あなたは特別なので

公安とFBIの合同作戦会議。

赤井さんの前で「俺」って言っちゃう降谷さん


 公安とFBIの合同作戦会議。会議室の前方には、パソコンの画面を映し出す大きなモニター。そこには、明日、組織の人間が違法取引を行うとされている埠頭の地図が映し出されている。

 皆の視線は地図へ集まっているが、赤井だけはずっと降谷から視線を逸らせずにいた。

 自分の視線に気づいているのだろう。降谷は逃れるように席を離れ、モニターの隣に並ぶように立つ。

「僕の掴んだ情報では、取引時刻は午後十時頃。この構造の建物は、夜は特に物音が響きやすい……人員の配置は、取引場所からある程度距離を置いた方が良いでしょう」

 マイクを通していないのに、降谷の声は明瞭でよく響く。迷いひとつ感じられない声だ。彼の頭の中では、明日の作戦のプランもすでに出来上がっているのだろう。

 降谷がレーザーポインターで地図を指すと、モニターに映し出されていた地図が拡大された。地図をもとに、誰をどの地点に配置するかを降谷が提案する。降谷の人員配置案は完璧で、公安からもFBIからも、異論は一切出ない。

 しかし、降谷自身のことになると話は変わる。

「僕はこのA地点から、バーボンとして対象に接触します。赤井はD地点で待機」

 またこの子は危なっかしい真似を……と赤井は思った。発言するために立ち上がると、降谷が眉を吊り上げるのが見えた。

「降谷君、それでは君に危険が及ぶ。対象と直接接触するのは避けてくれ」

「ひとの話を聞いていなかったのか、FBI。ここでは、僕が接触して対象に隙を与えるのが最適解なんですよ」

「君は忘れてしまっているのかもしれないが……その対象は、以前、君に色目を使っていた奴だろう。そんな奴と君を接触させるわけにはいかんよ。何をされるかわかったもんじゃないからな」

「何かされる前に、制圧しますよ。俺を見くびるな」

 降谷が自分を睨みつけて言う。こうなると、降谷はなかなか考えを変えない。

 ひとりひとりの声は小さいが、会議室中がざわざわと騒がしくなる。どうしたものかと赤井が思案していると、会議室の隅から誰かが呟く声が聞こえた。声の主は、最近、公安に配属されたばかりの刑事だ。

「降谷さんって、“俺”って言っちゃったりするんですね」

 その声を聞いた他の刑事たちが、

「降谷さんの“俺”はなかなか貴重だぞ」

「俺、今まで二回くらいしか聞いたことない」

「勝った、俺は三回」

「どんなときに“俺”って言うんですか?」

「えーどうだったっけ」

 と、ヒソヒソ話――といっても周りにはすべて聞こえている――をはじめてしまう。

「静かに」

 風見が忠告すると、刑事たちは慌てて口を閉ざした。だが、どうにも気になっているようで、落ち着きなくそわそわとしている。

 降谷はどんなときに“俺”と言っているだろうか――ふと気になり思案してみるが、自分にとってはあまり珍しいことでもない。

「俺の前ではよく“俺”と言っているな」

 そう呟くのと同時に、しんと会議室が静まり返る。しかしすぐに、「あー」だとか「そういえば」だとか「確かにあのとき赤井さんいたわー」だとか、誰からともなく呟きはじめる。

「降谷さんが素の自分を出せるってことはつまり……」

「二人は特別な関係……」

 遂にはそんな会話まで飛び出し、さらにざわざわと周囲が騒がしくなる。

 降谷を見やれば、彼は顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。

「赤井、あとで話がある……」

 地響きを伴うような低い声。こんなときは彼に逆らわない方が良い。赤井は頷いた。

「了解。二人のことは二人で決めよう」

 互いの配置についての話をしたつもりだったが、なぜか周囲からは、「ヒューヒュー」と声が上がった。