伝光録・第五章
背景 東京(令和7年11月22日 撮影)
背景 東京(令和7年11月22日 撮影)
令和7年10月20日 更新
【本則】第五祖、提多迦尊者(だいたかそんじゃ)曰く、「出家は我我(がが)無きが故に、我我所(ががしょ)無きが故に、即ち心不生滅(しんふしょうめつ)の故に、即ち是れ常道なり。諸仏も亦常なり。心に形相無く、其の形も亦然り。」毱多曰く、「汝当に大悟して、自心に通達すべし。」師乃ち大悟す。
「身出家」と「心出家」を通じて、大悟なさった優婆毱多尊者(うばきくたそんじゃ)の下にも提多迦尊者というお弟子様が誕生します。そんな提多迦尊者が師・優婆毱多尊者と交わすと共に、大悟へとつながっていった会話について、今回の一句より読み味わわせていただきます。
提多迦尊者が優婆毱多尊者に問いました。「出家は我我無きが故に、我我所無きが故に、即ち心不生滅の故に、即ち是れ常道なり。諸仏も亦常なり。心に形相無く、其の形も亦然り。」と。ここでは「我」は、「自我」とあるように、「自分」のことを指すものとして捉えればよろしいでしょう。これは、ちょっとしたことがきっかけとなって、周囲の様々な存在や出来事に執着してしまう「我」ということです。また、「我我所」とは、そうした自我に属する全てのものということで、自己の所有物と解します。「出家とは自我はもとより自分が何かを所有することさえ許されない世界であり、また、生ずるものの滅するものにも捉われない世界でもあります。それが出家の常道(元来の姿)です。それはあらゆる仏様も皆同じであり、その形は定まったものではなく、不定のもの(変化していくもの)であります。」―提多迦尊者は優婆毱多尊者にそうおっしゃいました。
すると、優婆毱多尊者は「汝当に大悟して、自心に通達すべし」、提多迦尊者の見解をお認めになりました。「出家ということについて、自分の中でお釈迦様の見解に通じ達している」と証してくださったのです。
こうして優婆毱多尊者と提多迦尊者の師弟関係が誕生し、お釈迦様のみ教えが相承(そうじょう)されていくのです。
令和7年10月26日 更新
【機縁】師は摩伽陀国(まかだこく)の人なり。初め生れし時、父の夢に、金日(きんじつ)、屋(おく)より出て天地を照耀(しょうよう)す。前に一の大山あり、諸宝厳飾(しょほうごんじき)せり。山頂に泉湧(いずみわき)て、滂沱(ぼうだ)として四方に流る。師、毱多尊者に参ぜし初(はじめ)に、此事を語る。
古代インドの十六大国の一つで、インドの中部に位置。王舎城(おうしゃじょう)を首都とし、お釈迦様が成道(お悟りを得ること)・伝道(仏法をお広めになること)なさった地として名高い「摩伽陀国」。そんな仏教との関係性も深い地において、提多迦尊者は生を受けたとされます。
提多迦尊者がお生まれになるとき、尊者の父は夢を見ました。「金日(太陽)が自宅の屋根より昇ったかと思えば、大地を照耀(輝かしく照らすこと)した。眼前にそびえ立つ大きな山は様々なお宝で飾り立てられていた。そして、その山頂からは水が盛んに湧き出し、四方に流れ出ていた」―これが父の夢の内容であったとのことです。
そんな父の夢について、提多迦尊者は、後に師となる毱多尊者に初めてお会いしたとき、お話になりました。夢の中には人物は一切登場しません。「屋根から昇り、一帯を煌々と照らす太陽」、「様々な宝に彩られた大きな山」、「山から四方に流れ出る湧水」、そうした日常的な大自然が生み出す様々な情景、その一つ一つに仏法が潜むと共に、それぞれがお釈迦様のみ教えを受け継ぐ仏様のお姿や生き様を象徴的に表したものなのです。
—絵心があるならば、一幅の絵に描きたくなるような夢の中の風景―
次回は、その内容を更に詳細にお示しさせていただきます。
令和7年11月2日 更新
【機縁】毱多尊者、為めに之れを解して曰く、大山は我身(わがみ)なり。泉湧(せんゆう)は汝が智慧を発(おこ)して法無尽なり。日(ひ)、屋(おく)より出るは汝今入道の相なり。天地を照耀(しょうよう)するは、汝が智慧の超越なりと。
前段では、提多迦尊者が生まれるときに父が見た夢について触れさせていただきました。
その内容を下記にまとめてみました。
① 「自宅の屋根から昇ったかと思えば、地面を煌々と照らし始めた太陽」
② 「眼前にそびえ立つ様々な宝物で彩られた大きな山」
③ 「眼前の大きな山の山頂から四方に滔々と流れ出る湧水」
この夢物語を聞いた毱多尊者は下記のように解し、提多迦尊者にお話になりました。
① 自宅の屋根から昇る太陽は提多迦尊者が仏の道に入ったことを指し示す。
また、大地を輝かし続けるのは、提多迦尊者が有した仏の智慧があふれ返らんばかりに多量であることを指し示すものである。
② 眼前にそびえ立つ様々な宝物(仏のみ教え)で彩られた大きな山は、仏道の師となる毱多尊者である。
③ 大山から四方に滔々と湧き出す水は提多迦尊者が発する仏智慧が尽きることがないくらいのもの(法無尽)であることを指し示すものである。
前段で描いた光景に毱多尊者がお示しになっている人物像を当てはめていくならば、大いに合点がいきます。提多迦尊者の父が見た夢は、まさに溢れんばかりの仏の智慧を有する仏弟子の誕生を予言したものであったのでしょう。
そして、その予言が確かなものであったことが仏のみ教えを悟りし優婆毱多尊者が証明してくださっているのです。
令和7年11月9日 更新
【機縁】師は元(も)と香象(こうぞう)と名(なづ)く、因(より)て今の名に易(か)ふ。梵に提多迦と曰ひ、此(ここ)に通真量(つうしんりょう)と曰ふ。
—溢れんばかりの仏の智慧を有した仏弟子・提多迦尊者―
そのお名前は元々、「香象」だったとのことです。
それが後に師となる優婆毱多尊者との出会いによって、インドでは「提多迦」、ここ日本では「通真量」というお名前に改姓されたというのです。
ちなみに「香象」は「交尾期の象」を意味します。この時期、オス像は香気のある分泌物を出し、メス象への興味を示します。それに対して、メス象は年に3回程度しか発情しない上に、発情期自体が3日程度と短いこと、また、偽発情もあるとのことで、象の繁殖は困難を極めるそうです。
そうした貴重なる子孫繁栄の可能性を秘めた交尾期の象になぞらえると共に、機根が優れ、仏のみ教えをよく聞いて自らの行に反映させられる人物という意味で名づけられた「香象」の名。その背景に存在する意味を理解しておきます。
令和7年11月16日 更新
【機縁】師、説を聞き已(おわ)りて偈を説(とき)て曰く、「巍巍(ぎぎ)たる七宝山(しっぽうざん)、常に智慧の泉を出す。回りて真の法味と為り、能く諸(もろもろ)の有縁を度す。」毱多尊者も亦た偈を説て曰く、「我が法汝に伝う、当(まさ)に大智慧を現ずべし。金日屋従(きんじつおくよ)り出(い)でて、天地を照耀(しょうよう)せん。」
提多迦尊者は自身の出生時に父が見たとされる夢物語に関する優婆毱多尊者の見解をお聞きになると、それについて、「巍巍たる七宝山、常に智慧の泉を出す。回りて真の法味と為り、能く諸の有縁を度す。」という詩偈を以て、ご自分の見解をお示しになりました。
