調査地:ダナンバレー自然保護区 Danum Valley Conservation Area
マリアウベイスン自然保護区 Maliau Basin Conservation Area
調査期間:2012-2017
果実食性シベットで最大の種は、ビントロングです。日本ではまだあまり知られていない動物ですが、欧米では意外と人気者なのです。シベット類で唯一、枝に巻き付けて体重を支えることができる尾(prehensile tail)を持ちます。
大型犬と同じくらいの体重(約10-15kg)にもかかわらず、樹高40mの木のてっぺん近くの枝に腹ばいになって、手足を垂らす姿がとってもお茶目です(下図)。
基本的に単独性、夜行性、樹上性ですが、複数個体が同じ木で採食したり (Murali et al. 2013)、特に大型個体は昼間に地面を移動することもよくあります(左下の動画参照)。
ビントロングの生態はまだまだ謎に包まれており、動物図鑑等の情報は、ほとんど飼育個体のものです。ほとんど生態情報がない動物の研究を行う場合、多くの場合、その動物の食物から調べ始めます。食物はとても大事な基礎情報ですし、食痕や糞などの痕跡からでもデータが得られるからです。
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2012年から、ビントロングの生態調査を開始しました。地道な観察によって、だんだん彼らの食性が明らかになってきました。
テレメトリー発信機をビントロング3個体に装着した結果、採食物の8割以上が、イチジクの果実(果嚢)だったの です。(ビントロングによるイチジク食のページ参照)
1個体に基づくデータですが、イチジク以外木で果実が成っていても、その木で採食せずに通り過ぎて、イチジクの結実木で採食しました。つまり、イチジクに対する選好性が極めて強いのです。
また、イチジクであれば何でもよい訳ではなく、小さい木にイチジクが成っていても、そこでは採食しませんでした。
ビントロングは体が大きいので、イチジクの最大種Ficus punctata (直径10cm!) も頻繁に食べますが、Ficus caulocarpaなど直径1cm以下の小さいイチジクも食べます。つまり、イチジクの果実の大きさはビントロングの果実選択に関係しません。
ビントロングは、一度に採食できるイチジクが多い木を選んで採食するようです。
なぜ、ビントロングはイチジクの果実を好んで食べるのでしょうか。
一般に、ボルネオ島は一斉結実期*以外はスマトラ島など他の熱帯地域よりも果実生産が不安定で低調だと言われていますが (Wich et al. 2011)、森のどこかには、イチジクも、イチジク以外の果実も結実しています(ビントロングによるイチジク食のページ参照)。
(*一斉結実:東南アジア熱帯で数年から十数年の不定期的な間隔で発生する、森林内の様々な樹木が同調して結実する現象)
イチジクは、一年を通して結実個体があり、一個体あたりの果実量が多いことが特徴です (Shanahan 2000)。体が大きなビントロングは、体が小さい動物よりも多くの食物が必要です。森のどこかで少量結実している木を探し回るよりも、一年中安定して大量に手に入るイチジクを好んで食べるのが、ビントロングの戦略なのです。
この結果の一部は、2017年出版Mammalia第81巻107-110ページに掲載されました。論文の摘要を読む