表皮と葉肉組織は密着しており、両者を分離することは非常に難しい。そのため、各組織の硬さを測定した例は知られていなかった。本研究では、両組織を分離せずに、各組織の硬さを測定する方法を考案した。硬さは、弾性係数(バネ定数と同じ原理)として評価され、試験片の引っ張り試験または曲げ試験によって測定できる。材料が均質な場合は、弾性係数は、引っ張り試験でも曲げ試験でもほぼ同じ値になる。しかし、表面が硬いサンドイッチ構造の場合では、曲げ試験で測定される弾性係数が、引っ張り試験で測定される弾性係数よりも大きくなる。この違いに着目し、両組織の硬さを定量する手法を開発した。
葉の断面
葉身の断面の一例(キンポウゲ科Helleborus orientalis、クリスマスローズ)。2層の表皮とその間に葉肉組織がある。
引っ張り試験と曲げ試験
硬さは弾性係数(ヤング率ともいう)によって評価される。硬さを測定する代表的な手法として、引っ張り試験と曲げ試験がある。
弾性係数は、中学校の理科で習ったバネ定数とほぼ同じ概念で、試験片(本研究では葉を短冊状に切っている)を引き延ばすのに、どのくらいの力が必要かという指標である。より厳密に言えば、弾性係数は、ひずみ(初期の長さに対する伸縮率)あたりの応力(面積あたりの荷重)と定義される。
引っ張り試験における弾性係数(ET)は以下の式から計算できる。
式1
Fは荷重、Aは力がかかる方向に対する断面積、l0は初期の長さ、δは伸張長さである。
曲げ試験でも弾性係数を測ることができる。試験片を2つの支持台に乗せ、その中間に上から荷重をかけると、試験片は下側にたわむ。この時、試験片の下側は伸び、上側は圧縮される。この伸び縮みは、弾性係数によって決まっており、式はやや複雑であるが、曲げ試験による弾性係数(EB)は以下の式から計算することができる。
式2
Fは荷重、Iは断面二次モーメント、Lは支持間の距離(スパン幅)、δは変位(たわみ量)である。断面二次モーメントは曲げに対する幾何学的な抵抗を示すもので、後述するが、厚さの三乗に比例する。
試験材料が均質な場合は、引っ張り試験で測定しようが、曲げ試験で測定しようが、弾性係数は基本的に等しい(ET=EB)。一方で、表面が硬いサンドイッチ構造の場合、引っ張り試験では、表面材も芯材も均等に引っ張られるが、曲げ試験では、表面材が、芯材より、より大きな変形をする。したがって、曲げ試験では、表面材の特性が、芯材の特性よりも、試験材料の弾性係数に、より大きく影響する。このとき、曲げ試験による弾性係数は、引っ張り試験の弾性係数よりも大きくなる(ET<EB)。
曲げ試験による弾性係数と引っ張り試験の弾性係数の差は、サンドイッチ構造の程度を反映している。
以下では、試験片の弾性係数を、表面材の弾性係数と芯材の弾性係数の関数として表現する。
本研究では、葉を対象としているため、表面材は表皮組織(クチクラも含む)、芯材は葉肉組織(2つの表皮に挟まれた部分で、細脈も含む)と定義する。なお、このモデルでは、話を単純化するために、葉の断面を上下対称構造とみなして、モデル化している。実際には対称ではないが、曲げ試験をどちらの面から行っても弾性係数はほぼ1:1になる。
引っ張り試験では、葉身の弾性係数(ET)は、表皮の弾性係数(Ef)と葉肉組織の弾性係数(Ec)に、それぞれの断面積で重み付けしたものとして表せる。
式3
Aは葉身の断面積、AfとAcは表皮と葉肉組織の断面積である(A=Af+Ac)。
曲げ試験でも同様に、葉身の弾性係数(EB)は、表皮の弾性係数と葉肉組織の弾性係数に、それぞれの断面二次モーメントで重み付けしたものとして表せる。
式4
Iは葉身の断面二次モーメント。IfとIcは表皮と葉肉組織の断面二次モーメントである(I=If+Ic)。
葉の断面あたりに葉肉組織が占める割合をαとすると、引っ張り試験による葉身の弾性係数(ET)は、式3を変形して、以下のように表せる。
式5
同様に、曲げ試験による葉身の弾性係数(EB)は、式4を変形して、以下のように表せる。
式6
断面二次モーメントは厚さの三乗に比例するため、αは三乗になる。
EB/ET比とサンドイッチ構造の程度
曲げ試験と引っ張り試験による葉身の弾性係数の違い(EB vs ET)をモデル化したいので、式5と6の比をとると以下のように表せる。
式7
ここで、βはEc/Efである。
理想的なサンドイッチ構造では、表皮が葉肉に比べて圧倒的に硬いことが予想される(つまり、β(=Ec/Ef)が0に近づく)ので、式7は以下のように近似できる。
式8
αは葉肉組織の割合であり、0から1までの値しかとらない。したがって、葉肉組織が1に近い(表皮が非常に薄い)とき、EB/ETは最大3に近づくことがわかる。EB/ETがαとβの2つ変数によって、どう変化するかは、以下のように図示することができる。
図をみてもわかる通り、αが1に近づき、βが0に近づくと、EB/ETは3に近づくことがわかる。つまり表皮が薄く硬い理想的なサンドイッチ構造であれば、EB/ETは3に近づくことがわかる。
表皮と葉肉組織の硬さの算出
式5と6の中で、直接測定することができない変数は、EfとEcの2つだけである。2つの式で2つの変数であれば、高校で習った二元連立方程式で解くことができる。EfとEcについて解くと以下のようになる。
式9
式10
つまり、表皮と葉肉の弾性係数は、引っ張り試験と曲げ試験による葉身の弾性係数と、葉肉組織の割合の3つの測定によって計算できる。言い換えれば、両組織を分離しなくても、理論上、表皮と葉肉の弾性係数は測定できる。
本研究はこの理論をもとに、36種の植物の葉身の構造を解析した。実際にEB/ETは多くの種で3付近にあり、葉身が理想的なサンドイッチ構造をとっていたことがわかる。
注意点
なお、本モデルは、線形弾性理論に基づいたものであり、実際の植物組織の力学的挙動は、必ずしも、線形弾性理論で全て説明できるほど、単純ではない。非線形弾性体としての特性や粘弾性特性、ポアソン比、初期応力(膨圧による影響)、異方性など、いろいろと複雑な影響もあり、本モデルによる計算値はあくまでも推定値としてみるべきである。ただし、線形弾性理論は、一次近似としては有効であり、葉のサンドイッチ構造を評価する目的には十分であったと私は考えている。