◆ 謝罪とけじめ ◆
星夜が城に戻って早数日。 一ヶ月以上あった夏休みが終わりを告げ、新学期を迎えたばかりの休日の午後。 暦はまもなく白露だというのに、景色は秋めくどころか残暑の引かない日々が未だに続いている。 肌を突き刺す熱線を避けて外出を控えていた沫依国を治める少年国王の架軍祐は、国王直属の臣下である歴神の一人に呼び出されて大食堂へと足を運んでいた。 向かう先は自分たちが普段使う食堂とは別の部屋。滅多に立ち寄る機会のないそこは、十日ほど前に側近の如月星夜が主である祐を裏切った場所である。
「……………」
足取りが重く感じられるのは、先日の騒動を引きずっているからだろうか。 三月の歴神を担う桜雷弥生の奇襲からすべてが繋がっていた今回の件は、思い返せば祐や星夜とは無関係なメンバーまで巻き込んだ事件だった。 誰が悪いのかと問われれば、元凶は間違いなく冥国飛鳥だ。 彼は歴神に就いて日の浅い少女を言葉巧みに騙して国王暗殺を企てただけでなく、星夜が主に隠し続けていた本当の関係性を脅しの切り札に国家機密に関する仕事の依頼を持ち掛けた。 その結果、弥生は危うく主君を殺しかけたトラウマを心に抱え、星夜は精神的に追い詰められ、秘密を暴かれるだけでなく親子と主従の関係を強引に断とうとし、祐も己の言動の愚かさと真実の刃を突き付けられた。偶然居合わせた他の歴神二人も星夜の離脱を止めるために戦闘に巻き込まれ、うち一人は重傷を負うまでに至った。 春に歴神たちの夢を見るようになってから約五ヶ月。祐の面倒を見ていた星夜を除いて十余人の臣下たちと出会っては様々な画面に遭遇してきたが、あんなにも恐怖と不安に満ち、円満な解決に至らない事件は初めてだった。 ――あの日の出来事を振り返りながら、大食堂まで続く廊下をゆっくりと歩む。 事の発端は飛鳥が仕事の依頼をするために城を訪れたことにある。祐を殺そうとした時点で敵であることに変わりはないのだが、どうやら長年に亘り彼から執着と狂愛を受けている星夜は因縁の相手と認識しているようで、不機嫌を態度で示すほど嫌いで仕方ないらしい。 敵対と嫌悪。星夜にしてみれば厄介極まりない相手との対話のはずが、どういうわけか二人の姿を目撃した歴神の証言によると親しげに見えたという。 その時点で少年国王との関係性と自らの過去を交渉の切り札にされていた星夜に、飛鳥の依頼を拒否する選択肢はなく、訝しんだ歴神の疑念を利用して主の元を離れる決断をし――一人の歴神と一人の節気神を巻き込んだ壮絶な事件が幕を開けたのだった。
(俺もまったく状況がわかんないまま飛び込んじゃったからなあ……)
闘いに慣れている星夜の実力は相当なもので、九月の歴神と冬至の節気神の二人が本気で立ち回っても一対二の劣勢をも凌駕するほどの腕を見せつけられた。 あのとき目の当たりにした惨状は今でも脳裏に焼き付いている。食堂の内外に散乱した家具、血痕、能力の痕跡――そして、側近の剣と、言の刃に己が身を貫かれた記憶。
「―――……はあー……」
戦闘の痕跡が残されていた壁や床が見事に修復されていることを確認しつつ、祐は重い溜息を吐く。 今まさに手をかけようとしているドアを見つめると、星夜と対峙して重傷を負った歴神が投げ飛ばされたシーンがフラッシュバックする。甦る残像を払うように頭を左右に振って深呼吸を重ね、それから重い扉を引きながら一歩踏み入れると、思いがけもしない異様な光景が目の前に広がっていた。
「――なに、してんの?」
祐だけが呼び出されたものかと思いきや、どうやらそうではないらしい。 歴神全員が集合するなか、綺麗に並んでいるはずのテーブルや椅子は無造作に壁側に寄せられ、中央の開けたスペースにはこの国の宰相を担う青年が鎮座している。――それも、ロープで椅子に括り付けられた奇妙極まりない姿で。
(話って――。もしかして、星夜はドSなところがあるけど実はMでした、とかってこと……?)
他人の性癖に口を出すつもりはないが、十年以上自分を育ててくれた親代わりの彼にそんな趣味があったとは驚きだ。隠し事を打ち明けたついでに、嗜好もカミングアウトする心算になったのだろうか。どんな趣味嗜好だろうと動じないように、密かに思ったことは心の内に留めながらこの後の展開に身構える。 身動ぎ一つ取らない側近の意図が汲めずにしばらく眺めていると、とある結び目が視界に入る。後ろに回された両手を緩く縛っているそこは明らかに誰かが結んだ形状のようで。 彼ならば簡単に抜け出せそうな拘束なのに、どうして屈辱的な格好を甘んじて受け入れているのか。 それに、先に集っていた歴神たちが誰ひとりとしてその縄を解こうとしない空気感にも疑問が湧く。
「……何って、見ての通りですよ」
開口一番に疑問の声を発した少年に、ようやく本人からの回答が返る。少々面倒くさそうに小さな溜息を吐いたことから、どうやら彼にとっても不本意な状況に置かれているらしい。
「見ての通り、って……何かの公開処刑ってこと?」
どこからどう見ても罪人を捕らえたシーンを彷彿とさせる縛り方だ。 だが、星夜は助けを求めるわけでもなく周囲の視線に晒されながら同じ姿勢で来たる時を待つだけ。 次なる質問の返答はなく、謎はますます深まるばかり。自分より先にこの場に来ていたメンバーなら何か知っているかもと見当をつけた祐は、入口の扉近くに佇んでいた、長い金髪を項で一つに束ねた八月の歴神――葉月燈弥に小声で尋ねてみることにした。
「何がどうなってんの……?」「僕らがここに来る前からあの状態だったみたいなんです。星夜さんに理由を聞いてみても、今のように何も教えてくれなくて」「俺たちも『話がある』って呼び出されてここで待機しているだけからな。本人の姿は見えないし、何か企んでいることは間違いなさそうだけど」
祐と同様にとある歴神に声をかけられて大食堂を訪れたと補足したのは冬至の節気神を担う銀髪の青年――柊維斗だ。彼の言葉に続いて燈弥も「ですね」と軽く頷いて肯定を示す。
「拘束は解かなくていいって言われちゃいましたし、僕らもどうしたらいいのか分からなくて、全員が揃うのを待ってたんです」「なるほど?」
明らかにおかしな状況なのに、二人以外のメンバーも落ち着いているのはそういう経緯があってのことらしい。 祐は納得の相槌を打ちながら、自分たち以外のグループに目を向ける。 初めに様子を窺ったのは、最年少コンビとその教育係。 快活な少女と大人しい少年は祐より三つ年下の小学六年生だ。ツインテールの少女――桜雷弥生は世襲制の歴神が多いなか一般の出自である三月の歴神で、彼女の幼馴染であり恋人でもあるインテリな黒髪の少年――卯月昌浩は四月の歴神である。最年少の二人は国王直属の臣下として知識やマナー、能力の使い方に至るまで様々な内容を日々学んでいる身だ。 そんな少年少女の会話に加わっているのは今期最年長となる六月の歴神――水無月朱雀。祐の伯父にあたる彼は星夜と同じく先代国王に仕えていた歴神の一人で、現在は主に外交業務に携わっている。 自国と外国を行き来する多忙な彼は、こちらに居るときは自身の仕事の傍ら二人の指導を担当している。水無月家の長兄であるからか元より面倒見が良く、幼少期から歴神としての教育を受けている昌浩とは最年長と最年少という歳の差があれど、とても仲が良いのだと聞く。 城に来る前、飛鳥に祐への誤解を植え付けられていた弥生も、徐々に笑顔が見られる回数が増えてきた。将来を担う若き二人が周りに打ち解けた姿を見て微笑ましくなるのは祐だけではないだろう。
