矛盾のレゾンデートル
寒夜のコト(前編)
寒夜のコト(前編)
エスティニアン×光の戦士♀のシリーズ作品「矛盾のレゾンデートル」の4番目のお話です。
6.0暁月のフィナーレのメインクエ「寒夜のこと」迄のネタバレが含まれます。
「寒夜のコト」は前後構成の作品となっており、こちらは前編です。
あまり推敲せずに勢いでアップしました。今後大いに文脈が変更するかもしれません。
轍も無い雪上を進む。
ここに来てからマグナ・グラキエスの空は一度も晴れたことが無い。
鈍色に垂れこめた空を雪雲が覆い、見上げる視線の先にはまるで落雷で燃え落ちた巨木のように赤々と揺らめく炎を纏った不気味な城がそびえて居る。
ガマール帝国軍第Ⅰ軍団長クィントゥスの自害により事実上組織としての体裁を保てなくなった兵員達と、テルティウム駅に身を寄せていた一般市民の希望者をキャンプ・ブロークングラスへと避難する事が決まり、つい先程迄サンクレッドがくれた地図を見ながら道中の安全を確保していた。
ここ数日で駅と現在の本拠地であるブロークングラスを一体何往復しただろうか…。
雛の頃から育てて来た頼りになるチョコボも、流石にこの寒さは堪えるらしく、吐息を凍らせ、眼頭にも目ヤニならぬ氷を付着させたまま道中の戦闘へ参戦してくれていた。
しかしその健気な姿は見ているこちらが居た堪れなくなり、結局キャンプに預け一人になってからはSDS、通称フェンリルに跨って専ら移動をしている。
こんな寒い原を走り回ったこと等無かったからか、スロットルを握り込む事すらままならない。微調整なんか出来やしなくて、思った場所まで行ければ良いとさえ思う程だ。
眼をしかめてしまう程の吹き荒ぶ雪風が痛い。
アンダーウェアでの防寒対策をしてはいるものの、汗をかいてしまった場所だけは通気性を殺している為、気化しない汗が冷えてどうしても寒く感じる。
それでも、このガレマールの気候に負けぬよう選んだエスティニアンお墨付きのアンダーウエアのお陰で厚手のコートを着た状態での戦闘は避けられていた。
実際この装備にして良かったなと、寒い土地で長い間戦い抜いてきた人の知恵に感謝している。ルキアも平時と変わらぬ外見でガレアン人独特の耽美さを醸したままキリっとしてるし、ましてや「寒い」なんて弱音を一言も言わないものだから、もしやと思って雪原へ向かう飛空艇の中でコッソリ聞いてみたらやっぱり同じものを着用していた。
イシュガルドの面々にとってあのインナーは当たり前の選択だったのかもしれない。
盾と片手剣の2種を別々に動かすナイトは、地の厚い外套を着込んで居ては動作が一瞬遅れそうで、それが命取りになる事が不安だったから私はこのスタイルを選んだものの、その悩みをエスティニアンに相談した時は「アンダーウェア1枚で不安が取り除けるのなら迷う必要などあるか」とあっけらかんとした言葉と共に店の場所を教えてくれた事をふと思い出す。
もう視界にはキャンプ・ブロークングラスのシルエットが雪荒ぶ中見えてきている。
替えのアンダーウェアに着替えるならそのタイミングだと、思えば足取りも早くなるものだ。
部屋という部屋が全てテンパード化された人々の収容先に変更となった事により、病人の看護に向いている部屋は全て埋まっていて、急遽割り振られた部屋は部屋というより物置と呼ばれる場所だった。本当に狭くて窓すらない。そんなここの利点はイシュガルド式ストーブひとつで割と早く室内が温まりそうな事くらいだろう。締切りにしたままストーブを点けて寝てしまわないよう自分に言い聞かせ、持って入った木製たらいを床に置いた。
ストーブの上へ水を入れたばかりのケトルを設置した。これで湯が沸いたらタオルで身体を拭いてひと心地つこうという算段だ。
「相棒、俺にも湯をくれ」
そう言って入ってきたのはエスティニアンだった。
一応ノックはしていたけれど、返事を待たずに開けてくるなんて事を彼は滅多にしない。
背を折り曲げて扉をくぐり、背負った槍を壁に立てかけている。
大男がたった一人入ってきただけで部屋が一気に狭く感じた。