「巍巍(高くて大きい)かつ七宝(七種の宝で彩られていること)の山からは、仏の智慧の水が常に湧き出ている。その水は有縁(山の麓に生きる普【あまね】全ての人々)を救済する法味(仏法の水)となるだろう。」お釈迦様から脈々と伝わる仏法を優婆毱多尊者から受け継ぐ仏縁をいただいた身として、そのみ教えを以て人々を救済するという仏道修行者の使命を果たしていかんとする決意が感じられます。
ちなみに七宝は「金・銀・瑠璃(るり)・硨磲(しゃこ)・瑪瑙(めのう)・珊瑚(さんご)・琥珀(こはく)」他、真珠などの七種類の宝を意味しています。これについては「妙法蓮華経観世音普門品(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぼん)」においてもお示しされています。
そんな提多迦尊者の詩偈に対し、優婆毱多尊者は同じく詩偈を以てお返しになりました。
「我が法汝に伝う、当(まさ)に大智慧を現ずべし。金日屋従(きんじつおくよ)り出(い)でて、天地を照耀(しょうよう)せん。」父が夢に見た自宅の屋根から昇ったかと思えば、地面を煌々と照らし始めた太陽は、提多迦尊者が仏の道に入ったことを指し示すものであると優婆毱多尊者は解していらっしゃいました。大地を照らし続ける太陽は提多迦尊者が有するあふれ返らんばかりの仏の智慧(大智慧)を意味しています。ここでは、提多迦尊者はまさにお釈迦様のみ教えを受け継ぐに相応しい資質を有するものと優婆毱多尊者がお認めになっていることが読み取れます。
提多迦尊者の父が見た夢に対する優婆毱多尊者の解釈を経て、お二人の師弟関係が深まろうとしているところに、優婆毱多尊者は重要な問いを投げかけられます。この問いに提多迦尊者がお答えになることで、尊者の力量が認められ、が仏弟子として認可されていくことになるのです。
令和7年11月23日 更新
【機縁】然(しか)しより師礼拝して随従(ずいじゅう)し、卒(つい)に出家を求む。毱多問(とい)て曰く、汝出家を志求(しぐ)す。身の出家か心の出家か。師曰く、我れ来(きたり)て出家を求む、身心の為に非ず。毱多曰く、身心の為にせず、復(ま)た誰か出家する。師曰く、出家は乃至(ないし)、師乃ち大悟す。
優婆毱多尊者との問答を経て、提多迦尊者は優婆毱多尊者に礼拝、毱多尊者に付き従い、その下で出家することを志求(積極的に求める)なさいました。
そんな提多迦尊者に毱多尊者は問われました。「あなたの出家は身の出家か、心の出家か。」この問いはかつて、毱多尊者がその下で3年間仏道修行に励んだ師・商那和修尊者(しょうなわしゅそんじゃ)から発せられた問いと同じものでした。この問いに毱多尊者は「自身の出家は身の出家(姿形の出家)である」とお答えになりました。
それに対して、和修尊者は出家には身心双方があり、どちらか一方だけに偏るようなものではないと説示、これを聞いて、毱多尊者は大悟(悟りを得ること)なさったのでした。
今、溢れんばかりの仏の智慧を有し、毱多尊者にとって初めての仏弟子としてお認めになる上で申し分がないくらいの存在である提多迦尊者に、商那和修尊者が発せられた問いと同じ問いを発し、果たして、どんな答えが返ってくるのか?これはまさに、その回答如何で提多迦尊者がお釈迦様のみ教えを受け継ぐ存在として認められるか否かが決まってくるという重要な問いかけです。
提多迦尊者はお答えになりました。「我れ来て出家を求む、身心の為に非ず」と。提多迦尊者は「出家は身心のために行うものではない」とおっしゃいました。
「復た誰か出家する」―「では、誰のための出家か」と毱多尊者はお聞きになります。すると、提多迦尊者は「出家は乃至」とお答えになりました。「乃至」とは「上から下までの全て」という意です。すなわち、出家は身心双方を有するものに他ならないのは勿論のこと、頭や心だけで理解・体得するものではなく、自らの六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を以てなされるものであるというのが「出家は乃至」という回答に込められた意味です。提多迦尊者は長年のご修行を通じて、お釈迦様以降、相承(そうじょう)されてきた出家観や仏道観というものをしっかりと体得なさっていたのです。
そのことが尊者のお言葉からしっかりと毱多尊者に伝わってきました。こうして提多迦尊者が大悟すると共に、毱多尊者は自らの弟子としてお認めになったのです。
令和7年11月28日 更新
【拈提】実に是れ出家は我我なきの我を顕はす。故に身心を以て弁ずべきに非ず。此我我なきの我、即ち常道なり。生滅を以て測るべきに非ず。
提多迦尊者が優婆毱多尊者に発された「出家は乃至(ないし)」という言葉は、出家が頭や心だけで体得・理解されるべきものではなく、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を以てなされるものであるということを意味するものでした。
そもそも、本章における「本則」には、「出家は我我無きが故に、我我所無きが故に、即ち心不生滅の故に、即ち是れ常道なり。」とありました。これもまた、提多迦尊者が優婆毱多尊者に発したお言葉です。「出家の常道(元来の姿)とは、我(自我)はもとより、自分が何かを所有することさえ許されない世界であり(我我所無き)、また、生ずるものの滅するものにも捉われない世界(心不生滅)でもある」ということです。
そうしたお釈迦様以降、そのみ教えを受け継ぎ、仏道修行に勤しんできた祖師方は、出家が「我我なきもの」であることや、「生滅を以て測るべきものではない」ということを心や身体のみの部分的な理解ではなく、六根全身を駆使して体得しながら、お釈迦様に忠実、そして、正確に捉え、お弟子様にもお伝えになっていったことが今回の一句から確認できます。そこには形式的な定まった形などありません。お釈迦様に帰依し、真摯に仏道を歩む者同士の、まさに〝阿吽の呼吸〟ともいうべく、自由で形式のない、捉われもないものでした。
優婆毱多尊者と提多迦尊者の師弟関係にも、そうした仏道修行者が生み出す空気が自然とにじみ出ていたことを確認しておきたいところです。
令和7年12月7日 更新
【拈提】生滅を以て測るべきに非ず。故に諸仏に非ず、衆生に非ず、況(いわん)や四大五蘊三界六道(しだいごうんさんがいろくどう)ならんや。
出家が「我我なきもの」であるという提多迦尊者のみ教えに従うならば、出家が「生滅を以て測るべきに非ず(万事の生成消滅を以て捉えるべきものではない)」という解し方や、「諸仏に非ず、衆生に非ず(諸仏や衆生という観点のみで捉えるべきものではない)」、すなわち、「諸佛にも衆生にも捉われないものである」という解し方に行きつくことでしょう。