視線を移して別のグループを見遣ると、三人から少し離れた場所で和やかに話をしているのは、新緑を思わせる緑の長髪を一つにまとめた青年――皐月翠と、爽やかなレモンイエローの髪が目を引く女子高生――文月煌羅だ。 意外と接点がなさそうに見える組み合わせだが、片や街中で診療所を営む五月の歴神、そして片や一般に治癒士と呼ばれる国家資格を有した七月の歴神で、どちらも医療業界に従事する者という共通点がある。 燈弥のクラスメイトである煌羅が城に来たのは星夜が起こした騒動の最中で、実は一緒に暮らし始めてまだ一ヶ月も経っていない。しかし、煌羅が医務室に顔を出す頻度が高いからか、医師の翠や薬学を専攻している維斗とは早い段階で親しくなったようだ。 そんな彼女の性格を端的に言えば、礼儀正しくて慎ましやか。本人曰く自発的なコミュニケーションは苦手らしいのだが、家事全般が得意で毎日厨房に立っていることもあって当番制になっている他のメンバーへの緊張も解れてきたらしい。
(睦月が積極的に絡みに行ってるみたいだし、ここでの生活も慣れてきたみたいで良かった)
来週の休日には女子三人で一緒に出かける約束もしているそうで、彼女が周囲に馴染んでいる姿を見るのも最年少コンビ同様に喜ばしく思う。 自らの犯した過ちに罪悪感を抱いていた弥生が誰とも確執なく過ごせているのも、一歩引いたところから見守るタイプの煌羅がメンバーの輪に入れているのも、すべては初月の歴神――紺野睦月の計らいがあったからだ。 顔を合わせておしゃべりをしたならもう友達、とも言うべきコミュ強な彼女は他のグループから離れた場所で幼馴染の十二月の歴神――師走匠と談笑に花を咲かせている。 自分たちを束ねる歴神総括が大食堂のド真ん中で縛られていようとお構いなしに話ができる肝の据わった彼女。今日もいつもと変わりない元気だと眺めていると、たまに星夜を気に掛けているのかチラリと様子を窺う素振りが見られた。 事の経緯を知っていそうな雰囲気は感じられるものの、それより気になるのは睦月と匠の傍に居るはずの人物が不在なことだ。騒動の当事者であり、祐たちを呼び出した張本人の姿が見えないことから、改めて食堂内をぐるりと見回したそのとき。
「うぉっほん!」
すぐ横の入口から大きな咳払いが聞こえて振り向けば。いつの間に来ていたのだろう、九月の歴神――長月昴がゆっくりとした足取りで中央のスペースへと歩み出た。
「長らく待たせて申し訳ない。全員揃っているな」「な、なんか雰囲気違くない……?」
いつもの軽い調子と語尾に笑気を含ませた彼はどこへいったのやら。 どこかヒリついた緊張感を纏って登場した昴に祐は小声で問い、話の弾む場に険しい表情の歴神が入ってきたことで各々の会話はピタリと止んだ。 一歩、また一歩。左側の一房だけ伸ばしたグレーの髪が彼の歩調に合わせて揺れる。やがて拘束された青年の正面まで歩みを進めると、眼前に晒された上長の姿を見降ろした。
「予定より少々遅れてしまったが――。……さあ、始めようか」
交叉する鈍色と青藍。 一同を招集してこの場を設けた昴は一息おいて胸を張ると、静寂を突き破るほどの堂々たる声で全員に聞こえるよう宣言した。
「これより件の騒動における如月星夜の訊問を行う。貴殿は国王陛下の御前において〝二月の歴神〟の名のもとに、主への忠誠を示し、我々の質疑に嘘偽りなく証言せよ」(え、っ……?)
何の前触れもなく唐突に始まった糾問。 先日の裏切りに関して訊問を図る九月の歴神と、捕縛されながらも毅然とした態度で構える二月の歴神。二人はこれから行われようとしている事態に対してさも当然のように見合っており、こんな展開になると予想していなかった祐は内心で驚きの声を上げた。 燈弥と維斗の様子を密かに窺うも、彼らも主と同じく動揺を隠せずにいるようだ。それは睦月や匠も例外ではなく、驚愕の反応からして昴から詳細を聞かされていなかったに違いない。 昴は先日の一件で星夜の前に立ちはだかったばかりに重傷を負うほど叩きのめされた被害者だ。 私怨で歴神が歴神を裁くなんて真似はしてほしくないが、ただちに暴力沙汰が始まる雰囲気ではなさそうなのでしばらく様子を見ることに決める。 いざという時は自分の「待った」が必要になるかもしれないと、そう心に秘めながら。
「……正直に答えなかったら?」
鋭い光を宿した青藍を正面に立つ青年に向けて問う星夜。 イエスと答えるだけの場面で、拒絶や反抗と捉える意思を示すなんて、誰も予想しなかっただろう。 二人を包む空気だけでなく食堂内がより緊張感を増し、一触即発の不穏さを孕み始める。 気が短い相手なら頬に一発入れられてもおかしくない返答だが、訊問を掛けているのはほぼ百発百中の直感を誇る歴神なのだ。初めから星夜が素直に答えないことを予期していたのか、待ってましたとばかりに軽く鼻で笑った。
「当然、不答は国王への反逆の意思があるものと見なし――手始めに亀甲縛りの刑に処す」「――……はあぁ?」
一瞬、祐の心の声が漏れたかと錯覚するほど、複数人の声が重なる。 拷問や歴神の解任など惨たらしい刑が挙げられるかと思いきや、ギャグに振り切った意味不明な刑罰が彼の口から発せられて「なんだそれ」と内心でツッコミを入れたのは自分だけではないはず。 覚悟を決めつつ挑発的な態度を取っていた星夜も間の抜けた声を零し、直前まで張りつめていた空気が瓦解した。 ――まったく。真面目なんだか、ふざけたいんだか。 呼び出されて大食堂の扉を開けば最初に側近の捕縛姿を目の当たりにし、後から登場した昴は深刻な面持ちでいきなり訊問を始めるし。取り返しのつかない話になる前に、この場をどう収めようかと焦った自分がアホらしく感じられて、祐は呆れの溜息を吐く。 そもそも、だ。全員を招集したこの男は、シリアスな雰囲気が苦手と公言するコミカル大好き人間だったことを思い出す。自身のミスをも笑いに変えたがる人間に、本格的な訊問などできるはずがないことをすっかり忘れていた。 一連の流れはどうやら星夜との打ち合わせの元で行われた茶番だったらしい。縛られた彼が救出を拒んだのも、そういう経緯があってのことだと知って一同は呆れと侮蔑の冷ややかな眼差しを二人に向ける。しかし、片眉と疑問の声を上げた一人だけが異議を唱えた。