「暴風雪のなか何往復も護衛したら汗もかく。寒くもなるさ」
何も言ってもないのに、私の目を見て肩をすくめ、その回答を返してくるあたり、この人も声に出さなくても表情で読めるようになってきたかと少し嬉しく感じてしまう。
数年前の蒼の竜騎士だった彼とでは想像も出来ないほどに、人らしくなったと思えた。
知らず知らず微笑んでしまっていたようで、エスティニアンが私を見て更に薄っすらと笑みを返してくるのだからちょっと恥ずかしくなる。
「外のヤツから聞いたんだが、1時間もすれば温かい夕飯が出来るそうだ」
「それは楽しみだね」
二人して周囲に自分の腕回りと胴の装備を外して置いていく。
アンダーウェア1枚の上半身になったところで、私は一瞬だけ迷う。
彼の前で脱ぐことは全く問題無い。ないけれど…
「なんだ、脱がないのか」
相変わらず目聡いひとだ。
そう言って自分だけさっさと脱いでしまうあたりこういう人だったな…と思うわけで。
「エスティニアンはこんな狭い部屋で、二人上半身だけでも裸になってもなんか…こう…平気なのかな…って」
最後の一言を言い終わるころに目を向けたら、きょとんとした表情でこちらを見下ろす彼の視線とぶつかった。
「平気なわけないだろう」
そうやってサラリと本心を言ってしまうあたりも彼だな…と思うと一瞬で胸の音が煩くなった。
-2-
建物の入り口付近で相棒の借りた部屋を確認して真っすぐ向かい、入った部屋はあまりにも狭く物置だと直ぐ察しが付いた。
病人が急増した事で部屋の割り振りがおかしくなったのだろうが、弱者に譲っていく暁の姿勢は嫌いじゃない。
とはいえ間口が狭すぎてベッドなど置けるわけもなく、彼女の目の前には湯を沸かすケトルの乗ったイシュガルド式のストーブと、木箱、ランプ、木桶があるだけだ。
1時間後には顔を見せないと不審がられるという事を嫌味なく伝え、互いの鎧を脱ぎ、上半身がアンダーウェア姿になったところで彼女の手が明らかに止まる。細かい糸で綿密に編まれた生地が汗に濡れてより一層暗く影を落としていた。
「なんだ、脱がないのか」
その一言を伝えて自分だけでもさっさと脱ぐ。そんな大立ち回りをし続けたわけでもないが、潜入するような動作をすれば生きているのだから汗は出る。今回はアルフィノとアリゼーが救出相手だったから、猶更平常心のつもりが手に汗握っていた状況だったのかもしれないが…。
今迄の経験上、こんな言葉で彼女が落ちた試しはほぼ無い。
考え方が清過ぎて今の言い回しに性的な意味など微塵も感じていないのだから。
どうせ通じないと思うも、通じたらいいと思って言ってしまうこのやり取りの予測にも慣れたもので、次の言葉はもう読めているし、こちらの返事も考えてある。
案の定思った答えとほぼ同等の内容が彼女から返ってきた。
だからハッキリ伝える。
「平気なわけないだろう」
ストーブの鈍い灯りとランプの白みがかった灯りが大きく見開かれている瞳に煌めいていた。
「これから敵の総大将の所に乗り込もうって時だ。相手の行動に予測もつかず、次何時お前とこういう時間が取れるのかもわからない」
俺自身、彼女の隣で槍を振るい、最後の時迄戦い抜いてその先のこの世界を一緒に見たいと願って止まないのだから死ぬ気は更々ないが、気構えだけでは死は遠ざかるものでも無いことは長い間戦争に身を投じてきたからこそ骨身に染み込んでいるし、相棒だってそれは同じだろう。
それでも彼女を深く知ってしまった事で死を恐れるようになった自分をやっと人らしくなったと最近は思えるのだ。
死にたくはない。
ただ彼女を生かす為に自分が死ぬしかないという究極の選択が発生したのならば、甘んじて後者を選ぶ気構えだって無い訳ではない。暁の奴らは誰しもその香りを纏っているし、なんならば既にその意気込みを実行済の奴だって居る。
それ程に、相棒は魅力があるという事だから彼女の恋人として誇るべきことなのだが…実際は恋敵だらけの集団に身を投じていると思うと研鑽も怠れない環境に慣れてきた自分も居て、今やそれも悪くはないと肯定出来る。