ましてや、四大五蘊(万事を形成する各種要素)や、三界六道(万事が輪廻・変化することによって赴く世界)で捉えるべきものでもないという解し方も合点がいくものと感じます。繰り返しにはなりますが、まさに前段でも瑩山禅師様よりお示しがあった通り、「出家の常道(元来の姿)というものは、自由で形式のない、捉われなきものである」ということを、今回も再確認させていただきたいところです。
図らずも明日(12月8日)はお釈迦様が坐禅修行を通じてお悟りを得た「成道(じょうどう)」の日です。それは人間の生老病死という現実に思い悩み、保障された生活や家族を捨てて、一修行者として、苦行(断食などご自分の身体を痛めつける修行を行うこと)を修し続けられたお釈迦様が、ついに生老病死の理由に気づき、ご自身が生かされている娑婆世界の仕組み・道理を体得なさったということです。
こうした縁日に際し、私たちも少しでもお釈迦様のみ教えを知り、同じように成道を目指していきたいと願うものです。
令和7年12月14日 更新
【拈提】故に心に形相(ぎょうそう)なし、設(たと)ひ見聞(けんもん)あり覚知(かくち)ありとも、終(つい)に去来(こらい)に非ず、動静に非ず。是(かく)の如く見得する、即ち是れ心を知得する底(てい)の漢、尚(な)ほ是れ聞解(もんげ)と謂(いい)つべし。
「出家の常道(元来の姿)というものは、自由で形式のない、捉われなきものである」という点について、今回は「心に形相なし(定まった形や姿があるものではない)」とか、「設ひ見聞あり覚知ありとも、終に去来に非ず、動静に非ず(自分の目や耳で見たり、聞いたり、考えたり、知ったりすることがあっても、どこかに行き来することもなければ、動いたり止まったりすることもない)」といった解釈がなされています。
こうして出家の常道というものを見ていく中で、こうした「一点に捉われない」という執着を戒める観点というものは、出家に限らず、万事に共通するものと考えます。すなわち、何事も定まった形式に捉われ、柔軟な解釈を封じるような解し方は避けるべきものであるということです。
私たちの日常生活を振り返るに、世相や周囲の声に引っ張られ、一点の捉え方に縛られ、自由な発想を止められるような場面が浮かんできます。11月の高市早苗総理大臣による「台湾有事答弁」が日本国内のみならず、世界各国に大きな波紋を呼んでいます。高市首相の考え方、多くの日本国民の捉え方、石破茂前総理大臣の指摘、アメリカ・トランプ大統領の意見、いずれにも頷ける点があり、いずれかが絶対に正しいとは言い切れないと感じながら日々のニュースを見ています。「去来に非ず、動静に非ず(行き来するでもなければ、動くでもなく、止まるでもない)」という一句が言い表すように、「いずれにも正しさがあり、誤りもあって、一概に正誤の判断を下せるものではない」というものが万事に共通する性質なり、見解のような気がいたします。
そうした正誤を始めとする、現前している対立概念のいずれにも捉われることなく、あくまで「中道(ちゅうどう)のみ教え」が指し示す「偏らない、自由な見地」を以て、相手の声に耳を傾けながら、自身の方向性を判断していくことが、「聞解」という言葉の意味するところと解します。「聞解」は読んで字の如く、「聞いて解釈していくこと」を意味します。相手の声に耳を傾けながら、その背景にある発言の理由や状況といった見えにくい部分も思いを馳せながら、真実に迫り、方向性を見出すことが「聞解」なのです。
松山寺住職として、社会福祉法人の理事長として、檀信徒や職員、利用者の言葉を「聞解」させていただく機会は多々あります。これまで幾度も相手の言葉を聞きすぎて、方向性を見誤ってきた苦い経験がありますが、どんなときも相手が自らの意思で最善の選択肢を選び、納得と安心を以て過ごすことが願いです。必死になって相手の言葉をメモをするだけではなく、その背景に思いを巡らせ、相手と対話をしながら「聞解」のスキルを精進させていきたいと思っております。
そんな願いを掲げながら、これからも「聞解」の場を貴重な機会と捉えていきたいものです。
令和7年12月28日 更新
【拈提】故に提多迦(だいたか)、恁麼(いんも)に解すと雖ども、毱多、点じて曰く、汝まさに大悟して心自(こころみずか)ら通達すべしと。恰(あた)か貿易(むやく)の物に、皇帝の印を下(お)すに似たり。
「ハンコレス化(脱ハンコ)」と言われるようになって久しいです。コロナ禍によるリモートワーク(会社に出勤せずに自分の好きな場所で業務をこなすこと)の普及、書類のデジタル化が進行する中でのペーパーレス化(紙媒体の削減)の浸透、こうした様々な要因が「ハンコレス化」という状況を生み出していったようです。
そんな「ハンコ」ですが、その歴史は古く、紀元前5000年の古代メソポタミアでの使用が確認されるとのことです。以降、中国や日本にも伝わり、日本では九州で発見された「漢委奴国王(かんのわのなこくおう)」の金印が国内最古のハンコとして知られています。
いずれの場合もハンコは権力者にとっての権力の象徴として、公文書や書状に押印して、認可等の意思表示として使用されたり、あるいは書画における篆刻(てんこく)のように芸術や趣味において使用されたりしながら今日まで人々の日常生活に浸透してきました。
今回の一句において「恰か貿易の物に、皇帝の印を下すに似たり」とあります。国家間において物品の売り買いをする際のルール等を約束する上で、皇帝等、貿易の責任者が押印をするわけですが、これは相手国との貿易を認可したという皇帝(責任者)の意思の表れであることは言うまでもありません。
そうした貿易のごとく、提多迦尊者が「大悟して心自ら通達すべし(提多迦尊者がお釈迦様のみ教えを受け嗣ぐに相応しい人物であるということ)」とあるように、師・優婆毱多尊者の認可を受けたというのが、今回の一句の意味するところです。
仏道における修行者の悟りというのは、自らで認可するものではなく、道を体得なさった師から認可されるものであるというのは、これまで幾度も申し述べられてきたことです。そして、これは仏道の世界に限らず、芸術でもスポーツでも、あらゆる世界に相通ずる見解です。「自分で悟った」と思い込むことほど浅はかで恥ずかしいことはありません。自分はとにかく道を歩めばよいのです。それを「皇帝の印を下す」がごとく評するのは周囲であり、自身の師であるということを今一度、しっかりと確認しておきたいところです。
令和8年1月4日 更新
【拈提】王印もし題するとき、是れ毒に非ず、是れ疑ひに非ず。亦た是れ公物(くもつ)に非ず、故に人使用し来る。師資(しし)の道、相契(あいかな)ふこと是の如し。
「師資の道、相契ふこと(師匠が弟子を認可し、お互いの歩む道が通じ合うこと)」は、前段の言葉を用いるならば、「恰(あた)か貿易(むやく)の物に、皇帝の印を下(お)すに似たり(国家間の貿易の場において、責任者である皇帝が押印によって認可の意思を表すのに似ている)」ということでした。
そうした国王が認可の意を評して押印する(王印もし題する)というのは、「是れ毒に非ず、是れ疑ひに非ず。亦た是れ公物に非ず」、すなわち、そこには「皆を害する毒や周囲を惑わす疑わしいものがあるわけでもない。また、王印といえども、公的なものでもない」とあります。言ってみるならば、優婆毱多尊者による王印は安全かつ正確なものであると共に、公的な見解にも左右されることのない絶対的な師の認可であるということなのです。
