28.『大人について』




 生命には、「生命を維持しよう」とする方向性を持っている。

それは生物の定義に入らないとされるウイルスにも同様である。

そして動物は、それを具象化した「本能」を備えている。

本能とは、「生物がもとから持っている、物事を成し遂げようとする働き」の

ことと定義できる。

そしてそれは、細胞レベルの働きではなく、中枢神経からの指令による生体行動

による働きであるところから、動物で主に用いられる。


 動物には、三大本能がある。

種存本能:子孫を残し、遺伝子を引き継いでいこうとする働き。

生存本能:自己の生存を維持しようとする働き。

存在本能:上の本能の働きを補佐する、自己や子孫の存在をアピールする働き。

これら本能は、動物の進化によって、それぞれに発達してきた。

はじめは、種存が重視される。

環境の影響に、動物は生存を絶えず脅かされる。

大量数(群れ)で生存することによって、確率的に生き残り、種を残そうとする、

個の生存より、種存が優先される生物種。

次に進化して、種の遺伝よりも、より中で優れた個の遺伝子を残そうとする、

自己の生存を優先しようとする生物種。

ここで動物には、感情が生まれ、他に対して、威圧や媚態をとるようになる。

さらに進化して、群れから集団となり、互いに協調して生きるようになると、

動物は、自己の存在のアピールを行う生物種になる。

人になると、その存在本能の欲求は強くなり、自尊心や自己顕示、承認欲求、

文明が進むにつれ、それらは、種存や生存も脅かすようになる。



 生命の仕組みは複雑であり緻密である。

それは奇跡の繰り返しの賜物である。

それを知る人は、その賜物を大切にし、

その恩恵を十分に全うしたいと思う。

すなわち人は、人生に幸福を目指す。

それが成熟した者、大人の正しい考え方であろう。


 幸福とは何か?

人が生きることに、楽しさ、安定、豊かさを求めることである。

楽しさとは、達成感(経験欲求)、快感であり、

豊かさは、対応感(成長欲求)、解放感であり、

安定は、秩序感(制御欲求)、持続感である。

そしてこれらは、効率良く生命を全うしようとする方向にある。

これら三つはバランス関係にある。

どれか一つを強く求めると、他が犠牲となる。

楽しさばかりを求めると、豊かさや安定は危うくなると言うことである。

これらをバランス良く求める

それを承知して、幸福を求めるのが大人である。


 すなわち、本能の欲求を満たそうとするのは、

生きることに対して、アクセルを踏むことである。

たとえば、不快から逃げようとすることも、

アクセルを踏んでいるのである。

しかし、幸福を求めるには、

ブレーキを踏むことが必要である。

本能によって、生きることに邁進しようとするのに、

待ったをかける。

一つは、全ての欲求が満たされるはずがなく、

そのために、ある程度の満足で十分とする、

または、叶わぬことは諦めるということである。

もう一つは、邁進することに夢中になり、

肝心なことや、より発展することを見落とさない、

すなわち、より効率良く生命を全うしようとうチャンス、

幸福のチャンスを見落とさないということである。

生きることに邁進するあまり、

生きる恩恵を受けないまま過ぎていかないようにするのが、

大人である。

(2021.101