※サンプルでは読みやすいように改行や行間など編集しています。 (サンプル版はルビなしです)
世間では黄金週間と呼ばれる長期休みが明け、遊びと休息を満喫した学生や大人のほとんどが平日の憂鬱に絶望を抱いた週の休日。 祓魔師を生業とする少年・屋奈倉宰は、数か月前、最悪な出遭いを果たした後に居付いた悪魔の片桐麻葉とともに、とある連続殺人事件を解決する鍵となった街を訪れていた。 通称〝オトナの街〟で知られる繁華街に来た目的は、淫魔族(サキュバス)が営む例のコンセプトカフェだ。 ここのオーナーやスタッフと懇意にしている麻葉は自身の縄張りとするここら一帯の近況を報告するついでに他地域の情報収集を行うため、定期的にこの店に通っているそうだ。今日の訪問もそれに関するものなのだが、悪魔同士の情報交換の場に人間の少年が同行しているのは、己の仕事に関連した有益な情報を得るためである。 人に害を成す魔を祓うことが宰の使命であり、それは時に急を要することもある。情報源がヒトであろうとなかろうと正確さと信頼のおける限り利用しない手はない。結果として、自分の仕事が戦闘に不向きな淫魔族が人間社会で平穏に暮らすための治安維持に繋がっているのだし、双方にとって悪い話ではないのである。 普段は開店準備の始まる時間帯に合わせて店に着くようにしているのだが、今日はマダムの都合で昼前には繁華街の居酒屋エリアを抜けていた。 店に着き〝CLOSE〟のプレートが表向きに掲げられたドアを麻葉がノックする。 それから待つこと数秒。姿を現したのは本日のお目当てのマダム――ではなく二人の少女だった。
「あはっ♡ いらっしゃい、待ってたよ♡」「麻葉くん、ツカサきゅん、こんにちは」
一人は地雷系を連想させる私服に身を包んだリユで、もう一人は艶やかな黒髪で清楚系女子を思わせるサナ。ここのスタッフとして勤務する二人は純血の淫魔族(サキュバス)だと言う。 本来ならもう少し遅い時間に出勤してくるはずの少女たちに出迎えられ、宰と麻葉は目を瞬かせた。
「あれ? 二人とも今日は早いんだね」「でしょでしょ? 今日はイロイロあってぇ、早出ってゆーかぁ、自分から来た、みたいな?♡」
ウキウキな二人とは対照的な物静かな店内に案内されると、開店準備の時間まで暇を潰していたのか、一番端のテーブルにはコンビニで買ってきたと思しき飲料やお菓子、スマホなどが乱雑に置かれていた。 促されるまま宰と麻葉が定位置の席に腰を下ろす裏で、リユとサナは手早くドリンクなどを用意し始める。
「せっかく早く来てもらったのにゴメンね。マダムがまだ商談中みたいでさぁ」「オレも宰も今日はフリーだから気にしないで。むしろ、こっちの都合で二人にも早出させちゃって申し訳ないな」「ううん。麻葉くんとツカサきゅんに会えるってマダムから聞いたから、私たちが勝手に来ただけだけなの。――二人とも、アイスコーヒーで良かったよね?? アサハくんはシロップとミルクありで、ツカサきゅんはどうする??」「僕はシロップだけでいい」
彼女たちとの付き合いが始まって、こちらも早いこと数か月。 魔界の中でも最上位級の悪魔だという麻葉の熱狂的ファンだと言う淫魔族(サキュバス)の二人だが、宰には未だに彼の何が良いのか微塵も理解できていない。わざわざ自分の時間を削って自主的に来るとは本当にこの〝推し(ヘンタイ)〟のことが好きなのだろう。 それはさておき、この店に在籍しているスタッフは他にもいるのだが、宰と麻葉の正体を知っているのはマダムの他にリユとサナだけで、逆にこの少女たちがヒトならざる者であることを把握しているのもオーナーを除けば自分たちだけなのだ。 一般人の前ではできない会話もこの場所ならば心置きなく話せるので、限られたメンバーしか居ない今の状況は情報交換に持ってこいで、双方にとって好都合なのである。 ――とある事態に至らなければ、に限られた話だが。
「マダムの話が終わるまでー、りゆたちとたっぷりおしゃべりしよ?♡」「もう、りゆってばズルい!! さなだって麻葉くんとイイコトも気持ちイイコトもしたいけど、今日はもっとトクベツ♡なコトするんでしょ??」
麻葉の両隣に座り、腕を絡ませて自らの太腿を撫でさせるリユと、豊満な胸を擦り寄せながら手を重ねるサナ。淫魔族(サキュバス)特有の魅惑的なスキンシップは童貞には毒になりそうなものだが、二人の少女の間に挟まれている青年は生憎と淫魔族(インキュバス)の性質を持ち合わせている最上位級の悪魔なのだ。麻葉には彼女らの魅了がまったくと言っていいほど通用せず、いつもの甘いマスクでニコニコと笑みを浮かべながら談笑を楽しんでいる。
「オレも二人に会うのが楽しみだったんだ。時間が許す限りたくさん話せたら嬉しいな」「ホントっ? まじで嬉しすぎ♡」「麻葉くんにいっぱい構ってもらえる……ん、っ…なんて……さな、うれしい……♡」(……僕は一体何を見せられてるんだろうな)
