矛盾のレゾンデートル
寒夜のコト(編)[R18]

エスティニアン×光の戦士♀のシリーズ作品「矛盾のレゾンデートル」の5番目のお話です。
6.0暁月のフィナーレのメインクエ「寒夜のこと」迄のネタバレが含まれます。
「寒夜のコト」は前後構成の作品となっておりこちら後編は成人向となります。

 胸の奥から幾度もせり上がる胃液と、咥内に広がる血の味に吐き気がする。

見上げる鈍色の空はだんびらに垂れこめて、凍てつく寒さが容易く服の内へと入り込む。

この身体の手持ちでは防ぎようも無いようだ。すぐに諦めをつけて顔を上げる。

目の前には灰茶化た瓦礫の山が視界の端まで続いて居て、自分の身体が如何に自分のものだったのかという、人前で口走れば気でも触れたかにみえる奇妙な感覚を噛み締め、今この時を焦燥感が満たす。


他人の肉体、普通の「ひと」という肉体はこんなにも弱くて脆い。

対峙した敵がたった1体でも命の駆け引きになる。そんな状態になることは冒険者になりハイデリンの加護を受けてから当たり前のように無かった。

何時もよりずっと手前に引かれた死のボーダーラインが、動かし辛い身体に躊躇を与えてより緩慢にさせている。

肉体に対し精神力で鞭を打ち南の開けた雪原が瓦礫の隙間から見える所まで、どうにか辿り着いた。


最初からブロークングラスに送り届ける気の無いファダニエル。

私の体で先にそこへ向かうゼノス。

なにが「絶望と悲嘆が渦巻く場所に現れ、命を賭して戦う」……だ。

馬鹿を言うのも大概にして欲しい。

暁を……私の居場所を……私の家族を……殺されようものなら、絶対にゼノスを許さない。

ただそれでアイツに闘いを挑み、この方法をとれば構ってもらえるものだと馬鹿の一つ覚えみたいになって繰り返すようならタチが悪過ぎる。

卑怯じゃないからまだマシだったのにな……。


苦虫を噛み潰す思いで前へと進む。そうなる前に必ず、必ず辿り着かなくてはならない。

今迄こんな手段を選ぶような奴では無かったのに、あまりにも私が靡かないからファダニエルの意見を採用するなんて……女心を振り向かせる要素皆無で、結局私の事など何ひとつも理解しちゃいないじゃないか。

阻止すべく急いても一向に速まらない足並み。

……腹ばいで移動しているのに足並みと言うのは可笑しいか……。

一歩前へ進ませた力の無いこの手も足も、今見ている狭い視野も、全部今は私のもので、この動作を繰り返して繰り返して、もうすぐ皆の元へ辿り着けるだろう。この身体、立ち上がれるだろうか……何処から力を入れて姿勢を起こせばいいのか、どこもかしこも壊れかけの体を、どうにか奮い立たせて状況を確認する……。

これが追体験の過去視だったらどれだけマシだったかと、吐き出した息すらも自分のものではなくてマスクに籠った臭気に吐き気がこみ上がるけれど、気にしてなどいられない。

自分の身体に戻りたい。戻って皆と何気ない話をしたい。


好きだ……皆が大好きだ。

これ程までにこの思いを自覚させられた事にだけは感謝しよう、ゼノス。


まだ遠い視界に捉えた私の身体が、大切な仲間達に迎えられている。

アリゼーが駆け寄っていった。

駄目だ!お願いだから私を慕う彼女を傷付けるような事はしないでゼノス。

続けてグ・ラハが駆け寄っていく。

駄目……どうか気付いて!貴方は聡い。絶対それが私ではないと見抜く力を持っている。

少し遅れて歩んで来たウリエンジェやヤ・シュトラも気付いて……


「…………あんた、誰だ?」


グ・ラハの尻尾がピクリと上がり、耳がゼノスへ向いた。

風に乗って聴こえたその声は、私に向けられる優しくて穏やかな声では無い。明らかに警戒した男の声色が、寒空の下に凛と響いた。

自分が風下でよかった……彼の耳と尻尾の状態が最大級の警戒を示して居ることも同族だから尚更良くわかる。

後方に居た他の皆も、彼の声で態勢を切り替え、辺りはピリリとした空気に包まれた。

良かった……直ぐに見抜いてくれる人達で……

腰から片手剣を引き抜き、思い切り放り投げる。

私の姿をしたゼノスの前方の雪へと剣は突き刺さり、その軌道を遡るよう眼で追うであろう暁の皆に「私は此処だ、と。此処にいるんだ!」と伝えたくて…後先考えず投げつけた。

ヤ・シュトラならば、別の肉体に移された私であろうと、今投げた片手剣から私のエーテル感知だって出来たりするかもしれないと…後付けで願いも浮かぶ。

もう右手は肘から先しか動かせない。この程度の事で肩を脱臼する身体は、次どう動かせば最善なのか……

考える間も無く、空からファダニエルが舞い降りてきて「元の体に戻る時間だ」と告げていた。

私は私の体に戻ったようなのに身体はピクリとも動かせない。

閉じかけた瞼に映るゼノスが「今度こそ、殺したいほど、俺を恨め」と言い残し、微笑んで消えてゆく。……絶対殺してなんかやらないと、思った矢先に自らも意識を手放していた。


「……ん……」


目を開ければ取り囲むように皆が私を見つめていた。あまりの囲まれようが可笑しくて、意識を取り戻すなり吹き出してしまった。

それでホッとした誰かの溜息が聴こえもした。


「良かった……あなた気が付いたのね……大丈夫、アイツらは帰ったわ」


アリゼーが跪いて私をのぞき込んでくる。

キリッとした表情で喜びの声を上げ、現状を伝えてくれた。

口々にかけられる労いの言葉に元の体へ戻れた事を実感していく。

聞けば私を運び慣れたエスティニアンが、アリゼーに「置いて」と言われた所まで小脇に抱えて運んだらしい。アルフィノは雪の上じゃ可愛そうじゃないかと室内を提案したそうだけど、もしこの身体に私ではない誰かが入っていた場合、屋内では先にブロークングラスで静養している病人達に被害が及びかねないから、外で皆で囲み待っていたんだとか……。だからヤ・シュトラは結界を張れるような構えで杖を持ったままだし、グ・ハラも盾を手にしたままだったか……。そりゃ、さっきまで入ってたのがゼノスじゃ警戒して当たり前だよね。

直ぐに目が覚めて良かった……もっと皆に迷惑かけちゃうとこだったもの。

身体は回復魔法の使える皆のエーテルが覆って温かくて、何事も無く済んだという事に心の底から安堵した。


病人用に使われていた部屋をルキアとマキシマが再調整し、暁のメンバーが1泊だけ心身共に休まるよう部屋が割り振りなおされた。


私にだけ個室で元より寝室だった静かな部屋をあてがおうとするものだから断るのに苦労した。目覚めてから体調に問題はなく、病人の手当に未だ従事する皆を白魔導士に着替えて手伝おうとすれば血相を変えたグ・ラハに「お願いだから休んでてくれ」と追い返されるし、アリゼーからは「あんな男に好き勝手身体を使われて気持ち悪くない?お風呂…って訳にもいかないけれど、お湯でも浴びてサッパリしたら?」……と背をグイグイ押され、お風呂セットまで押し付けられて一方的に室内軟禁状態へ持ち込まれる。