こうした関係性における師というのは道に対して絶対的な存在と解すべきでしょう。それは師自身が周囲に左右されることなく自らの道を歩んでいるということであり、また、その道自体が安全で確かなものであるということなのです。
まさにお釈迦様以降、多くの師資相承(ししそうじょう)によって、今、優婆毱多尊者が師・商那和修尊者から受け継いだ仏法のバトンを、提多迦尊者こそが渡すに相応しいと認可なさいました。そうやって伝えられる仏の道は多くの人々を救う安全かつ確かな道なのです。その正しさは場所を超え、時代を超え、今日に至るまで間違いなかったことが多くの師資の道が相契うことによって証されています。そんな仏の道を知り、自らも歩むことによって、日々の生活がよりよいものとなり、人間として生かされてきた喜びや幸せを感じられるようになるのです。
令和8年の年頭を迎えるに当たり、一年のテーマとして「和顔愛語(わげんあいご)」を掲げました。穏やかな心持ちを意識する中で、和やかな笑顔、温かい言葉が発せられるようになっていくということですが、その根底には仏法を拠り所として日常生活を過ごす姿勢が欠かせません。そうした日常を通じて、表情や言葉遣いが穏やかになっていくのです。
そんな「和顔愛語」を年間のテーマとして、お釈迦様以降、師資相契ってきた仏の道を歩みながら、仏法と共に過ごしてまいります。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 合掌
令和8年1月18日 更新
【拈提】設(たと)ひ理として通ぜずといふことなく、道として明らめずといふことなしと云ふとも、須(すべ)からく大悟して始めて得(う)べし。一度大悟せざれば、徒(いたずら)に知解(ちげ)の客となりて、遂に心地に通ぜず。故に仏見法見未だ免れず。自縛他縛何(じばくたばくいず)れの時か遁(のが)れん。
やはり仏道においては、頭の中で理解して完成するものではなく、仏のお悟りを自ら体得して完成していくものだということです。そして、そうやってこそ、師と弟子の道が相通ずるものだということを「徒に知解の客となりて、遂に心地に通ぜず」の一句から思わずにはいられません。たとえ、未だ仏道が理解できていない状態であろうが、明確になっていない状態であろうが、「大悟」という仏のお悟りを体得するという一大転機があってこそ、師から弟子に仏法が相承されていくということなのです。
「知解」ということを考えていく上で、もう一つ注意しておきたいのは「仏見法見」という点です。これは「仏や仏法に対する見解」ということなのですが、我々仏道修行者がひたすらに仏道修行に身を投げ込むうちに、仏や仏法を絶対視しすぎてしまい、却って執着してしまう状態を意味しています。一見したところ、そうした姿勢のどこに問題があるのかという疑問を覚えますが、たとえ仏や仏法という正しいものであれ、それだけを絶対視てしまえば、それ以外の教えや見解を否定してしまうことになりかねません。「自縛他縛」とありますが、執着によって自分のみならず周囲までもが自由な発想や考え方を奪われ、身動きが取れなくなる状態を指しています。「仏見法見」というのは、周囲にも苦悩を与える場合があることをも知っておくべきでしょう。
仏道の世界では執着を戒めます。それが仏であれ仏法であれ、それだけを認め、他を否定するような姿勢は認められません。仏道は「中道」です。そうした仏道の見解を、この機会に押さえておきたいところです。
昨年の秋に高市内閣が発足し、直後に四半世紀にわたり自民党と連立政権を組み、与党として日本の政治に携わってきた公明党が自公連立政権を解消したのは大きなニュースとなりました。
そんな公明党が立憲民主党と共に「中道改革連合」なる新党を結成したのは、令和8年年明け、高市首相が衆議院解散総選挙を発表した直後でした。公明党は兼ねてより「中道改革」を掲げていました。何か一点に傾倒するのではなく、様々な提言に対して、現実的に対応できる部分を抽出しながら、実現できる政策の展開を掲げることを目指しているようです。
外交や経済、自然災害と、多くの課題を抱える日本の政治において、「中道改革連合」はどういう動きを展開していくのでしょうか。「中道」という仏教思想がこれからの日本に明るい未来をもたらすことを願いながら、日々の政治から目が離せない今日この頃です。
令和8年1月28日 更新
【拈提】然(しか)れば設(たと)ひ四十九年の説、一字も遺落(いらく)せず、三乗五乗(さんじょうごじょう)、一法も錯謬(さくびゅう)せずと雖(いえど)も、一度大悟せざれば真の衲子(のっす)と許し難し。
「大悟(仏のお悟りを体得すること)なくしては真の衲子(仏弟子)とは言えない」と瑩山禅師様はお示しになっています。たとえ、お釈迦様の四十九年間に渡る八万四千の法門を、「一器の水を一器に伝える」がごとく、一字一句として漏らすことなく頭の中に入っていたとしても、お釈迦様のお心に通じていない者には、何も伝わるものはないと瑩山禅師様は断じていらっしゃるのです。
こうしたお示しに触れるに、ふと、「多聞第一(たもんだいいち)」と称されし第二祖・阿難陀尊者(あなんだそんじゃ)のことが思い起こされます。お釈迦様の侍者(じしゃ)として、共に過ごすこと二十年、側で尊師のご説法を常にお聞きになり、その内容が一字として欠落することなく頭の中に入っていらっしゃいました。
しかし、実際にはお釈迦様の直弟子である迦葉尊者(かしょうそんじゃ)の弟子となり、「副弐伝化(ふくじでんげ)」という形でお釈迦様のみ教えを付嘱(ふしょく)されました。お釈迦様から直接、仏法の付嘱が為されなかった背景には、今回、瑩山禅師様がお示しになっている「一度も大悟していない真の衲子ではなかった」ことが最大の要因です。仏法の世界において、いかに「大悟」が重要視されているかがヒシヒシと伝わってくるのではないかという気がいたします。
ちなみに「三乗五乗」とあります。「三乗」は「声聞(しょうもん)(お釈迦様のご説法を聞いて仏道修行に勤しむ者)」・「縁覚(えんがく)(縁起の法のみによって、仏のお悟りを体得する者)」・「菩薩(ぼさつ)(仏のお悟りを体得しながら、敢えて人々の側に身を置いて、仏法をお伝える者)」の三者を指します。そこに「人間(人間界に生かされる者)」と「天上(てんじょう)(天空界に存在する者)」を加え、「五乗」と申します。「三乗五乗」と総称される存在にあっても、仏法を錯謬(一字一句誤ることなく体得すること)をしていたとしても、「大悟」なくしては「真の衲子」とは言えないというのです。
「仏のお悟りを体得した真の衲子」―それは、前段の言葉を用いて申し上げるならば、万事に対して自分の考えだけで善悪を決定するような偏った捉え方をするのではなく、万事を認め、受け止める「中道(ちゅうどう)」の捉え方ができる存在なのです。そのことを押さえ、「真の衲子」というものを解しておきます。