リユとサナが絡むとほぼ毎度の如くこうなので今さらツッコミを入れるのは野暮というものだ。 左右から異なる色仕掛けを受けても麻葉の理性はまったく揺るがず、ただただ肉欲を求める眼差しと良からぬ雰囲気が漂い続けるだけ。 余裕をかます悪魔の気分次第でいつ淫らな行為が始まってもおかしくない。こちらはこれでも思春期真っ只中の未成年者なのだ。そんな展開は避けて欲しいと願いつつ、宰はやれやれと呆れの溜息を吐いてピッチャーのシロップをアイスコーヒーのグラスに注いだ。 客として来ているわけではないのでこう表現するのもおかしな話だが、淫魔族同士が絡むともはや風俗に見えて仕方ない。彼らを視界に入れないようグラスを見つめては、氷の小気味良い音を聞きながら黒と透明――二色の密度の異なる液体をストローで混ぜる。 推しとのスキンシップを堪能したのか、少女たちがゆっくりと立ち上がる気配がしたので再びそちらへと目を向けると。
「じつはね、もう一つ出したいモノがあるんだ♡」「今から準備するから、ちょっと待っててね??」
いつも通りの態度に戻ったリユとサナはそう言い残して一度バックルームの方へと姿を消す。 そんな二人の後ろ姿を無言で見送った宰は、艶めかしさの嵐がひとまず過ぎ去ったことに安堵した。
「……いつ来てもあの二人は相変わらずだな」「宰はああいうノリ苦手だよね。オレは打算や裏表のない真っ直ぐなコは可愛くて好きだけどなあ。好意だろうと友意だろうと一途に想ってくれるコなんて、今の時代そういないよ」「……………」
あの少女たち(といっても実年齢はヒトの長寿ギネスを優に超えているらしいが)のことを麻葉は多くの中の一人としか思っていないくせに、よくそんな心にもない発言ができるものだ。 とはいえ〝魔界の異端児〟を自称するこのヘンタイな悪魔の趣味や恋愛的嗜好など、宰には全く興味がない。彼の自論を適当に聞き流しつつ、眼前のアイスコーヒーで喉を潤す。 隣の彼もシロップとミルクを注いで二つのピッチャーを空にしたかと思えば、少年のグラスの横に置かれていた残りのシロップまで追加で注ぎ、軽やかな手つきで液体の色が自身の髪色に近くなるまで混ぜた。
「……甘いのは苦手なんじゃないのか」「いいや? そんなこと一言も言ったことないよ」
少量注ぐだけで宰にはちょうど良い甘さになるのだから、追加で投入となればコーヒーの風味などもはや感じられない程の甘ったるさになっていることだろう。 明らかに過剰な摂取量だと真横の悪魔へ半眼で物申すと、彼はきょとんとした顔をしてから小首を傾げ――そこでようやく少年の言わんとしていることを察したのか合点のいった声を上げた。
「法力や精力の好みのことならそれはまた別だよ。多くの悪魔は甘いものやドロっとした食感が好きで、みんなこぞって同じものを狙うから、オレは穴場になる酸味や苦味に絞ってるって話さ。好みの味に限らず、キャンディでもチョコレートでも、基本的に何でも食べるよ」「あっっっそ」「ふふ、心配しなくても大丈夫。宰ほど法力と精力がドンピシャな味を持つヒトは他にいないし、キミの人間性が大きく変わらない限りオレも手放す気はないからね」「お前のその厄介な嗜好に甚だ迷惑しているのが未だに分からないのか」
こちらが年端もいかない女子だったなら、ニコリと向けられる爽やかな微笑みに黄色い声を上げていたかもしれないけれど。色欲に耐性のある祓魔師の少年が、たかがイケメンの囁きにときめくはずもなく、この悪魔の執着が続くことへの忌々しさが露骨に顔に表れた。 心配も嫉妬もするわけがない。むしろ人間の少年一人に固執せず、さっさと甘党にシフトチェンジして欲しいと宰が切に願っているのは本人も分かっているはずだ。 エサの争奪戦に麻葉が参戦すれば多くの悪魔が戦いや飢えで斃れることになる。それは魔界側への利敵行為となり、血の気の多い退魔師や使命を全うする祓魔師たちが奮い立つ機会を与えることにも繋がるのだ。頭脳と実力で最上位級に上り詰めた彼が無益な争いを避けるのも当然のことで、穴場になる味覚を選り好むなか宰と出会い、さらには『快楽に弱いヒトは漬けると美味くなる』という噂の真相を確かめるために祓魔師の少年をエサとして飼うことに決めたのだと聞く。 五日に一度、法力と精力の提供を求められる行為を宰が拒絶できないのは、自分の代わりに他者に飛び火する厄災が死を齎す可能性があると分かっているからだ。 コイツの大量殺戮を抑えるには宰自身が彼の欲求を満たすしか今のところ為す術がない。 他者の命を天秤にかけるまでもなく、下僕(エサ)としての役割を果たすことが人々の平穏を維持するために不可欠で、彼に出遭った瞬間から課された使命なのである。
「イヤよイヤよもスキのうち、でしょ? あれだけ善がってるんだから否定はさせ――」「一度『迷惑』の意味を調べてこい」