2025/09/03
参加者:安藤 正雄、平野 吉信、西野 加奈子、蟹澤 宏剛、志手 一哉、田澤 周平、岩松 準、片岡 誠、曽根 巨充、染谷 俊介、勝田 尚哉、唐 詩、神谷 友里恵、田中 洋介、高山 空
書記:小島 瑚子、田村 真理
日時:9月3日(水)15時00分〜
開催場所:芝浦工業大学 ゼミ室
対面開催
会議概要
• 会議名: DfMAシンポジウム Vol.2 テーマ設定に関するディスカッション
• 目的: Vol.1の議論を踏まえ、次回のシンポジウムで取り上げるべき核心的なテーマと方向性を定める。
--------------------------------------------------------------------------------
1. Vol.1の振り返りとVol.2の方向性
1.1. Vol.1のテーマ分析と残された課題の特定
DfMAシンポジウムVol.2の企画は、Vol.1で提示された論点の分析から始まる。前回は、純粋な設計者ではなく、エンジニアリングやファブリケーターといった実務の専門家を登壇者に迎え、「生産情報」をいかに高度に作り込むかという、建設プロセスの「川下」における具体的な方法論(How)に焦点が当てられた。これは、プロジェクト全体の成否を左右する戦略的に重要な議論であった。
しかし、DfMAの概念は、プレファブリケーション、設計のモジュール化、コンストラクタビリティといった、より広範な領域を包含する。Vol.1ではカバーしきれなかったテーマが存在しており、今回の分析を通じて、生産情報の「作り方」という技術論は、そもそも「誰が、なぜ」早期連携を行うのかという、より上流の課題を解決しない限り、本質的な進展は望めないことが明らかになった。この認識が、本会議の議論を、業界で最も論争の的となっている概念「フロントローディング」へと導いた。
2. 主要テーマの深掘り:日本の建設業界における「フロントローディング」の実態と課題
2.1. 「フロントローディング」という言葉を巡る認識の齟齬
会議の中心的な論点として、「フロントローディング」という言葉の定義と、その認識にまつわる業界内の深刻な混乱が、業界全体の進歩を妨げる根本的な要因であることが浮き彫りになった。
具体的には、設計者と施工者の間で認識の乖離が著しい。設計者からは「なぜ設計者にローディング(負荷)されるのか」という言葉の響き自体に強い抵抗感があるとの意見が示され、協力体制の構築を心理的なレベルで阻害している実態が報告された。
多くのゼネコンは、日建連が2019年に発行した「フロントローディングの手引き」を活動の基準としているが、この手引き自体が施工者目線でまとめられている。さらに決定的な点として、この手引きにはBIMに関する記述が含まれていない。BIM導入前の思想で作成されているため、現在のモデルベースのワークフローとは乖離しており、設計者が真にコミットし難い内容となっている。
この認識のズレとツールの不整合が、業界全体の統一見解の形成を妨げ、各社が個別の取り組みに留まる「瞑想している」と表現されるほどの停滞状況を招いている。
2.2. ゼネコンにおけるフロントローディングの目的と現実
議論の核心として、フロントローディングは目的ではなく、あくまで「後工程での不具合をなくす」といった目的を達成するための「手段」であるべき点が強調された。しかし、若手社員を中心にフロントローディング自体が目的化する傾向が指摘され、本質的な価値が見失われている。
各社が成功事例を共有しても、プロジェクトの特性が異なれば他社の事例は適用できず、標準化は極めて困難である。特に設備分野では、インハウスで対応するか、サブコンに外注するかなど選択肢が多様化し、定義が一層複雑化している。
さらに、課題は企業間に留まらない。ゼネコン内部においても、例えば「安く契約したい」調達部門は「ギリギリまで引っ張って」価格交渉をしたいと考えるため、早期決定を目指す生産・技術部門とは利害が対立する。この内部の力学が、統一的な取り組みをより一層困難にしている。
この分析は、「フロントローディング」という言葉自体が協力関係の阻害要因となっていると結論付け、コンセプトを「コラボレーション」として再定義すべきという戦略的な提案に繋がった。この用語・手順上の行き詰まりは、問題が個社の意志力ではなく、業界の構造的な「枠組み」にあることを示している。したがって、議論は必然的に、真の協業を可能にも阻害もする契約という「仕組み」へと移行した。
3. 契約形態とプロジェクト・デリバリー方式の課題
3.1. 海外モデル(IPD, CM at Risk)と日本の現状の比較分析