それならば…と、先の良い部屋を回避する条件を伝え、着替え用に使った建屋の奥にある狭い物置を指定した。私の体格なら問題ないと判断した誰かがソファーをベッド代わりに押し込んでくれて今に至る状態だったりする。

二人掛けのソファは硬くもなく軟らかくもなく、寝るのに丁度良かった。肘掛け部分に置いたバスタオルを丸めて枕代わりにして毛布を被っていれば、ストーブで暖が取れるこの部屋は十分に過ごしやすい。

明日バブイルの塔へと出発するから、本当に一晩だけの休息だ。

身体を清めサッパリしたのが思いのほか気持ちよくて、3時間程ストンと眠ってしまっていたらしい。

ついさっきアリゼーとアルフィノが私の体調確認がてら、おやすみの挨拶をしに来た。まだ日付は跨いでは居なかったけれど、もうそんな時間になったのかと思ったら同時にお腹の虫が鳴き始めて、完全に食いっぱぐれている自分に気付く。

建物の外まで出れば炊き出しの一つくらい入手出来るんじゃないかと思い、ソファからもそもそと起き上がると小さくノックが聴こえた。

「どうぞ」と伝えれば静かに扉が開けられる。


「なんだ……お前寝てないのか?」


少し驚いたような表情がこっちを見ていた。

いつもの装備ではなくコートを羽織ってきたエスティニアンは、手に湯気の立ち上るカップを握っている。シックな色合いで前合わせのしっかりしたそのコートは初めて見る物だ。ユルスの着ている装備に雰囲気が似ているが…何時も薄着の彼がコートを着ているだけで物珍しくて、つい返事を忘れて惚けてしまっていた。


「いや、今丁度起きたとこ……」


彼の入室と扉を閉めたことで部屋の空気が循環したのか、ふわりといい匂いが鼻に届いて思わずゴクリと喉が鳴る。そして遠慮のないお腹の虫も大きく声を上げてしまった。


「くくくっ……やっぱり……何も食べてないんだろう?奴らに連れていかれた時から」


肩をすくめて笑いを堪えた彼が差し出すカップを、ちょっとだけ照れながら両手で包むように受け取る。


「うん。向こうでディナーだとかファダニエルに言われて目の前に豪華な料理が並んだんだけど、とてもじゃないけど食べる気にならなくてね…っていうか、もしあの時食べて居たとしても、私の胃袋に入ってないんだから結局お腹減ってたんじゃないかなぁ…あっ、いただきます!」

熱々のスープに小さく切られた野菜やハムが入っていて、とても美味しい。


「あー胃に染み渡る……持ってきてくれてありがとね。エスティニアンが装備一式脱いでるってことは、皆もう就寝体勢?」

「俺は先程終えたところだが、今からの奴もいる。俺とサンクレッドが交代で周囲の哨戒だ。アルフィノとアリゼーがグ・ラハと交代でここの病人の治療。ウリエンジェとヤ・シュトラはティルティウム駅で病人が出たとかで、今さっき治療に出た。帰りがけに進行ルートになる北西側の安全を確認してくるそうだ」


……ということは……


「今なら多少二人で居ても怪しむヤツは居ない……だろう?」


長い銀髪が揺れる。最近ずっと見ることの無かったエスティニアンの髪を下ろした姿は、私にとってはまだ本当に「相棒」と呼ばれるだけの頃から見てきた髪型だからか、こっちのほうが見ていて落ち着く。襟足から胸元に伸びる長い毛髪も、コシがあるから後頭部で少しだけ跳ねた毛髪も、ストーブの灯りにキラキラと映って、見慣れている方の髪型なのに凄く照れ臭く感じてしまう。

首をかしげながら確認を取るように言葉を紡いで、私をその言葉の間だけ見つめて……。

彼は静かにソファへと腰を下ろした。

その横でスープを一口、また一口と飲む。

ただ隣にエスティニアンが居るだけでこんなにも心まで暖かい。

微かに開けてある小窓にチラチラと雪が映り込む。

さっきまで止んでいたのに、また降り始めたみたいだ。

明日の天気は……晴れ、なんてことは無さそうだけど、それでもせめて雪が降らないで居てくれれば、風が弱くあればと思う。

背中に毛布がかけられて……一見こういう行動に縁遠そうなエスティニアンは弟が居たからだろうか、案外他人の事を良く見ていて、実際面倒見まで良いことを知った。

イシュガルドでアルフィノやイゼルも交えた4人旅をしていた時も、その片鱗はアルフィノにだけ見せていたような気はする。今回の旅が始まってからは特にアルフィノとアリゼーを気にかけてくれて、人質になってしまった彼らを救い出す荒事も、サンクレッドと共闘し、事も無げにやってのけた。

横で私がスープを飲み干すまで、急かすこともなく見守っている。

それでも私は早く色んな話をしたいから、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まして飲む。

その一部始終を見られていると、こそばゆい気持ちになるけれど、エスティニアンがこの時間すらも大切にしてくれていると思えた。



私達は……誰にも互いの関係を伝えていない。

そもそも恋人同士だと公言したい相手も居なければ、暁の仲間達に気遣いをされたくもなくて、オールドシャーレアンに到着した日から今日まで、特に私は2人きりになることを避けていた感があった。アルフィノとアリゼーに至っては大学を卒業していようとも16歳という多感な時期だし、あまり変な刺激を与えたくない、というこればかりは自分勝手な配慮だ。

特に2人の父にあたるフルシュノさんを多少なりとも知ってからは、なおさらそこは厳格にしないといけないな……と思ってしまったというのも大いにある。

エスティニアンと身体を重ねる親密な関係となった導入が、多分ちょっと普通じゃなくて、馴れ初めなんかをあの二人に無邪気に尋ねられたところで正直に言えたもんじゃない。

だから私は皆の前では今迄通りだし、彼も変わっていない。

いや……彼は変わったのかどうか誰にも判断されづらいというのが正直なところ暁内での状態だろう。

このメンバーと共に行動をするようになって日も浅い。私以外でイシュガルド時代に長く時間を共にしたアルフィノが彼の変わりようを見抜ける可能性があるくらいで、今周囲に見せている彼が皆にとっての彼なのだから何も気にかけることは無いのだろう。


