エスティニアン×光の戦士♀
ヒカセンネームレス。女性ではありますが種族も特に指定の無い書きかたにしています。
暁月クリア済み推奨、ヴァレンティオン短編小説です。
人は忘却する生き物である。
日々の暮らしを忙しく過ごせばそれは如実に現れる。
良く機能すれば悲しみを忘れさせ、悪く作用すれば大切なことでも抜け落ちるのだ。
お人好しで頼まれごともあまり断らない気質の女が、今日が何の日なのかなど考えもせず依頼に奔走していた。
日課のモンスター討伐をこなしつつ合間で採掘し、カバンがいっぱいになれば一旦納品へ赴く。
今度はテレポでポガ停留所に向い、また別の日課を受注したらその足で今週のBモブを探しつつ採掘をする……と。
脳裏に浮かべるは一筆書きの過密なスケジュール。
体に沁みついたスキル回しで同レベル程度のモンスターを3体同時に倒し、ひと呼吸。
彼女の息はまだ上がっていない。
いかに手早く、無駄なく巡るかを頭で算段しながら一つ目の予定を終えると採掘師へジョブチェンジした。
マウントに飛び乗りお目当ての採掘ポイントへと向かう。世界を救うより、余程このほうが性に合って居るのだとつくづく思う彼女は楽しく忙しさに追われている。
もう一人。
ひどく汚れた体を清めにパナクペル・リトリートを訪れている男が居た。
備え付けの石鹸で洗った箇所の触り心地に少し驚いた様子のエレゼンは、すらりとした印象だが上背のある筋肉質で、濡れた銀糸の長髪の裾に広がる肌には大小の古傷が幾つも伺える。
◆◇◆
サボテンが練り込まれている……だと??
手に持つ石鹸を思わず凝視する。が、なにか特別な雰囲気はない。どうやらアイツらは食えるだけに留まらず、多様に扱われるモンスターらしい。
肌の状態が悪化しているときでも痛みを少なく洗えるとまで聞いた。洗えさえすれば何でもいいと思う自分には不要だが、成る程実際悪くない。帰りがけにそこいらで売ってるようならば、アイメリクやアルベリクあたりに送ってやると案外アイツらなら使うかもしれん。……などと珍しく旧知の友や親代わりと言って等しい顔を思い浮かべもした。
一通り洗い流したところでいざ入浴である。自然造形による大きな湯船で手足を伸ばせばたまらず声も漏れるというものだ。見渡す景色は申し分ない青空で、今日の依頼は力仕事が主ではあったが、入浴飯付きは正解だったと、立ち昇る湯気のなかで目を瞑り、吹き抜ける風に旅の醍醐味を満喫した。
景観は異なるものの、切り立つ岩肌と草むらが段々に連なるここは、少しだけ哀愁を呼び起こす。昼の見晴らしもなかなかだが、これは夜に浸かるのもまた良さそうじゃないか。
この温泉は、段上にあるヴァリガルマンダが炎を吐いた事で開いたとされる大穴付近の地下水が、熱され沁み出た恵みなのだと依頼主のペルペル族が言っていた。蒼天街にある温泉のような人口物には無い野趣がなかなかに良い。深さは無いが長く浸かるにはもってこいだ。自身、つい見晴らしの良い場所を好みがちだが、その土地にしかない美味みを知ってからは人の暮らしに混ざり楽しむ事も覚えた。このおおらかな時間をもう少し満喫したら飯をいただくとしよう……と思っている矢先にリンクパールが鳴った。最近は、とんと鳴らない暁のモノが……。
「でたぞ」
「ちょっとアンタね!いつまで受け取らないつもりなの!?いい加減にしなさいよ!」
まただ。開口一番これだ。怒り以外の感情で連絡の寄越し方を知らないんじゃないのか……
連絡をしてきた主、アリゼーの荒げた声の向こうで、おおかたアルフィノがなんやかんやと諫めている事だろう。頭上からずり落ちかけた手拭いを乗せ直して返事を返す。
「なんだ?今ひと仕事をし終えたところなんだ。終わったら受け取ってやる。連絡もする。それでいいだろう?」
「アンタねぇ!忙しくてもちゃんと定期的に確認しなさいよ!私とアルフィノの!どっちも食べ物だからほんと直ぐ受け取って頂戴!いいわねっ!ふんっ!」
そして一方的に切断される。
