暁月メインストーリーをクリアした方向け。
短編です。サラッと読めます。
ヒカセンネームレス。種族も性別もあやふやです。
◇◆◇
奥の客席で独り、酒を呑む。
先日……店の主人は俺の顔を見るなりヴリトラからの話は通っているから一番奥の席で自由に飲み食いして構わないと言うと、以前も暁で利用した奥の席を指差した。
流石に三度目のラザハン滞在とはいえ、そこまで食文化に親しむ間も無く来訪を繰り返しただけの自分は机にあったメニューを見たところでどれが何なのか判別がつくわけでもない。何も考えず適当に頼むのも悪くはないが、旅先では先ず店員に聞くのが良いことくらい一人旅に慣れたから分かっているつもりだ。
近くで外の景色を見つめていた店員に尋ねて注文をして、提供された料理はどれも美味かった。それ以外に言葉が無い。
そして、ここ数日この時間はずっとここで同じような晩飯のありつき方を繰り返している。いい加減用件を教えて貰えれば直ぐにでも動き出せるというのに、ここ数日の槍は壁に立てかけられている時間の方が遥かに長い。
大きめのグラスに透明度の高い氷をひとつ転がしラザハン産の蒸留酒を注ぐ。
そこへ外皮の青々とした柑橘をひと絞り入れるだけで、爽やかな酸味が香り立つ。
元より何処からともなく香辛料の匂いが漂ってくる土地柄、その香りは吸い込むだけで新たな一杯に口を付ける喜びになるのだ。
夜でも長袖の必要もないこの地域には、こんな喉越しがさっぱりとする酒が合うのだろう。
窓もない作りの建物は星の拡がる夜空もよく見えて、闇の中から聞こえた夜の番人の声が、徐々に生態系が円環し始めた事を告げていた。
視界の端でメリードズメイハネの扉が開くと、数日前迄一緒に居た男の姿が映る。
真白のコートに黒づくめ。銀灰色の髪。
ゆったりとした歩調で迷わず真っすぐとこちらに向かいながら、途中に居た店員に声をかけ何かを渡す。注文をしたのだろうが…更にそのままこちらに歩みを進めてきた。
普段から静かに歩くもんだ。
その所作は堂々としていて潜むような構えも身のこなしも一見感じないのに、足音を消し、衣擦れの音さえも殺している。俺の潜入はまだまだコイツに比べれば温いと理解出来る程に一段も二段も上回っているのが見て取れた。
「よぉ。同席いいか?」
返事も聞かず椅子にどっかり腰を落とす。
「なに、手ぶらじゃないぜ?お前の好きなつまみ持ってきた。さっき店員にチップも渡した。目ぇ瞑ってくれるってよ」
そう言って、蝋引きの紙に包まれたものをコートから取り出し机の上へと置いた。
「サンクレッド……お前は……オールドシャーレアンから何しに来たんだ?」
「一日中調べものしたりしてるわけじゃなし、夜は暇なんだよ。お前だって見るからに今は暇だろ?エスティニアン」
包装を解いているときにコイツが注文したグラスとアイスペールが運ばれてきたが、店員はお辞儀を軽くすると直ぐに立ち去っていく。
「名前、呼びあうような関係になるなんて、イシュガルドに初めて出入りした頃を思い出しても想像つかないよな……」
「そう何度も呼び合っちゃいないだろう?」
「お前……そこそう返すところじゃないぞ?」
「……仕方ないだろう。こうやって生きてきたんだ」
「なに……それが駄目なんて俺は一言も言っちゃいねえよ……ただ」
「……ただ?」
「人当たりが優しくなったとは思うぜ」
首を僅かに傾けながら、グラスの酒に視線を落として吐き出されたその言葉に少し驚く。包み紙から取り出したスルメを引き裂くと、半分を俺に差し出して来るサンクレッドは「俺は炙れないからこのままで許せよ?」と言って直ぐに酒を煽り始める。
「コイツ…割と何でも合うな…驚いた」
口にスルメを咥えたままで感想を述べるサンクレッドに押し負けて、そのままぽつりぽつりと話は続いていく。
強引とは呼べない半分伺うような具合は嫌味もなく、気遣いの中にも何処か自分より大人の男を感じる。
以前イシュガルドで出会ったばかりの頃は、もう少し若さを感じたし、唯一暁で同じ歳の筈なのにアイメリクから漂う優雅さとは全く無縁の、垣根の無い無遠慮さも微かにある。ただ向かいで互いに呑んでいても嫌じゃないというだけでも珍しい。自分はそもそも気遣いなどしないし、そんな面倒なことをするくらいなら独りでいるほうが良いと思ってしまう。
そこが正に大人ではない自分の部分ではあると理解しているものの、そこもひっくるめて自分でいいのだと肯定するようなのがサンクレッドの酒の席での在り様だった。
「ウリエンジェから聞いたんだが……エスティニアン、お前俺の次に消えたんだってな」
「あぁ……そうなるな」
「アイツ……怒ってなかったか?」
「アイツ?皆目覚めたときにサンクレッドが居ないことに意気消沈して居たが?」
「言い方が悪かった……エスティニアンが命を張った事に、アイツが後で怒ってなかったかって聞きたかったんだ」
