hydrothermal_history

海底熱水研究の現在地

海底熱水活動を対象とした地球化学研究の成果を概観すると,当初の目的はおおよそ達成されたように思われる。地球上に存在する熱水域の数が予測可能となり,そのうち少なくとも1割以上はすでに見つかっているのだろう。熱水の化学組成とその変動幅,またそれを支配する要因までがおおよそ把握できたため,熱水活動が全球物質循環に果たす役割もおおよそ理解できた。熱水活動域の化学合成生態系の群集構造とその環境の化学組成の関係性はモデル化されており,化学合成生態系の活性を調べる手立てもほぼ目処がたっている。つまり,誤解を恐れずに言えば,海底熱水活動に関する地球化学研究に未開拓領域と呼べるものは,もはや存在しない。

海底熱水活動を対象とした地球科学研究に目を移しても,同様のことが言えるかもしれない。本邦で実施された海底熱水活動を対象とする大型研究計画としては,「熱水活動による熱・物質のグローバルフラックスの把握」を目的とした「リッジフラックス計画(1993-1998)」(浦辺,1998),「熱水系を微生物学・地質学・地球化学・地球物理学の側面から解明」することを目的とした「アーキアンパーク計画(2000-2004)」(浦辺ほか,2005),「地殻内流体の移流の存在様式が微生物生態系を規定するという相互作用の解明」を目的とした「海底下の大河計画(2008-2012)」(石橋ほか,2009)がある。一連の計画の目的意識を見ると,地球化学的な関心から出発し,次第に学際的かつ総合的な地球科学研究へと拡がっていることは明確である。そして20年にわたる研究の成果は,「地質—熱水—生態系リンケージをエネルギーで統合するモデル」(Nakamura and Takai, 2014; 2015)に結実したと言える。これ以降,海底熱水活動を中心とした大型研究計画提案の機運は国内外のコミュニティで盛り上がっていない。数少ない例外が海底資源開発に関する課題(内閣府SIP「海のジパング」計画)であろう。こうした現況からも,海底熱水活動に関する地球科学研究に未開拓領域がもう見出せないという意識が垣間見える。

(川口2015地球化学より一部改変)

浦辺徹郎(1998) 超高速拡大軸の海底熱水活動—リッジフラックス計画の成果—. 地学雑誌, 107, 770-772.

浦辺徹郎・丸山明彦・丸茂克美・島伸和・石橋純一郎(2005) 「アーキアンパーク計画」が明らかにしたもの. 海の研究, 14, 129-137.

石橋純一郎・浦辺徹郎・砂村倫成・高井研・丸山茂徳・下司信夫・笠原順三(2009) 特集号「海洋地殻内熱水循環と地下微生物圏の相互作用」—はじめに−. 地学雑誌, 118, 1021-1026.

Nakamura, K. and Takai, K. (2014) Theoretical constraints of physical and chemical properties of hydrothermal fluids on variations in chemolithotrophic microbial communities in seafloor hydrothermal systems, Progress in Earth and Planetary Science, 1, 5.