ブルース・リー フィルモグラフィ

雷雨 (未) (1957)

The Thunderstorm


製作会社:香港・華僑電影企業公司
香港公開:1956年3月14日~3月27日/日本未公開

監督吳回/脚本:程剛/原作:曹禺
出演:張瑛(周萍)、梅綺(魯四鳳)、
白燕(梅侍萍)、盧敦(周樸園)、黃曼梨(周繁漪)、李小龍(周冲)、吳回(魯貴)、李清(魯大海)、李鵬飛(周老太爺)、李月清(梅媽)、葉萍(馬嬸)、他

(※着色)

物語(ネタバレあり)

今(映画が製作された1957年を今として)より60年程前、まだ中国が建国される少し前の清の時代。無錫(現在の中国江蘇省無錫市)の富豪の跡取り周樸園[しゅう・ぼくえん](盧敦)は、住み込み女中の梅侍萍[ばい・じへい](白燕)と恋仲になり子をもうけるが、二人目の子が産まれようとしている時、対面を重んじる父親(李鵬飛)から良家の子女との縁談を決められ、父親から侍萍を追い出すよう命じられる。周樸園は一緒に住む侍萍の母(李月清)に金を渡し、侍萍と出て行く様言い渡すが、母親は儚んで首を吊り、侍萍も産まれたばかりの赤子と共に川に身投げする。
それから25年あまり後、時は中国が建国され10年程経った時代、家長となった周樸園は天津に移り住み、炭鉱を経営していた。ある日長旅に出ていた長男の周萍[しゅう・へい](張瑛)が旅から帰って来る。兄の帰還を喜ぶ弟の周冲[しゅう・ちゅう](李小龍)に迎えられた萍だったが、萍は冲と親し気に話していた若い女性に気付く。聞けば下男として働く魯貴[ろ・き)の娘・魯四鳳[ろ・しほう](梅綺)で、少し前から女中としてここで働いているのだという。あるじの樸園は炭鉱で鉱夫のストライキが起こった問題でしばらく家を空けていた。家で出迎えた母の周繁漪[しゅう・はんき](黃曼梨)だったが、母親と萍の間によそよそしい空気が流れている事に冲はいぶかしむ。萍は周樸園と侍萍の間に産まれた子であり、皆には死別した前妻の子と知らされていたが、繁漪は親の決めた婚姻である夫の樸園に愛情を持たず、血の繋がらない息子の萍と道ならぬ関係にあったのだった。萍は若さ故の過ちで想いを断ち切る為に旅に出たのだったが、繁漪はまだ萍への想いを捨てていなかった。
次男の冲は同世代でもある四鳳に夢中で、彼女の勉学の費用を出して、ゆくゆくは彼女と結婚したいと願っていたが、四鳳は冲のしつこさを迷惑にすら感じていて、冲ではなく萍に恋をし、すぐに萍と四鳳は恋仲になる。
次第に親密になって行く萍と四鳳に嫉妬した繁漪は四鳳の母親を呼びよせる。家にやってきた四鳳の母親は死んだはずの
侍萍であった。川に身を投げた侍萍は救けられ、辛い日々を送ったものの、その後魯貴と結婚して四鳳を産み、今は済南の女学校で住み込みで働いていたのであった。初めて来る家であるはずなのに、見覚えのある家具ばかりである事を不思議に思う侍萍だったが、居間に飾られている前妻の遺影の写真が自分である事に気付き、ここが周樸園の家であることを知る。侍萍は四鳳をここに居させてはいけないと考え、四鳳を連れて去ろうとするが、炭鉱より戻って来ていた周樸園と対面する。侍萍が生きていた事に驚く周樸園だったが、四鳳を辞めさせ連れて帰るという侍萍に周樸園は相応の見舞金を出すという。今は自立していて金は欲しくないと断る侍萍だったが、そこへ侍萍の息子・魯大海[ろ・たいかい](李清)が怒鳴り込んで来る。大海は周樸園の炭鉱で働いていたが、鉱夫の待遇改善要求のストライキを指揮した鉱夫のリーダーで、要求に答えない周樸園に直談判に来たのだった。詰め寄る大海に周樸園は、ストはもう収束し鉱夫は仕事に戻っている事を告げ、大海を馘にした上、彼の父である下男の魯貴も馘にする。
雷雨の夜。魯貴の家では
魯貴が侍萍の所為で自分も大海も四鳳も皆馘になってしまったと侍萍を責めるが、大海は自分の事は別問題だと逆に父を責める。四鳳と周家の息子達との仲を疑った侍萍は四鳳を問い詰めるが、四鳳は何もないと言う。四鳳に周家の人と二度と会わない事を誓わせ、侍萍は四鳳を連れて済南に戻る事を決める。一方、義母とこれ以上同じ屋根の下で暮らす事に耐えられなくなった萍は、家を去り炭鉱の事務所で生活する事を決めるが、去る前に四鳳に一目会おうと四鳳の家にやって来る。しかし萍と四鳳が二人でいる所を侍萍たちに見つかり、萍は逃げ四鳳も後を追い雷雨の中外へ飛び出す。家に戻った萍を追って来た四鳳は、萍に一緒に連れていってくれと言う。共に家を去ろうとする二人の前に侍萍が姿を現す。萍の子を身籠っている事を告白し、許してくれと懇願する四鳳に、侍萍は運命を呪うが、二人で去るのなら、もう周家と関わる事がない出来るだけ遠くの場所に行けと二人を許す。そこに繁漪が姿を見せ萍達を見咎め、冲を呼びつけ冲が恋をしている四鳳は兄と駆け落ちしようとしていると嘲笑い周樸園を呼ぶ。周樸園は萍に侍萍が萍の本当の産みの親だと告げ、萍と四鳳は実の兄妹である事が明らかになる。実の兄の子を宿していた事を知った四鳳は絶叫し外に飛び出し、嵐で切れて垂れている電柱の電線を自ら掴んで自害する。四鳳を救けようとした冲もまた感電死し、二人の死に萍達と繁漪は錯乱する。知らなかった事とは言え、血の繋がった実の妹を胎ました事に絶望した萍は拳銃で自殺し、周樸園一人が家に取り残される。