カップが空になったのを見計らってエスティニアンの手が伸びてくる。

私の手からそれを受け取って横の木箱に置き、


「今日のは堪えた……」


と……ストーブに揺らめく火を見つめて静かにそう吐き出していた。

皆の前ではあんなふうに振舞っていたけれど、こんな言葉を切り出して来た彼は一度たりとも見たことは無い。辛い思いをさせた事を謝罪する意味も込めて、彼の大きな手に手を添えてぎゅっと握ると、強く肩を引き寄せられた。


「クガネで呑んだ夜。ゼノスに関してお前に気をつけろと言った事、思い出したか?」

「うん……直ぐに思い出したし、凄く頭抱えた。……それとヴリトラに言われた忠告も的中しちゃったや」

「お前だけ残された時のか」

「私を中心に渦巻く熱が、私の傍にいる者を燃やし尽くす……と。……まぁ指摘されたとおりになる一歩手前で助かったけどね」

「ふむ……アイツは短時間でそこまで見越したのか……。伊達や酔狂で長々と人間に関わって来た訳じゃないって事だな」

「正直、このパターンは想像して居なかったよ……ゼノスだけだったら絶対にやってこないやり口だったから。……誰も失わなくて本当に良かった。私の体に入ったゼノスを追いかけて止めてみろと、ファダニエルに放り出されたのはティルティウム駅の方が余程近いような場所で、ちゃんと元の場所に返せー!って思ったし、ブレインジャックで入れられた帝国将校の体は余りにも非力だしさ……普通の人間って本当はこんなに弱いものなんだって思い知ったよ。……それと……暁の皆の事を私は好きで好きで大切なんだって事、本当の家族みたいに思ってるって事……より強く認識することも出来たから、頭にキてるけどそれも感謝してる」

「感謝なんて言葉を言えるか?ここで。……お前は強いな……」


愚痴をこぼすような言葉尻になる彼が珍しくて、思わず見上げて顔を覗き込む。


「エスティニアン?」

「俺はあの瞬間、皆が対峙してる相手がお前の身体で、そこから感じ取れる気配がお前ではなくゼノスだと気付いた時、流石に少し……気が遠くなった」


……そうか。彼は暁のメンバーの誰よりも直接的にゼノスに接近し、闘っている。

しかもまだ直近の話だからこそ記憶にも新しく、剣と槍で相対した際の戦闘センスや力量も彼ほどの武人ならば身体に刻まれているのだろう。


「既にお前が堕とされた後なのだと、頭が勝手な判断をしかけるのを否定して、押しやって槍を構えたんだぞ」

肩を抱く手に力が強く籠って、ゆっくりと抜けていく。

「俺は……お前を知ってから弱くなったかもしれん……少しは強くなった筈なんだが……弱くなったな」


そう言って頭に口付けが落とされる。

彼の銀髪がさらさらと上から滑り落ちて、私の耳と額をくすぐっていた。




-2-


 燻る黒い塊が2つ。片方は大きくて、もう片方はそれより小さい。

まるで手にみえる部分は空へ伸びるように曲がり、脚のようにみえる部分は膝を立てるように曲がっている。なんで2つとも似たような形なのだろう…………


それは父と母だった。

気付いてしまった瞬間にヒュという掠れた音だけがやたら耳に届いたのに息が吸えない。

急速な苦しさが押し寄せて、視界はぐらぐらと揺らめいて暗くなる……


「!!」


不意に弟が過呼吸になった時の母の対処を思い出して、腰に下げた羊の胃袋で作られた水筒を口に咥えて呼吸を繰り返すうち、やっと息が吸えるよう戻る。


「っは!っはあっはあっはぁ……」


そう……弟。その弟は何処にいる?

こんな光景は見せられない……

いやもしかしたら焼かれる様まで全て見てしまったかもしれない。

それならば怯えて一人何処かで泣いているんじゃないか?

あぁ……大変だ……直ぐに、直ぐに探さねば、と……思い直す。

家の前で見つけた2人を背に、屋根ごと崩落した我が家へ入ると、建屋の中央では大きな梁がテーブルも食器棚もベッドすら押し潰して…………同様に下敷きになって絶命したと、一目でわかる弟が横たわっていた。


「…………」


見える部分は傷一つない。

まるで眠っているんじゃないかと思う程に何時もよく見る寝顔。白くてふわふわとした柔らかな髪。

嘘だ……こんなこと嘘だ……

聴こえる…

煩い心臓の音

塵埃の舞う、さっきまでは暖かだった我が家という足元に、日を遮ぎる影が通過する。

息はまだ吸えない。

見上げると、燻った空の隙間に竜が映る。

咆哮と共に飛び去って行くその姿を観ながら目の前が暗く……な……



「……」


一瞬、あの感覚に似たものが自分を覆っていた。

目の前で不敵に映る相棒だった者の、柔らかな白銀の髪が風に揺れている。

克服したと思っていた事は頭と心の片隅にしっかり今も在って、また俺は大切なものを奪われるだけで何も出来ないのかと……絶望と呼ぶに相応しい光景を前にして、口の中から喉迄カラカラに乾ききったのだ。

ただ……

今は絶望するだけでは無い自分がここにいる。

もう慣れてしまったのだ。竦むことも脅えることも無い。

今はいかにこの場を切り抜けるか、瞬時に思いを巡らせる。

相手はゼノス。

この状況で俺が出来る事など一番槍で突っ込み、そのあとの攻撃は思惑を汲み取り気付いたサンクレッドかグ・ラハに繋いで、奴の間合いからアリゼーを逃がす事くらいだろう。

相手がアイツでは2手目以降の予測行動など、考えるだけ無駄だとガイウスと共に一戦交えた際に嫌という程味わった。

……けれども出来るのか?こちらに対峙する身体は間違いなく相棒だ。

自分を好きだと言ってくれた彼女に、何度も抱いた温かく柔らかな身体に、自分は殺すつもりで槍を突き立てるなんて出来るのか?……と。

全ての戦術算段と自問自答を終えた頃、上空からファダニエルが現れ「元の体に戻る時間だ」という言葉が喜劇めいて放たれる。

敵の策略の中、敵の言葉に救われるなどあってはならない。そんな当たり前の事すらも忘却させる程に、あの瞬間は最悪だった。

今口元に優しく触れる髪と地肌の香りをゆっくりと吸い込み、確かにアシャは生きていると、此処にいるのだと実感してゆく。

目頭が熱い。泣いてなどいないが、きつく寄せ切った眉と眉間の皺は酷いものだろう。顔を見られてたまるかと、彼女の死角に顔を埋めた。


「強くなったのに弱い……変な言葉だけど、わかるよ」


背中に彼女の腕が回されて、芯の通った声が返された。小さな手のひらが子供を寝かしつけるように調子を取っている。


「エスティニアンも気付いちゃったんでしょ?以前に比べて格段に強くなった自分の筈なのに、大切な人が出来た事でそれが弱点にもなった事にさ……」

「……あぁ」


そうか……お前はもうこの気持ちをとうに飲み下した後なんだな。

よくよく考えてみればコイツはエオルゼアの英雄様だった。つい最近は俺の手の届かない世界すら救ってきた、とんでもないヤツだったじゃないか。

俺より出逢いも別れも経験し、何らかの折り合いをつけて、長い年月駆け回ってきている。コイツほど俺は護るものを背負っちゃいない。そう考えれば比較対象がケタ違いで急に自分の悩みがちっぽけに見えさえする。

