになります。海外M&Aに失敗した東芝が隠し続け、最終的には経営破綻に至った問題の核心にありました。

シャイアーは数多くのM&Aを実施して、2年間で売上高を2.4倍に拡大しました。2015年は7000億円を下回っていたシャイアーの売上高は、2017年には1兆6000億円となりました。一方で、2015年には22%だった営業利益率は2016年に8%まで低下し、2017年は16%と回復していません。

バランスシートには「のれん代」が190億ドル(2兆1000億円)もあります。ほとんどは2016年にバクスターの血液事業子会社バクスアルタを買収した際の超過支出によるものです。

この「のれん代」を正当化し、維持するには買収した事業の成長もしくは相乗効果(シナジー)によって利益が増加するという「将来見通し」が必要です。その将来見通しが暗転した時には、資産としての価値を再評価して減損処理をする必要が生じます。

武田薬品による買収の憶測が出る直前のシャイアーの株価資産倍率は1.0倍という極端に低い水準にありました。

1兆円を超える減損処理も想定される状況が反映されていた

と考えます。引き金は年間4000億円を売り上げ、シャイアーの総売上高の25%を占める血友病治療薬(アディベートおよびファイバ)を脅かす競合品の出現です。


タケダ経営陣はEBITDAだけを数量的な説明根拠とする異例のM&Aを提案しています。EBITDAはM&Aによるコストとリスクが隠れてしまい、収益が実力以上に大きく見えてします指標です。ShireのEBITDAを理解するために、アニュアルレポートを改めて読んで見ました。最初に確認したのは181ページの Non GAAP reconciliations(非会計基準化への調整) です。EBITDAはEarnings before Interest, Tax, Depreciation & Amortizationの頭文字をならべています。米国 会計基準(GAAP)のNet Income(純利益)に、下記の「I」「T」「D」「A」を足し戻して計算されます。

「I」Interest expense

「T」Tax

「D」Depreciation

「A」Amortization of acquired intangible assets 

などを足し戻して、EBITDAは64億ドルへと純利益19億ドル(通常税率で推定)の3倍以上に膨れ上がっています。

シャイアーはM&Aを繰り返して、2016年からの2年間で売上高を2倍以上に拡大した会社です。シャイアーにとってのAmortization(無形固定資産償却費)は正常な製薬企業であれば、新薬を創成するための研究開発費にあたります。シャイアーは各製品の特許期間内にAmortizationを十分に積み立てて置かないと、次の製品買収や企業買収を行う原資が不足して事業を継続できなくなります。従って、M&Aに関わる費用をすべて隠してしまうEBITDAによってシャイアーを高収益企業と評価することは間違いです。

シャイアーのEBITDAは真の収益力または経営の実力を3倍以上に見せています。問題点はEBITDAだけではありません。M&Aで発生する「のれん代」が重大な経営リスクとなっています。M&Aで支払った「超過支出」のうち、取得した製品の「将来利益見通し」と「仕掛り研究開発資産(In process R&D)」の合計で説明しきれない部分は「のれん代」となって残ります。

「のれん代」は合併効果(シナジー)や、これからの研究開発によって穴埋めしていくことになります。武田薬品が採用する国際会計基準(IFRS)では「のれん代」を償却しなくてよいことになっています。会計処理は別問題として、「のれん代」に相当する超過支出を10年前後で穴埋めできないと、十分な更新投資ができずに事業規模が縮小することになります。

シャイアーはすでに2兆円を超える198億ドルもの「のれん代」を抱えています(アニュアルレポート121ページ Goodwill)。そのほとんどが2016年のBaxalta買収で発生しましたが、血液事業ではさらなる設備投資が必要となるなど、のれん代を穴埋めするだけのシナジーはまだ証明されていません。

タケダ経営陣による合併提案では3兆円の「超過支出」が発生します。研究開発費の削減を中心に14億ドル(1500億円)のシナジーを掲げていますが、これでは20年かかってようやく「のれん代」を解消できるかどうかです。「のれん代」を償却しない国際会計基準も見直しの方向にあると報道されています。

償却するかしないかという会計上の問題はさておき、最終的には経営の実態が変わるわけではありません。「のれん代」を正当化しているはずの超過利得(シナジー)が実現されなければ、さらなるリストラが必要となることでしょう。

現在、武田薬品が1兆円、シャイアーが2兆円、新たに3兆円、合計6兆円もの「のれん代」を抱え込もうというM&Aは正気の沙汰とは思えません。(新たに発生する超過支出3兆円のうち、1兆円は償却資産として計上できる可能性はあります。「考える会」の収益予想はその前提に基づいています。)

shire-annual-report-2017.pdf