「待て。茶番に乗るとは言ったが刑罰の話は聞いてない。どういうことか説明しろ」
当初の計画から逸れた展開になったのか、あるいは昴によるアドリブが加えられたのか。 余裕たっぷりなニヤけ顔を注視する青藍の瞳には怪訝の念が宿り、そんな国王補佐を見下ろす一回り年下の昴は口角を上げた。
「国王陛下の御前で不躾な態度を取る輩には相応の〝罰〟が必要だろ?」「だからって何故そんな訳の分からないチョイスを――」「生ぬるい罰では甘受されるのが容易に想像つくからな」
なるほど。つまるところ昴は何としてでも星夜に情報を吐かせるか、罰を受けさせたいらしい。 数多の討論に慣れている星夜のことだ。たとえ主や信頼のおける歴神が揃っていようと、簡単に口を割りはしないだろう。特に事件の原因となった飛鳥の素性や依頼については未だ伏せられている内容も多く、ただ尋ねただけでは拒否や黙秘を貫かれるに違いない。 おまけに彼は先代国王に仕えていたこともあって、痛みを伴う刑罰にも耐えてしまう――その考えには祐も同意見だ。しかし、それを見越した策にしても他に方法があったのではと思ってしまうのは、刑罰を軽くしたいと願う心境からだろうか。
「罵詈雑言や体罰では意味がない。天より高いプライドを持つ貴殿を徹底的に追い詰めるには、我々を前に緊縛の痴態を晒させる手段が最も効果的とみた。――無論、辱められたい願望があるというのなら、黙秘でも虚偽の報告でも好きにするがいい」「俺はそんな変態じゃない」「それはどうだろうな。生憎とこの場には嘘を見抜く者と緊縛を得意とする者がいる。口が達者か、身体が正直か――それはこの後の質疑で判ること」
役に入り込んでいるのか口調が一向に戻る気配のない昴。 彼の言う〝嘘を見抜く者〟とは匠のことで、空間が記憶する情報を読み取る能力に長けている十二月の歴神は、人の感情を色として認識することもできる。たとえ星夜が相手だろうと僅かな感情の起伏が見過ごされるはずもなく、口八丁で乗り切ろうにも誤魔化しは通用しない。 さらに脅しの一押しになっているのが〝緊縛を得意とする者〟――つまり、睦月の存在だ。 今は緩めの拘束で済まされているが、紐術と呼ばれる、リボンや帯を使用して闘う彼女はある意味で縛りのプロと言える。生粋の腐女子なので亀甲縛りなど義務教育の必修科目と言いかねないし、匠と睦月の二人が控える今の状況で抗うのが得策でないことは祐にも判断がつく。 普段、飄々としている歴神総括を劣勢に追い込む機会など滅多にない昴にとって、今の茶番が楽しくて仕方ないのだろう。最初の物々しい雰囲気から一変、怪しいワードが飛び出した展開に国王補佐を務める男がどのように対処するのか気になる一同は静かに見守る。
「真偽の判定はオレ――否、私と十二月(しわす)の歴神で行う。諸君らも彼の者に聞きたいことがあるなら各々問いかけるべし」「口調にボロが出てきてんじゃねーか」「ハッハッハ、これは失敬」
喋り慣れない口調で気が緩んできたのか、高圧的だった昴の調子が普段のそれに戻り始めてきた。 真っ先に翠にツッコまれ、再び雰囲気だけでも取り繕おうとするのだが、続いて維斗にも呆れの一言を入れられる。
「もう茶番はいいだろ……」「おいw ボコられた礼に一芝居打ってんのに水差すなよwww」
いよいよ当人の語尾に草が生え始め、役を脱ぎ捨てた昴は「ま、いーや」と開き直った。
「おふざけはここまでにして、星夜に聞きたいことがイロイロあるっつーわけだ。たーっぷりと話してもらうぜ?」
ウソ吐いたらトーゼン縛りの刑で、と昴に改めて念を押され、星夜はこれ以上余興に付き合う必要がないと判断したのか、あっさりと縄を解いて顔を背ける。
「こちらにも守秘義務がある。すべてを詳らかに話すことはできない」「そこはオレたちが掘ってくからご心配なく。んじゃ、大前提となる今回の動機から確認させてもらおーか。発端は冥国飛鳥から業務の依頼を請けたこと、って認識でいいんだよな?」「そうだな。強ち間違いじゃない」「あながち、っつーのは、祐との関係のアレコレも含まれてるからか?」「……ああ」
祐と星夜が先代国王の血を継ぐ従兄弟の関係であったことは、朱雀と維斗を除いた全員が知ることとなった事実だ。 彼らと同じタイミングで初めて知らされた祐は、星夜が城に戻った翌日に事件の経緯や彼の過去のことを事細かに聞いた。幼少期から事件当日に至るまでの心境や周囲の環境だけでなく、彼が何を感じ、考え、なぜ主の元を去ると決意したのか――赤裸々に語られた内容はとても濃密なものだった。 裏切った理由の一つに自分が含まれていることを肯定されても、今更ショックを受けたりはしないけれど。バツが悪そうに目を伏した従兄の表情は、やはり見ていて居たたまれない。
「その依頼の内容が先代の請け負ってた業務だってことは把握してるし、祐に同じ轍を踏ませたくないから割り振りたくねーっつー言い分は理解してる」
昴の発言が正しいことを暗に示しているのか、切れ長の目から覗く青藍が再び九月の歴神を捉える。
「早くから気付いてたんだろ? 冥国飛鳥が祐に接触した時点で詰みだった、って」「……そうだな」
自論を軸に話を進める昴とそれを認める星夜。二人の間で交わされる会話に祐と睦月の頭には大きな疑問符が浮かび、彼女は首を傾げた。
「どういうことよ?」「冥国飛鳥が祐に依頼する気が少しでもあったと仮定すると――だ。祐と会ったっつー道中で仕事の内容に触れておいてもおかしくねーし、応接室で星夜を呼び出すにしても、国王が一緒に話を聞けば相手側としても説明の手間が省けるだろ?」
上着のポケットに手を突っ込みながら飛鳥の行動を振り返る昴の主張に、祐は確かにと納得する。 ――あの日、祐は飛鳥に初めて遭遇した。 弥生を唆して少年国王の暗殺を謀り、今度は本人にアプローチまでかけてきたくせに、城までの帰り道では他愛ない会話をするだけだった。彼の目的は星夜に仕事の話をするためであり、祐に内容を漏らすどころか、案内された応接室でも大人しく待っていた。星夜を呼び出す前に祐に恐怖心を与えたのも、応接室に戻らせないようにするための策だったのかもしれないと今更ながらに思う。
「国王補佐に頼む仕事ならフツーは王も知っておくべきだ。なのに、冥国飛鳥はあえて星夜にだけ話をした、と。その理由を考えるとオレ的に思うメリットは二つあるわけだ」
人差し指と中指の二本を立てて手首を左右に振る彼は、鋭く見上げる青藍から目を逸らさない。
「一つは物分かりのいい星夜なら依頼の可否も含めて話が簡単につくこと。これはまあ、宰相サマとなれば即判断ができるし納得がいくからいいとして。もう一つは――祐に疑念を抱かせることが目的だったんじゃねーかと思う」「疑念?」
