※サンプルでは読みやすいように改行や行間など編集しています。 (サンプル版はルビなしです)
五月、都内某所。 世間は黄金週間に突入し、多くの者が外出や行事で出かけるなか。 宰と麻葉もまた、新たな夏服を探すため、足を伸ばしてショピングモールを訪れていた。 春風薫る四月。若葉芽吹く五月。近くの河川敷は先月ならば見頃だっただろう桜並木があり、早くも夏のような強い日差しを受けた葉が青々と輝いていた。 どうやらちょっとした催事がやっているらしい。通りがけに屋台が出ているのを見つけた麻葉に「寄ってかない?」と誘われ、そちらへと向かった――のだが。 賑わいを見せる広場の一角だけ、やたらと空いたスペースがある。というより、ヒトが寄りついていないと言うべきか。そちらに宰と麻葉が揃って目を向けると、明らかに元凶と思しきナニかが喚き散らかしていた。
「ッキィィィィィ! ドイツもコイツも嘘、うそ、ウソ! そんなにウソを吐くのが楽しいか!!」
周囲の視線など気にもならないのだろう。青いレジャーシートを敷き、その上で地団駄を踏みながら酒缶を握りつぶしている酔っ払い(よく見れば辛うじてヒトと同じ体型をした悪魔だ)が、叫んでいる。
「何をやってるんだ、アイツは」「さあ? 一ヶ月遅れのお花見じゃない?」「見る花もないのにか?」
辺りには葉桜すら残っていないというのに、一体何を見て風情を楽しむつもりなのだろう。 ――というより。
「何をしていようが関係ないな。来たついでだ、周りの迷惑にもなっているし祓うぞ」「あはは、容赦ないねえ」
大声で叫んでいる悪魔の元へ進み出ると、こちらに気付いた相手は一人で発狂していたときと変わらぬ声量で怒鳴りつけてくる。
「待てッ、そこの二人ィイ! 近づくなァァッ!!」「近付くなと言われて素直に従う祓魔師がどこにいる。これ以上騒ぎ立てると問答無用で祓うぞ」
宰たちの行動を制するよう、片手の手のひらをこちらに突き出すジェスチャーをとった悪魔。 彼(外見の判断だが)は、念のためその場で立ち止まった金髪碧眼の少年を訝しむように睨んだ。
「祓魔師だとォ〜? またそんなウソを――ン゙!? キサマッ、ホンモノかッッ!?」「一般人が悪魔相手にそんな嘘を吐いてどうする」「ウグ…ッ……これは強敵の予感がするぞッ……!!」「はぁ?」
ついていけないノリに宰は片眉を上げる。 これまで遭遇した中級悪魔のなかでも、特段にクセが強そうな個体だ。「近付くな」だの、「キサマ」だのと、やや上から目線な口調には変わりないが、性格が些か――どころか、相当抜けていそうな印象を受けた。そう思っているのはきっと宰だけではないだろう。
「キサマからは正直者のニオイがするッッ!!」「だから何だ」
ビシッと効果音の幻聴が聞こえそうなほど指の先端まで力を込めた人差し指を向けられて、宰は呆れて半眼になる。 支離滅裂な言葉ばかり発して襲い掛かってくるかと思いきや、案外会話が成立することに驚きだ。 だが、迷惑であることに変わりはなく、そして、周囲の客にしてみれば宰と麻葉も自ら不審者に絡みに行った怖いもの知らずだ。ある意味、変人と捉えられているかもしれない。 同類に見られることは癪だが、攻撃性はそこまで高くなさそうな悪魔なので、ひとまず相手の目的を探ることに決めた。
「僕が正直者かなんてどうでもいい。お前がここで騒ぐ理由は――」「どうでもよくないぞ、少年ン゙ン゙ン゙~~!!!!」「だから、いちいち叫ぶな」
対話のラリーごとにツッコまれると話が進まなくなる。 隣で一言も声を発さない麻葉の目付き完全に冷ややかなもので、彼の中で〝厄介者〟と認められたことが宰にもありありと分かった(誰とでも穏便に接しようとする麻葉にしては珍しい)。
「わかったから、お前の目的を教えてくれ。なぜこのような場所で騒ぎ立てているんだ」「ソレガシは正直者だからな、すべて話してやろう! 世の中はウソで溢れ、正直者や真面目なヤツほどソンをする仕組みが出来上がっているッッ!! キサマもそう思わないかーーーッッ!!!」
足元にあった未開封の酒缶が握りつぶされ、勢いよく噴き出した中身がブルーのシートに飛び散る。宰は相手の声量と行動に思わず顔を顰めるも、これ以上諫めたところで時間の無駄なので話を続けることにした。
「そんな仕組みは今に始まったことじゃないだろう」「それはソレガシも理解はしている! だが!! ここ数年の四月一日と言えば! 世間がさらにウソで溢れかえる!! 個人も! 企業も! こぞって嘘、うそ、ウソ!!! なにがそんなに楽しいんだァァァァァアッッ!!!」「―――……」
兎にも角にも、うるさすぎる。 口をついて飛び出しそうになった言葉を心の中で毒づく宰。 余計な一言を放って敵意を向けられたくないので、容易に祓える条件が整うまで耳を塞ぎたい衝動を堪えるものの。隣では麻葉が「うるさ」とストレートに苦言を呈していた(相手の発狂の声が大きすぎて自分の声に掻き消されたのか、幸いにも聞こえていなかったらしい)。