手にしたグラスの中で、カラリと音を立てて回る氷。
程々に酒は入っているが俺は素面だし、まだグラス1つ分空けた程度のサンクレッドだって素面だろう。
そこでこの聞き方は、何処まで俺達の関係が分かっているのだろうかと…その勘ぐりに繋がる。何も答えず、ただ自分のグラスを傾けて喉に流し込めば、向こうで腕組みをしたサンクレッドが目を閉じて言葉を続けてくる。
「俺は……気付いてる。多分……ヤ・シュトラもだな。ウリエンジェは気付いてない。グ・ラハはどうかなぁ……案外アイツは一番ヤキモキしてるかもしれないな。アリゼー、アルフィノは気付いてない」
主語を言え……とは言いづらい、多分そうであろう内容を酒の席を利用して上手いこと話にしてくるサンクレッドに次第に思っていた内容は白から黒へ近付く。
「アイツさ……見たこともないような凄い剣幕で怒らなかったか?皆が居る時にはそんな雰囲気お首にも出さないのに……二人だけのタイミング見計らって、拳一発入れられてないか?……いいぜ……答えづらいならそのままダンマリで聞いててくれて……俺も実は一発喰らってるんだ……第一世界で」
その言葉で遂に黙って居られなくなって、
「アイツ……全員そうやって殴って回ったのか??」
開いてしまった口から出た声にサンクレッドがしたり顔に変わる。
「ぶぁっはっは!お前も殴られたのか!!やっぱりな!」
余程嬉しいのか、机の上にあった酒瓶を掴むと蒸留酒を勢いよくグラスに注いで楽し気に煽り始めた。
「ああ……安心しろって……普段はあんな感じの何処までもお人良しだし、俺も殴られたのは長い付き合いの中でその一発だけだ。……一発だけだけど……あんな一発はもう沢山だな……」
そう思い詰めるように話しながらジッと俺を見つめてくるあたりもう観念するしかなさそうで、
「……そうだな」
と一言吐き出せば「やっぱりお前もされたんだな」と言わんばかりの顔で俺を見上げてくるサンクレッドが居た。
「あ~、あと『殴られた』相当の男は、俺、お前、グ・ラハの現状3名だ。これ以上増えないといいな?色んな意味でよ」
更にそう続けて楽しそうに酒を傾ける目の前の男がおかしくてつられて口元が弛む。
「エスティニアン……お前笑ってりゃ凄くモテるんだろうに……まぁモテないから心配も少ないと言えばそうなのかもしれんが……あ、待てよ……笑ってなかろうがこの島ではお前人気者だったな……」
「何を言ってるんだ?」
さっきから急に酒のペースが上がって駆け付け3杯と言ってもおかしくない勢いでサベネア産の割とキツイ蒸留酒をロックで呑んだサンクレッドは耳まで赤い。眼もしっかり潤んで、用のない色気を纏っている。それでも呂律はしっかりしてるし、文脈も1つもおかしくない。こういう時の男は大概素面で言うには恥ずかしいセリフを言うものだと思っているし、多分コイツの普段の感じからして、俺とは良い関係で居たいのだという情みたいなのを感じ取っているからこそ煙たがらずに聞いてやろうと、あえてその言葉を待つ。
言いたいのに相当言いづらいのか、新たなスルメに手が伸びて咀嚼されて、グラスが空になれば自ら注いで、空にして……それからやっと言葉が発せられた。
「アイツの事……よろしくな」
すっかり顔も赤くして、その一言を発した男の口は綻んでいた。
かなりの酒を呑んで発するに値するというその言葉に
「あぁ」
とゆっくり大きく頷いて返せば、嬉しそうに目を瞑って、膝に手を叩きつけるような仕草でサンクレッドは立ち上がる。
「んじゃ、俺帰るな。邪魔した。」
「明日も仕事か?」
「ウリエンジェの奴、昔っから仕事熱心で困ったもんだぜ」
足元がおぼつかないような様子もなく、背を向けて一歩二歩と歩き出したサンクレッドを呼び止める。
「なぁ、暇な時で構わない……潜入捜査用に身のこなしを少し教えてもらえないだろうか?今度は俺がオールドシャーレアンへ行こう」
「いいぜ。授業料は……そうだな、その日の飯と酒代で頼む」
「あぁ」
背中越しに1つ微笑むと、じゃあなと手を上げ軽やかな足取りで店の出口へ消えていく。
自らの体内エーテル操作の出来ないサンクレッドはこれから飛空艇でリムサ・ロミンサを経由し船でオールドシャーレアン迄帰るのだろう。
行きは転送魔法研究所から飛べばイェドリマン迄ひとっ飛びだろうが、帰りの道のりはアイツには長いものになる。
それに対して俺はどうせ今は仕事も無くて暇な食客状態だ。ヴリトラに1日外出したいと伝えれば出かけても問題ないと思える。
わざわざ大切な一言を告げに来たサンクレッドに不器用さを感じて、自分も人の事を言えないことが頭を過れば、思わず笑みがこぼれてしまう。
「不器用な奴ばかりだな……」
丸々とした状態のスルメに手を伸ばし、今日の残りの酒を楽しむ事にしよう。
2021/12/29 了