第6回 お題『変装』

入れ替わっている赤安(赤井さんが降谷さんに、降谷さんが赤井さんに変装してます)と、二人が入れ替わっていることを知らされていないコナン君のお話。

赤井さんが降谷さんに変装するときに体格の問題が出てくると思うのですが(大→小にするのは難しい)、

細く見えるように加工済です(でもよく見たらバレバレ)


-コナンSide-


 組織は壊滅したが、残党は世界中に散らばっている。その残党集団は日本でも暗躍し、先日、あろうことか日本に滞在しているFBIの捜査官を拉致した。その残党集団のリーダーと思われる男は、変声機で声を変え、日本警察へ電話をしてきた。「ヘンリー捜査官を返してほしければ、ライを寄越せ」と。

 その残党の本当の狙いは、ライ――赤井秀一だった。赤井を確実に捕らえるために、赤井と親交のあるFBI捜査官に狙いを定めたのだろう。

 警察庁の一室には、コナンと降谷と赤井の三人だけで、他には誰もいない。

 つい先程まで、日米合同の捜査会議が行われていたが、捜査の割り振りを行いすぐに散会となったらしい。会議後、コナンは降谷に呼ばれて、会議室のような休憩室のような、用途がよくわからないこの場所へと連れて来られた。中に入ると赤井の姿もあったので、この三人だけで話したいことがあるのだろうとコナンは理解した。

 赤井が組織に潜入していた頃、ライとバーボンは行動をよく共にしていたと聞いている。その頃に、赤井と降谷は、この残党と接触したことがあるのではないかとコナンは考えていた。コナンは降谷に問いかけた。

「あむ……降谷さんは、ヘンリー捜査官を拉致した犯人が誰なのか、心当たりはあるの?」

「……ああ。ヘンリー捜査官が拉致されたときの映像が監視カメラに残っていてね。おおよその見当はついている。以前、バーボンとしてもかかわりのあった人物だよ」

「その人たちは、どうして赤井さんを狙っているの?」

 今度は、降谷ではなく、赤井が口を開いた。

「昔の話だが……リーダーを名乗っているその男の腕を、ライフルで撃ち抜いたことがある。そのせいで、奴はライフルを撃てなくなったから、今も根に持っているんだろう」

「組織に潜入していたときに、仲間の腕を撃ったの?」

 コナンが問うと、降谷が言葉を選ぶようにして言った。

「その男は“ある薬”の中毒者でね。任務の最中に錯乱して、ちょうど近くにいた小さな女の子をライフルで殺そうとしたんだ。赤井はそれを止めようとして、男の腕を撃ったんだよ」

「……そんなことがあったんだ」

「その男は、組織の中でもキレ者と噂されていたんだけど、その一件で薬物中毒者というのが上に伝わってね。ライフルも扱えなくなったし、重要な任務からはすべて外されて、組織内での立場も失ったんだ。赤井への恨みは相当なものだと思う。でも、まさか組織の末端の人間を搔き集めて、一集団を築いていたとは……」

「集団って、何人くらい集まってるの?」

「数十名と噂されているみたいだけれど……確かな情報はまだ入ってきていないんだ」

 降谷がそう言うのと同時に、降谷のスマホのバイブ音が鳴った。降谷は画面を二度タップし、スピーカーフォンに切り替える。発信者は降谷の部下である風見だ。

『降谷さん、例の人物から再度電話があったと報告が!』

「内容は?」

『明日の一七時、ベルツリータワーの近くにある『XXビル』に、赤井捜査官ひとりで来いと言っています! ヘンリー捜査官と交換だと……』

「……わかった。風見達は明日の準備を進めてくれ。赤井のことは、こちらで話し合う」

『了解しました』

 電話が切れるのと同時に、降谷と赤井が互いの目を見て頷き合うのが見える。降谷がひどく落ち着いた声で言った。

「……コナン君、これから言うことに、君の力をかしてくれないか?」



 翌日、一七時。コナンは降谷と一緒に、XXビルを視界に捕らえることのできる高層ビルの屋上にいた。ガラス張りのXXビルの中がよく見える位置に待機し、二人のサポートをするのがコナンの役目だ。日本警察とFBIのメンバーは、降谷の号令が下り次第、XXビル内に突入することになっている。