「なぜそこまで嘘にこだわるんだ」「なぜ、だとッ!? カンタンなことだッ! 世の中みんな正直であったなら、悲しみの数が格段に減るからだッッ!!」「嘘も方便と言うがな。……まあ、お前の主張の大半は僕にも理解できる」「キサマは良いヤツだな、祓魔師ィィイイイイイ!!!」
どうやら気を昂らせる返答もよろしくないようだ。 歓喜で狂乱する相手は今にもシートの上で小躍りを始めそうだ。 宰はうんざりした溜息を一つ吐いて、自らの法力を高めて嘘嫌いの悪魔を今一度見遣る。 話を聞く限り、ヒトに益のありそうな思考を持っているようで、相手の主張には共感できる部分も多くある。だが、残念なことに至る場所であのように狂騒の問題を起こすのはいただけない。 動機もいたって単純な中級悪魔ならばさして苦戦はせずに祓えるだろう――そう考えながら、相手の真名を暴くべく目を凝らすと。
「言っただろう、少年。ソレガシは『すべて話す』と。そう疑わずとも真名くらい教えてやる」
振り切れた感情が正常に戻ったのか、悪魔は気を落ち着けて素のトーンでこちらに語り掛ける。 思わぬ申し出に一瞬驚いて相手の発言の真意を勘繰るものの、嘘が嫌いだと喧伝しているコイツが約束を違える真似をするとも思えなくて。
「……本気か?」
自ら真名を教えることは、悪魔にとって己の弱点を曝け出す行為――言わば自殺行為と同義だ。 念のために裏がないか問い返してみると、覚悟が決まっているらしい相手は静かにこちらを見据えて頷く。
「条件はあるがな。――なに、そう難しい話ではない。ソレガシは嘘を宣う者どもを呪いたいのだ」「嘘なんてピンからキリまであるだろう。まさか些細なものまで対象にして呪うつもりか?」「フッ、そんなこと現実的でないことはソレガシも承知だ。だがッ! 全身をウソで塗り固めているような輩にはッッ! 己の身から出たウソに苦しんでもらわねば気が済まないのだッッ!!」
聞けば聞くほど情が湧くというか。案外いいヤツなんじゃないかと思えてくる。 すべての嘘と広義ではなく、度合いや規模感の明確化と善悪の分別がつけば世の中の詐欺や成りすましなどの対策に一策を講じそうなものだが。 だが、これまで続いてきたヒトの営みが悪魔の手で淘汰されることは避けなければならない。 どんなに素晴らしい理想であろうと、現在(いま)を守ることが祓魔師や退魔師たちの役目でもあるからだ。
「もしかして、アレのこと『マトモな悪魔かも』とか思ってる?」「少なくとも思想はお前よりマトモだな。過激な面があることは否めないが、共感できることも多いうえに、倫理的にも度が過ぎたお前ほど酷くない」
感情が高まると発狂しだすのはマイナス評価だが。 麻葉とこの悪魔、友達になるならば恐らく後者だろうなと考えつつ、思ったことをそのまま伝えると、本音と嘘の判別がつくらしい嘘嫌いの悪魔は喜びのあまりに熱い抱擁を求めてくる。
「やはりッ、キサマはッ!! 話の分かる祓魔師だなァァアアア~~ッ!! トモよ~~~!!」「近寄るな、お前と抱き合う気はない」「オレには抱かれてるのに?」「お前は黙ってろ」「彼の前だから、ちゃんとジジツを言ったまでだよ」
目の前の悪魔より、まずコイツを滅するべきか。 公共の場で余計な暴露をするなと睨みを利かせて釘を刺すも、いつも通りに肩を竦めていなされるだけ――のように思えたのだが。
「オイィィイイッッ!! キサマッ!! 発言の八割二分をウソで塗り固めているキサマをソレガシはッッッ、見過ごすことなどできん!!」「お前の発言はどうにも軽いと思っていたが、普段から82%も占めているのか」「嫌だなあ。オレの感情と言葉の内容が一致してないだけだって」「それをヒトは『思ってもないこと(ウソ)』と言うんだ。知らなかったなら覚えておけ」
悪魔とヒトの感性が異なることは祓魔師としての常識だ。 麻葉が本心ではどう思っていようと、その場の空気に応じた発言をしていることも彼との対話を重ねる過程で知った宰は数値の高さに呆れ果てる。
「で、そんなウソだらけの大嫌いなオレをどうしたいって?」「無論ッ、自らの嘘にもがき苦しんでもらう!! 性と食に貪欲なキサマにはッッ、嘘を吐くごとに性欲が一割ずつ高まる呪いがッ、相応しいッッ!! どうだ恐ろしいだろう、はっはッハァァアア!!!」「いや、『はっはっは』じゃなくて」
――なんて? 嘘を吐くごとに性欲が高まる?? 82%の割合で嘘が出るならば、十回喋るだけで臨界点に相当近付くことになる。高まった性欲を発散させる対象になるのは誰だ? いや、誰とかそういう話ではない。そんな役目を一般人が引き受けて理性も精神も崩壊させられては困る。