飛鳥の行動を奇妙に思うことはあっても、星夜が彼の依頼を請けたことに対して怪しいと感じた覚えはない。というのも、当時の祐は自分を殺そうとした犯人と道中を共にし、冷たく恐ろしい視線に射貫かれ、最終的には側近の鋭利な発言を真に受けて他のことを考える余裕が微塵もない状態にあったからだ。 直前の言葉を反芻したエメラルドの少年に昴は「そそ」と頷く。
「初めはどんなに些細な疑念――んや、違和感でもいい。『先代国王がやってたっつー仕事をなんで星夜に依頼したのか?』『祐に聞かれるとなんで都合が悪いのか?』――そんな小さな疑問を抱かせることがヤツの狙いだったワケよ」「狙い、って言ったって……。単純に俺なんかより星夜の方が国の内情に詳しいからじゃないの?」
都合の善し悪しは別として。適材適所という言葉があるくらいだし、未熟な国王より先代に仕えていたベテランに頼むのは自然な流れだと祐は思うのだが、昴はゆるゆると首を横に振る。
「言ったろ、それなら祐がいる場で話してもいいはずだって。オレが思うに、星夜が為すべき仕事という認識を祐に与えることでいつか些細な疑問から疑念に繋がる布石になるし、何よりその話を聞かれて困るのは冥国飛鳥じゃなくて星夜の方だったから、祐を追い出したんだろうしな」「―――……」
本当にそうなのだろうか。推理を披露する昴の主張がすべて正しいのかと星夜を見遣るも、彼は申し訳なさそうにこちらから目を逸らすだけ。 芽吹くかどうかも分からない、ほんの小さな種。発芽すればたちまち大きな爆弾を実らせるそれが自分に植え付けられていたことを知り、祐は絶句する。
「あの悪名高き先代国王が臣下やプロに任せず、わざわざ自分で担ってたっつー仕事だぜ? どー考えたってウラがあるっつーか、なんで星夜がやるべき仕事なのかって不思議に思うだろ」「それは……そう、かも……」
何だろう、心が逸る。 爆弾処理を強引に進められている気がして、昴の話が脳の回路を介さずにすり抜けてしまう。 十数年も星夜が公言していなかった自身の素性と祐との関係を、依頼を確実に承諾させたい飛鳥が知っていたなら。それが切り札となって星夜が従わざるを得ない状況に持ちかけられたとしたなら。 相手を己の支配下に置くには対象の弱みを握る手段が最も効果的だ。飛鳥は祐を人質に取るよりも、星夜の恐れている真実を暴くことが合理的だと判断した、と昴は言いたいのだろう。
「疑問の答えが合ってよーが間違ってよーが関係なくて、祐じゃなくても誰かが『先代が為すべき仕事に架軍の血筋が関係してるのか?』なんて勘繰って探られりゃ、いずれ二人が血縁関係にあることがバレるってワケだ。星夜はそれを危惧したんだろ?」「そ、んな……」
祐が先代の業務を引き継ぐことになった場合、将来的に何かの拍子で星夜との関係に気付く可能性があり、また祐本人でなくとも現に昴が解説しているように、誰かが勘付けば主の元に話が伝わるのも時間の問題になってしまうわけで。 頭の回転が速い星夜は自身の境遇を打ち明ける前に、従弟が真実に辿り着いたケースを想定して事を起こしたのだろう。昴の問いにうんともすんとも言わないのは、それが肯定を示しているからだ。
(俺が何も知らなかったから……)
朱雀から聞かされた話では、星夜は祐が互いの関係性を知ったときに王の座から降りかねないと心配していたという。実際、何事もなく従兄弟同士であることを打ち明けられたなら、祐は自身の立場を譲るべきだと何度も星夜に相談し、彼を新たな王に就かせるために説得を図ったに違いない。 歴神の夢を見る前から「星夜が国王だったら」と不満と愚痴を零していたこともあり、彼はますます真実を伝える機会を逃していたとあの夜に白状した。 それが冒頭に昴が言っていた〝詰み〟に繋がるのだろう。すべては星夜にノーと言わせないための策で、周りから囲んで徹底的に退路を断つ飛鳥のやり方に星夜は打つ手を最初から失っていたのだ。 自分は国王に相応しくないという王としての無責任な発言が以前から弾丸として込められており、依頼がある、と飛鳥が祐に接触してきたことがトリガーとなって彼を撃ち抜いた今回の事件。 飛鳥の巧妙な罠と歪んだ愛情によって星夜が精神的に追い詰められたときにはすでにあらゆる拒否権を奪われていた、という顛末なのだろう。
(やっぱり、元は俺のせいだったんだ……)
謝りたい。けれど、それをしてはならない。 自分のせいで大切な従兄が苦しめられていたのに、二人の間で交わした約束が謝罪を阻む。 ズキリ、と心が痛んで祐は奥歯を噛みしめた。
(……辛いのは俺じゃない、星夜の方だ)
一件落着かと思えば数日後に再びこうして呼び出されて。犯した過ちを皆の前で抉り暴かれて。 従兄に迷惑をかけたことに対する不甲斐なさと罪悪感に苛立ちが募り、密かに拳を握りしめる。 こちらに背中を向けている昴がそれに気付くはずもなく、話題は事の発端から依頼の内容に移った。
「次に気になってたのが依頼の中身だ。ストレートに聞くのがダメなら別の角度から切り込んでくぜ。その仕事は先代の血縁者じゃなきゃ務まんねーモンなのか?」「―――――」「だんまりか。睦月、スタンバイしとけ?」「いつでも準備オッケーよ♪」
黙秘を貫こうものなら、その先に待ち受けるはプロによる緊縛。 目配せすることなく幼馴染に指示が出されると、彼女はニッコリと笑みを浮かべてどこからともなく取り出したロープを軽く揺らす。程よい脅しに観念した星夜は溜息を吐いて渋々と答え始めた。
「結論から言えば先代の血筋は一切関係ない。請けるだけなら誰でもできる仕事だ」
芯の通った冷静な声音に「あぁん?」と片眉を上げる昴。
「誰でもいいなら余計に理解できねーな。業務を分担するために歴神が集ってるっつーのに一番忙しい宰相サマがめんどくさそーな仕事抱えてどーすんだよ?」「それは俺も昴と話していて思った。誰でもいいならアテくらいあるだろ」
先程の推測とは異なる回答が星夜から発せられ、祐から側近の考えを又聞きした維斗も昴の発言に同調する。 新作ゲームを攻略するために祐、昴、維斗の三人で夜更かしをしたあの日。星夜と対峙した二人は様々な考察の末に自分たちの実力不足が要因で仕事を振れないのではないかと推測していた。 それから時間が経った今日。昴の中である説が浮上し、憶測に留まっていた話の真偽を確かめるために一同を招集したのだろう。 ――架軍帝の仕事は架軍の血を引くものにしかできない。だから冥国飛鳥は祐の無知を利用して星夜に依頼を持ち掛けた―― 理に適った仮説だと星夜以外の誰もが納得したことだろう。 しかし、場の中央で椅子に腰かけたままの当事者は、維斗にも冷静に否と答えた。
「安定した魔力と実力が求められる仕事だ。この場にいるメンバーで対応できそうなのは俺くらいしか居ない」「朱雀だって長いこと歴神やってんだろ? 能力の扱いは上手いんじゃねーの?」
最年長の彼とて先代国王に仕えていた歴神なのだ。接近戦は星夜ほどではないにしても、水の能力に長けている朱雀なら条件に適うはずだと昴は反論するも、返ってくるのは物言いたげな眼差しで。
