御大禮記念樹(新潟県南魚沼市塩沢 )
写真提供:鈴木牧之記念館
撮影日:2024年5月
【所在地】
新潟県南魚沼市塩沢 1112-2 鈴木牧之記念館
【所有者(保管者)】
【内容】
井上円了による「御大礼記念樹」の題字を刻んだ石碑。建立地は、新潟県南魚沼市塩沢(現南魚沼市塩沢)に所在した塩沢尋常小学校で、現在は鈴木牧之記念館の敷地となっています。「大正四年十一月十日」の紀年銘から、この石碑は大正天皇即位の記念植樹とあわせて建立されたもので、円了が全国巡回講演の一環で、1915年(大正4)10月1日に同校を会場として講演を行った際に、題字を依頼されたと考えられます。
このときの講演会について、円了は『南船北馬集』第12編(PDF/テキストデータ)に次のように記録しています。
“
十月一日晴れ。早朝、来迎寺より随行黒田忠恕氏とともに軽便に駕し、小千谷町より腕車をとり、車行十一里にして南魚沼郡塩沢町に着す。ときに午後一時なり。来迎寺よりここに至る道程は十四里ありとす。午後二時、開会。主催は町教育会、会場は小学校、発起は会長井口隆氏、僧侶石井経宗氏、郵便局長会田駒三郎氏等なり。しかして休憩所は井口旅館なり。本町は従来、薄荷円の製造をもって世に知られしも、近年、宝丹、仁丹等に圧せられて、その業大いに衰えたりという。 (中略) 当夜、暗をつきて車をめぐらすこと約一里、郡役所所在地たる六日町に至りて開会す。
”
塩沢町は、江戸時代、中山道から分岐して越後長岡方面(現新潟県)へと向かう脇往還、三国街道筋の宿場町として発展しました。六日町(現南魚沼市)は、ここから長岡に向かって次の宿場となります。
塩沢町で講演を行うに際して円了は、まず両親の法要を営むため、前日の9月30日の夕方から故郷の来迎寺村(旧浦村、現新潟県長岡市)に滞在しています。そして、翌朝早くに出立して塩沢町に駆けつけ、そのまま小学校で講演を行いました。この後、休む間もなく、同日夜に開催される講演会に備え、三国街道を六日町に向かって移動していきます。石碑の題字は、まさにこのタイトなスケジュールのあいまを縫うようにして揮毫されたものになります。
塩沢町の特産品として、円了は薄荷円(はっかえん)を取り上げていますが、このほかにも同地は越後上布などの織物の産地としても知られています。この地域の民俗を記した名著『北越雪譜』の著者である鈴木牧之も、塩沢の地で織物を扱う商人でした。同書は、豪雪地での人々の暮らしぶりを伝えるとともに、妖怪に関する伝承も多く収録しており、円了はこれを妖怪学の資料として活用しています。
江戸期の地方文人である牧之と、明治・大正期の知識人である円了。現在、鈴木牧之記念館に建つ石碑は、同じ越後に生まれ、民衆の暮らしと文化に関心を寄せたこの二人の人物について、時代を超えその縁をつなぐものとなっています。
【アクセス】
電車:上越新幹線越後湯沢駅で上越線に乗換え、JR塩沢駅から徒歩10分
タクシー:上越新幹線越後湯沢駅からタクシー25分
自動車:関越自動車道塩沢・石打ICから15分
関越自動車道六日町ICから15分