令和8年2月2日 更新
【拈提】然(しか)れば設(たと)ひ千経万論(せんきょうばんろん)を講得し、仏を影向(ようごう)せしめ、大地を震動せしめ、天華(てんげ)を乱墜せしむとも、早く是れ座主(ざす)の見解(けんげ)、未だ本色(ほんじき)の衲僧(のうそう)に非ず。
前回は「大悟(仏のお悟りを体得すること)」してこそ、「真の衲子(のっす)(仏弟子)」であるという瑩山禅師様からのお示しをご紹介させていただきました。それに引き続き、今回は「本色の衲僧」について触れられています。これも「真の衲子」同様、「本分の仏道修行に勤しむ禅僧」を意味するものです。
「千経万論の講得(多くの経典・論書の内容が体得できていること)」、「仏を影向せしめ(仏道修行で得た力で仏様を自在に動かすようなこと)」、「大地を震動せしめ(仏様が地面からお姿を現して、人々を布教教化すること)」、「天華を乱墜せしむ(仏様のお姿を確認したときに、美しい花を散らして祝福すること)」、こうした徹底的な仏道修行の結果によって、たとえ様々な力を身に付け、それを自在に発揮できたとしても、やはりその前提に「大悟」ということなくしては、「座主の見解」でもなければ、「本物の禅僧」でもないと瑩山禅師様はおっしゃっています。ちなみに「座主」とは、「仏道修行における学徳の優れた指導者」を指します。
こうしたみ教えに触れるとき、ふと道元禅師様が中国にてご修行中、日本に帰国した際に、多くの人々に仏法をお知らせし、その苦悩を救わんと必死に古人がお示しになっていた経論を読んで勉強なさっていたところ、西川(せいせん)の僧なる人物から幾度にも渡り、「それが何の役に立つ」と問われたというエピソードが思い出されます。道元禅師様は西川の僧からの問いかけによって、経典祖録の学習以前にひたすらに坐することが大切であることにお気づきになり、徹底的に坐禅を行じられたとのことです。これが道元禅師様の「大悟」につながり、「本色の衲僧」が誕生したと考えます。
ことお釈迦様のみ教えに帰依する禅僧は、一切の取り計らいを捨てて、只管打坐に徹することが大切だと考えます。世間では「朝活」なる言葉があり、朝の過ごし方によって、人間の心身の向上やリフレッシュにつながるとのことですが、毎朝のほんの10分程度、坐禅のひとときを持ち続けることで、「大悟」という気づきの瞬間は必ず訪れます。この瞬間を得た者ならば、不用意な期待や自分だけが救われるような見返りを求めることがいかにナンセンスなことかがわかることでしょう。とかく坐禅を通じて、自分自身にも仏の性質があるということにお気づきいただければよろしいかと存じます。
令和8年2月8日 更新
【拈提】然(しか)れば三界唯心(さんがいゆいしん)と会(え)すべからず。諸法実相(しょほうじっそう)と会すべからず、悉有仏性(しつうぶっしょう)と会すべからず、畢竟空寂(ひっきょうくうじゃく)と会すべからず。
瑩山禅師様は「大悟(仏のお悟りを体得すること)」あっての「真の衲子(のっす)(仏弟子)」であり、「本色の衲僧(本分の仏道修行に勤しむ禅僧)」であるとお示しになっています。
何を「大悟」するのかと言えば、仏教の開祖であるお釈迦様がお示しになった仏法であり、お釈迦様が歩まれた仏道ということになりますが、その仏法や仏道というのは、「八万四千の法門」という言葉が意味するように、対機説法(お釈迦様が法を説く相手の力量等に合わせてお示しになられたもの)であるが故に、その内容も分量も膨大なものとなっています。
それを整理すれば、幾通りかの分類が実現するかと思います。とは言え、その中のどれかを絶対視し、固執するような解し方は正しいとは言えません。八万四千の法門のいずれもがお釈迦様がお示しになった正しきみ教えであり、そのどれか一つだけが正しいといった結論づけをするような捉え方をするものではないということを押さえておくべきかと思います。
そうした観点を受けて、瑩山禅師様は「三界唯心(あらゆるいのちが存在する世界には心の他には何も存在しない)と会すべからず」とか、「諸法実相(この世の一切の存在に違いがあるのが真実の姿であること)と会すべからず」、「悉有仏性(この世の一切の存在に仏と成れる性質が宿っていること)と会すべからず」、「畢竟空寂(結局のところ、一切の存在は起滅や生滅のない静寂なるものであること)と会すべからず」とお示しになるのです。「三界唯心」や「諸法実相」といった瑩山禅師様が事例として提示されている4つはいずれも仏法の根幹をなすみ教えや道理に他なりません。
ひょっとすると、その中には修行者が仏道を悟りきっていないが故に、難解と感じるものもあるかもしれません。しかしながら、個人の価値観や解釈で簡単だからよくて、難しいからダメだといったことではなく、いずれも自分の中で解し、全てを受け止めていくのです。そこに修行者の「大悟」があるのです。
悟り切れていないもの、中々、自分の中に通らず難しく感じるもの、いずれもたとえ時間を要しても断念することなく、日々の修行を通じて、体得していきたいものです。あくまで「大悟」あってこそ「真の衲子」であり、「本色の禅僧」であるということを忘れてはなりません。
令和8年2月12日 更新
【拈提】実相(じっそう)、尚(な)ほ是れ節目(せつもく)に拘(かか)はる。皆空却(かいくうかえり)て落空(らっくう)に同じく、悉有(しつう)また性霊(しょうれい)に似たり。唯心未だ覚知を免れず。
たとえ時間を要しても、日々の仏道修行を通じて、不退転にお釈迦様がお示しになった法を体得していきたいものです。それが「大悟」でした。
そうした「大悟」ということなしに、仏道を歩んでいくと、実相(各々の本来の姿)に対して、どうしても節目(個々の存在を指し示す名前・名目)に目が向き、違いにばかり拘ってしまうような捉え方をしてしまう恐れがあります。そうした捉え方では、表裏や正誤といった分別を生み出し、自分が好む方のみを重視し、そうでない方を認めなくなるようなことになりかねません。これは当然ながら、「大悟」した仏の捉え方からは大きくかけ離れた凡夫の捉え方として、慎むべきものであります。
同様にして、「皆空(この世の一切の存在が変化していくものばかりである)」という道理に対しても、永遠に若さを保つなどといった、道理から大きくかけ離れた自分に都合のいい解し方をしてしまう可能性もあります。これがまさに「落空」ということなのでしょう。
「悉有(万事に仏に成れる性質が宿っている)」ということについても、それが「性霊(超人的な不思議な力を有した存在)」というような誤った捉え方をしてしまったり、「唯心(あらゆる存在が心から生じたものである)」についても、「覚知(実相のままに捉えること)」という捉え方ができなくなったりする可能性が否定できません。
いずれの場合にしても共通して言えることは、仏道は大悟なくしてはお釈迦様のみ教え通りに正しく捉えることができないということです。すなわち、お釈迦様に忠実であってこそ、仏法を正確に捉えることができるようになるということです。