「朱雀は三十路を過ぎたおっさんだぞ。能力が優れていても体力面ですぐバテるに決まってる」「ああ、それもそっかw」「なんか~、ホントのことでもそんな言われ方してカワイソ~……」「おい、お前たちな……」
星夜や昴が日頃から最年長の歴神をどんな目で見ているかが分かる問答だ。 本人の傍らからも最年少の少女の悪意なき憐みの追撃が放たれ、言いたい放題な彼らに朱雀は半眼で訴える。先輩にあたる歴神を揶揄った星夜は肩を竦めて見せ、それからゆっくりと立ち上がった。
「――という冗談は置いておくとして。朱雀の仕事柄、国から離れる頻度も高い。手伝いを頼むことはできても、指揮を執るには向いていないと判断した」
そう言いながら彼は解いたロープを丁寧に束ね、立ちっぱなしの主に「どうぞ」とジェスチャーで着席を促す。
(いやー……、今はいいかな)
歴神に取り囲まれながら中央で一人座り続ける度胸を祐は持ち合わせていない。せっかくの配慮を申し訳なく思いつつ、こちらもハンドサインでそっと遠慮を示しておく。
「つまるところ、魔力がない時点でオレや維斗は候補から外れてたワケだ。んでもって、魔力はあっても実戦経験の少ない祐は昔の話や関係性のこともあって振れなかった、と」
魔力と実力、両方が備わっていなければ任せられないとなれば、ここに集まるメンバーでもかなり絞られる。どちらのバランスも取れていることが好ましいとするならば――。
「燈弥だったら当てはまるんじゃないの?」「アイツの依頼でなければ頼んでいたんですが……」
朱雀は体力に難があって選考外になるのなら、火の能力を得意とする武闘派な八月の歴神は適しているはずだ。何気なく問う祐に、そもそも選定の問題ではないと側近は言う。
「誰がどんな能力を持っていようとこの件には単純に関わらせたくなかった、というのが一番の理由です。アイツの性格を知らないまま依頼を請け、迂闊に関係を持てばどのように利用されるか分からない。仕事の内容もそうですが、それ以上にアイツの存在自体が危険極まりないんですよ」
あの狂人と因縁があり嫌悪を抱く星夜は、兎にも角にも誰も飛鳥に関わらせたくないらしい。 真剣に告げる表情から相手が凶悪な人物であることが察せて、冥国飛鳥という人物像を知っている彼だからこそ今期の歴神たちを護ろうとする意思が窺えた。
「ここまで話すと、今度は『忙しいのにその仕事を続けるつもりか』とか『アイツの素性について語れ』とか言い始めるんだろ?」「よーくお分かりで」「はあ……」
さらに詰められないように昴に問うた星夜は再び面倒くさそうに大きな息を吐く。
「昴が指摘したように、俺がアイツの依頼に割く時間が多く取れないことは事実だ。そこで先日、個人的に信頼のおける者に話をつけてきた」「星夜のお眼鏡に適う人物がいんのか?」「まあな」
歴神と同等の能力や体術が求められる仕事で、あの冥国飛鳥と関わりを持たせても問題ない――と、猜疑心の強い国王補佐に認められるほどの実力者。祐と朱雀を除いたメンバーはどれだけ秀でた人物なのだろうと興味を示した。 星夜が帰城した翌日の外出が件の相談であったことは、その日に報告を受けた祐だけが把握している情報だ。彼の過去も含めてたくさん話し合ったなかで聞いたその話は、依頼の内容は伏せられながらも、口の堅さと実力が折り紙付きという観点から依頼を任せることにしたという旨だった。
「わざわざ実力を測らなくても知ってるくらいの間柄だからな。本人も以前から先代に似たような業務を任されていたらしく、今回の仕事もその延長にあたるからと問題なく引き受けてくれた」
つまり、餅は餅屋というやつだろうか。 兼ねてから業務に携わっている専門家ほど心強いものはない。恙なく引継ぎができたことで星夜自身の手間や負担も相当省けたなら良い判断だと一同は納得する。 世の中には祐が知らない職業がまだまだたくさんあるようだ。そして、そんな人たちと繋がりがある側近の顔の広さにも驚かされる。
「なーんか引っかかる部分はあるけど、今はいーか。んじゃ、次は星夜が語れないほどのヒミツを持つ冥国飛鳥の素性について喋ってもらおうか。祐も詳しくは知らないんだろ?」「そう、だね……。本人と少し話をしたけど、あの人のことは何も知らないや」
彼の職を知る唯一の手掛かりになりそうな名刺は何日経っても真っ白な紙のまま。 暗殺や宰相の裏切りをけし掛けられた身でありながら、彼について把握している情報は何もないと側近に話を振ると、彼は苦虫を噛み潰した表情で不快を露わにした。
「知らなくても全ッ然何の問題もないです」「でも星夜の友達なんでしょ?」「はあ? 誰が誰の何ですって?」
――しまった、地雷を踏み抜いたらしい。 友人であることを頑なに認めないどころか、今一度言ってみろと言わんばかりの語気で全文問い返される。 二人は学生時代の旧知の仲だと聞いたし、現に昴がそう見えたと証言しているのだ。昔の星夜と飛鳥の事情を把握している朱雀も呆れたように互いの関係について話すものだから、「好きだから殺したい」という飛鳥の狂愛を一方的に向けられている星夜は照れ隠しに近い煩わしさを感じているのだと祐は認識していたのだが。 実際はこちらが想像する以上に根深い問題らしい。
「まったく、星夜は飛鳥のことになると相変わらずだな……。必要以上の隠し事は相手の誤解を招くことになると今回の件で嫌というほど身に染みただろうに」「それは、そうだけど」
最年長に子供じみた態度を嗜められて言葉を濁す星夜。 普段クールな彼がここまで聞き分けが悪いのも妙に珍しい。飛鳥の素性を隠したがるというより、とにかく自分の口から語ることを拒んでいるような――そんな雰囲気が感じられた。 星夜から得られる情報が無いなら朱雀に聞くのも一つの手ではあるが、どうしたものか。 昴に目配せで窺いを立てると「ふむ」と何やら考え込むように彼は腕を組む。
「〝黒スーツの男〟が冥国飛鳥だって判明したとき、オレたちにイロイロ喋ってくれたよな?」「あのときは注意喚起も兼ねて情報共有する必要があったからな」「けど、今のオレたちが持ってる情報つったら星夜のダチってことと――」「元同級生」「ハイハイ〝元同級生〟な。――その他は話術でヒトを騙すのが上手いってことと、あとは祐を狙った敵ってことくらいだぜ?」
弥生と昌浩を迎えたパーティーの際に語られたことは主にその三点だったはずだ。 相手からの接触で小一時間話をした祐でさえ、それ以外のことはほとんど知らない。
「最低限の情報と言われりゃそーだけどよ。依頼の内容を教えてもらえねーどころか、アイツが何者なのかすら知らされねーときて。仕事はキケンだから持たせられなくて、そもそも飛鳥には関わらせたくない。こんだけの騒ぎを起こしてんだからどれか一つでも詫びに話してもいーんじゃねーの?」「……………」
星夜は目を伏せて再び閉口する。 黙秘を貫くかと一同が思ったそのとき、長考を終えた彼の青藍の瞳は改めて昴を捉えた。