アイツはいつになったらリンクパールの正しい使い方を学ぶんだ……。
まぁ……飯は食ったか?野宿せず宿屋でちゃんと寝泊まりしているか?日に数度は人と会話をしてるか?……など一時は小言ばかり連絡してきていた誰かさんより用件だけなのでマシではある。むしろ今となってはこうやって離れていても気にかけてくれるアイツらとの距離感も嫌いじゃないのだから。
湯を上がり、楽しみにしていた飯もなかなかに美味で、パナクペル・リトリートを後にしトライヨラの門をくぐる頃には沈みかけの太陽が赤々と外壁を染めあげていた。
そして気付くのだ。またこの日だったか……と。
顔を見るだけで未だに多少イラつくモーグリの奴から小包を受け取る瞬間まで日付感覚を失っていた。
別に何かに追われて生きても居ない、自由気ままな一人旅。
あれだけツンツンと怒り散らしていたアリゼーからとは思えない小綺麗な包みにはヴァレンティオンの文字。受け取った小包は2つ在り、一つは明るくもう一つはかなり渋めの印象を受ける。双子でも全く違う雰囲気だ。連絡をするといった手前このままには出来まい。とりあえず簡潔な返事をモーグリに伝えて最低限の礼で答える。食い物だと言っていたからには、次は簡潔でも感想を添えないとまたアイツの怒りを買うことになるからな。早めにいただく事を肝に銘じ小脇に抱え歩き出す。
ここトライヨラはラザハンでもそうだったがエオルゼアと文化圏が違う。だからヴァレンティオンの雰囲気など街の何処にも漂うことはないのだ。しかし……今年の相棒はどうするつもりなのだろうか?以前はもうこの時間には連絡が来ていた。となると何かの仕込みで驚かせるつもりなのだろうか?まぁ酒は飲まずに部屋で待つのも良いのかもしれんな。
貸し出されているコテージの一室に戻り、旅装から平装に着替え海が見える椅子で寝転がる。夕日は凪いだ海岸線に半身を浸して頭上では星々が煌めき始めていた。
トライヨラはこの時刻からが過ごしやすい。人の往来する場所から多少離れてはいるものの、ラザハンで滞在した部屋より近いからだろうか。潮の香りに時折、屋台で売られる美味いものの香りが舞い込んでくる。
今夜は相棒が何か持ってくるかもしれないのだから我慢はしているが、どうなることやらだ。
伸びをしてゆっくりを瞼を閉じる。さほど疲れていたわけでもないのに眠気とは何処から来るのか。そんな事を考えたのも束の間で、直ぐに意識は遠のいた。
「……!!」
しまった。あんなに直ぐに寝てしまうとは……
時計を確認するも1時間半程度経過したところで、まさに仮眠だったわけだが。
リンクパールを付けていたから相棒からの連絡が入れば起きていた筈だ。ということはその連絡はまだ来ていないわけで……いくら何でも突然来るようなタイプじゃない。そもそも今どこにいるかなんてわからないんだからな。それはお互い様だが……まさかアイツとんでもないことに首を突っ込んでるんじゃあるまいな?いやそれはそれで構わないわけだが……。
そんな考えが脳裏をよぎる。机にあった果実にかぶりついて水分を口に含みながら、こんな事を気に掛けるようなタマでは無かったが人とは変わるもんだなと……緩んだらしい口元から零れた果汁を手で拭って、リンクパールに指先をかけた。
◇◆◇
特定の時間が来ると採取できるようになる場所が世界中には沢山あって、今まさにその一つで採掘をしている。振り下ろし慣れたつるはしで見つけた石目から岩石の割れ方を見つつ大まかに採って、そこから更にハンマーで納品時に適性とされる大きさへ分割する。
収集品でカバンがいっぱいになる為、次くらいで納品したら終わりにするか……なんて思って居たらリンクパールが鳴った。ここでは他者の採掘音で上手く聞き取れないことも有るので、急いでマウントに乗り飛び立ちすぐに応対する。
「はーい。出たよ」
「相棒、俺だ。今日どうするのかと思ってな。約束はしていないが以前のことも踏まえ気づいた手前夕飯は食べずに居るんだが……」
