松尾由佳さん

2009年度 展覧会支援の部 受賞

花々と咲き続け

「春のプリムラジュリアン」2018年 水彩・鉛筆・紙

家ではいつも、使い慣れた勉強机で描いている。訪ねた日は、取材者に見てもらおうと、ピンクを基調に時々黄色や縁取りのある花びらを交ぜた細かな花模様を、画用紙いっぱいに描いていた。

「カーネーションの絵を描くのが好きです。(完成まで)時間かかると思います」

モザイク画のような作風とその色彩感覚は、幼少期に夢中だった塗り絵や折り紙で養われたようだ。塗り絵では、配色を工夫してきれいに仕上げることに集中していた。

そして高校卒業後、生花店に就職して絵心が一気に開花した。毎日、店長から贈られたクレヨンで花を描き、その後、画家のもとで風景画も描くようになった。

アワードには、2回目の応募で受賞した。

「受賞者展では、たくさんの人と会うことが楽しそうでした。通りがかりの人や美術に理解のある人など、たくさんの感想をいただき嬉しかったです」と両親は振り返る。

東京の名所も巡り、父が撮った写真をもとに、その後、東京駅舎を描いた。銀座で個展を開いたことで地元のギャラリーなどでも評価が高まり、人の繋がりから関西で作品を発表する機会もできた。

「もっと観てもらうように、がんばります」

展覧会ではいつも、そう想いを伝えている。

(2021/1/20 自宅にて)

「柳川の川下り」2002年 水彩・鉛筆・紙
フラワーヒル菊池公園2008年 水彩・鉛筆・紙
ジャコバサボテン2006年 水彩・鉛筆・紙
チューリップとトルコ桔梗2007年 水彩・鉛筆・紙
「美瑛の青い池」2019年 水彩、鉛筆、紙
東京駅2014年 水彩・鉛筆・紙

まつお・ゆか

1976年生まれ、福岡県在住。
1998年以降、地元を中心に作品を発表。2000年、2001年久留米市障害者美術展で最優秀賞を受賞。2006年オリジナルギャラリー「森の由佳ギャラリー」を開設(2020年閉館)。2013年「第15回エイブル・アート・アワード」展覧会支援部門 特別展で個展を開催。その他、大阪・高島屋ギャラリーNEXT「背伸びするモメント~松尾由佳・澤井玲衣子展」(2018)など

【再録】2009年度アワード選考評

※選考者の肩書き等は当時のものです。また「展覧会支援の部」だけでなく「制作支援の部」に関するコメントもあります。

サイモン 順子(アートカウンセラー)

今年度の応募数は30件と例年とほぼ変わらなかったですが、その内容は多岐に渡ってきたことに驚きました。同時にエイブル・アート・アワードの活動自体への期待も広まってきたことになります。

マイノリティといわれる人々が、アート活動を通して社会とどう向き合って行くかを選択することの難しさを感じました。しかし、それには応募用紙に記載されたこと(添付資料も含めて)だけで選考するもどかしさもあります。活動内容はもちろんですが、応募された代表者の方の熱意のようなものが伝わってくる団体が選ばれる傾向にあります。

今回5件中4件は割にスムーズに決まったのですが、最後の1件は少々揺れました。議論の末、神戸の福祉作業所「夢ふうせん」に決まりましたが、アート活動の視点のみで考えると少々力不足のように感じます。アートの視点や利点をもっと取り入れ、より充実した活動に発展することを期待します。個人的な意見なのですが、さをり織りでは、糸にこだわらず色々な素材の裂き織りなど、布の感触をたのしみながら、視覚にたよらない感触による織りものがあってもよいのではないでしょうか。

高橋 直裕(世田谷美術館学芸員)

今年の「展覧会支援の部」の応募件数は11件。昨年の33件という数に比べると3分の1でした。例年のことながら、多様な表現の作品を通して、作家さんそれぞれの個性が感じられ、障害のある方々の芸術活動の多様性と拡がりを感じました。しかし、応募数の少なさも影響しているのか、昨年の高いレベルでの激戦に比べると、やや穏やかで、美術界や社会にインパクトを与える、強い個性を感じさせるものは少なかった様に思います。