「世の中には知らなくていいこともある。中途半端な情報は誤解や不必要な憶測の機会を与えるし、興味本位で近付けば死を招きかねない。アイツがいるのはそういう場所だ」「なんだそりゃ。アングラ的な職業ってことか?」
好奇心で首を突っ込んだら殺される――そう言われて脳裏を過るのは、裏社会に生きる怖いお兄さんたちだ。思い返せば飛鳥も真夏なのに涼しい顔で黒いスーツを身に纏っていたし、やはりそういうことなのか。 具体的に深く切り込んだ昴に対する返答が引っかかって側近の反応を窺うと、彼は複雑な面持ちで僅かに肯定を示す。
「イメージしているものとは大きくかけ離れているが、ニュアンスはそうなんだろうな」「なんだその微妙な回答は」
近からずとも遠からず、といった曖昧な表現は翠も気になったらしく、即座にツッコミが入る。
「どこまで話したものか……」
言い回しに悩んでいるのか少し沈黙が流れる。一同が続きを待つなか、ようやく意を決したのか星夜は昴や維斗を始めとした歴神を見回し、最後に主である祐に向き直った。
「できることなら貴方や今期の歴神たちには先代の影響に縛られないまま青春時代を送って欲しいと願っています。負の遺産を継ぐのは今は俺や朱雀だけでいい――そう考えていますが、俺が情報を伏せていることに納得がいかないのなら、抽象的な内容で良ければお話します。少し難しい内容になりますが、それでもいいですか」「う、うん」
祐と今期の歴神たちはある種のワンチームだ。 しかし、星夜や朱雀のように先代国王に仕えていた二人と、翠を除いたメンバーが学生なのである。 貴重な青春時代を先代の暴虐と国のために費やしてきた彼らだからこそ、祐たちが大人になるまでは自分たちでカバーしなければならないと考慮してくれているらしい。 秘めなければならない項目が多いなら本質に触れられないのも仕方ない。語ると決めてくれただけでもありがたいのだが、問題は「難しい内容」があると前置きされたことだ。 自分は間違いなく理解が及ばないだろうなと一抹の不安を覚えつつ、分からなかった箇所はあとで密かに朱雀に聞くことにして戸惑いながらも小さく頷いてみせる。
「再度念押しをしますが、これから話す内容はあくまで全体の一部でしかありません。貴方を含め、事情を知らない歴神は個々で詮索しないことをこの場で約束してください」
僅かに顎を引き、真剣な眼差しで最後の確認を取る星夜。 その硬い声音に〝絶対〟の意思を汲み取った祐は一瞬返答を詰まらせた。
「俺は約束できるけど……。どっちかっていうと昴や睦月の方が――」
歴神のなかでも特に好奇心旺盛なこの二人はやるなと言われるほどやりたくなる性分だ。 釘を刺すなら間違いなくあちらだと、祐が懸念する男女に視線を投げると。
「オイオイなんでコッチ見んだよw んなのヤバい域かどうかくらい判断つくってwww」「そ、そうよ! コイツがいるから引き際は弁えるつもりよ!」「……ほらな。こういう奴が居るから本当は話したくないんだ」「はは……」
図星を突かれ、早口に捲し立てるリアクションからして裏で探る気満々なのがバレバレだ。さすがにノリだと信じたい祐から乾いた笑いが漏れる。
「せっかく話してくれるっつーのに今から星夜サマの機嫌を損ねてどーする。どーせ詮索できないように暈すんならちゃちゃっと頼むぜ」
脱線しかけた会話を翠が軌道修正し、やれやれと呆れた星夜は一息吐いた。 初めの茶番や動機の確認などでここに至るまで長くなったけれど、謎に包まれたあの狂人についてようやく語られるのだ。場は静まり、その中心に立つ人物へ意識が集まる。
「いきなり突拍子もない話になりますが、世の中にはこの国の存続に欠かせない存在が幾つかあります。俺たちが先代に仕えていた頃はそれらの一部と関わりを持っていたのですが、先日の件でアイツも俺たちが知る存在とは異なる存在と関わりがある家系の生まれだと判明しました」(……………なんて?)
ものの見事に具体的な名称すら出ない漠然とした話。 〝存在〟と称するものの正体を現段階で明かす気はないのだろう。早くも内心で複数の疑問符が浮かんでいるがひとまず話の続きを聞くことに専念する。
「その〝異なる存在〟が俺たちの知る存在に比べて少々厄介でして。浅く捉えるならば能力を要して接する必要があるものなんです。依頼はそれに関する内容なのでこれ以上詳しくは言えませんが、安定した魔力が求められる場に興味本位で近付き、深入りすれば誰であろうと簡単に死にかねない」「簡単に、って星夜でも……?」「ええ。――もちろん、深入りすれば、の話になりますが」
祐の元に集う歴神のなかで唯一対応できる総括でさえ、場合によっては死に直結しかねない仕事。 ざっくりと話を聞いただけに過ぎないが、冥国家がかなり特殊な家系であることは祐にも分かった。 しかし、ずっと真顔で話を聞いていた昴は、口をへの字にして眉間に深く皺を刻んだままで。
「なるほど、わからんが過ぎるな。端的に、ドストレートに、オレでもわかるよーに言ってくんね?」
日頃から勘を頼りに行動を決めているせいで、ほぼ一息で語られた長い説明に脳の処理が追いつかないらしい。開始数秒でキャパオーバーだと判断した彼がさらに簡潔に説明をするよう求めると、星夜は一瞬だけ面倒臭そうな顔をして、言いかけた言葉を呑みつつ口を開く。
「俺たちが知っている存在を含めて、これらの実情を知ればお前たちは間違いなく興味を持つか首を突っ込むだろ。〝実力不足な歴神が中途半端に知っていい話じゃない〟ってことだ」「豪速球のデッドボールぶち込まねーで数枚くらいオブラートに包んでくれよwww」
要望通りに歯に衣着せぬ物言いが浅いツボに入ったのか、肩と語尾を振るわせて笑う昴。 そんな彼らの傍らで燈弥は理解を示し、維斗も感想を恐る恐る発する。
「飛鳥さんに関わらせたくないと仰ってたのはそういう背景があったからなんですね」「簡単に死にかねない〝存在〟に関わる家系、か……。冥国飛鳥って実は人柄も実力も相当ヤバい奴なんじゃ……」「初めからそう言ってるだろ」
歪んだ愛情を抱いた相手には殺意を向け、少年の能力を測るために歴神を使って暗殺を試み、事実だけを語って言葉巧みに他者の思考を迷宮に陥れる男、冥国飛鳥。 二、三言ほど言葉を交わしてすぐにクセが強い印象を祐に抱かせた彼は、いざ正体を暴いてみれば国の根底を支える〝存在〟の一つに関与する家系ときた。 あのとき、彼に祐を暗殺する意思があったのなら。戦意を向けられて実力勝負になっていたら軍配はどちらに上がっていたか――否、圧倒的大差で負けていたことを思うと非常にゾッとする。 星夜が祐の身を案じて詰め寄った理由を今になって理解した。 側近の言動に不信感を抱いていた維斗も、ようやく納得したのか感心するように呟く。
