尊皇愛国

新政未来の党でいう「尊皇愛国」とは「世界を一つの家族のような共同体にする」(八紘為宇)という神武肇国(日本建国)の理念の継承者である天皇陛下の御心を体現し、我が国の初代天皇である神武天皇陛下が日本を建国された時以来の我が国の使命を実現させることです。

現在「愛国=安倍政権支持」というような印象操作を行う人もいますが、安倍政権は国防重視の政策で愛国パフォーマンスをしているだけで上記のような神武肇国の理念実現は全く考えていません。そればかりでなく、安倍政権はアメリカの侵略戦争に協力するために「戦争参加法制」(平和安全法制)を制定する一方で離島防衛等を目的として保守系野党が提出した『領域警備法案』は僅か一時間の審議で廃案にしており、安倍政権の「国防重視」の姿勢も甚だ怪しいと言わなければなりません。

公約無視の安倍政権の国防戦略

日米関係は確かに重要ですが、安倍政権は尖閣問題では『日台漁業協定』で、慰安婦問題では『日韓慰安婦合意』でそれぞれ「台北政府」(自称中華民国)や韓国に大幅に譲歩するなど、対米追従の安全保障戦略では国益は守れないことが明白になっています。

また、平成24年(西暦2012年、皇暦2672年)の総選挙で安倍自民党が公約した「尖閣諸島に公務員駐留」や「政府主催の竹島の日式典開催」といった公約は完全に無視されています。

『領域警備法案』の廃案もそうですが、安倍政権の国防政策は国境問題では特に妥協的です。尖閣諸島情勢は民主党政権時代よりも悪化しています。北方領土問題でも四島返還を諦めたような発言をする政治家が自民党には多くいます。(※日本政府は尖閣諸島に領土問題は存在しないという立場ですが、現実に尖閣諸島周辺で中国が海洋調査を行うなどの問題が発生しているため便宜的に「国境問題」と表現します。)

台湾・南樺太・千島諸島は日本の領土

国境問題というと尖閣諸島や竹島、北方四島が連想されますが、実際にはこれは我が国の政府が弱腰であるためこれ以外の領土の領有権を主張していなかっただけです。

『サンフランシスコ平和条約』第二条で我が国は朝鮮・台湾・南樺太・千島諸島・南沙諸島・西沙諸島の領有権を放棄しましたが、同条約第二十五条の規定により『サンフランシスコ平和条約』を批准している国がこれらの地域の領有権を主張しない限り、日本の利益は減損されないと定められました。南沙諸島と西沙諸島についてはこの条約を批准しているベトナムとフィリピンが領有権を主張したのでこの二国のいずれかに帰属されるべきですが、中国やソ連(ロシア)はこの条約に署名も批准もしていません。

もっとも朝鮮(韓国)については同条約第二十一条の例外規定によって独立が無条件で承認されましたが、中国やソ連に関してこのような例外規定はありません。もっとも第二十六条の規定により将来的に日本も中国やソ連と同様の条件(台湾や南樺太・千島諸島の割譲)で講和条約を締結すべきであると予定されていましたが、第二十六条の効力の期限は「3年間」であり『サンフランシスコ平和条約』発効後三年以内には日本は中国やソ連(ロシア)と講和できていませんので、この部分は事情変更の法理により失効していると解釈されます。(※国際法は国際情勢の変化によって内容が変更されることがあり、これを「事情変更の法理」と言います。この場合は冷戦の進展により「3年以内に講和条約を締結する」という『サンフランシスコ平和条約』第26条に明記された大前提が覆ったため、領土問題でも事情変更の法理が適用されることは明白です。)

その後に締結された『日ソ共同宣言』や『日中共同声明』でも領土問題については曖昧にされており、日本政府は公式に台湾が中国の一部であることや南樺太・千島諸島がロシアの一部であると認めたことは一度もありません。

従って台湾・南樺太・千島諸島の国際法上の領有権は未だに日本に残留しているのです。無論、国際法上の解釈は国際情勢の変化によって変わり得るものではありますが、始めから安易な妥協をしていると返って来る領土も返ってこなくなる恐れがあります。

神武肇国の理念

国境問題等の国防戦略も重要ではありますが、何よりも大事なのは日本建国の使命の実現です。

これについて日本が一体どういう理念の下で建国されたかは、我が国の初代天皇である神武天皇陛下の時代から伝わるとされる「八紘為宇の詔」にしるされています。その内容の一部を引用します。

「大人の制を立てて、義必ず時に随う」

ここでいう「大人」とは「成人」という意味ではなく、「聖人」つまり「素晴らしい人格者・為政者」のことです。この部分はその時代に応じて最も「聖人の政治」に相応しい制度を構築する、という意味になります。

「苟も民に利有らば、何ぞ聖の造に妨はむ」

国民の生活を尊重することが「聖人の政治」である、という意味です。

「上は乾霊の国を授けたまいし徳に答へ」

祖先の徳に応えるという意味です。なお神話では神武天皇の祖先には花の神やサメも存在します。こうした神話には「自然界と調和した人間が国を治めるべき」という考えが背景にあります。この「自然界との調和」こそが日本古来の伝統であり、そうした伝統の象徴として天皇陛下が居られるのです。

この部分は別の神武天皇の詔での「暉き(輝き)を重ね、慶び(喜び)を積み」という言葉と対を成しています。国民が明るく輝いて喜ぶ国を造ろう、ということです。

「下は皇孫の正を養ひたまひし心を弘めむ」

上に述べられたような理念を世界に広めていこう、という意味です。

そして

「然して後に(=これら全てを実現した後に)六合を兼ねて都を開き、八紘を掩ひて宇(家)にせむ」

と書かれています。これは、要約すると

「その時代に合った方法ですべての国民が喜び輝いている国を造り、その理想を世界中に広めて、それが実現した後で、世界中の全人類が一つの家族のようになる共同体を築こう」

という意味になります。

「尊皇愛国」や「八紘為宇」(八紘一宇)という言葉は戦前に軍部や官僚の一部の不逞分子が国民抑圧や侵略正当化のスローガンに利用し、さらに戦後になると反日左翼勢力が戦前の日本を必要以上に否定するために「尊皇愛国」や「八紘為宇」という言葉へのネガティブなイメージを国民に植えつけましたが、実際には日本建国の理念はそのようなものではないことがお判りいただけると思います。

この本当の意味での「尊皇愛国」の理念が新政未来の党の活動の根幹にあります。