海洋トランスフォーム断裂帯
海洋トランスフォーム断裂帯は,プレート境界でありながら,中央海嶺や沈み込み帯のようなプレートの生成や消失を伴わないが,断層を通じたマントルへの注水など固体地球—海洋間のフラックス場としても興味深い対象である。その総延長が約48000kmと中央海嶺の総延長(約67000km)に比肩すること(Bird, 2003)から,この「第三のプレート境界」は海洋底地球科学研究の次なる重点調査対象と言えよう。また海洋トランスフォーム境界ではマントルかんらん岩の露出や断層運動が知られており,蛇紋岩化に伴う水素生成と岩石破砕に伴う水素製性の両者が期待されるため,化学合成生態系の存在も期待される。
真に「惑星地球を食べる」生態系の最右翼は,そのエネルギー源として「非生物化学反応によって水から生成する分子状水素」(abiogenic molecular hydrogen)を利用するメタン菌を一次生産者とする生態系と言えよう。今後は,海底熱水系に限らず「非生物反応による分子状水素生成が期待される流体系」を対象に観測を進め,分子状水素を中心とする流体化学組成から化学合成生態系が存在しうるエネルギー場であるのか(エネルギー論的ハビタビリティ)を確認し,さらに環境遺伝子解析や代謝活性測定を通じて微生物群集構造を把握することで,真に「惑星地球を食べる」生態系の存在様式を明らかにすることが期待される。もちろん,ここまでに議論した代謝基質(食糧)に加え,生体分子を構成する必須元素群(炭素や栄養塩など)および代謝生成物(排泄物)を定常的に供給・除去せしめる水循環系の駆動も,生命活動の存在には前提条件となる。またここまでメタン菌のみを取り上げたが,同じ水素酸化炭酸還元によって酢酸を生成する微生物や一酸化炭素をエネルギー源・炭素源として利用する微生物群も,メタン菌と同様に「惑星地球を食べる」候補である。こうした熱力学・物質科学に立脚した化学合成生態系に関する議論は,現存する地球の化学合成生態系に関する理解を深めるのみならず,他天体のハビタビリティの議論に重要な示唆を与えるだろう。
(川口2015地球化学より一部改変)
Bird, P. (2003) An updated digital model of plate boundaries. Geochem. Geophys. Geosyst., 4(3), 1027, doi:10.1029/2001GC000252.