空き家問題(住宅問題)
持続可能な未来に向けた空き家問題解決への提言
1. はじめに
総住宅数が世帯数を大幅に上回った結果、全国で900万戸に迫る空き家が発生するという深刻な構造問題を抱えている。この問題は、社会全体の「負債」として、その支払いを今の我々ではなく、将来世代に先送りしている状態に他ならない。
にもかかわらず、依然として新築住宅の建設を優遇する政策が続けられている現状は、大きな矛盾をはらんでいる。本提言は、この根本的な矛盾を解消し、我が国が真に持続可能な社会へと舵を切るための具体的な方策を示すものである。
2. 現状認識と課題
現状認識と課題は以下の通りである。
空き家は「資産」ではなく「負債」である: 多くの空き家は、所有者個人にとっての金銭的・管理的負担であると同時に、地域社会にとっては景観、防災、防犯上のリスクであり、行政にとっては財政を圧迫する要因となっている。
新築優遇政策の構造的矛盾: 新築住宅への補助金は、省エネや子育て支援といった個別の目的を持つ一方で、マクロな視点では空き家の増加を助長し、既存住宅ストックの価値を相対的に毀損している。これは、社会全体として「アクセルとブレーキを同時に踏む」極めて非効率な状態である。
放置がもたらす未来: このままでは、地方や郊外から社会インフラの維持が困難な地域が続出し、不動産価値の二極化は極限に達する。国土の荒廃と、世代間の深刻な不公平を招くことは避けられない。
2.1. 【シミュレーション】現状を放置した場合に予測される「静かなる破綻」のシナリオと、その代償
現状の矛盾した政策を続けた場合、我が国は突発的な経済危機ではなく、より深刻な「静かなる破綻」へと向かう。その具体的なシナリオと、最終的に誰がその代償を支払うのかを以下に示す。
シナリオ1:国土の極端な二極化と「負動産」の蔓延
大都市中心部など一部の価値ある土地は、富裕層や海外資本の投資対象となり価格が高騰し続ける一方、地方や郊外の多くの土地は買い手がつかず、資産価値がゼロ、あるいは解体費や税負担を考慮するとマイナスとなる「負動産」と化す。国土はまだら模様に価値が分断され、国民の間に深刻な資産格差が生まれる。
【誰が支払うのか?】
この代償を支払うのは、価値のない不動産を相続してしまった個人であり、売ることも活用することもできず、ただ税金と管理費という負債を抱え続けることになる。
シナリオ2:地方の金融・行政システムの機能不全
空き家の増加によって地域の不動産価値が全体的に下落し、それを担保に融資を行ってきた地方銀行は巨額の不良債権を抱え、経営危機に陥る。また、空き家の所有者が固定資産税を滞納するケースが増加し、自治体の税収はさらに悪化する。
【誰が支払うのか?】
この代償を支払うのは、その地域の住民全体である。金融機関の破綻は預金者に損失を与え、自治体の財政悪化は、残された住民への増税や行政サービスの質の低下という形で、生活に直接的な打撃を与える。
シナリオ3:社会インフラの崩壊と居住困難エリアの発生
空き家の増加がもたらす人口減少と税収不足により、自治体は道路の補修、水道管の更新、除雪といった生活に必須のインフラ維持が不可能になる。インフラが崩壊したエリアは、電気・水道・交通が途絶え、治安も悪化し、人が住むことが困難な「居住困難エリア」として国土から切り捨てられていく。これは、国土の一部喪失に等しい。
【誰が支払うのか?】
この代償を支払うのは、そこに住み続けることを余儀なくされた住民であり、彼らは文明的な生活を維持する権利そのものを失う。そして最終的には、国土の一部を失うという形で、国民全体がそのツケを払うことになる。
3. 提言内容
以上の課題認識に基づき、以下の3点を強く提言する。
提言1:政策の基本理念を「新築重視」から「ストック活用最優先」へ転換すること。