思わず自嘲気味の笑みが零れた。

コイツがやってのけたことを、俺が出来なくて何が相棒だ、と。

民や皇都のように漠然とした護る対象ではなく、お前というたった一人の相手を心に決めた途端、こんなにも心は強くも弱くもなったのだ。

弱さを呼び込む事も良しと受け入れ、変わったのは俺自身。持ち合わせていなかった自分の感情を手に入れ、面倒な心の葛藤も「人らしさ」なのだと理解して、気付いて知る度に学び、喜びへとすり替えているあたり、俺も大概だろうがな。


「ただ護る順番は間違えていないつもりだぞ。実際お前は強い。アルフィノとアリゼーが最優先だ。だからお前は……俺の手の届かない場所で堕ちたりしてくれるなよ」


出来るだけ重くならぬよう吐き出したつもりだったが……胸につかえるあたり、堪えている事実は受け止めるしかない。その声に頷きで答えた彼女の頭部から自らの顔を離すと、俺を見上げるアシャは仕方のない人だと言わんばかりの表情をたたえて微笑んでいた。

体内で急激に湧き上がる感情のままに、向かいのストーブの灯りで陰影が強くついた輪郭へ自らの影を落し口付ける。


触れ合う程度のそれから、少し強く重ね合わせて……目をゆっくりと開けば同じようにこちらを見つめ返す彼女の瞳とぶつかった。


「めずらしい…エスティニアンの唇、さかむけてる」


唇の上を確かめるように指が滑っていく。


「今さっきまで哨戒に出ていたんだ。俺が出てる間はずっと吹雪いていたし、途中で幾度も戦闘した。北は線路の少し向こう、東は地上に駅があるところ迄、氷河も一部カバーしてる」

「結構広範囲…しかも徒歩でしょ?私ならバイクで移動したい……ご苦労様」

「別に労って欲しかったわけじゃない。交代で哨戒に出るサンクレッドを遠くに行かせたかっただけだ。周囲を綺麗にしておけば、お前との時間も長くなる」


彼女の頬に手を添えて、更なる口付けを強請る。半日前にした時だって互いに唇は荒れていたのだ、治ってるハズもない。人の事を言えないだろうお前だって。

咥内に舌を滑り込ませてしまえば粘膜は熱く柔らかで、久しく味わうことの出来なかった甘やかな時間が訪れる。

歯列を確認するよう這わせた舌を、彼女の小さな舌が迎え入れれば奥へと絡み合って溶けていく。

深く強く吸い上げて、無意識に逃げようとするアシャの頭を引き寄せた。

伏せられた耳を捉えて内耳をゆるく撫で上げる。コシの薄い髪の毛が触れて、緩やかに波打つ細い銀髪へ指を通すと、アリゼーに押し切られ湯を浴びたからだろう、絡まっていた頭髪はすっかり解けて野花のような匂いがしていた。

目前の脅威が去ったわけでもないのに、与えられた安堵に落ち着いた心が求めるものは決まっている。

アシャの上着の裾から手を滑り込ませるとビクリと身体が強張った。


「エスティニアン!…だからっていくらなんでも……」

「……駄目か?」


小声で叱る声、尻尾はそれほど逆立ってはいない。耳も忙しく動いているだけだ。

……これは本気で否定されてるわけじゃない。

自らコートの前を開けて、寝間着代わりのアンダーウエア越しに彼女を抱き寄せる。


「……今のような時だからこそ、後悔したくはないんだが」


胸元で俺の心音に何を思う。

こんな事があった日に、これ程近くに居て見つめ合うだけで満足出来る様な関係ではもう無いと、お前も子供ではないのだから、わかっている筈だ。




-3-



「……今のような時だからこそ、後悔したくはないんだが」


頭上からそんな言葉を零すエスティニアンの心音がトクントクンと強く聞こえる。

胸板に抱き寄せられて、さっきまで閉じられていたコートの内側はいつもの黒いアンダーウエア姿だった。

彼の匂いに石鹸の香りが混じって鼻孔へ届く。ここへ来る前に仕事終わりの身体を清めてきたのだろう。昼間匂いについて言及してしまったから、もしかしたら彼に気を使わせてしまったのかもしれない。

私はミコッテだから種族柄どうしても鼻が利いてしまう。

エスティニアンの匂いを身体が受け取るだけで心臓はドキドキするし、口元は緩んで満たされる。

そしてここは凄くあったかい。このぬくもりを……彼を失うような事にならなくて本当によかった……。鍛え上げられた筋肉の下から脈打つ心音にほっとする。寄り添うだけだとしても、最近こんな時間は何処にも無かったんだって気付かされた。


オールドシャーレアンへ向かう前に身体を重ねて以来だから結構経っている。

新天地に到着して、色んな事を立て続けにこなしているうち今日になっているけれど、私は彼に比べて性的な感情を知って日が浅いから、こういう衝動がすっぽり抜け落ちたまま駆け抜けていられたのだろう。

それなのに今この瞬間、頭も心臓もいっぱいいっぱいだ。

……さっきまでひとつも、こんなこと考えて居なかったのに、今抱きしめてくれている腕にもっと強く抱きしめられたいとか、さっきしてくれた口付けをもっとしたいとか、エスティニアンの興奮した顔を見たいなって思い始めたら、もっとエッチな事もしたいって遂には思い始めてしまっていた……。

口の中に唾液が溜まって、慌てて飲み下す。

エスティニアンは私より大人の男だから、こういう感情にもっと何時も向き合っている可能性に今更気付いて……どれだけ我慢をさせていたのか見当もつかない。

半日前のあのときも、葛藤した挙句引き下がってくれてたのかな……。

ただ、皆が近くに居る場所でエッチな事をするのはイケナイコトだと思えてしまって、駄目だってやんわり言えるのだけれど、私だって今回のブレインジャックは堪えた。

皆の事が大好きだと再認識したということは、エスティニアンの事も大好きだって再認識した事でもある。

互いが生きてるとエスティニアンと感じたい……したい……という気持ちだって今は湧いている。

彼が作り出した嫌味のない人払いの時間を有効活用するほうが、余程これからの旅路で建設的なのでは……なんて、最早自分に今ならいいぞと後押しするための材料を脳内で並べているだけの私は、英雄なんかじゃ無いと思う。


でも後悔はしたくない。それが私の信念で信条だ。

今日は切り抜けられたけど、明日は死んでしまってもおかしくない。

死ぬ間際に「昨日しておけばよかったな…」なんて思いながら死にたくないし、エスティニアンにもそんな思いはさせたくない。

逆の立場だったら私は土壇場では馬鹿だから、それくらいしか思いつかない。だったら今すればいい。人払いが済んでいるなら問題ないじゃないか……。そう考えたらスッと立ち上がれた。

それでも……このグルグル考えたことを口にするのは上手く言えそうにない。

何ていえばいいかな……出来れば一言で了承したとわかる言葉で……


「1回だけ……だよ」


……と、何のひねりもない言葉しか思いつかなかった。

馬鹿だ。

私は馬鹿だ……1回って何を指してるんだ……もう……

訂正も言い訳も今更な気がしてエスティニアンをチラッと見たら、とびきり嬉しそうな顔でこっちを見つめているものだから驚いてしまう。

余計に恥ずかしくて、つま先から背筋や尻尾へ……ゾワゾワと行き場に困った感情が駆け巡っていた。


そんな顔、いつの間に出来るようになったの??