相棒は気変わりなどするようにはとても思えないが、心の何処かで誰かに獲られやしないか何時も警笛を鳴らしている年甲斐も無い自分が見え隠れするのも事実だ。
だから、こうやって確認の様に彼女を困らせると解っていても問いかけてしまうのだろう。
見上げてくる瞳を射止めたまま、彼女の髪に指を通しゆっくりと唇を重ねる。
数日の寒さですっかり潤いを失った表皮はカサついていたが、芯は柔らかく温かかった。
普段は割とするりと通る手櫛が全く通らない。
暴風雪を受けて完全に彼女のコシの無い猫っ毛は絡んでいた。
自分だって人の事を言えたもんじゃないのは重々承知で胸元に手を這わせ、アンダーウェアに隠れたままの胸のふくらみへ布越しに触れる。
汗でじっとりと濡れている胸元は酷く冷えていた。
「お前、これ冷たいだろう」
少しだけ唇を離して囁くように問いかける。
それだけで相棒は尻尾の先から震えるような動きを見せてくれるのだ。
片手を耳へ、もう片手をアンダーウェアのなかに滑り込ませると小さな抗議の声が上がった。
「エスティニアンも…手っ…冷たいよ」
唇を一度離し彼女を覗き込むと眉間に皺を寄せて頬を膨らませて怒っていた。
その表情を案外自分は好んでいる事は告げないまま、嬉しさを抑えて一言だけ詫びる。
「すまんな」
辞めるつもりは毛頭ない。
そのまま手を滑らせ、胸元のひんやりとした中で徐々に感じる温かさと、唇の弾力を抱きしめて味わう。
突然彼女がくつくつと笑い出して、何かと思って唇を解放して一旦顔を見れる距離まで離せば「汗臭い」と言われる。
数日着替えも出来ずに動き回っているのはお互い様なのだからそこに関しては責められたところでどうにも出来ないし、どうにかなるものでもない。…が、彼女の汗はそこまで臭うと感じないのだから不思議なものだ。
「お前は臭わなくていいな」
「いや十分汗臭いよ」
「そうか?俺は何とも思わないが」
「…わたしだって…そこまでエスティニアンを…臭いとは思ってない…よ」
結局こうやって俺を煽ってくるのだ。
木箱の上も床の上も板がささくれていて怪我をさせるかもしれない…と思うと押し倒すことは出来ず、そのまま抱き上げて座り込み、胡坐を掻いた上に座らせる。
その動作をされた時点で相棒はこの先何をしようとしているのか察しがついて一気にまくし立ててくるのが常だ。
「だ、駄目だって…誰か来たら…」
「鍵はかけた。それと外から声をかけてきた奴に対して性別が違うほうが返事をすればいい。もう一人は声を潜める。そうすればやり過ごせるだろ」
「そうかもしれないけど…ヤ・シュトラは絶対無理だよ。エーテルで観てるんだからバレるんだよ?解ってるけど知らないフリされるようなアレ、結構グサッと胸に来るから嫌だよ…」
相棒から懇願じみた声が上がる。
確かに…ヤ・シュトラは年齢不詳だがどう見ても俺と変わらないか、それより上。男の扱い方すら手馴れている。第Ⅲ軍団の陣と交戦した際に言われた「やりすぎないようにね。あなたの槍は、とくべつ強烈なのだから」という言葉も、今となっては含みがあったのかとすら思えてしまう。
その反芻と、相棒の言葉ですっかり大人しくなった我が身を感じた。
嫌がる相手に無理やりどうこうしたいほど飢えている訳でもないし、こうやって二人触れ合える時間がとれただけでも良しとするかと、直ぐに諦めもつく。
ただ、簡単に引き下がったと思われるのは癪に障るものだ。
彼女のじっとり濡れたアンダーウェア越しの胸に顔を埋めて一つ息を吐いて吸う。
汗の匂いの中に混じる乳の香りが不思議でならない。
頭に小さな手が回ってゆっくりと撫でられた。
まるで駄々を捏ねる子供が自分で、彼女にあやされて居るような状態に悔しさ半分の声が精一杯大人のフリをして喉から絞り出されていた。
「おい、ガキじゃないんだ。今回は引き下がるが次は覚えておけよ」
彼女の胸の中で凄んで見せても効果が無いのか、声を殺して彼女は笑う。
温かな手がゆっくりと何度も髪を撫でおろしていた。