「つまるところ、飛鳥は歴神と同等かそれ以上の実力者ってことか」「……その言い方は些か不服だが、まあ今回はそういうことにしておく」「めんどくせーなwww」
そんな発言に一瞬ピクリと眉を動かした星夜。どうやら自分の実力は飛鳥より上だと言いたいらしい。だが、この話題に至るまで再三話の腰が折れているのだ。表現に不満があることを指摘しつつも訂正を求めなかったのは早く切り上げたかったからなのだろう。
「ま、一応オレが聞きたいことは聞けたからいーわ。誰か星夜に聞いときたいことはあっか?」
長かった話が収束に向かったところで昴は他のメンバーに質問はないかと尋ねると、維斗は小さく手を挙げる。
「今更掘り起こす内容じゃないかもしれないが確認させてほしい。昴から聞いた話だと星夜は祐が先代の業務を引き継ぐことで『祐が国を傾ける』とか、だからこそ『星夜が先代の跡を継ぐ』って言っていたんだよな? あの言葉の意味は――」「今話したことの延長だな。実践経験の乏しい祐に仕事を振って最悪のことがあれば、また空位時代に戻って国が傾きかねない。そうなるくらいなら俺が先代の負の遺産を継いだ方がマシだと考えた」
悪びれもせずに即答した歴神総括の言葉に、その場で当人と対峙した昴が勢いよく噴き出す。
「オイ、そのままの意味ってw 確かにそうっちゃそうだけどよwww その紛らわしい言い回しのおかげでこちとら盛大に誤解するハメになったんだぞwww」「ああ。思惑通り見事に引っかかってくれたな」
勘の鋭い昴に誤解を抱かせることができたのは、従兄弟同士の関係を隠し、且つ祐に祖父の影響を受けさせまいと主を本気で裏切る決意が〝事実〟に置き換わったからに違いない。 言い方一つで味方を欺いた宰相に昴は悔しがりながらも大草原を生やし、睦月は呆れの息を吐く。
「まったく。器用なんだか不器用なんだか分かんないわね」「俺は一生誤解されたままでいいと覚悟決めていたんだけどな。改めての謝罪は――やめておきます」「うん。約束だからね」
互いに謝罪を重ねてしまうと、親子同然で過ごしてきた二人の間に大きな溝ができる気がして。祐は自身が無知であったことを、星夜は祐を裏切って刃を向けたことを双方で謝らないようにしようとあの日の夜に決めたのだ。
「本当に悪意なく、そのまま言葉通りの意味だったのか……。そこだけハッキリさせておきたかったんだ。教えてくれてありがとう」
銀髪の彼の疑問が解消され、他のメンバーからの質疑を待つも、続く質問はなく。
「んじゃ、星夜の方から何か言っとくことはあっか?」「そうだな。三――二つだけ話しておきたいことがある」「ほーん? どぞ」
昴に促されて前に数歩踏み出した星夜は、まず昴と維斗に向けて深々と頭を下げた。
「個々には謝罪したが改めてこの場を借りて皆に詫びたい。忠告や訴えに耳も貸さず、さらには今回の騒動に巻き込んで悪かった」
星夜の離反と入れ違うように城に来た弥生と昌浩にも「突然の事態で不安にさせたと思う」と謝罪を重ね、それから静かに見守る陰の功労者を交互に見遣って感謝を述べる。
「煌羅は祐と昴の怪我を治してくれたと聞くし、匠には後始末やフォローを任せてすまなかった」「い、いえ……! 私は少しでも皆さんのお力になれればと思って……」「そうそう。俺も自分にできることをしただけだからね」
事件の日、偶然にも城を訪れた煌羅は星夜に深手を負わされた祐と昴の傷を自身の治癒能力で瞬く間に完治させてくれた恩人だ。 匠は戦闘になったこの大食堂を情報の能力を使ってたった一人で復元してくれたし、星夜の裏切りを受けて傷心していた祐の話を聞いたり励ましてくれたりした。 二人とも心優しく謙虚な性格だからか星夜を責めることはせず、自らの為すべきことのために動いたのだとそれぞれ慎ましく語る。
「朱雀にも負担をかけて悪かった。色々と手回ししてくれたこと、感謝する」
十年以上前から先代の血を継ぐ従兄弟同士の関係を知っていた朱雀に無理難題を押し付けたことも詫びた星夜。 城に戻った直後、最年長の歴神である彼に呼び出されて説教を受けたと聞いたから、二人の間であれこれ話し合ったのだろう。再度の謝罪に朱雀は呆れの溜息を吐いて腕を組む。
「まったくだ。今回はお前の気持ちと祐とお前のことを考えて俺も止めはしなかったが、また事態が拗れるようなことがあれば次は無いぞ」「――ああ」
力強く頷いた星夜は最後に全員に対して改めて多大な迷惑をかけたことを深く謝罪した。
「何だか腑に落ちてないみたいですね。星夜さんと何かあったんですか?」「えっ? あ、いや……。何もないっていうか、逆に何もしてないっていうか……」
一人一人に真摯に謝る流れで約束を破ってこちらにも謝ってくるのではと心配していたが、それは杞憂だったようだ。ひたすらに頭を下げ続ける星夜を眺めていた祐に燈弥が小声で問うてくる。 声を掛けられると思っていなかった祐は咄嗟に思っていたことを口にしてしまった。どれだけ周りに気を配って話していても、傍にいる維斗にはしっかり聞こえていたようで。
「『何もしてない』って?」「確かに騒動を起こしたのは星夜かもしれないけど、何年も俺の態度が悪かったせいで本当のことが言えなくて隠し続ける必要があったわけだし……。みんなに謝らなきゃいけないのは俺もなんじゃないかなって思ったんだ」
事の原因は自分にもあるのだからと心境を打ち明けると、途端に二人は頬を引き攣らせる。
「それはちょっと、やめておいた方がいいんじゃ……」「今回に限っては朱雀が黙っていないだろうし星夜も星夜で――……。まあ、色々と拗れそうって言うか、余計ややこしいことになりそうな気がする」「そ、っか……」
これ以上話が拗れるのは祐としても避けたいところだ。 辛気臭い雰囲気の中に割り込む勇気が出ずに相談してみたものの、話を聞いてみれば維斗の判断の方が正しいような気がしてきて、彼らの助言を素直に受け止めて踏み止まる。
「んで? 今のが一つ目だとして、次は?」「祐のことで相談したいことがある」「っと、俺のこと……?」
血縁関係のことは既に皆に共有済みだし、改まって何かを話し合う必要は無いはずだ。 名指しされるような他の話題に心当たりがあるわけでもなく、祐は目を瞬かせる。
「各々事情があったにせよ、維斗、弥生――そしてアイツや俺に貴方は襲われているんです。これまでは何事もなく平穏に過ごせていたかもしれませんが、この先も同じとは限らない。……いえ、そう断言してもいいくらいには貴方の周りで事が動き始めている気がしてなりません」「事ってなに……? 俺、何もしてないよ?」
側近が指摘するように、この数か月で何度も命を脅かされたことは事実だ。 しかし、維斗は幼少期の復讐のために銃を突きつけ、弥生は大切なひとを人質に取られた上に嘘の情報を飛鳥に吹き込まれたために強襲し、星夜は従弟から真実を遠ざけるために対峙したのだ。すべての事件に共通点があるとは考えにくい。 少なくとも先代への恨み以外で命を狙われるようなことをした覚えはないと主張すると、側近の視線は僅かに逸れ、そして再び祐を捉える。