エスティニアンからの連絡は珍しい……という言葉を返す余裕もない程の、言葉を彼が続けるものだから、頭は何のことだと急回転する。目は見開き姿勢も思わずピンとしてしまうし、堪えられなかった声はそのまま漏れ出た。
「……ンンッ!!」
ヴァレンティオンだ……。
「ごめん!!忘れてた!あぁ~~~~」
数日前までは覚えていたのに!!やってしまった。
暁の皆にはそれぞれ早々に贈り物を送った。エスティニアンだけはどうせ当日会うんだから……と、その時準備もせず、ものの見事に数日後には忘れて充実したライフワークに追われていたなんて……言い訳のしようもない事。なんで忘れたか自分……私が忘れてもエスティニアンが覚えてたってことは、前のヴァレンティオンが楽しかったって事。また今年も楽しみにしてくれてたって事だもの。申し訳なくて仕方ない。通信越しのエスティニアンの声が途絶えている。もしかしてちょっと怒っちゃったかな……夕飯食べないで待ってるとか聞いたらなおの事。
「今どこなんだ?」
「いまシェシェネ青燐泉の近く」
「わかった。すぐ行く。待ってろ」
「えっ…」
マウントを振り向けエーテライトに向かえば、エスティニアンの到着する様が目に映る。
「よう」
髪を下ろし、薄い水色のシャツに黒のパンツにブーツを合わせた姿は、やはり私を待っていてくれたのだろか。顔を少しだけ斜めに上げて、目線を送って。ゆったりと数歩進み、マウントから飛び降りる私を待つ姿は全く怒っていたりはしない優しい瞳だった。
「ごご、ごめんね!完全に忘れてたんだ……今も時間になったら掘れるとこで採掘してて、終わったら別のとこ行く気で居たくらいで。せっかく来てもらったけどなんも準備してないの……今回」
エスティニアンには正直に言うほうが気が楽だし、隠しても意味が無いから出来るだけ口に出すようにしてるけど、流石に自分で言って自分の行動に呆れて……なんというかしょんぼり以外の何物でもなくて……。
「先週までは覚えてたんだよ!?というか先週にはエスティニアン以外の皆にヴァレンティオンの贈り物送り終わってるの。その時までは覚えてたんだけど……忘れちゃった……」
エスティニアンを見づらいんだけど、目を見て話さなきゃいけないことはちゃんと伝えたくて、目を見てちゃんと最後まで言う。深い彫りの目鼻立ちの上にある眉は緩い勾配のままで、穏やかな声でわかったと一言大きくうなずくと歩き出した。
遅れまいと後ろをついて歩む。エスティニアンのほうが歩幅が大きいから彼の速度に合わせると駆け足になる事も多いのに、今日はゆったりとまるで散歩のように歩んでゆく。時折斜め後ろを歩む私に目線を送り気にかけながら足元の石や植物を避けつつ東の岩山の近くで振り向いて歩みは止まった。
月明かりの逆光で少し見づらいけれど、口元に称えた笑みと風にそよぐ銀髪に息を呑む。
「たまにはこういうのもいいんじゃないか?」
ゆっくりと手がこちらに向けて伸ばされる。この手を取れと言わんばかりの距離で止まる大きな手のひらに、間髪入れず手を乗せたらハッと彼らしいひと笑いが聞こえて、ぐいと引き寄せられた。
抱きしめる一歩手前の距離で力を緩め、最後の判断を私に委ねるエスティニアンは……今日ちょっとズルい。
「わたし数日お風呂入って無いから汚い……からちょっと……」
グローブ越しで握ってくれていた彼の手が離れると、背中へ回って一気に抱き寄せられる。
「そんなの俺が気にするたまだと思ってるのか?相棒」
「……ふふふ、そうだね。何日もお風呂入らないなんて当たり前だったんだもんね」
シャーローニの夜は私の服装ならば寒くも無いが、エスティニアンの服装では少し肌寒いだろう。
それでも彼からは清潔な香りがした。
「いい匂いがする。石鹸の匂いと、微かだけど卵の腐ったような匂い……温泉?」
「流石だな。今日は飯風呂付の力仕事で日銭を稼いでたもんでな」
「そんなお得な仕事があるんだ!?」