こうした捉え方をしていくためには、「坐禅」という仏道修行を日々、徹底的に行じていくことが肝心です。仏典の解釈も大切ですが、それだけでは「大悟」をなし得ることはできません。まさに仏道を行ずるという修行者の実相があってこその「大悟」だということで、坐禅なくしての正確な仏典解釈など、不可能であるということを押さえておきたいところです。
仏道の実践あってこその「大悟」―これぞ一佛両祖が成し遂げられたことです。
令和8年2月15日 更新
【拈提】然れば此事(このじ)を求めんと思はん人、千経万論の中に求むること有らば、恨むらくは捨父逃逝(しゃふとうぜい)の漢なり。
「捨父逃逝」は「法華経・信解品(しんげぼん)」において「長者窮児喩(ちょうじゃぐうじのたとえ)」として紹介される故事です。ちなみに「長者窮児喩」は「法華経」の中でも「法華七喩(ほっけしちゆ)」の一つに数え上げられるほどの著名なたとえです。
「長者窮児喩」をご紹介させていただきます。ある長者の子どもが故郷を出て、他国をさ迷い歩き、挙句の果てには困窮生活を送ることになってしまいました。数年後、子どもは故郷に帰り、生家の周辺で乞食をしながら過ごしました。すると、それを見た父の長者は我が子であることを知りながらも、敢えて他人のフリをして、家の使用人として雇いました。子どもは雇い主である長者の指示通り雑務に専念し、やがて二人は親しい間柄になりました。そんな長者に臨終のときがやってきました。このとき、長者は子どもに自身が実父であることを知らしめ、財産の全てを与えたというのです。
この故事は一体、私たちに何を示唆しているのでしょうか。それは「大切なものは自分の中にちゃんと存在しているということ」です。それでは、一体、何が大切なものなのでしょうか。仏教ではそれを「仏性(仏に成れる性質)」であると説きます。誰しもこの世に生を受けた瞬間から「仏性」を有しています。そのことを顕著に確認できる事例は生まれたての赤ん坊です。誰もが赤ん坊を見れば、穏やかな気持ちになることでしょう。なぜならば、赤ん坊はさほど周囲の影響を受けることもなく、自分の都合で態度を変化させるようなこともせず、ありのまま、自然のなすがままに生かされているからです。だからこそ、その性質をいかんなく発揮し、仏様の如く人々を喜ばれるのです。
ところが、時間の経過の中ですくすくと成長していく過程の中で、周囲の存在を意識できるようになると、否応なくその影響を受け、迷いが生じるなどして、赤ん坊の頃のように、自由な言動を発せられなくなっていくものです。
「長者窮児喩」における長者の子どもは、まさに何らかの「迷い」が生じたからこそ、他に大切なものを求め、長者のもとを離れたのです。ところが、他に探し求めたところで、大切なものが見つかることはなく、却って、迷いを深めていくことになったのです。長者の子どもが他国で生活する中で生活が困窮していく様はそのことを指し示しています。
そして、長者の元に戻り、いよいよ最後には長者から財産をいただきますが、これがいよいよ「仏性という大切なものは自分の中に存在している」ということに気づいたことを指し示しているのです。私たちは人間としての成長の過程の中で、混迷を極める場面に幾度も遭遇します。そんなとき、ついつい自分が持っていたはずの仏性の存在が見えなくなってしまうのです。
だからこそ、仏性の存在を知り、事あるごとに自己点検を通じて、しっかりと確認しておく必要があるのです。それが「長者窮児喩」が指し示すことなのです。
そうした「仏性」のみ教えを指し示す上でのたとえとなる「長者窮児喩(捨父逃逝)」の故事は、「大悟」ということを、「坐禅(仏道修行の実践)」ではなく、「千経万論(数多存在する仏典)」に求めるのであれば、まさに長者の子どもの如く、他に道を求め、却って迷いを深め、本来の道にたどり着くこともなければ、得るべきものも得られないことになると瑩山禅師様はお示しになっています。それがまさに「恨むらくは捨父逃逝の漢なり」の指し示すところです。
ここで注意すべきは、瑩山禅師様は決して、「千経万論」を否定しているわけではないということです。「千経万論」だけを重視し、そこに捉われるような偏った関わり方をするのではなく、本筋である「坐禅」を根幹に置いた「千経万論」であるべきとのことなのです。あくまで「坐禅」の参考書であり、補助的な立場としての「千経万論」であると解し、大切にしていけばよろしいということです。まさにそうした関わりが「中道」なのです。
令和8年2月22日 更新
【拈提】故に一一自己の宝蔵(ほうぞう)を打開して、一大蔵経を運出せんとき、聖教(しょうきょう)自づから我有(がう)なることを得ん。若し恁麼(いんも)に証得せずんば、仏祖悉く是れ汝が怨(あだ)なり。
前段において引用された「長者窮児喩(ちょうじゃぐうじのたとえ)」にもありましたように、誰もが有する仏性(仏に成れる性質)というものは、どこか他の場所や遠方に求めなくとも、自分の中という一番身近なところに存在しているということでした。
仮にそうした正しき仏のみ教えというものを信ずることなく、長者の子どもの如く、自分の考えを優先し、他所に正法を求めるようなことをするならば、その言動は迷いによる誤ったものであると断じてしかるべきでしょう。
「仏性」について、今回、「宝蔵」という言葉が用いられていますが、これは「仏性」のことです。自らの中に存在している「宝蔵(仏性)」に気づき、それを打開(開放すること)したり、一大経蔵(仏教聖典)を書庫から運び出して世間に公表したりするようなとき、それらを「我有(自己の所有物)」と捉え、解しようとしなければ(若し恁麼に証得せずんば)、「仏祖悉く是れ汝が怨なり」、「仏が我々にとっての敵となってしまう」と瑩山禅師様はお示しになっています。
果たして、このみ教えはどのように解すべきなのでしょうか。
それは「宝蔵(仏性)」という自分の中に存在している仏もしかり、そのみ教えである聖教(仏法)もしかり、全てが他所に求めずとも最も身近な自分の中に存在しているということを指し示しているのです。そのことをかの長者の子どものように素直に受け止めることなく、別に探し求めているようでは、正しきみ教えを発している仏の存在を信じることなどできず、敵としか見えなくなってしまうのは明白です。
大切なことは、「仏法僧の三宝への帰依」を徹底することと考えます。仏法僧は決して、遠くの存在ではなく、身近な存在なのです。ところが、多くの人がそこに気づくことなく、
他に救いを求めるから、却って苦悩を深めるのです。「仏法値(ぶっぽうあ)うこと希(まれ)なり」という修証義のみ教えが頭をよぎると共に、我々が自分の考え方を変えなければ、出会うことが難しい仏法であることを思わずにはいられません。
そのことも含め、今一度、「長者窮児喩」を確認しながら、身近に確実に存在している仏法僧の三宝を求め、帰依の念を深めていきたいものです。
令和8年3月4日 更新
