熱帯の葉は丈夫か?

私たちの研究 (Onoda et al. 2011) では「熱帯の葉は丈夫か?」について検証しています。ただこれはどちらかと言うと副産物的なものです。新聞記事ではこのトピックに焦点が置かれたので(紙面が限られているため)、まるで「熱帯の葉が丈夫かどうか」についてのみ研究したように思われているかもしれません。これ以外の知見については概要のページでまとめました。ここでは「熱帯の葉は丈夫か?」について、もう少し詳しく説明しようと思います。なお私は解析・論文書きを主導しましたが、熱帯生態学者ではありません。私が知っている知識と共同研究者との議論から学んだことから、説明しようと思います。(右写真は共同研究者のLora Richards氏提供)<なぜ地球は緑か?> 1960年にGreen world hypothesisというものが提案されました (Hairston et al. 1960)。なぜ地球の緑は維持されているのか?という疑問を説明する仮説です。植食者(植物を食べる生物)は植物を食い尽くしてもいいはずなのに、そのようなことは滅多になく、地球の緑は維持されている。これはどうしてか?。突飛押しもない疑問のようですが、生物-動物の相互作用を考える上で、興味深いものです。Hairsonらは捕食者や病気が、植食者の数を制限するため、植物は食い尽くされないのだろうと考えました。もう1つの有力な仮説は、植物は食われにくくする防御システム(被食防衛)を持っており、これによって食べ尽くされないのだというものです (e.g. Murdoch 1966)。被食防衛として、葉の強度(丈夫さ)、化学的防御(毒など)、形態(刺など)、いくつかの種類があります。一般的に、これら被食防衛能力と実際の被食率との間にはよい負の相関が見られるため(e.g. Coley 1986)、植物の被食防衛能力は、動物との共進化と考えられます。Green world hypothesisに関する他の仮説としては、実際の食物連鎖は植物ー植食者ー捕食者という単純なものでなく複雑に絡み合っていることが重要だいうものや、植食者の量は捕食者以外の要因(住処など)によっても制限されていることが重要だと言うものもあります。

<熱帯ほど身を守っているか?>

熱帯ほど、生物の種類が多いことは明らかなことです。熱帯は年中温暖で、生物の生存に都合がよいと思う人も多いでしょう。しかしそんなに単純ではありません。生物が多ければ、それだけ生物相互作用が強くなります。実際に熱帯ほど被食圧(植物が動物に食べられる強さ)は高いといわれています(Jeanne 1979; Coley & Aide 1991; Coley & Barone 1996; Hawkins et al. 1997, but see Adams & Zhang 2009)。いくつかの調査地の平均値の比較では、熱帯の植物ほど、より被食防衛をしているという報告があります(総説 Schemske et al. 2009)。物理的防御の例を上げると、Coley & Aide(1991), Coley & Barone (1996), Siska et al. (2002), Pennings & Silliman (2005)は低緯度の葉ほどより強いことを主張しています。一方で、Hallam & Read (2006)やRead & Stokes (2006)ではそのような結果は見られないと報告しています。いずれの場合も数地点の比較ですので、「熱帯の葉が丈夫か」と一般的に言えるかどうかどうかは分かっていませんでした。そこで、私たちの研究では、世界90箇所2819種のデータを利用し、これまでの10倍以上のスケールで、この傾向を検証しました。その結果、特に熱帯の葉が丈夫であるというパターンは見られませんでした。つまり、葉の強度から見た限りでは、熱帯植物がより防御しているとは言えないということです。ただここで注意して欲しいのでは、一つの環境にも様々な葉の強さをもつ植物がいることです。熱帯植物でも弱い葉はありますし、温帯植物でも強い葉はあります。私たちの解析は、全体を通してみたとき、熱帯植物の葉のほうが平均的により強いということはないことを示しています。

今回の解析は葉の化学的防御については評価していません。葉の丈夫さ(強度)は植食者や嵐等を含む様々な物理的ストレスに耐える一般的な防御指標と言えますが、葉の防御物質は非常に多様で、また植食者に特異的に働くものであるため一般的な評価が難しいです。例えば、植物が生産するアルカロイドには12,000種以上が知られています(De Luca & St Pierre 2000)。一部の研究では、防御物質の分類群(アルカロイド、フェノール、タンニンなど)ごとに総量として評価し、熱帯ほどより化学防御していると結論しているものがあります(Levin 1976; Levin & York 1978; Coley & Aide 1991; Hallam & Read 2006)。しかしながら、これらの研究はいずれも数地点の比較なので、今後はより広域的な比較検証が必要になるでしょう。また熱帯ほど、植食者が捕食者に食べられる効果が大きい(トップダウン効果)についてを広範囲で詳しく実証した例は、私の知る限りではありません。

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