「毎日あるわけじゃないがな。俺向きだったぞ」
「ねぇ……こういう話、たまにでいいから聞かせてよ。私束縛したいわけじゃないけど、たまにエスティニアンが今何してるのかなって思うことあるんだ。だから、記念日じゃなくてもたまにでいいから聞かせて?」
「それじゃあ、お前もたまにでいいから聞かせてくれ。俺も束縛はせんし、話題は何でも構わんぞ?」
「そんなこと言うようになったんだ?ふふ、嬉しいな……ほんといい匂いするね…」
流石に……エスティニアンから香るにはいい匂いが過ぎる。これ程迄の匂いを纏わせたがる男では無いのでおかしいと思って周囲を見渡すと、岩場に生えたサボテンに咲く大輪の白い花が幾輪も確認できた。
「あっ!あれかな!?」
足元の小さな岩とサボテン達を迂回して歩みを進めた。芳香は強くなる。間違いない。
雪のように白い花びらを幾重にも重ね開花した姿は月光を浴びて夜の闇に浮かび上がり、息を呑む美しさすらある。それでいてこんなにも強い芳香で一度で沢山の花を開花させるのだからこのサボテンにとっては相当の力を使う出来事なのだと思えた。
「やっぱこれだ!」
嬉々として後ろを振り向くとエスティニアンが腕組みをして、何か言いたげにこちらを見ていた。
「あ……ごめんムード無くて」
その声に肩を一つすくめると、穏やかで優しい声が返される。
「そういうとこがお前らしさだと思っているから構わんさ……ここいらにはサボテンが沢山あるが、こいつは枝垂れるようなところからこんなにデカい花が咲くのか。綺麗なもんじゃないか」
「私これ実際に咲いてるとこ見たの初めてなんだ!へぇ~」
「相棒も初めてか。なら互いに良いものを見れたな」
「ありがとう。エスティニアン」
「礼なら俺じゃなくそいつにだ。それと俺は違うものが欲しいが?」
花を見るよう一緒に覗き込んでいたエスティニアンはこうやってたまに意地の悪いことを言う。一方的じゃない、私の同意のもとなのだと、私自身が確認させられるのが恥ずかしいことを知ってか知らずかやってくる。少しだけ考えて、まぁしないわけにはいかないよなと……薄く微笑む唇に、ちゅと軽く口づけをした。
「…ん……っ…」
後頭部の髪を分け入り大きな手がするりと差し込まれ包まれ、唇の合間を割り彼の舌先が歯列をつつく。こっちは歯磨きもしていないのだ。これ以上の事は流石に全力で拒否したい。普段は何処にもない心がこんな時だけ恥ずかしい嫌われたくないと騒ぐのだ。待ってと声に出そうとして失敗したことに気づく。発声しようと口を開けた瞬間侵入を許し、咥内を息が上がりきる迄舐られ続けた。甘さを抑えたジャスミンのような芳香が強く鼻孔に届くのに、エスティニアンの味でいっぱいになる。昔と違い合間に息継ぎは出来るようになったけど、息苦しいのは変わらない。咲いているこの花を初めて見れたのに、これがずっと記憶に思い出になるのはもう免れない。だったらエスティニアンにもくれてやる。
私の指先がエスティニアンにとって予期せぬ動きをして数秒、何か言いたい欲が溜まって来たのだろう。私を見つめる目線の熱量に僅かに焦りの色が伺えるし、退いてやるもんかという意地すら見えてきた。よし。
グローブを脱ぎ取り、素手で挑む。
「ん……ぷぁ……ッおまえなぁ!」
ふふーん。エスティニアン案外乳首弱いんだよね。グローブ越しでは細かい動きは出来ないけれど、指先や爪の先で弄っちゃえばいいんだもの。
唇を離し、眉間に皴を深々と刻んで非難の声を上げた彼は、スッとしゃがんで私が置いたグローブを拾うと私の手をつかみデジョンを詠唱し始める。
「は?」
「勝負は受けた。望むところだ相棒」
何その本気の顔。……あ、それイシュガルドの文化ですよね?
「ちょっとま……」
無理だろうな……そう思って言葉を飲み込み、自らも続けてデジョンを唱えることにした。
私だって多分我慢できそうにないもの。
飛ぶ間際にもう一度、白々と月光の元強く咲いた一夜の花を見つめて。
おわり