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解説

五四文学と呼ばれる曹禺(そうぐう)の戯曲を映画化した文芸作品で、ある裕福な一家の破滅を描く物語です。戯曲は1934年に発表されて以来、幾度となく上演、映画化もされ、中国で最も上演回数の多い演劇の一つだそうです。
物語の年代的には原作ではプロローグ部分が1895年(明治28年)、メインストーリーが1922年(大正11年)の出来事として語られていて、映画の時代設定も原作に準じています。今現在から丁度100年前の話ですが、原作が書かれた時点では10年前の話、映画製作時点では35年前の話であり、昔の話というよりはほぼ現代劇といっていい時代設定ではあります。因みにプロローグ部分は原作に直接的な描写はなく、物語の中で過去の出来事として語られますが、映画ではそれをプロローグとして映像化していますね。映画本編ではプロローグの後、画面に「25年後」と出ますが、正確には27年後です。本編のセリフからプロローグの時産まれた魯大海が27歳である事が判りますが、セリフの中では30年前と大雑把な言い方をされたりもしていますけど、27年後というのは原作の設定にも従っていますね。
物語に出て来る地名は中国の無錫、天津、済南ですが、天津は地理的には河北省の内部にあります(天津は特別市で河北省とは行政的には別)。無錫は上海より少し北側に位置する江蘇省の一都市。済南は山東省の一都市。北から縦に河北省、山東省、江蘇省と並んでいて、無謀な例えですが、日本に例えると、河北省が関東、山東省は中部、江蘇省は関西くらいの距離があり、大雑把に天津を東京とするなら、済南は名古屋あたり、無錫は大阪あたりの距離と考えると判りやすいでしょうか。
この映画版は1950年代の香港で舞台劇として上演された時のスタッフやキャストが関わっていて、舞台劇版の演出を手掛けた吳回が映画版の監督も担当。その吳回や、張瑛、盧敦、黃曼梨らが、舞台劇版に引き続いて同じ役を演じています。