「表立った行動でなくとも歴神を招集するようになったことで貴方はますます国王としての存在を確立させつつあるんです。言い換えれば、貴方はいよいよ『帝の孫』として方々から注目を集め始めているんですよ」「な、なんで? ちゃんと外では如月姓を名乗ってるよ?」
先代亡きあと、城の外では十年近く〝如月一族の分家出身〟という設定で振舞っているのだ。 小学校に入学する前から一緒に過ごしてきた親友にさえ自らの身分を明かしたことがないのに、今さらボロを出すはずもない。 注目されるほど目立つような言動をしているわけでもなく、突拍子もないことを言い出す国王補佐に疑問が尽きない。
「『如月祐』であることを徹底していても、貴方の知らないところで『架軍祐』を知る者が何人も居るんです。アイツが接触してきた理由もそういうことでしょう」「―――……」
言われてみればそうだ。祐と飛鳥は面識がないにも関わらず、彼は祐が先代の孫であることを知っていて弥生を唆したり祐の目の前に現れたりした。 一度解散した歴神が再び集結しているともなれば、国のトップに動きがあると察されてもおかしくはないと星夜は言う。
「殆どの国民は先代を暴君と認識し話題すらもタブー視する傾向がありますが、一方で支持する者がゼロだったわけではありません。あの方の思想に賛同する者も居れば、今回のアイツのように先代の孫の〝架軍祐〟を利用しようとする者も現れてくる」「う、うん……」「これまでは貴方のことを知りながらただの穏和派な国王と見過ごされてきたかもしれません。しかし、王の周囲に動きがあれば良からぬ期待を抱く者もいるはずです。貴方への接触を図ろうとする者がこの先一人、二人では無いとしたら――」
もしも、飛鳥のような恐ろしい人物が何人も祐に近付いてきたなら。 応接室で向けられた、あの心まで凍りそうなほどの鋭い眼光を思い出して恐怖が甦る。
(命がいくつあっても足りない、ってことか……)
それは決してものの喩えなどではなく。 初めて飛鳥と遭遇したあの日。彼はその気になればいつでも祐を殺せたのだ。
「……………」
いくら他人より魔力量が多くても、祐は実戦に慣れていない。 今後も同様のケースに陥ったとき、一人で対処できるだろうか――そう頭の片隅に浮かんだ問いは即座に打消しの自答によって掻き消える。
(やっぱり外に出るべきじゃないのかな……)
――突如、先代に呼び出されてこの城で暮らすことになった頃のように。 ――星夜や朱雀など、一部の人物としか会うことが許されなかった頃のように。 ――城の敷地内が世界のほとんどを占めていた頃のように。 己が身の安全を考えるなら城から出ないことが最適解であることは祐も理解している。 先代国王がどのような考えで祐と両親を引き離したのか、その理由は今でも分からないけれど、もしも将来的に祐に危険が及ぶことを危惧していたのなら彼の判断は正しかったことになる。
「そっか……。俺は城に籠っていた方がいいってことだね……」
数か月前まで国王であることに不満を抱いていた自分が言えたことではないけれど。国王という立場ならば危険を招く行動をするより、いかに不測の事態を回避するか考えるべきだと納得する。 祐は一学生であると同時に沫依国(あわいのくに)の王なのだ。立場上、国のために己が身を護ることが最優先事項であり、楽しかった外での時間に後ろ髪を引かれて駄々を捏ねている場合ではない。 この場の誰もがそう感じたであろう策を口にすると、星夜と朱雀は同時にこちらを一瞥して、それから互いに視線を交わした。
「本来ならばそうすべきなんでしょう。しかしながら、先代の遺した爪痕による国民の不信は未だに根深く、見当違いの政策は暴動や反乱を招きかねない。将来、貴方が物事の判断をなさるとき、学生時代に培った社会経験が必ず活きるはずです」
感性を磨く貴重な思春期を籠城に費やしてほしくない、そう告げる側近に続いて「なるほど?」と理解を示したのは昴だ。
「つまり、相談したいことっつーのは祐の護衛だな?」「ああ。登下校は特に誰かが付き添うよう徹底したい。俺や朱雀が毎日送り迎えするわけにもいかないし、学生メンバーの協力が不可欠だ」
曜日ごとに固定もしくはランダムシフトのどちらかで、最低一人は祐のボディガードを務めるよう組むべきと星夜が提案すると、ときどき一緒に登下校するメンバーのうち、睦月、昴、匠の三人が強く頷く一方で、燈弥は表情を曇らせる。
「すみません、僕、たまに生徒会の活動があって……」「それは承知の上だ。誰の都合もつかないときにフォローしてくれると助かる」「わかりました」
帯や紐を武器として扱う睦月と鋭い直感と敏捷性のある昴、そして武道に長けた燈弥の三人は特に護衛にうってつけの歴神だ。彼らが傍に居てくれるなら祐としても心強い。 話し合いが終わったあとに各々の時間割や活動の予定を照らし合わせてシフトを組もうと軽く打ち合わせ、こうしてすべての話がまとまったかと思いきや。
「さーて、あと一つ話そうと思ってたことっつーのは?」
歴神総括が初めに漏らした数を聞き逃さなかった昴は濃灰色の双眸を青の彼に向ける。 最後の最後まで徹底的に詰める心算らしい長月の歴神に星夜は顔を顰めて言い淀んだ。
「……口を滑らせた俺が完全に悪いんだが、今伝えるにはあまりにも情報が不足している。余計なことを言って混乱と不安を招きたくない」「という建前は置いといて、本音は?」「……………」
面倒な質問を重ねるなとうんざりした眼差しが煽る青年に向けられる。 直感が冴える昴に誤魔化しなど効くはずもなく、またもや退路を断たれた彼は大きく息を溜めたあと、深く長々と吐いた。
「経緯を話すと長くなるから省くが、根拠も信憑性もない話だと念頭に置いて聞いてくれ」
先ほど話題に上がった飛鳥の素性と同様に前置きをして、星夜はある筋から聞いたという話を簡潔に語り始めた。
「――え……?」「……う、そだ……」
あまりにも突飛で、にわかには信じがたい内容に誰かが失意の声音で呟く。 祐を始め、この場に集う皆が衝撃に思考を停止させたに違いなく、星夜の口から発せられた人物の名に燈弥と維斗の顔色はみるみるうちに青ざめていった。
(そんなことが……本当に、あるの……?)
根拠も信憑性もない話だと星夜は言ったけれど。 うっかり口走るほど緊急性が高いと彼自身が認識しているのなら、噂はもはや事実なのではないかと祐は鈍る頭の片隅で思う。 死の概念という自然の理を覆し、国中が恐れた暴虐が再びこの地を掌握せんとしている――なんてフィクションじみた話を誰が信じるのかと、本当は軽く笑い飛ばしたいのに。 宰相が苦い顔で告げるものだからその場のノリで茶化せる雰囲気ではなくて。 各人に緊張と恐怖を齎した「架軍帝は死んでいない』の一言は、以降、多くの謎と事件を呼び寄せるのだった。