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沖縄トラフにある複数の熱水域で「メタンの起源」を研究したので,その解説記事です。論文番号8と論文番号14が元ネタです。ある時,研究仲間にメイルで解説したものを改変しました。
世界の熱水観測値を並べると「堆積物のない熱水ではH2/CH4比が1より大きく,母岩組成にも相関している」ということがわかります。そしてH2濃度は母岩の組成に制約されます。つまりH2濃度の低くなるsilicicな母岩を持つ熱水域では,堆積物が関与しなければCH4濃度も低いと想定出来ます(たとえばLauやManusのCH4濃度は<0.01mM)。沖縄トラフの母岩もsilicicだと想定するならば,堆積物が無関係な水岩石反応由来のCH4は高々0.01mM程度であると推定できます。これは実測値(>1 mM)から比較すると無視出来ることになります。ここからCH4の地質的な起源は「堆積物起源」であることは間違いないと言えます。
沖縄トラフ熱水のメタンの炭素同位体比は,熱水域間で大きく異なります(-60 〜 -25パーミル)。これは「堆積物起源」という範疇には「堆積物中の微生物活動によるメタン生成」と「堆積物中の有機物の熱分解によるメタン生成」の両者が含まれることが示唆されます。「熱分解メタン」についての実験値はほぼ無いのですが,堆積有機物の炭素同位体比(-25パーミル)から,高温の化学反応では同位体効果が大きくないことを想定し,熱分解CH4は最低値でも-35パーミル程度だろうと推定します。一方の微生物起源は,-40パーミルよりも大きいことは考えにくいのです(堆積物中のメタン生成は低H2環境なので同位体効果が大きい。論文32と関連)。ということで,沖縄熱水で観測したメタンの炭素同位体比からは「それぞれの熱水域によって(堆積物起源といえども)熱分解と微生物起源の比率が異なる」と考えられます。
メタンとエタンの存在度比(C1/C2+比)は,石油・天然ガスなど海底炭化水素資源の研究で,「熱分解vs微生物」を見分ける指標とされてきました。しかしこの指標にはいくつかの難点があります。特に(石油・天然ガスとは異なり)熱水の高温では,熱力学的には,エタンも熱分解してCH4やCO2になる可能性があります。またC1/C2比が「比」である特性として,微生物起源(C2ほぼ無し)と熱分解起源(C2たくさん)の混合比に対して,C1/C2はリニアに変動しません。つまりC1/C2比は,少しでも熱分解の寄与があれば鋭敏に反応する(値が下がる)一方で,エタンの熱分解によって値が上昇するため,高温熱水では使いづらい指標なのです。そういう考察を受けて,沖縄熱水ではすべて高いC1/C2比を示しますが,これは熱分解の寄与を否定しているのではなく,熱分解の寄与があっても(石油天然ガスとは異なり高温での熱分解エタンの熱分解消失によって)でC1/C2比が高くなっていると考えるのが妥当であろう,と結論しています。
(ちなみにメタンハイドレートのメタノ起源にもC1/C2比が使われますが,ハイドレートの場合はハイドレート格子が取り込む内容物の安定性によって,母ガスのC1/C2比をそのまま反映しているかは疑わしいです。)
メタンには水素安定同位体比という指標もあります。しかし高温熱水のメタンでは,CH4-H2O間で安定同位体平衡に到達していると考えられており,実際に世界中の高温熱水で-130~-100程度の極めて狭い範囲に水素同位体比がおさまります。つまり基本的には,水素同位体比は熱水メタンの起源の指標として使えません。
*唯一の例外が,インド洋ドードー熱水域のメタンで,ここでは-250パーミル程度の非常に低い値を示しています(論文36)。同熱水域の高H2濃度や,メタンの炭素同位体比が低いこと,またメタン生成古細菌が卓越する微生物群集構造の特徴などを合わせて,このメタンの低い水素同位体比は,熱水中ではなく,熱水噴出口の周辺での微生物活動によって生成したメタンが卓越していることを示しているのではないかと解釈しました。
沖縄熱水のメタンの起源について,「微生物と熱分解の寄与率の違い」お支配する要因について,熱水噴出口の地質背景とリンクしているのではないかと,総説で提案しました(論文C02)。Izena HakureiやDaiyon-Yonaguniなどの「谷底」に位置する熱水系では,熱水上昇中に堆積物と接触するため,相応量の熱分解が期待されます。一方,Izena Jade,Iheya-N,Hatomaなどの「斜面・突きだし海山」に位置する熱水系では,熱水上昇流路に堆積物が存在しないので,熱分解の寄与は少ないであろう(相対的に微生物起源の影響が大)と考えられます。この解釈は,他の組成でもリーズナブルであることがわかってきています(琉大・土岐さんの研究など)。
この一連の仕事は「メタンの起源」を調べていますが,その目的は最後の段落に書いたように「熱水の海底下での循環路および循環水ー堆積物相互作用の推定」が研究目的であり,「メタンの起源」はその手段という位置付けです。