「雷雨」舞台版
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さて、ブルース・リーは周家の次男坊・周冲の役。真面目で一途な青年を演じていますが、中山装(孫文スタイルの制服)に七三頭の姿がとても凛々しいですね。この映画の登場人物は皆なにかしら罪を背負っていますが、唯一リー演ずる周冲だけがまとも(?)な人物だったりします。製作当時16才であったリーですが、もう少年というよりは青年といった感じですね。「千萬人家」の項でも触れましたが、4年前の「千萬人家」で父親役の李清と共演した時は李清の肩くらいしかなかったリーの背が、この映画では李清と肩を並べる背になっていたりして、その成長ぶりに驚いたりもします。
当時16才だったリーが演ずる周冲は17才という年齢設定ですが、全ての役者が役柄と同年代の役を演じている訳ではないので、役者の見た目からでは役柄の年齢がちょっと判り辛いですね。簡単に整理しておくと周萍28才、魯大海27才、四鳳18才、周冲17才ですが、リー以外の配役は年齢を言われないと判らない感じです。四鳳役の梅綺は当時33才、周萍役の張瑛は当時37才、魯大海の李清に至っては当時44才で、母親役である白燕が当時36才と、白燕より李清が実年齢は上だったりして、27才には見えず周萍より年下には見えませんね。役柄的には白燕演ずる侍萍の方が黃曼梨演ずる繁漪より年上で、白燕は老けメイクをしていたりします
が、それでも黃曼梨が年下には見えませんね。黃曼梨と白燕の役を逆にして、白燕が老けメイクをせずそのまま繁漪を演じた方が役柄と実年齢が合うように思います。リーとは何度も共演してもいるヒロイン役の梅綺も18才の役は辛い感じがしますね。個人的にはリーが次に出演した映画「甜姐兒」で主演した文蘭にヒロイン役をやって欲しかったところです。
ラストで四鳳が電柱から切れて垂れさがった電線を掴んで自害するシーンは少々唐突な印象もありますが、その前のシーンで母親に周家の人間と二度と会わない事を誓わせられるシーンで、四鳳は「もし誓いを破ったら雷に打たれて死んでも構いません」と誓います。誓いを破ってしまった四鳳は外に飛び出し、雷雨の中、雷に打たれて死のうとも考えますが、雷に打たれる事はなく、切れた電線を見て、いっその事自分から電線に触れて死のうかとも考えるものの、周萍との愛を貫こうと決め周家に辿り着きます。そんな経緯があり雷の代わりに自ら電線を握って感電死を選ぶという流れになるのですね。
この映画にはありませんが、原作が最初に発表された時は、物語の初めに別のプロローグと、物語の終わりに別のエピローグがあったそうです。オリジナルのプロローグでは、ある老人が療養所を訪ねて来るところから始まり、その療養所には二人の女性が入所していて
二人とも気が触れている。一人は老婆で押し黙ったままでいる。もう一人の中年女性はヒステリックに騒いでいる。以前ここで3人の人が死に、それ以来ここには幽霊が出ると噂されている。何故この二人の気が触れる事になったのか、10年前に起きた出来事が語られるという感じで本筋に入ります。エピローグでは再び"現在"の療養所に戻り、その療養所は10年前は周樸園の邸宅であった建物である事が判り、訪ねて来たのは周樸園で、老婆は萍達であり、中年女性は繁漪である事が判る。周樸園は看護人の修道女に10年間魯大海の行方を探していたが見つからなかったと伝え、萍達の名前を呼ぶが、萍達はなんの反応も示さず周樸園は落胆するという結末だったとか。その後プロローグとエピローグは省かれ、舞台でもプロローグとエピローグが上演される事は滅多にないそうです。

若きブルース・リーの姿が存分に堪能出来る作品という点に於いても見どころの多い作品で、間違いなく少年時代のブルース・リー出演映画の代表作の一つと言える作品だとは思います。

ところで、この映画が製作公開された時、まだテレビというものがない時代ですが、ラジオで映画公開を記念した1時間の特番が映画公開に先立って1957年3月10日に放送されていますね。映画のキャスト総登場によるオーディオドラマの内容で、ブルース・リーも出演しています。麗的銀色電台と緑邨電台の二つのラジオ局で放送されていますが、同じ内容だったかは判りません。生番組だったかも。その番組はその時限りで、その番組音声は保存されたりはしていないでしょうか。どこかに残ってないのでしょうかね?

映画公開記念特番
「雷雨」ラジオドラマ広告
華僑日報1957.3.9

香港版VCD
2003.8.7発売

香港版DVD
2006.1.26発売