 そして、その降谷といえば、コナンの目の前でライフルバッグからライフルを取り出し、狙撃の準備をはじめていた。

 目の前にあるライフルで、赤井の危機を救うつもりなのだろう。その計画は大いに納得できるものだが、目の前に広がる光景は、なかなか不思議なものだった。

 夕陽の光を受けて、降谷の金色の髪はきらきらと輝き、それとは対照的に、ライフルは鈍い光を湛える。

 降谷が赤井のライフルを手にした瞬間、コナンの目には、降谷に赤井の面影が重なったように見えた。二、三度、目を擦り、目の前にいるのが降谷であることを改めて確認する。

 コナンは降谷に近寄って、邪魔にならないよう小さな声で問いかけた。

「降谷さんってライフル撃てるの?」

「……ああ。昔、ライに教わってね」

「赤井さんに?!」

「……意外かい?」

「意外といえば意外かも……」

「赤井と僕は、君の目にいったいどんな風に映っているのかな」

 降谷が微笑む。そこで、降谷のスマホからバイブ音が鳴った。降谷は画面を二度タップし、スピーカーフォンに切り替える。

「風見か」

『降谷さん、赤井捜査官がビル内に入りました』

「了解。突入の準備を続けてくれ。……コナン君」

「うん」

 コナンは降谷から離れ、犯人追跡メガネのスイッチを押す。発信機は問題なく赤井の居場所を拾っていた。続いて盗聴器に切り替えると、ヘンリー捜査官を拉致した犯人と思われる人物の声が聞こえてくる。

「犯人と接触したみたいだよ」

「了解。早く窓際に誘い込め……」

 普段の降谷より、一段低い声。緊張に満ちた降谷の息遣いが聞こえてくる。赤井の命は、降谷の手にかかっているといっても過言ではない。いつになく、降谷から強かな圧力のようなものを感じる。声をかけることも躊躇われるほど、降谷の目は真剣だ。

 降谷はまったく意識していないのだろうが、スコープを覗き込む降谷の姿勢、立ち姿は、赤井に生き写しだった。赤井にライフルを教わったとはいえ、ここまで似るものなのだろうか。

 追跡メガネをズームさせると、ビルの窓の近くに赤井がいるのが見える。赤井は残党集団に囲まれているようで、得意の截拳道で赤井は応戦をはじめていた。まるで、降谷の手は借りないと主張するかのように、その場で自ら制圧しようとしている。その様子を見ていると、赤井ひとりで人質奪還までできてしまうのではないかとすら思えた。しかし、どこからか銃声が聞こえ、状況は一変する。異変を察知した降谷が、瞬時に声を上げた。

「突入!」

『突入!』

 降谷の声を合図に、風見が周囲に指示する声が聞こえる。途端、盗聴器から聞こえる音声も騒がしくなった。銃声と人の声でビル内は騒然としている。追跡メガネで赤井の姿を追っていると、赤井の背後に、銃を構えている人間がいるのが見えた。赤井は応戦していて、背後に気づいていない。

「あぶな……っ」

 コナンが反応するより早く、降谷がライフルの引き金を引く。銃弾はビルの窓ガラスを突き抜け、相手の肩へと命中した。降谷はそのあとも数度引き金を引いたが、いずれも吸い込まれるように相手に命中する。その様子をそばで見守りながら、コナンは目を見開いた。

 ――ライフルの引き金を引く手が、左手だ。

 このときの感情を、コナンは言葉で言い表すことができなかった。奇跡を目の当たりにしたかのような、感動すらあった。

 もし、彼がライフルを手にすることがなければ、永遠に気づかなかったかもしれない。そう思えてしまうほど、彼の“変装”は完璧だった。

『降谷さん、制圧完了しました!』

 風見の報告に、コナンは安堵する。ビルの中にいた残党集団はすべて捕獲され、人質となっていたヘンリー捜査官も無事に保護されたという。

「了解。ご苦労だったな」

 電話を切り、安堵の息を吐いてライフルを下ろした降谷に、コナンは近づいた。

「……赤井さん?」

 コナンの呼びかけに一瞬驚いたような表情を浮かべたあと、降谷は――いや、降谷の姿をした赤井は微笑んだ。

「……気づかれてしまったか。さすがだな、ボウヤ」

 声は降谷のものだが、口調は赤井のものだ。途端に違和感が膨れ上がり、コナンは少し頭の中が混乱しそうになった。

「じゃ、じゃあ、あそこにいる赤井さんはもしかして……」

「降谷君だよ」

 赤井の優しい視線は、降谷が赤井の姿で闘っていたビルへと向けられている。

「いったい、どうしてこんなことを……」

「本当は俺がひとりで乗り込む算段をしていたんだが、彼が大反対してね。揉めに揉めた末、『じゃあ僕がひとりで行きますから、あなたは僕を護ってください』と言い出したんだよ。降谷君は一度言い出したら聞かないところがあるからな……」

 遠くから人を護るにはライフルが最適解だと降谷は判断したのだろう。駄々をこねているようにも聞こえるが、降谷は冷静な判断を下していたと言える。

「それで、お互いに変装することにしたんだね」

「ああ。犯人の狙いは俺だからな」

 しかし、降谷をどんなに信用していても、ひとりで行かせることにはやはりリスクがある。そう思った赤井が、コナンに協力を求めることを条件に、降谷の提案を呑んだということらしい。ただし、コナンを危ない目に遭わせたくはないから、安全な場所で、降谷の居場所と周囲の状況を観察し、ブレーンとして立ち回る役目をコナンに与えたというわけだ。

