1. はじめに
鰓曳動物門Priapulidaは、海底に生息する無脊椎動物の一群で(図1)、動物の中で一つの「門」(生物分類上で比較的大きな分類単位)を構成しています(「脊椎動物門」や「節足動物門」、「軟体動物門」など他に30超があります)。鰓曳動物門は、節足動物門(昆虫や甲殻類、クモ、ムカデなどの仲間)や緩歩動物(クマムシの仲間)、線形動物門(線虫の仲間)、類線形動物門(ハリガネムシの仲間)などとともに、動物の中で「脱皮動物」と呼ばれる一つのまとまったグループを構成しています。古生代、特にカンブリア紀(約5億年前)の地層からは、鰓曳動物によく似た脱皮動物(ほとんどが真に鰓曳動物かは不明1)の化石が多く見つかっていますが、現生種は少なく、わずか23種に限られます2,3。
現生の鰓曳動物は7属(エラヒキムシ属Priapulus、プリアプロプシス属Priapulopsis、アカントプリアプルス属Acanthopriapulus、ハリクリプトゥス属Halicryptus、トゥビルクス属Tubiluchus、マッカベウス属Maccabeus、Meiopriapulus属)から構成されます。鰓曳動物内部の系統(生物の進化の道筋)については、あまり焦点を当てて研究されておらず、これまでに分子データ(DNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列)や形態データからある程度の解像度が得られていますが、未だに完全に解決されてはいません。また、属より上位の分類体系に関してもいくつもの異なるものが提唱されてきていて安定しておらず、文献によって範囲が異なる分類群が多いことも混乱を生んでいます。本研究では、インターネット上のデータベースに公開されている4遺伝子(18S、28S、COI、H3)の塩基配列を用いて、これまでの分子系統学的研究では最大数の鰓曳動物8種を含むデータセット(データの集合)を作成し、コンピューターを使った解析によって分子情報から生物同士の系統関係を推定する「分子系統解析」というアプローチで鰓曳動物の系統を推定しました。
図1.現生の鰓曳動物(A,B)および鰓曳動物に似た古生代の脱皮動物(C–F).A,エラヒキムシPriapulus caudatus;B,Halicryptus spinulosus;C,Ercaivermis sparios;D,Eokinorhynchus rarus;E,Ottoia tricuspida;F,Radnorscolex latus.
分子系統解析においては、様々な要因によって系統誤差(特定の原因によって測定値が偏る誤差、偶然誤差と対照される)が生じることがあり、それにより誤った系統関係の支持に繋がる可能性があります。本研究ではこれに対処するために、ここでは詳しくは述べませんが、系統誤差を軽減する複数の方法(RY-coding、混合モデルなど)を用いて系統解析を行いました。
本研究ではいくつもの解析を行いましたが、結果として、系統誤差が特に軽減される解析状況下では、現生の鰓曳動物について、図2のような系統関係:(トゥビルクス属, (Meiopriapulus属, (ハリクリプトゥス, (プリアプロプシス属, エラヒキムシ属)))) が支持されました。しかし、この系統樹では特に鰓曳動物の最後の共通祖先の位置についての支持率が低く、特にトゥビルクス属とMeiopriapulus属のどちらが鰓曳動物の中で最初に分岐したかが曖昧となっています。したがって今回の解析では、鰓曳動物の系統に関して依然として不明な点が残った形となります。
図2.本研究において,系統誤差が特に軽減される解析状況下で得られたベイズ系統樹.支持率は事後確率.系統樹の事後サンプルから,単系統性(系統としてまとまっていること)が確実であると考えられる複数のグループがすべて単系統となるもののみを抽出し,コンセンサス系統樹を計算したが,ノード上の丸印はそれらのグループを示している.
しかし、本研究で示唆された系統関係は、近年文献中でよく使われている鰓曳動物の複数の分類体系36-39のうち、少なくとも一部が非単系統群(系統としてまとまっていない群)を含んでいる可能性が高く、改訂の必要があることを示唆しています。
本研究ではわずか4遺伝子を使用したため、鰓曳動物全体の系統を高い信頼性を持って推定できるほどの情報量が不足していると考えます。したがって今後は、データベース上のゲノムやトランスクリプトームといった大規模データを追加し、解析を行う予定です。