その中で、今回のアワードに選ばれた松尾由佳さんの作品はやはり群を抜いていました。松尾さんは一昨年から3年連続応募されていますが、作品の密度と完成度が年々向上しています。優れた色彩感覚と抜群の画面構成力は以前より注目すべきところでしたが、更に技術力がつき絵に厚みが出てきました。しかも爽やかな印象はこれまでも変わることなく、水彩画の持つ清明な特徴を遺憾なく発揮しています。今後の展開が大いに期待できる作家だと言えるでしょう。

今回惜しくもアワードには選ばれませんでしたが、谷本光隆さんの作品も注目を浴びました。コラージュによって人物を描いていますが、どれもしっかりとした重みを感じる充実した作品になっています。しかも比較的大作であるにもかかわらず、画面構成に隙が無く、程よい緊張感が作品全体を引き締めています。絵画作品としては大変レベルが高い仕事をされていますが、欲を言えばもう少し温和な雰囲気が画面にあれば、作品の存在感がより出てくるように思います。次回も応募されることを期待しています。

中津川 浩章(美術家)

「制作支援の部」

各施設やグループやNPOでつくっている作品にとても興味を覚えました。作品は能弁です。見ていると、テキストでのプレゼンテーション以上に制作されているその場所がどんなところなのかが見えてくる気がしました。次回は是非作品写真をできるだけ添付してほしいと思いました。また、今回は写真を使ったアプローチなど、一般的には決して新しくないのですが、障害を持った方々にとって新しい表現方法を模索する試みに可能性を感じました。写真というメディアでしか照らされない「何か」が確実にあるからです。そして、盲ろうのグループ「福祉作業所夢ふうせん」のさをり織りの活動には率直に制作へのお手伝いになればと感じました。

こんな時代ですから、どんな施設もグループも運営してくことは厳しく大変だと思います。資金があったらこんなことや、あんなこともできそうだと考えるのは当然のことだと感じます。ただ、前回の選考評にも同じようなことを書きましたが、展開ではなく、制作支援の原点は一人ひとりの制作や表現したい欲求をお手伝いしたいということだと思います。目には見えない人間の感覚の拡がりや深まり、そして思いの強さなどが、目に見えること・ものとして現れてくることの大切さがすべてのはじまりだと思います。

そのはじまりの場所に絵具などの画材が足りないということは、残念なことだと感じました。歩き出せば様々な出会いがあります。魅力的な作品が生まれてくれば、きっと物事は動き出すことでしょう。

ただ、魅力的な作品をつくることだけを直線的に目的化すると別な大切な物事を見失う可能性があります。あせらずじっくり取り組んでいってほしいと強く感じました。


「展覧会支援の部」

今回のアワード支援対象は松尾由佳さんに決定しました。松尾由佳さんは前回、前々回と最後まで選考の対象に残りながら選考から外れてしまった方ですが、それにもめげることなく応募していただき本当にうれしく感じました。作品は風景や犬など、作者の日常的なものごとを比較的小さい画面に水彩絵具によって表現しています。そのリズミカルなタッチは綿密で構成的ですらあるのですが、重さや息苦しさがなく、透明感と叙情性が、拡がりと深みをもちながら同時にやってきます。また色彩も豊かでニュアンスに富んでいます。作者の生きている時間が、絵の中に幾重にも重なり、独特のスタイルを生み出されたのでしょう。控えめな作品のもつ強さが、今回は花開いた気がします。素晴らしい作品に出会うことができうれしく、実物を見るのがとても楽しみです。

また今回、他に印象的だったのは谷本光隆さんの作品です。人物を独特の色彩で描いているのですが、現代アートでは失われつつある描くことや美術のもつデモーニッシュな底力が作品に潜んでいる感じです。絵を見ていると、ザワザワと私の中の暗い感覚が動き出しました。こういった作品はとても貴重だと思いますから、このことにめげずに制作を続けていってほしいです。

