理科の実験で扱う素材の中には、身近でありながらも取り扱いに注意を要するものが少なくありません。今回は、そのひとつである「鉄」、とくに鉄粉の危険性について紹介します。
化学式:Fe
分子量:55.845
密度:7.874 g/cm
鉄は私たちの生活にとても身近な金属であり、理科の実験でも頻繁に使われます。釘や鉄線、鉄粉など、さまざまな形で登場しますが、その取り扱いには十分な注意が必要です。特に「粉末状の鉄(鉄粉)」は、目や肺への影響が懸念されます。
肺への影響:じん肺のリスク
鉄粉を長期間かつ大量に吸引すると、肺の中に粒子が生涯にわたり残留し、「じん肺(じんはい)」を発症することがあります。
これは肺が線維化して呼吸機能が低下する慢性疾患で、鉱山や工場などで発生する職業病の一種です。
ただし、理科の授業などで一時的に鉄粉を扱う程度では、発症のリスクは極めて低く、実験中に少量吸い込んだ程度で呼吸器障害が起こる可能性はほとんどありません。
目への影響:眼球鉄錆症に要注意
鉄粉による最大のリスクは**「目」への障害です。特に深刻なのが「眼球鉄錆症(がんきゅうてっせいしょう)」と呼ばれる状態です。
鉄粉が目の中に入り、長時間残留すると鉄イオンが網膜や水晶体、虹彩などと結合して、錆(さび)色の沈着や組織の変性が起こります。
網膜の神経に影響するため、視力の低下や視覚機能の障害をもたらす危険性があります。
特に、まばたきやこすった拍子に鉄粉が角膜に付着すると、わずか30分で角膜に錆が沈着するという報告もあります。
角膜は鉄の錆を形成しやすい環境であるため、目に入った鉄粉は迅速な処置が必要です。
目にの異物が入った場合、以下の対応をすぐに行いましょう。基本的に医療機関への受診が必要です:
流水または洗面器にためた水で洗い流す。
異物が完全に除去されたか確認するために、必ず医療機関を受診。
異物感が残る、または取り除けない場合は、まばたきを減らし、目を保護したうえで速やかに受診が必要です。
目を開けられない、または刺さったような場合は、触らず保護して受診。
鉄粉や針金、鉄を含む薬品を扱う際は、必ず安全めがねを着用しましょう。
目の高さより下で作業するように心がけ、粉塵が舞う環境は避けましょう。
保管時や廃棄時にも粉末が飛散しないよう注意しましょう。
【参考】
荒木俊一 (2002):中毒学 -基礎・臨床・社会医学 -, 朝倉書店 .
清水弘一 , 野寄喜美春 (1987):標準眼科科学 , 医学書院 .
堀内二彦 (2014)「角膜鉄粉異物の研究 -鉄錆形成環境について -」眼科臨床紀要 , 7(2), pp.83-89.
近畿中央呼吸器センター HP (じん肺
https://kcmc.hosp.go.jp/shinryo/jinhai.html 2021.11.24 最終閲覧)