日に日に表情が豊かになるエスティニアンに全然慣れなくて、目鼻立ちの整いすぎた彼に微笑まれると思考が停止しかける。それに比べて私は……うん、比較はやめよう……。悔しさまで溢れてきた。




-4-



 ストーブの灯りが半分影になってもわかる程、色付いている頬に胸が締め付けられた。

お前は俺の事を真剣に考えて、ちゃんと答えを出してくれる。

今その一言に散々悩んだことを詰め込んだのだろう。

1回なんて、なんともまぁ取りようによっては曖昧で、卑屈な俺は意地悪のし放題になってしまいそうだ。

俺を見降ろし、自分の発言に穴を見つけたのか、我慢しきれず目をそらして尖らせた小さな口元も、赤みを帯びた頬も、全て今は俺に向けられて見ているだけで嬉しいのに、やたら胸が苦しくなる。


彼女はその場で下履きと下着を脱ぎ、ソファと毛布の間に押し込んだ。

緊急時にはそこで毛布を被って着てしまうつもりだろう。

部屋の扉とソファの間に居るのは俺という目隠しというわけか……。となればこのコートは出来る限り脱げそうにないな。

部屋を訪ねて来ただけで脱ぐのは普通の男女なら違和感しかないだろう。

ただ、行為がエスカレートしていけば、こんな狭い物置では言い訳の出来ない匂いが部屋を充満して、そんな画策は意味をなさないのだが……彼女に水を差してこの好機を逃す方が余程惜しい。

今は黙して、この時間を味わうほうがいい。

アシャは上着のインナーだけを着たまま前裾を手で掴み押し下げて、所在なさげに尻尾を揺らしている。半分伏せた耳は伺うよう僅かに動いていた。

そんな姿でちらちらと俺を見つめて……この光景がいかに情欲をそそるのか気付いてないあたりが、お前らしいか……。

体中の熱が渦巻いて下腹へと集まり始める。まだ何とか涼しい表情を崩さず見ていられそうだが、さてどうしたものか。

両手を開いて差し出せば、一歩前へ進んで間に納まった彼女からの口付けが封切となり、それに答えるよう返して、互いだけの感覚に研ぎ澄まされてゆく。

柔らかな髪に触れ、頭を支えて包み込み、腰を引き寄せる。インナーの内側を辿って掌を滑り込ませて、脇腹から背中、胸へと動かすだけで合わせたままの唇から吐息が漏れた。

肩に置かれたアシャの腕が強張ったのを確認して、乳房の中央で主張している頂きを弾けば堪えた声が微かに上がる。

さっきまで眠っていたというだけあって胸の谷間は僅かに汗ばんでおり、肌は指先にしっとりと吸いつくようで、そこに顔を埋めたい欲求は既に押さえきれず、唇を頭部から離し出来る限りゆっくりと、こめかみから首筋へと口付けを落す。

鼻を首筋に付けて吸い込めば好んでいる匂いが微かに感じられた。もっと深く嗅ぎたいと気が逸る。

温められて籠った胸元の方がそれは濃いと知っているからこそ、早くそこへ辿り着きたい衝動が込み上がる。

俺と差ほど変わらない我が身の扱いをしているように映る相棒は、多分何も肌に付けていない。だからこれは純粋に彼女の匂いだと思っている。

公娼制度で抱いた女達は何時も香水や石鹸の香りを纏って、迎え入れる室内すらも香りで満たし、非日常の空間を演出していたから、ほんの一瞬しか感じられないこの匂いに惹かれる部分もあるのだろう……

胸元に辿り着くと同時にインナーを捲り上げて目的を達成すれば、そこは願った通りの微かに甘い乳臭さで満たされていた。


「ほんと……そこ好きだね……」


頭部にアシャの手が添えられ、撫でる指が耳の先をかすめてゆく。

片手で乳房の弾力を愉しみ、もう片方を口に含む。舌先で強く弱く転がすと、視界の下ではストーブの灯りに赤く照らされた膝は震え、尻尾が時々揺らめいた。


「久しぶり過ぎて……ちから、抜けちゃう」

「支えてやる。気にするな」


左腕に納まった身体は、柔らかく温かい。

この重みを……彼女を失わなくて良かったと、先の事が頭を掠めてゆく。

普段ならば、キツく締め上げた前衛向けのコルセット跡が残る素肌も、今日は湯浴みの後から装着していなかったのだろう、滑らかだ。

ストーブの灯りが射して[[rb:和毛 > にこげ]]が揃う乳房に鼻先をあて、もう一度ゆっくりと口に含む。

舌の腹で淡い色をした乳輪を這い、舌先でつついていれば真ん中で張り詰めてくる乳首に舌が触れる。彼女が身をよじる程しゃぶり尽くした頃には、摑まり立ちも出来ないくらいに膝は砕けて、内腿に光の筋が一本伝っていた。

アシャの顔を見上げれば、眉根を寄せて必死に声を殺した様子が見て取れる。

その表情に下腹の滾りは増して、流石の窮屈さに痛みが走る。息を静かに一つ飲み下し、自らズボンの前を寛げて、すっかり天を向いた自身を引きずり出す。

開放感に胸を撫でおろすのも束の間で、手の腹で触れてしまった先端はヌルリとしており、彼女に意地の悪い質問をすることは仕返しを考えるととても出来そうに無い。

それでも痴態を見る方法はいくらだってある。


「俺が動くとソファが軋みそうだ」


そう一言呟いて、腰を掴んでこちらに寄せれば、彼女はその言葉で今日はどちらが上なのか判断し、恥ずかしそうな仕草で腕を首へと回す。

引き締まった尻肉を掴み、抱き上げ膝を開かせて、ソファの上に足をつかせた。抱き合うにはまだ遠い距離感のまま、彼女は自重を全て俺の腕に支えられることになる。

己の屹立としたモノを、薄い陰毛の下にある小さな割れ目に押し付け擦り上げると、既に熱くじゅくりと水音が耳に届いて、これから行う行為への興奮を掻き立てられた。


亀頭で割れ目を開いていく。

陰核と亀頭の粘膜が擦れ合うだけで、強い刺激に吐息が洩れる。往復すれば彼女の蜜は溢れ出て、血管が浮き上がり張り詰める陰茎を伝う。繰り返す度に聴こえる水音に耳をそばだてて互いの息は上がってゆく。