「それにしても本当に降谷さんそっくりだね」

 まじまじと赤井の変装を眺めていると、赤井は笑って言った。

「有希子さんの力をかりて、二人で何度も練習したからな」

 犯人が赤井ひとりを呼び出すと踏んでいた二人は、自分の知らぬところで母と一緒に練習を重ねていたらしい。

「そうなの?!」

「ああ。そして、変声機は、阿笠博士に頼んで作ってもらったんだ」

 赤井がスーツのネクタイを緩めると、そこには見慣れた変声機があった。沖矢昴が使用しているのと同じ、チョーカー型の変声機だ。

「姿も声も降谷さんそのものだったから、まさか変装していたなんて……すぐには気づけなかったよ」

「でも、違和感はあったんだろう?」

「うん。なんかいつもと違うなって漠然とした印象はあったんだけど……ライフルを構える姿が赤井さんそっくりだったし……でも、はっきりと気づいたのは、赤井さんがライフルの引き金を引いたときだよ」

「……やはりそうだろうな」

「……降谷さんは右利きだからね。完璧に変装するんなら利き手も変えた方が良かったんだろうけど……それはできないよね。降谷さんの命がかかっているんだから」

 赤井は目だけで返事をした。それだけの仕草で、赤井がどんなに降谷のことを気にかけ、大切にしているのかがわかる。

 二人の絆に胸を熱くさせていると、赤井がふと呟くように言った。

「……賭けは俺の負けで決まりだな」

「賭け?!」

 予想にもしなかった言葉が飛び出して、コナンは驚いた。

「一緒に変装の練習をしていたとき、『どちらの変装がうまいか勝負しましょうよ。コナン君にバレた方が負けで』と彼が言い出してね。零はすぐに何かと競おうとするんだよ」

「…………」

 零?! コナンは思わず声を上げそうになったが、ぐっと我慢する。いつの間に下の名前で呼ぶ仲になっていたのだろう。いや、自分が知らないだけで、二人きりのときはすでにそう呼んでいるのかもしれない。それを裏付けるような証言を、赤井は続ける。

「これでも降谷君の変装には自信があったんだがな。彼の笑った顔も怒った顔もないた顔も――すべての顔を知っているから」

「……泣いた顔も?」

「……ああ」

 降谷の泣き顔を見たときのことでも思い出しているのだろうか。赤井が意味深な表情を浮かべる。赤井と降谷は、組織のメンバーとしてのかかわりだけに留まらず、何か特別な関係があるように思っていたが、それはコナンのなかで確信的なものとなった。

 赤井と降谷は、普段周囲に見せないような表情もお互いに知っている仲ということなのだろう。

 背後から足音が鳴り響き、コナンは慌てて後ろを振り返る。屋上のドアが開き、そこから赤井の姿をした降谷が現れた。近くで見ると、降谷の変装も赤井そっくりだということがわかる。雰囲気すらも赤井そのものなので、赤井が目の前に二人いるような錯覚に陥りそうだ。

 降谷は赤井の口調で言う。

「ボウヤ、ご苦労だったな」

 赤井が変声機のスイッチを切るのが見える。赤井は苦笑して言った。

「降谷君、俺の負けだ」

 降谷は目を瞬かせ、そして、赤井と同じように首に巻かれた変声機のスイッチを切った。

「……なんだ、気づかれちゃったんですか。さすがコナン君ですね」

「降谷さん、それは――」

 赤井に落ち度があったわけではなく、赤井が降谷の命を最優先にしていたから気づけたのだ――そう続けようとしたところで、赤井がそれを遮る。

「ボウヤ」

 人差し指を口に当てて、「シーッ」と言う赤井に、コナンは何も言えなくなってしまった。

「なんです? 二人で秘密のお話ですか?」

「ああ、そんなところだ……なぁ、ボウヤ」

「う、うん!」

 こうして赤井は、降谷の顔を立てることも忘れない。赤井はこんな風に気を配るような人間だっただろうか。いや、きっと降谷の影響で変わったのだろう。

 それにしても……と、赤井に変装した降谷と、降谷に変装した赤井を眺めながら、コナンは二人に向けて言う。

「お互いのことをよく知ってなきゃ、ここまでそっくりに変装できないよね。二人ともさすがだね」

 コナンの発言に、赤井と降谷はお互いに目を合わせ、どこか照れくさそうに笑った。これだけでもう、二人の関係を示す証拠は、すべて揃ったと言ってもいい。

 目の前の二人を見ながら、コナンは今すぐにでも蘭に逢いたくなった。