フロントローディングの実践には、精神論ではなく具体的な「仕組み」としての契約形態が不可欠である。海外の先進モデルと日本の伝統的慣行とのギャップが、変革を阻む大きな壁として議論された。
• IPD (Integrated Project Delivery)
◦ 発注者(オーナー)主導のコラボレーションを必須条件とし、関係者全員でリスクと利益をシェアするマルチパーティ契約が特徴。AIA(米国建築家協会)等が標準契約書式を提供しており、概念としては明確である。
• CM at Risk (コンストラクション・マネジメント・アット・リスク)
◦ デザインビルドと設計施工分離の中間的な形態。「CMは幅がある。ピンからキリまである」と指摘された通り、非常に広範なアプローチを指す包括的な用語であり、標準化された契約形態が存在しないため、曖昧さが業界の混乱の一因となっている。
• 日本の設計施工一括
◦ ゼネコン主導でフロントローディングが実践される形態だが、発注者がプロセスに直接関与しない点で、発注者主導を原則とするIPDとは本質的に異なる。
さらに、英国の**PCA(Pre-construction Services Agreement)**のように、専門工事業者が発注者と直接契約する形態は、ゼネコンを頂点とする日本の階層的契約構造とは大きく異なる。これらの先進モデルが日本の商習慣の中で適用可能かどうかが、極めて重要な論点となる。
3.2. 変革の鍵を握る「発注者」の役割
議論を通じて、日本の建設業界における変革の成否は、最終的に「発注者」の意識と行動にかかっているという点で意見が一致した。
資材高騰と人手不足が深刻化し、「ゼネコンがリスクを取ってくれない時代」に突入した今、発注者がターゲットコスト設定などを通じてプロジェクト初期のリスク管理を主導しなければ、プロジェクトは成立しない。しかし、多くの発注者は「最終的にはゼネコンが何とかしてくれる」という過去の前提に依存している。
事実、日本でIPDが成功した唯一の例は、**外資系の「分かっている発注者」**が主導したケースであった。これは、発注者のリテラシーとリーダーシップが成功の決定的要因であることを明確に示している。
現在の日本の契約構造では、「今、決定権が設計に与えられちゃってるから」という指摘の通り、設計事務所が「我が社の仕様書」を盾にすれば、サブコンは対等な立場で技術提案をすることができない。発注者が強力なリーダーシップを発揮し、この硬直した力学を乗り越えない限り、業界の構造課題は解決されないと結論付けられた。
4. シンポジウムVol.2のテーマ案と方向性の集約
4.1. 議論から抽出されたシンポジウムの核心的テーマ
これまでの多角的な議論を踏まえ、Vol.2では単なる技術論に留まらず、業界の構造的な課題に切り込むことで聴衆に最大の価値を提供すべきとの方針が固まった。その核心的テーマとして、以下の3案が有力候補として抽出された。
• テーマ案1:「発注者のためのDfMA」
◦ なぜ今、発注者がフロントローディングやDfMAを理解する必要があるのか。コスト、工期、品質、そして事業リスクの観点から、発注者が主体的に関与する重要性を問い直す。
• テーマ案2:「みんなのフロントローディングとは何か?」
◦ 設計者、施工者、専門工事業者、そして発注者、それぞれの立場から見たフロントローディングのメリット・デメリットを明らかにし、三方良し(あるいは四方良し)の実現可能性を探る。
• テーマ案3:「コラボレーション vs コーディネーション」
◦ 業界で多用される「コラボレーション」の本質を問う。リスクシェアとの関係性や、単なる情報共有(コーディネーション)との違いを明確にし、真の協業のあり方を議論する。
これらのテーマに共通する根源的な問いとして、「何を早めに決めると、誰にとってメリットがあるのか?」をシンポジウム全体の通底テーマとすることが提案された。これらのテーマを深掘りすることで、日本の建設業界が直面する構造的課題を浮き彫りにし、参加者にとって示唆に富んだ議論が期待される。
5. 決定事項および今後のアクションプラン
5.1. 次回会議とシンポジウムのスケジュール
• 次回企画会議:
◦ 日時: 12月6日 15:00〜
• シンポジウムVol.2 開催日時(仮):
◦ 日時: 3月27日(金)午後
5.2. 参加者への次回までの課題
• 課題:
◦ 今回議論されたシンポジウムの方向性に基づき、各テーマ案に登壇者として相応しい候補者を各自検討し、次回の企画会議で提案できるように準備する。