【拈提】故に謂(い)ふ、那箇(なこ)の魔魅(まみ)か汝をして出家せしめ、那箇の魔魅か汝をして行脚(あんぎゃ)せしむ。道(い)ひ得ても也(ま)た叉下(しゃか)に死し、道ひ得ざるも也た叉下に死すと。
仏(お釈迦様)がお示しになった正しきみ教えを信ずることなく、他所に別のものを求めるようなことをするのは、迷いによる誤った言動に他なりません。そのことは、「長者窮児喩(ちょうじゃぐうじのたとえ)」からも明確でした。
こうした周囲の悪影響によって人々を誤った方向に導く存在を「魔魅(まみ)」と申します。自身の中に存在している宝蔵(仏性)を信じることもせず、気づくこともなければ、たとえ仏道修行をしているものであったとしても、中々、本来のお釈迦様がお示しになったものに到達することは難しいでしょう。なぜならば、そういう者は必ずや「魔魅」の影響を受けているからです。「那箇(あの)」「魔魅」による誤った出家、「魔魅」の影響を受けた「行脚(仏道修行や方々に仏道の師を求め歩くこと)」、他所に真実を求めることが真の仏道修行者にとってどんなに危険なことか。特に仏の悟りを得ていない段階ならば、よくよく注意しなければならない点であることに気づかされます。
それは言ってみるならば、言葉にして仏の悟りを語り尽くすことができようが、そうでなかろうが、結果的には「叉下(二又に分かれた棒)」に当って死を迎えるというような同じ結末にたどり着くことになると瑩山禅師様はお示しになります。やはり、真に仏法僧の三宝に帰依し、それに従って仏のお悟りを得るというプロセスを経ない限りは、「魔魅」なる自己を乱す存在の影響を受け続けるだけなのです。そして、そこに気づかない限りは、いつまでも到達すべきところに到達できないということなのです。そのことをしっかりと確認しておきたいところです。
令和8年3月8日 更新
【拈提】恁麼(いんも)なる故に謂(い)ふ、出家は身心の為に非ずと。是(かく)の如く解すと雖(いえど)も、尚(な)ほ是れ本色(ほんじき)の衲子(のっす)に非ず。再び指出して始(はじめ)て大悟して通ずることを得たり。
「出家は身心の為に非ず」―提多迦尊者は師・優婆毱多尊者(うばきくたそんじゃ)の「あなたの出家は身の出家か、心の出家か」との問いに対して、「出家は身心のために行うものではなく、全身を以て為されるものである」とお答えになり、大悟なさった、すなわち、師・優婆毱多尊者に仏弟子として認可されたとのことです。
お釈迦様のみ教えを受け嗣ぐに相応しい真の仏弟子を「本色の衲子」と申します。以前にも「真の衲子」や「本色の衲僧(のうそう)」という同様の表現が出てまいりましたが、やはり「大悟」ということなくしては、「本色の衲子」と認められることはありません。「大悟」なき修行者は魔魅(まみ)(周囲の悪影響によって人々を誤った方向に導く存在)に捉われ、惑わされているだけに過ぎず、本物の仏弟子ではないのです。
この点については、同じことの繰り返しかもしれませんが、仏道修行者にとっては、よくよく自身の中に心得ておくべき重要な点ゆえのことと解します。とにかく日々の仏道修行を子細に振り返り、徹底していくまでです。
令和8年3月14日 更新
【拈提】然れば諸仁者(しょにんじゃ)、子細(しさい)に弁道(べんどう)し、綿密に功夫(くふう)し、文(もん)に依(より)て義を解することなく、覚に依て霊を弁(わき)まふることなく、乾坤大地(けんこんだいち)、凡聖依正(ぼんしょうえしょう)を大(おおい)に破壊して、前後に往返すと雖(いえど)も、一糸の障礙(しょうげ)なく、上下に出入すと雖も、一塵の隔歴(きゃくりゃく)なくして、更に虚空に窟籠(くつろう)をゑり。
いよいよ第5祖・提多迦尊者(だいたかそんじゃ)章も最後の箇所に入りました。今回の章を通じて、仏道修行者の大悟(悟りを得る)ということに対する認識を再確認させていただく貴重な機会になったと感謝の念を覚えています。
今朝は松山寺定例の「坐禅会」が開催され、7名の参禅者と共に坐禅修行をつとめさせていただきました。あるとき、そんな「坐禅会」に時折参加される方から一冊の冊子をプレゼントされました。これは令和2年7月5日、93歳にて遷化された板橋興宗禅師(1927-2020)が記された「香抄録閑々堂」という冊子です。今、時間を見ながら拝読させていただいているところですが、齢50代(1979年頃)の板橋禅師の力強くかつ明確なお言葉に目からうろこが出るような心持ちでいると共に、瑩山禅師様が「提多迦尊者章」を通じてお示しになっている「大悟あっての本色の衲子(のっす)(真の仏道修行者)にも相通ずる正しい見解を知ることができ、仏道に対する自分自身の誤解に気づかせていただいているところです。
「只管打坐を標榜し、正伝の仏法を自負する宗門にあって、皮肉なことに坐禅がすこぶる振るわない。坐禅を求める人々は国内はもちろん、海外からも年々歳々ふえているのに、それに応えて禅を挙揚している宗門人は少ない。只管打坐のすばらしい宗旨が誇らしげに説かれているが、現実には坐禅の衰微した宗門になっている。これは一体どこに原因があるのだろうか。」(原文ママ)
このような問いかけをなさる板橋禅師は、「現代の宗学に致命的な缼陥(けっかん)があって、それが弱い宗門を作ってしまった」(原文ママ)とご指摘になると共に、現代宗学が「無所得無所悟(むしょとくむしょご)の坐禅」に終始し、迷い多き現代人が何を目標に、どのように坐禅修行をすればいいか、具体的に明示していない宗門となっている」とおっしゃっています。
すなわち、板橋禅師は、お釈迦様から脈々と受け継がれている坐禅に対して、現代の視点から申し上げるならば、「坐禅は何か目標も持ってするものでもなく、ましてや、悟りを求めて真剣に弁道修行に励む者を異端児扱いするかのごとき風潮がある」とご指摘になっているのです。
「正伝の仏法」とは、お釈迦様から始まり道元禅師様や瑩山禅師様を経て、今の私たちに受け嗣(つ)がれている仏法です。その内容については、「伝光録」はもとより、道元禅師様の「学道用心集(がくどうようじんしゅう)」等、両祖様がお示しになった経典・祖録を拝読すれば明確です。それらに触れれば、無目標の坐禅であったり、悟りを追求しない仏道であったりというものが示されているということはありません。そのことは、本章・「提多迦尊者章」を読み進めてきた者ならば理解できないことではありません。
そもそも「無所得無所悟」の坐禅とは、道元禅師様がお示しになったことが「正法眼蔵随聞記(しょうぼうげんぞうずいもんき)」から確認できます。しかし、これは「坐禅に対して、お釈迦様を始めとする祖師方の見解を無視して、自分勝手な見解を持って、何か邪な期待をしながら坐禅をしても、仏の悟りどころか、何も得るものもない」ということをお示しになっているのです。