好奇心の絶えない彼女は、慣れない体位に不安げだったのは初めだけで、今は濡れて光る碧瞳でその場所を覗き見ている。快感から思わず目を瞑ってしまっても、また視界を戻しては息を詰まらせていた。

……互いの局部を曝け出し擦り付けて、目の前の光景に興奮し、快感に悶える姿を眺め合う……こんな前戯は初めてで、皆に隠れて及んでいる行為という背徳的な要因が、更なる興奮を生んでいるのも間違いなかった。


「エスティニアン……それ……っく」

「っ……解すまでもなく入りそうだな……」


そのままクリトリスを亀頭で擦り上げていると、彼女の腰が震えだし摑まる手に力が籠もる。

堪える息遣いと半開きになったままの唇を盗み見て唾を飲み、擦り上げる角度に変化を与える。

逃げる腰を掴んで、下から上へ長いストロークで弾いて、焦らしに焦らせば、快楽に自ら手を伸ばし始めた彼女が腰を動かし対抗し始める。目の前で揺れるぎこちない腰遣いと白い尻尾の共演が卑猥過ぎて、乾いた唇を思わず舐めるほどの興奮がそこにあった。

……我慢できなかったのはお互いさまか、アシャが姿勢を崩した瞬間、亀頭が僅かに膣口に挿ってしまう。その先にある快感を知っているからこそ俺も我慢できず、目を合わせたまま互いに奥に押し込めば亀頭はずぷりと膣穴に埋没した。

熱く絡みつく感覚に感嘆の声を漏らしてしまいそうで、間を置かず入口上部の浅い場所を突き上げた。ひだ状になった彼女の膣の一部に雁首を常時擦り付けるのは、久々という事を差し引いても快感が強い。拾い過ぎる快楽をどうにかやり過ごし続けても、漏れ出た喘ぎを拾ってしまえば、耳の付け根から背骨を伝って自分の性器へ幾度も快感が駆けのぼる。


「だっ、め……そこばっか……すぐ、イっちゃう……から」


懇願するように嫌だと首を横に振る仕草で訴えてくるが、好きな女にそう言われて止めるヤツはいないだろう。

狙いを定めて擦り上げ続ける。乳房が動きに合わせて揺れ、程なく彼女の膣がざわめき始めた。

仰け反った襟足から覗く首筋には玉の汗が浮かび、水分を含んだ淫猥な音が耳に届き、噛みつきたくなるほどの無防備さが射精を視覚的に促してくる。

そして時折ふわりと鼻孔に届く洗いたての髪の匂い。

セックスは始まって間もないというのに、今日はこれだけの刺激でも達してしまえそうで、余裕の無い自分を笑い飛ばしたくなる。

未だ終わりにはしたくない。

彼女が生きているという事をもっと強く感じたいのだ。


「ん、ぁ……っ、く……」


毛先までふわりとした尻尾が細腰を支える自身の腕に巻き付いてくる。

そうか、たまらないか……と。感じ取れた嬉しさで、つり上げてしまった唇を一度緩く噛みしめて自分の表情を正す。

これが『力を何処かに逃がさないと耐えられない時、無意識にする行為』だと気付いてからは、何度だって見たいと、あの柔らかいモノに掴まれたいと思ってしまう。


尻尾は彼女の感情を隠さず伝えてくる。

喜怒哀楽を体現し如実に伝え、自分にまでその思いを伝播させてくる事さえある。

今まさにその尻尾は獲物のかかった釣り竿の様にヒクつき震えて、責め続けた膣の上部は弾力を増して熱い。

彼女の耐えるように詰まらせた呼吸に合わせ、硬く反り返った我が身を膣から引き抜けば、温かい潮が吹き上がる。


「ひっ、ぁ…!」


自分の腹と彼女の腹に透明な飛沫はかかり、すっかり蕩けた表情を隠しも出来ない程には感じ入っている、力の抜けた身体を支えてやる。

互いに前衛で体力だけが持前でもある分、追い詰め続けて身を預ける程の快楽を引き出せた時は男冥利に尽きるものだ。

煽情的な表情でまだ蕩けたままの彼女の膣は蠢動が続いているようで、アンダーウエアを捲り上げ、弓なりになった肢体が時折震えている。

快感が巡って膝を閉じる事に注力出来ない彼女の口元は開き、押さえ切れなかった吐息が漏れて、灯りを照り返す白銀の薄い陰毛も、その下で色付いた割れ目から僅かに飛び出した陰核も、すっかり濡れそぼって興奮を掻き立ててくる。


「ば、かぁ……コート、汚れちゃ……んぁ……!」


悪態を付く間は与えない。

陰毛から陰嚢に至るまで、彼女によってしとどに濡らされた陰茎を今一度埋没させる。

ひくついて、うねる膣は入り口が狭く、奥は緩く絡みついて熱い。早く最奥まで到達したい逸る気持ちを押さえて、ゆっくりと見せつけるよう彼女の腰を引き寄せていく。

潮はさらりとしていて肌に付着した分は直ぐに乾くことくらい、お前もわかってるくせに。

じっくりと粘膜を掻き分けるこの瞬間がたまらず、思わず息が洩れてしまう。

そして以前に比べて深くまで挿入出来るようになった膣に息をのむのだ。

女の身体はこんなにも変わりゆくものなのかと不思議に思うものの、今日は……激しく交わるつもりはない。緩やかに引き寄せて、またそっと抱いた腰を持ち上げる。




-5-



 あまりの快感に息が詰まって、エスティニアンの表情を見れば、整った顔の眉根が寄せられて、ただでさえ彫りの深い表情に強い影が落ちていた。

少しだけ開いた薄い唇は艶やかに濡れていて、僅かに上がった口角から私の身体に欲情しているのだと気付いてしまえば、それだけでまた息継ぎが難しくなる。


何度か身体を重ねた頃、入り口付近の浅い場所で、気持ちが良かったところに変化が起きたらしく……出るようになってしまった。

最初に気付いたのは勿論エスティニアンで、私は快感の中ぼうっとしてるうちに、なんだか背中のシーツが冷たい…っていう感触と、明らかに興奮して鼻息の荒くなった彼に事態の何たるかを教えてもらって知った現象なんだけれども……

こんな体勢で出ちゃったら、自分にもかかるってわかっていそうなのに、もうワザとやっているとしか思えなかった。ストーブもついてる部屋だから身体は直ぐに乾くけど、今のはコートにかかったんじゃないかって……流石に思えてしまう。

快感が巡っている瞬間に出てしまっているから、出ること自体に気持ち良さがあるわけじゃないけれど、エスティニアンはこれが出たことで視覚的に興奮し、喜びを感じているみたいだから男女の性に関する感覚の共有とは難しいものだとおもう。


