夫婦別姓と家系継承について
苗字の継承と家族のあり方に関する包括的解決策の提言
1.はじめに
我が国は現在、氏(以下、苗字)のあり方に関して二つの深刻な課題に直面している。一つは、少子化と現行の婚姻制度に起因する「苗字の多様性の喪失」という文化的危機。もう一つは、個人の尊厳と伝統的価値観の間で板挟みとなり、数十年にも及ぶ「選択的夫婦別姓をめぐる議論の膠着」という社会的停滞である。本提言は、これらの課題を個別にではなく、統合的に分析し、対立構造そのものを乗り越える、新たな解決の道筋を示すことを目的とする。
2.現状の課題分析
【文化的多様性の喪失】 少子化による血縁の自然的途絶に加え、現行の夫婦同姓制度(婚姻の約95%で女性が改姓)が、苗字の減少を構造的に加速させている。これは国民共通の無形文化遺産である多様性の喪失に他ならない。
【個人の不利益と尊厳】 改姓は、身分証明書や各種契約の名義変更など、多大な社会的・経済的コストを個人に強いる。また、職業上の実績や自己同一性(アイデンティティ)の継続性が損なわれることは、個人の尊厳に関わる重大な問題である。
【社会的議論の膠着】 選択的夫婦別姓制度の導入をめぐる議論は、「伝統的な家族観の尊重」と「個人の自由・男女平等」という価値観の対立に終始し、長年にわたり解決の糸口が見出せない。この停滞は、法の下の平等を求める多くの国民を置き去りにし、社会の分断を固定化させている。
【家系の断絶という現実】 少子化が深刻化する現代において、これは最も切実な課題の一つです。子どもが多かった時代には、他の兄弟が家名を継ぐことで問題が表面化しにくかったのに対し、一人っ子の家庭が増えた現在、その一人っ子である男性または女性が結婚し現行制度のもとで改姓することは、単なる心理的負担に留まりません。それは、その家系(苗字)が物理的かつ記録上、完全に途絶えることを意味し、多くの家族にとって避けがたい現実となっています。
3.課題解決に向けた選択肢の比較検討
これらの複合的な課題に対し、考えうる解決策はいくつかの段階に分類できる。
第一に、現状維持という選択肢がある。これは新たな法改正を必要としないが、前述の課題を何一つ解決せず、むしろ深刻化させる。苗字の多様性は失われ続け、個人の自由は社会慣習の下で形骸化し、少子化と相まって家系の断絶はより一層切実な問題となる。
第二に、現在広く議論されている選択的夫婦別姓制度の導入である。これは、個人の尊厳と選択の自由を保障し、男女平等を推進する上で極めて重要な一歩となる。苗字の多様性喪失を大幅に緩和する効果も期待できる。しかしながら、この制度も万能ではない。どちらかの姓を子が継ぐという選択は残り、選ばれなかった側の家系継承という課題は残存する。また、「伝統か自由か」という社会の対立構造そのものを解消するまでには至らない。
そこで本提言は、これらの選択肢の限界を踏まえ、さらに一歩進んだ解決策を提示する。それが、次章で詳述する『創造的複合姓制度』である。この制度は、個人の自由を最大限に尊重しつつ、伝統的な家系の継承という価値観をも新たな形で肯定し、社会の対立を融和させることを目指すものである。
4.総合的解決策としての『創造的複合姓制度』の提言
上記比較検討の結果、我々は現行の対立構造を解消し、全ての価値観を包摂する総合的解決策として**『創造的複合姓制度』**の導入を強く提言する。
4-1. 制度の理念
本制度は、氏の選択を単なる行政手続きとしてではなく、新しい家族の始まりを象徴する**「夫婦の最初の創造的な共同作業」**と位置づける。これにより、「伝統か自由か」という対立を乗り越え、全ての夫婦が自らの価値観に基づいて、納得のいく形で家族の物語を始めることを可能にする。
4-2. 制度の概要
婚姻届の提出時、夫婦は以下の選択肢から自らの姓を選択できる。