国の住宅政策の根幹に、「今あるものを最大限に活かす」という原則を据えるべきである。あらゆる政策判断において、既存住宅ストックの活用が新築建設よりも優先されるべきというコンセンサスを、社会全体で形成する必要がある。
提言2:既存住宅の活用を強力に促進する、具体的かつ大胆な支援策を講じること。
「ストック活用」を絵に描いた餅に終わらせないため、以下の施策を強力に推進すべきである。
(1) リフォーム・リノベーションへの大規模な財政支援: 耐震、断熱といった住宅の安全・性能を向上させる改修に対し、新築補助金を上回る規模の補助金制度を創設する。これにより、中古住宅の価値を向上させ、安心して住める環境を整える。
(2) 権利関係の円滑化に向けた司法的・行政的サポートの拡充: 相続手続きの簡素化や、所有者間の合意形成を支援する専門家(弁護士、司法書士等)の派遣事業を全国で展開し、「塩漬け」状態の空き家が市場に流通するよう促す。
(3) 空き家活用と地域再生を一体で進める事業への投資: 空き家を移住者向けの住宅、サテライトオフィス、地域の交流拠点などとして再生するNPOや民間事業に対し、初期投資や運営費を支援する。これにより、空き家対策を地域の雇用創出や魅力向上に直結させる。
提言3:新築補助金制度の抜本的な見直しを行うこと。
「欺瞞的」とも言える現状の矛盾を解消するため、原則として新築への補助金は縮小・停止し、その財源を提言2の施策に振り向けるべきである。災害からの復興など、真に必要な場合に限定し、その目的と効果を厳しく検証する必要がある。太陽光パネルの設置等による環境性能向上は、新築時だけでなく既存住宅への設置をより強力に推進すべきである。
4. 期待される効果
本提言が実行されれば、以下の効果が期待される。
環境的効果: 建設・解体に伴うCO2排出と廃棄物の大幅な削減。
経済的効果: 数十兆円規模の新たなリフォーム・リノベーション市場の創出と、それに伴う内需拡大。地域に根差した持続可能な経済循環の実現。
社会的効果: 新築に偏らない多様な住宅選択肢の提供による、住宅費の安定化。安全な住環境の確保と、将来世代の負担軽減による世代間の公平性の確保。
5. おわりに
「まず、900万戸の家をどうするのか」。この問いから目をそらし続けることは、もはや許されない。短期的な経済指標や業界の都合を優先する政策から脱却し、100年後の日本を見据えた、本質的な住宅政策へと転換する歴史的な岐路に我々は立っている。
少子高齢化で、この国の「負債」を引き継ぐ者はいない。
全国に散らばる老朽化した空き家という「第一世代のツケ」。問題を先送りしたそのツケを支払うのは、その家に住んでいた人ですらない。すべては、この国の未来を生きる、全く無関係の子供たちなのである。
そして、この「建てっぱなしで未来を考えない」という思想は、今、形を変えて、大都市でさらに巨大な「次世代のツケ」を生み出そうとしている。希望を胸に新しいタワーマンションの鍵を受け取った新婚さんたちの夢を、30年後に「こんなはずではなかった」という悪夢に変えないために、私たち社会は、今すぐ行動を起こさなければならない。なぜなら、タワーマンションはその大規模さゆえに、修繕費用は数十億円規模に跳ね上がり、数百世帯の利害が絡む合意形成は絶望的に困難になるからだ。だからこそ、そのリスクを個人に丸投げするのではなく、購入時に将来の修繕推計と合意形成の困難さを示すことを義務付け、さらに国や都が管理組合の運営を支援し、将来の再生を円滑にする法制度を今すぐ整えるべきなのである。
これらの「負の遺産」を前に、未来の子供たちは、一体どのような審判を我々に下すのだろうか。その子供たちには、選挙権はない。
未来への責任を果たすため、国、自治体、そして国民一人ひとりがこの問題を直視し、行動を起こす時である。
以上