「……」


そして、私はこんな悠長にこの現象について初めて考えを巡らす余裕があった。

どうしてだろう……何時もならもっと強く動いてそうなのに、なんというかすごく遠慮している。

私を支える筋肉質な腕も、腰を掴む大きな手のひらにも怪我をしたりなにか庇っている様子は伺えないけれど……


「エスティニアン……その、こんなゆっくり?」


私の問いに答える様子はない。抽象的過ぎたのかな……


「全然、動かすの緩いけど、これでちゃんと気持ち良いのかな……って聞いてるんだけど……」


その言葉に口角を動かした彼を見逃さない。私に卑猥な言葉を言わせたかったのだと気付いたからには、今直ぐに謝罪をさせてやるんだから。

目の前の胸板に指を滑らせ、インナーの下に隠れた乳首を布越しでも最近は直ぐに見つけ出せる。大体の位置はわかるし、押せば明らかに筋肉ではない場所の中央に目的の場所はあるのだから。爪で優しくひっかける。涼しい顔して居られるのも今のうちだ。本気を出すぞ…という警告も込めて、私だって楽しさ半分、彼の乳首を弾いて擦り上げる。

胎内に居る彼がグッと反応を示して、頭上で息をのみ、目を見開いて慌てる姿が見えてしまって、自分の中で突然スイッチが入ってしまった。

あれ……もっと見たい……と。


「悪かった……ちょっと待て、そっちは今いい」

「……良い?」

「いや、やめておいてくれって意味だ。もうズルはしない」

「……それならやめたげる」


明らかに安堵の息遣いが大きく耳に届いて、久々にするエッチなことは、ちょっと違うというか、不思議なものなんだな…と、まぁ自分でも訳の分からない感想が思い浮かんだ。




-6-



 自分がして見せた彼女を追い立てる為の手練手管は真綿の様に吸収されて、目が利いて繊細な動作も得意な相棒は早々と覚えてしまった。

これで自分がソコでも感じる身体に多少なりともなっている時点で気をつけねばならないと思うところはあるのだが……今日はそれは置いておく。

どういうつもりだ答えろ、という下からの圧力に対応するのが最優先だ。


「明日に備えたら無理強い出来ん。だから少し、お前が俺を求めてるとわかる卑猥な言葉で気持ちを高めたかっただけだ。許せ」

「だからゆっくり?別にいいのに……」


少しばかり不服そうな表情をしているアシャが映る。

確かに……此処までセックスを抑え込んだことは無かった。

事が始まるまではわりと周囲を気にする英雄様だが、いざ始めてしまえば楽しむことを優先する。相棒がそういう相手であった事は男として有難い側面、今日ばかりは自分も複雑なのだ。実際回復魔法でどんな荒淫だろうと痛みや裂傷など治してしまえるのかもしれないが、本当に何もしなかった時と差が無いのかは俺にはわかるところではない。暁に混じって行動する今、この場で俺が出来る事と、してはいけない事を大局的に考えれば自ずとそうなるのだが……

……彼女に何といえば伝わるのだろうか……


「今ここでお前に無理をさせて明日もし身体に差し障りが出たら、例えば予期せぬ痛みで回避が僅かでも遅れたら……言い訳も出来ないだろう?そういうことだ。相手がゼノスでもなんでもなく、その辺の悪党なら気にせずしていた。ただ今回ばかりはそうじゃない。命がかかっている。お前が不利になり兼ねない要因は無くしたい」


言葉を重ねるごとに自分へ言い聞かせているような気にさえなっていく。

彼女を思うが故のもどかしさを、この自制する気持ちを何と表現していいのか言葉に詰まる。


「さっき『今みたいな時だから後悔したくない』って言ってなかった?」


言っていた。そうだな、俺は確かにそう言ったはずだ。


「てっきり、ここで普通にえっちな事するんだと思っちゃった。……あっいや、エスティニアンがそれでも満足出来るなら、私も大丈夫。かな……でもちょっとだけ物足りなかったらどうしよ……えへへ……」


自分で言った言葉に頬を染め、忙しく耳を動かして表情を変えている彼女の前で、自分自身に問いかける。

ここに向かう際も湯で身を清めて、インナーも着替えてから来た。


それは常日頃就寝前にする当たり前の事でもあったが、この部屋を訪ねる理由が欲しくて、腹を空かせているんじゃないかと外でスープを受け取り、少しでも邪な雰囲気を打ち消そうとした自分も居た。

……この時間までの人員采配が人払いになればと願ったし……部屋に来るまでの俺は、コイツを抱くことばかり考えていたんじゃないのか?

……自分の事だというのにはっきりしない。

まるで靄がかかったような煮え切らなさだ。

それでも……顔を見て会話をして、唇を重ねて……加速度的に満たされていったのだけはわかる。

半日前、ここでアシャを抱いてしまおうと思った時より心は凪ぐほど穏やかで……直面した内容から考えれば今の方が余程、俺は抱きたい筈なのに……どうしてか、お前と居ることで心が満たされてしまった。


決して性欲が無くなったわけじゃない。

抱けるものなら抱きたいと思っている……それなのに何故、今組み敷いてでもこの滾るような気持ちをぶつけないんだ


……俺は……


そこまで考えて、さっきから廻った何もかもが形を成していく。


「そうだな。こんな日は本来ならば全てをぶつけたい」


俺を見上げたアシャは、的を得ないという表情をしていた。

全部ぶつけるというのは、例えお前がナイトで体力が在ろうとも削り切るということだ。


「抱いて、お前が快楽に耐えかねて意識を手放すまで抱き潰して……俺を刻みつけ、お前を貪り尽くしたいさ。……だが今はその気持ちを押さえ込もうとする俺が居る。無茶をさせたくない、負担もかけさせたくない。大切にして、護りたいと思うこれが……復讐を誓った日に俺が手放したモノだったらしい……」


彼女の碧眼が大きく見開いて俺を映している。

明け透けに伝えた言葉を全て拾ったであろう耳がこちらに向けられた。

恥じらい高揚した顔を手のひらで包んで、慣れない初めての言葉を紡ぐ。




「お前を……愛している」




その言葉に彼女の胎内が跳ねた。

驚きとも、困惑とも取れる表情の口元が何も言葉を発せないままにはくはくと動いたのち、見つめ合ったままの瞳はあっという間に水気を纏って水滴を作り出すと、瞬く間に溢れ零れ落ちていく。

復讐を誓った時に強さと引き換えに怨恨の業火にくべたそれを、人は愛と呼ぶのだと……合点がいく迄に随分と時間がかかったもんだ。


血が騒いでいた。

身体を流れるニーズヘッグの血が「今頃知ったか人間」と嘲笑っているようにさえ感じられたが、俺はこれで良かったのだ。お前が愛を知っていた竜で俺より一枚[[rb:上手 > うわて]]だった分はこれでイーブンになったわけだ。俺の身体を巡りながら味わうがいいさ。お前が殺し損ねて歯痒く思う程の生き様を見せてやろう。