私が選考に参加させていただいた前回、前々回、そして今回もアワード支援対象の作品は障害者のアートというカテゴリー(こんなものがほんとうにあればですが)とは、関係なくアートとして充分自立できる素晴らしい作品でした。そういった意味で作品のレベルが上がってきています。ただそのためかどうかはわかりませんが、応募件数が少なかったことが残念です。あまり先回りを考えないで、積極的に応募してほしいと感じました。

滝川 潔(富士ゼロックス株式会社 CSR部/端数倶楽部事務局長)

「制作支援の部」

全国から寄せられた30数件の応募内容を見て、あらためて、この賞に対する期待の大きさと選考の重みを感じました。同時に応募書類と一部の作品などの資料だけで判断することの難しさを感じました。1、2の団体はその活動のユニークさや活動の成長などで目にとまるのですが、(例えば盲聾の方が織りを通して生き甲斐を見いだしている活動は初めて知りました)その次の段階となると、上位5団体を選ぶプロセスを拝見していてとても難しいと感じました。ただ、それが単に規模や実績だけでなく、団体の考え方(思い)や同封された利用者さんの生き生きとした表情も選考のポイントなのだということもわかり、そのことには共感できました。今回受賞された5団体+2団体が受賞を機にいっそう充実した活動を続けられることを期待します。


「展覧会支援の部」

2年前から3回続けて選考会に参加させていただいていますが、その頃からずっと強い印象を受けていて、いつかこの方がという思いがありましたので、今回松尾由佳さんが選ばれてとても嬉しく思います。一見なにげない風景を描いた細密な水彩画の全体から細部をじっと凝視すると、そこにいろいろなものが現れてくる、これは当時から変わっておらず、私にはすごい個性に映ります。もう一人谷本光隆さんの絵もその青色を帯びたグレーの色調とコラージュで描かれた人物像が全体として独特な雰囲気を醸し出していて、これもとても印象に残りました。展覧会ではどのような作品が並ぶのでしょうか。12月の展覧会が今からとても楽しみです。

松田 貴子(花王株式会社/花王ハートポケット倶楽部)

昨年に続き今年も選考会へ参加させていただきました。今年は写真や手話など様々な表現方法で芸術へ取り組む活動が増えたことが印象的でした。選考にあたっては申請された方々がどのような思いでどのような活動をされているのか、申請書類からしか見て取ることができないので、人に伝えることの大切さと難しさを感じるとともに、選考する責任を感じました。

展覧会の部は昨年選考に難航を極めた松尾由佳さんが受賞されました。これまで写真でしか拝見したことがなかったので12月に作品を鑑賞できることになり、今からとても楽しみです。エイブル・アート・アワードを通じて多様な芸術活動をご支援することができ大変嬉しく思います。

AYURA(ジャズ・ヴォーカル/世田谷美術館さくら祭実行委員会)

昨年に続いて今年も選考会に参加させていただき、多くの素晴らしい作品及び活動グループの存在を知ることが出来ました。

制作支援部門では、さをり織を習得して作品を作っている盲ろうの方たちのグループ「夢ふうせん」がとても印象に残りました。指先の感触を頼りに制作されているのでしょうが、配色などはどのように選んでいらっしゃるのでしょう? 貴重な活動をされているのに社会の中に埋もれてしまっている団体は全国にまだまだいくつもあることと思います。応募してきてくださることで私たちもその存在を知ることができ、なおかつ必要と思える支援をお送りできるので、今後積極的な応募を期待したいと思います。

展覧会支援部門では 昨年に引き続き応募してきてくださった松尾由佳さんが今年は見事に受賞されました。提出された作品は女性なら誰でも「まあ 綺麗!」と声を発してしまうでしょう。緻密で多彩な色使いは昨年に比べてさらに洗練されたように伺えました。

また、松尾さんとともに最終選考に残られた谷本光俊さんの「人物像」はすごい迫力で、ぜひ来年再び挑戦をしていただきたいと思いました。

松尾さんもそうですが、昨年の受賞者の東美名子さんも二度、三度と応募してきてくださるたびに力を伸ばされていったのが作品から感じられました。谷本さんの来年の作品をぜひ拝見したいと思います。