夫の氏
妻の氏
夫婦別姓(※法改正が別途必要)
新しい氏の創設(本提言の核心)
本提言の核心である「新しい氏の創設」は、主に以下の方法を想定する。
①複合型: 夫婦双方の氏から一文字ずつなど、要素を組み合わせて新しい氏を創る。
②重奏型: 同姓同士の婚姻や、一文字の氏の場合に、その文字を重ねるなどして新しい氏を創る。
【例】: 「林」さんと「林」さんが結婚し、新しい姓として**「林林(りんりん)」**を創設する。
③創造型: 夫婦の思い出の地名や、大切にする価値観などから、全く新しい氏を創る。
4-3. 【具体例】で見る家系継承の実現
本制度が、いかにして「家系の断絶」という課題を解決するか、具体的な事例をもって示す。
【事例】
「鈴木 太郎」さんと「佐藤 花子」さんが結婚する場合。
現行制度:
どちらかの姓を選択。仮に「佐藤」姓を選ぶと、「鈴木」という姓の家系は、記録上、太郎さんの代で途切れたように見える。
本制度(複合型を選択):
二人は、それぞれの姓から一文字ずつ取り、新しい姓**「木藤(きとう)」**を創設し、届け出る。
夫:木藤 太郎
妻:木藤 花子
子:木藤 一郎
【家系継承の証明】
この例において、新しく生まれた「木藤」という姓は、その成り立ち(鈴木+佐藤)自体が、「鈴木家」と「佐藤家」の両方に由来することを明確に示している。
これにより、子の「木藤 一郎」の戸籍や家系図には、父方の祖父母(鈴木家)と母方の祖父母(佐藤家)の両家の血筋が、断絶することなく一つの名の下に合流したことが客観的な事実として記録される。これが、本制度が実現する**『両家の家系継承』**である。
5.歴史的・文化的正統性:『伝統の再発明』
本提言の「複合姓」という発想は、全く新しいものではない。それは、かつて日本の武家社会に存在した**「一字拝領」の文化を、現代の価値観のもとで再発明する試み**である。
【歴史的実例】
天下人となった豊臣秀吉は、織田信長の家臣時代、有力な同僚であった**丹羽(にわ)長秀と柴田(しばた)勝家への敬意を示すため、両名の姓から一字ずつを取り「羽柴(はしば)」**という新しい姓を自ら創り出した。これは、家柄ではなく個人の才覚と人間関係によって、自らのアイデンティティと家の始まりを築いた、歴史的な実例である。
『創造的複合姓制度』は、この「敬意の証として名を創造する」という日本の伝統的な価値観を、現代に蘇らせるものである。ただし、その敬意の対象は、権威者である主君や同僚から、人生を共にする対等なパートナーへと変わる。
これは「伝統の破壊」ではなく、**「伝統の民主化」**であり、男女平等の社会にふさわしい形で文化を継承・発展させる、極めて正統性のある提案である。
6.新制度が拓く社会的展望
本制度は、単に婚姻制度の選択肢を増やすに留まらない。苗字を「継承すべき固定的資産」から**「夫婦が共同で創造する象徴」**へと転換させることで、以下の社会的価値を創出する。
家系情報の質的深化: 人口が減少する中にあっても、個々の家系図は合流を重ねることで、その情報的密度と物語性を増していく。これは、人口という「量」の減少を、家族の物語という「質」の深化で補う、新たな文化の創造である。
デジタル社会との親和性: 複雑化する家系情報は、デジタル技術と結びつくことで、「自身のルーツネットワークを可視化する」といった新たな文化的活動や社会的資源となりうる。
7.結論
氏をめぐる問題の根源は、法制度そのもの以上に、「家族とは何か、苗字とは何か」という硬直化した社会観にある。本提言が示す『創造的複合姓制度』は、その価値観自体に働きかけ、対立を融和させ、全ての人が自らの家族の物語を、誇りと愛情を持って主体的に紡いでいける社会を実現するための、最も効果的かつ包括的な解決策であると確信する。
以上