多分、俺は少し前からアシャを愛していたのだと思う。

好きだという感情を通り越したこの気持ちの捉え方を理解できないまま、むず痒く不可思議で収まりのつかない感覚は、日々の端々にその片鱗を見せていたというのに……。

感謝を述べてやる気は無いが、ゼノスの奴には俺にこの言葉を理解するきっかけとなった礼を、いつか魔槍も以てしてやりたい気分ではある。

……まぁいい。今この時に自分と紙一重に感じた男を思うなんて勿体なさ過ぎる。

直ぐにそんな考えは遠くへ追いやって、目の前で嗚咽を堪えては小さく唸り、涙を止めようとしている彼女に向き直った。

自分の言葉に緊張した手前おざなりにしていたが、彼女の膣は今もゆっくりと収縮を繰り返していて、締め付けは直接的に伝わってくる。

息を堪えるように吐きだす唇が戦慄いていた。


「なんだ……おまえ…今のでイッたのか……とんでもない言葉だったんだな……これは」


どうも大技過ぎたらしい。気持ちの高揚がそのまま性感に繋がったのか、そもそもそれとは全く無縁の原理で彼女の胎内がヒクついているのかわかりはしないが、アシャは首を横に緩くふりながらも、俺がかけた言葉に眉根を寄せて反発する。


「エスティニアンの馬鹿ぁ……なんで……なんで大切な事を話すときは何時もエッチの最中なわけっ?……っく……信じられないっ……馬鹿ぁ……」


胸板に数度拳が打ち付けられたが、本気のものでは無くて助かった。

言い終わるとまた、泣きそうだが泣かないギリギリのところで堪えようと、険しい顔に戻ってさっき迄の涙で濡れてしまった頬をゴシゴシと擦っている。


「…………」


そういわれてしまったら、なんと返していいのか……。


確かにそうかもしれないが……俺達はセックスの時以外、殆ど2人きりで過ごさなかったからじゃないか……と伝えるのは……墓穴だろうな。


三十路になった男がこの感情に気付いて、それを告白されたもうすぐ20代も終わろうとする女が馬鹿という言葉で罵ってくる。


こんなに言われても頭にきやしない。

込み上げるこの気持ちは……なんだ。

……これすらも愛しいというヤツなんじゃないのか?


「っ……」


気付いてしまえば、俺はとんでもなく幸せ者だった。

思わずほくそ笑んでしまう程に、幸せじゃないか。

彼女だけではない。

アルベリクもアイメリクもアルフィノだって「仕方の無いヤツだ」と……そんな風に感じとっていた俺に向けられたあの表情は、全て何らかの愛という感情の発露だったのだと気付いてしまえば、今度こそ自分の目頭が熱くなって僅かに潤んでしまう。


なんてことだ……。

今、顔を上げてくれるなよ。眉間に力を込めて抑え込む。

それでも……次アイツらと顔を合わせたとき、どんな顔をしたらいいのか、どんな顔で返せばいいのか迷えること自体が幸せものの悩みというものだな。

どうにかこれ以上、零すほどには強くならぬよう、息を吐き整えて彼女に語りかける。


「これは……出来る限り俺も封じよう。いずれ簡単に吐き出すようになるのかもしれんが、今は自分の発言を思い出すだけでも胸が騒めく……確かに刺激が強すぎるな」


顔を上げたアシャは、目の前ではまだ膨れっ面のしかめっ面で、涙は止まったものの泣き腫らしており、納得のいかない表情だった。

吹き出しそうになるのを何とか堪える。

一瞬で目頭に集まっていた零れそうだったものが霧散していた。


「おい、もう擦るな。真っ赤だぞ」


手を掴んで静止させる。

俺より小さな手は温かな涙で濡れて、下手すれば鼻水で濡れてびっしょりとしていた。


こんな女は抱いたことが無い。

あまりにも泣き腫らして、大人とは思えない酷い顔だ。

後先見ずだし、頓着が無さ過ぎる。

でもそれは仕方無い事だ……他人に見せるための顔なんて持っちゃいないヤツだった。


今ならわかる。

その裏表のなさも全てが愛おしいと。


頬を伝った涙の後を指の腹で拭ってやる。

手で散々擦っただろう目尻は赤いし、腫れあがった涙袋は明日に響きそうだ。

こんな顔でアリゼーの前に出そうものなら犯人探しで躍起になるだろう。後で雪でも拾ってくるか……。

そのままそっと抱き寄せて、目頭に口付けを落す。

腰が沈まぬよう彼女を支えていた手を離したところで問題が無い程度には俺のモノは彼女の胎内で成りを潜めている。

塩気を掬い取るように頬にもう一度口付けると、ピンと張ってこちらに向けられていた耳からゆっくりと力が抜けていく。

頬だけでは物足りないと濡れた瞳で訴えられれば、喜んで唇をついばみ、もう一度感情を伝え合った。

すぐさま自分のモノへ血は巡りはじめ、彼女が自重で支えるには厳しい大きさに戻れば眉根を寄せて睨まれる。

今日は何度コイツの鋭い眼光を見たんだろうか。

信じられない、とでも言いたげなその眼光に、俺自身も制御が利かないからどうにも出来ないことが伝われば……と見つめ返したら「仕方の無いひとだ」という表情が返されて、今度こそ俺は彼女からも、同じ思いを受け取って居たのだと確信したのだ。


落ち着きを取り戻したアシャから唇を離してゆっくりと切り出す。


「これから先、もっと厳しい戦局に転がり込んでいくかもしれん。お前ともっと身体を重ね合わせたい欲も勿論あるが、皆が安息日となった時だけにしよう。俺の気持ちは変わらない。但し……もっと募る可能性は高いがな」


最後の言葉に含みを持たせて伝えると、その言葉に二度頷き、何か話そうとした矢先に言葉を詰まらせ、くしゃくしゃに顔を歪めて……それでも俺を見上げ笑顔を見せる彼女を抱きしめた。





20220128 了

20220208 一部追記編集


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本当は暁月をクリアしない自分のうちに書き上げたかったんですが、間に冬コミの原稿締切りや、原稿が終わったらやっぱり我慢していたFF14にログインしたくなってしまって、結局これを書き終える前にクリアしちゃったんですよね。

クリア前に書いていた大まかな展開や、絶対言わせたいセリフとか、禁止事項など…そういうのは全く反れることなく全部守り入れられたのですが、今回は書いては消す、書いては消す…っていうのをしてしまい自分の中のエスティニアン像が色々修正を求めて来て時間がかかってしまいました。

その分満足感は高いのですがそれでも後半部分が特に自分の中でもにょもにょしてる感じが残ってまして…その部分を少し寝かして直し終えたので一応これで!!

今回、突っ込んだまま終わってるので残りは今後どこかで。