葉の寿命の地理的変異のメカニズム
湿潤熱帯では常緑樹が多いですが、冷温帯では冬に葉を落とす落葉樹が多くなります。しかしさらに亜寒帯まで進むと、針葉樹などの常緑樹が優占するようになります。様々な植物の葉の寿命と気温の関係を見てみると、年平均気温の低下とともに、落葉樹の寿命は短くなり、常緑樹の寿命は長くなるという奇妙な現象が見られます(下図, Wright et al. 2005より)。この研究はそのパターンがなぜ起こるのかを説明しました。
年平均気温が低いということは、冬が長く、生育可能期間が短いことを意味します(熱帯高地をのぞく)。落葉樹は生育期間しか葉をもちませんから、年平均気温とともに葉の寿命が短くなるのは当然と言えます。一方で、常緑樹は気温低下とともになぜ葉寿命が長くなるのでしょうか?
そこで登場するのが葉寿命最適モデルです。これは菊澤喜八郎先生が1991年に発表したもので、葉を製造するコスト(C)とその後の光合成による炭素獲得量(老化のため積算炭素獲得量は飽和型カーブ)の関係から最適な葉の寿命を求めたものです。個体の炭素獲得を最大にさせる葉の寿命は、葉の光合成が0になるところではなく、まだ少し光合成ができる時でも葉を作り直したほうがいいという解が得られます(下図, Kikuzawa 1991より)。
このモデルに、現実的なパラメータを入れ、さらに生育不適期間を考慮してシミュレーションを行いました。その結果、低温で生育不適期間が長くなると、常緑樹では、葉を作るコストに見合う利益をあげるのに時間がかかるということが予測されました。下の図は、シミュレーション結果です。いろいろな葉の製造コストや光合成能力の組み合わせを仮定しているので、最適葉寿命にも大きな違いがありますが、生育期間が短くなると、濃緑色の常緑樹の最適葉寿命は長くなっていくことが分かります。一方で、黄緑色の落葉樹の最適葉寿命は短くなります。面白いことに、生育期間が短くなると、常緑から落葉に変わるタイプ(青色)や、熱帯から落葉そして再び常緑に戻るタイプ(オレンジ)もいることがシミュレーションから予測されます。前者ではブナ科(熱帯では常緑だが、温帯では落葉樹も多い)、後者ではツツジ科(熱帯では常緑だが、温帯では落葉樹も多く、温帯高山では常緑樹が多い)などが例として挙げられます。これまで全球スケールでの形質解析はパターンの評価にとどまっているものが多いですが、本研究は、そのメカニズムに踏み込んで、実際のパターンを説明したという点で意義があると思っています。