「香抄録閑々堂」における板橋禅師のお言葉に触れたとき、私自身、禅師のご指摘になっている現代宗学の視点に捉われ、祖師方がお示しになっている正伝の坐禅に十分に目が向いていなかったことを大いに反省させていただきました。今回の一句に「一塵の隔歴(段階的な修行)なくして、更に虚空に窟籠(三毒煩悩のために迷い、自由な動きができなくなること)をゑり」とあります。まさに私自身、この瑩山禅師様のご指摘の通りの自分だったことに気づかされたのです。
「諸仁者、子細に弁道し、綿密に功夫し」とあります。「詳細かつ綿密に祖師方の道を歩み、明らかにしていくこと」が仏道修行者の使命なのです。そこでは、決して、「文に依て義を解することなく、覚に依て霊を弁まふることなく」とあるように、文字の解釈にばかり終始した仏道の理解や、霊(不思議な力を有する存在)を重視した仏のお悟りの解釈というようなことは避け、祖師方の仏道に忠実に歩む姿勢が求められていると解すべきでしょう。
また、「乾坤大地(全世界)、凡聖依正(全ての人・我が全身)を大に破壊して、前後に往返(行き来すること)すと雖も、一糸の障礙なく、上下に出入すと雖も」とあるのは、「どんな大きなことがあっても」くらいに解してよろしいかと思います。ロシア・ウクライナの戦禍の解決が未だ見通せぬ中での、「イラン戦争」の影響を受けている今日この頃ですが、そんな中にあっても、仏教祖師方がお示しになった道を子細に弁道し、綿密に功夫していく姿勢だけは忘れることなく毎日を過ごしていきたいものです。
令和8年3月18日 更新
【拈提】平地に波瀾(はらん)をおこして、仏面を看得し、悟道明心(ごどうみょうしん)を識得して、葫蘆藤種葫蘆(ころとうしゅころ)を纏(まと)ひ来り、一顆(いっか)の円光珠玉(えんこうしゅぎょく)を回(めぐら)し来(きたり)て、仏祖堂奥(ぶっそどうおう)の事あることを知(しり)て、始て得(う)べし。
思うに「大悟(仏のお悟りを体得すること)」というのは、「平地に波瀾」を起こすがごとく、当人に対して衝撃的で大きな変化をもたらすもののように思います。
そもそも仏教の開祖であるお釈迦様が「三十歳臘月(ろうげつ)八日、明星の出(いで)しとき、忽(たちま)ち悟道(悟りを得ること)」し、「我れと大地有情と同時に成道す」と獅子吼(ししく)されたことは、本編「首章・本則」にて明らかですが、この「獅子吼(ライオンが吠えるがごとくに声を発すること)」ということをよくよく考えてみると、いかにお釈迦様にとって、ご自身の大悟が「平地に波瀾」を起こすがごとく衝撃的かつ大きな発見であったことかを物語っているように思います。「仏面を看得し、悟道明心(ごどうみょうしん)を識得して」の一句は仏のお悟りを得た者は仏のご尊顔始め全てを完全に看ることができた者、明確にできた者(悟道明心)」ということで、大悟した者を指します。
次に「葫蘆藤種葫蘆を纏ひ来り」とあります。「瓢箪(ひょうたん)のツタが瓢箪にまつわるように、自分の私見に捉われ、真実から外れたもの見方をしていれば、柔軟で自由な考え方ができなくなってしまい、大切なものを見失ってしまいます。まさに仏道修行者が師や仏のみ教えに背き、自分の見方や考え方に捉われて行動した結果、大悟に至らぬ様を表わしています。
とにかく「葫蘆藤種葫蘆を纏ひ来り」という状態から脱しない限り、「一顆の円光珠玉を回し来て、仏祖堂奥の事あることを知て」という状態に到達することはできないでしょう。「円光珠玉」とは「仏性(仏に成れる性質)のたとえ」です。「一顆」は丸いものを数える際の数量です。「一顆の円光珠玉を回し来る」とは、「仏性に気づく」ことと解せばよろしいでしょう。また、「仏祖堂奥」とは「仏祖についての奥義、奥深いところ」ということです。自分を正しいと思い込み、絶対視している限りは、「仏面の看得」や「悟道明心」、「一顆の円光珠玉を回し来る」といった「仏祖堂奥の事あることを知る」などという段階位には至るはずもないのです。
いかに私見に捉われることが、自分を縛り、仏のお悟りから遠ざかることになるか。よくよく思いを巡らせながら、「仏祖堂奥に事あることを知る」ことに専念したいものです。
令和8年3月23日 更新
【拈提】適来(せきらい)の因縁、敢(あえ)て卑語(ひご)を著(つ)けんとおもふ。聞かんと要すや。
【頌古】髄を得て須(すべか)らく得処の明を知るべし、輪扁猶(りんべんな)お不伝の妙有り。
第五章を締めくくるに当たり、瑩山禅師様は適来の因縁(これまでお示ししてきた提多迦尊者の大悟における因縁)について、卑語(謙遜しながらご自身の評語をお示しになること)という点に留意しながら、「頌古(じゅこ)(祖師方の古則に対して、偈や詩を用いながら簡潔に宗意を示したもの)」の形式を用いてお示しになります。それが「髄を得て須らく得処の明を知るべし、輪扁猶お不伝の妙有り」です。瑩山禅師様は「輪扁不伝妙(りんべんふでんのみょう)」という古代中国春秋時代の思想家である荘子(そうし)(紀元前369年頃~紀元前286年頃)の著書「荘子(そうじ)」に登場するお話を引用なさって頌古をお示しになっています。
車作りの名人である「輪扁(りんべん)」は、その極意について次のようにお示しになりました。
「車輪を作るときに削りすぎれば車軸が緩くなり、丈夫な車輪にならない。逆に削りが少なければ車軸が窮屈になって車輪にはまらなくなる。緩くもなく、窮屈でもない状態がよいが、そのような状態は自らの手で体得していくものであり、言葉で説明するのは難しいものである。」
中国の三大宗教(仏教・儒教・道教)の一つとされ、多経の影響を受けた典型的な多神教ともされる「道教」の始祖の一人とされる荘子ですが、この「輪扁」に関するお示しは、仏教の開祖であるお釈迦様がお示しになった「弾琴(だんきん)の喩(たと)え」を思い起こさせます。「弾琴の喩え」とは、琴の絃は緩く締めてもいい音色は出ず、強く締めれば絃が切れる。それと同じように、仏の修行というものは怠けすぎず、力を入れすぎて傲慢になってもいけない、ほどほどであることが大切だということを説いたものです。
「緩めすぎず、締めすぎず」、こうしたどちらか一方に偏ることのないほどほどのちょうどいい状態が「中道(ちゅうどう)」ということでした。最近は「中道改革連合」の結成によって、すっかり耳にする機会が増えた仏教の言葉ですが、瑩山禅師様は仏道修行者が、こうした「中道」を自らの身心を以て体得していく中で、「髄を得て須らく得処の明を知るべし」、「仏道の真髄に気づくと同時に、自身の得たものが確かであったことにも気づく」とおっしゃっています。この観点は、仏道はもとより、他のあらゆる道においても相通ずるもののように思います。
大悟(仏のお悟りを得ること)は仏道修行者にとって、何よりも大切な到達地点です。大悟あっての「本色の衲僧(のうそう)」とありましたが、そのためには日々の仏道修行の中で、仏道の真髄を体得することが大切です。怠けていても何も得られないでしょうが、あまり力みすぎても却って何も得られないということも是非、知っておきたいところです。
そうした「中道」を意識しながら、次第に自分の身心を通じて、仏道が体得されていくことを提多迦尊者の大悟の因縁を通じて学ばせていただきたいところです。