細胞壁と光合成系への窒素分配

<はじめに>

自然界では植物の成長はしばしば土壌の無機窒素に制限されています。植物体内では窒素はタンパク質の構成元素として必須であり、植物の窒素のうちの多くは光合成を行う葉に存在します。葉では、光合成タンパク質に多くの窒素が使われており、葉の窒素は光合成能力の指標として使われることもあります。窒素あたりの光合成速度は「光合成の窒素利用効率」と言われ、限られた資源である窒素を光合成に如何に上手に利用しているかの指標と考えることができます。この光合成窒素利用効率は、高い方が良いように思えるのですが、自然界には高いものから低いものまで様々です。なぜ光合成窒素利用効率が低いものがいるのか、そしてその生態学的な意義は何なのか? これらの疑問に以下のイタドリの実験で取り組みました。

<イタドリの実験>

イタドリは富士山など火山跡などの植生がない状況にもいち早く侵入できるパイオニア種で、冬季落葉性の多年草です。その発芽特性は春から夏までばらつくことが知られており、生育期間おわりまでの成長量が冬の生存率に重要であることが知られています(Maruta et al. 1976, 1983)。当然、発芽時期が遅いものは、生育期間が短くなり、不利であるわけです。私の研究では、ポット実験で,5月に発芽させたものと8月に発芽させたものを比べました。すると葉の性質が随分違うことに気づきました。光合成を測ってみると、遅く発芽させた個体の方が光合成が高い。一方で葉の寿命は5月に発芽した個体のほうが長い。葉の窒素分配を調べて見ると、遅く発芽した個体は、細胞壁への窒素分配を犠牲にして、窒素の多くを光合成の鍵酵素であるルビスコに分配していました。つまり遅く発芽した個体は、残りの生育期間が短いことに気づいて短期決戦型の葉を、早く発芽した個体は光合成は低いけれど長い生育期間を耐えられるような頑丈な葉を作ることが分かりました。葉の寿命と光合成能力にはトレードオフがあることが知られていますが、その原因が光合成系と細胞壁間の窒素分配のトレードオフに基づいていると示したのは、この研究で初めてだと思います(Onoda et al. 2004)。

冷蔵庫に保存された種子が、突如撒かれているにも関わらず、生育期間のどのくらいの位置にあるのかを理解して分配を変えることができるってことは、純粋にすごいことだと思います。

<その後>

後輩だった高島くんが、同様の比較をコナラ属4種でも行い、同様の結果が見られました(Takashima et al. 2004)。イタドリやコナラ属の実験は栽培実験ですが、野外でも同様のことが起こっているはずだと考え、八甲田の雪田植生(雪解け時期が場所によって大きく異なる)でも行い、実際に光合成と寿命の調整があることを確認しています。一方で、いろんな系統の種を比較した実験では必ずしも明確な窒素分配のトレードオフが見られない例もあり、さらなる検証をやらないとなぁと思っています。

<余談>

イタドリの実験は私の卒論で始めたものです。栽培実験の当初の目的は実は違うのですが、書き出すと長くなるのでやめておきます。ともあれ、発芽時期によって光合成や光合成の窒素利用効率が変わるという結果は、意外性があり、最初は指導教官に信じてもらえず、翌年にもう1回やれと言われました。翌年、実験をやり直し、やはり同じ結果が得られて、納得していただきました。実験を繰り返したことによって、新たに気づいたことをあったので、私としても良かったのですが。そんなイキサツもあった研究でした。

<原著>

Onoda Y, Hikosaka K, Hirose T (2004) Nitrogen allocation to cell walls decreases photosynthetic nitrogen use efficiency. Functional Ecology 18, 419-425 LINK