ビントロングによる締め殺し(半着生)イチジクの種子散布

Seed dispersal of hemi-epiphytic figs by binturongs

調査地:ダナンバレー自然保護区 Danum Valley Conservation Area

マリアウベイスン自然保護区 Maliau Basin Conservation Area

調査期間:2015-2018

ビントロングがイチジクの果実(果嚢)を好んで食べることがこれまでの研究で分かりました(参照1参照2)。では、今回はビントロングとイチジクの特別な関係についてお話します。


イチジクを食べたことはありますか?(ちなみに私は苦手です) 食べたことがある方はご存知だと思いますが、イチジクのタネ/種子は数ミリメートルで、とても小さいです。さらに、一つの果実の中に何百もの大量の種子が入っています。スイカにもたくさんの種子が入っていますが、スイカの種子はイチジクよりも大きいので、大抵の方は種子を吐き出すか食べる前にはじき出すでしょう(ちなみに私はスイカバーのチョコでできた種子も出してしまいます)。しかし、イチジクの種子は小さいうえに多いので、上手く種子だけはじき出せません。つまり、皆さんがイチジクの果実を3-5個食べた時、何千何万もの小さな種子も同時に食べているのです。

なぜ種子が大事なのでしょうか。基本的に植物は地に根を張って生活するので、自分で動くことができません。しかし、植物の遺伝子は動かせる時があります。それは、花粉または種子の段階です。植物は自らの遺伝子を花粉や種子に乗せて風や動物などに託し、他個体と交配したり種子を自分とは別の場所に移動させたりします。この過程を、花粉の場合は送粉、種子の場合は種子散布といいます。


イチジクは小さい種子を大量に含むので、咀嚼されて種子が壊されたり、吐き出されることはほぼありません。イチジクの果実を食べてからうんこをした動物であれば誰でも、イチジクの種子の散布を手伝ってあげたちょっといいやつ(種子散布者)になれます。ハトやネズミなどはイチジクの種子を体内で破壊しますが、生き残る種子は一定数あります。では、イチジクは果実さえ動物に食べられれば、必ず種子を散布させることができる最強の植物ではないか、スイカやカキ、モモから嫉妬されているのではないか、と思ってしまいます。しかし、現実はそんなに甘くありません。

このページ(ビントロングによるイチジク食のページ参照)で少しご紹介したように、イチジクには高木、低木、つる、着生、半着生など様々な形態があります。種子を移動させるだけならばイチジクは、植物界ではラン(超小さい大量の種子を風に乗せて飛ばす)に負けず劣らず最強の部類に入るでしょう。しかし、イチジクには彼らなりのこだわりがあるのです。動物の消化器官内に果肉と一緒に種子を入れて運ばせ、地面に散布させればよいという訳ではないものがいます。その典型が半着生イチジクです。

Ficus stupendaの果実の断面。小さな種子(長さ約2㎜)がたくさん詰まっている。


半着生イチジクの実生から伸びた根(気根)

半着生イチジクとは、簡単に言うと他人(木)をうまく利用して生きる、ちゃっかりもののイチジクです。半着生イチジクは、宿主となる木の上で発芽します(右の動画参照)。その後、木の上から地面に向かって垂直方向に気根と呼ばれる根を伸ばし、自らの体を支持します(動画の左端図)。気根が地面に到着し、地面から水分や養分を吸収できるようになると、不安定な樹上にある自分の体の支持を増やすために宿主の幹にまとわりつくように水平方向にも根を伸ばし、宿主に強く抱き着きます(動画の真ん中図)。中には強く抱き着きすぎて、育ての親である宿主を窒息させてしまう絞め殺しイチジク、と呼ばれるものもあります。ボルネオ島の熱帯雨林を歩いていると、窒息した宿主だけが朽ち果てて空洞になり、格子状の根と本体が残った絞め殺しイチジクに出会うことがあります(動画の右端図)。

お気づきでしょうか?この半着生イチジクの種子は、宿主となる木の樹上に散布されなければならない、ということに。

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絞め殺しタイプのイチジク。宿主の木を本当に締めている。宿主をヘッドロックしているようだ。

宿主を絞め殺した後、自立している絞め殺しイチジク。二本足で自立するタイプ(左、主にFicus kerkohvenii)や気根が二又に分かれるタイプ(中央、主にFicus caulocarpa)、格子状の根だけが残って自立するタイプ(右)などがある。

イチジクは実に様々な動物によって食べられます。全世界でなんと1000種以上の動物がイチジクを食べます(Shanahan et al. 2001)。しかし、半着生イチジクは、木登りができる樹上性または空を飛べる飛翔性の動物に種子を散布してもらわなければなりません。さらに!半着生イチジクの種子は乾燥が大の苦手です。宿主の樹上でも、水分がある場所に散布してもらわないと死んでしまいます。樹高が高いボルネオ島の熱帯雨林の樹冠は、太陽光をたっぷり浴びてカラッカラに乾燥しています。一体どこに水分があるのでしょうか。

それは、幹が二又になっている場所や幹と枝の付け根、樹洞です。つまり、半着生イチジクは、広い熱帯雨林でこうした場所に種子を散布してもらう必要がある、超繊細かつわがままなイチジクの集団なのです。こうしたわがままのせいで、ボルネオ島の熱帯雨林の半着生イチジクの密度はとても低いのです(Harrison et al. 2003)。また、半着生イチジクの種子の1年後の生存率はたった1.3%なのです(Laman 1995)。自業自得じゃ、と言いたいところですが、半着生イチジクの果実は多くの動物にとって貴重な食物(ビントロングの食物選択のページ参照)なので、滅んでしまっては困ります。

じゃあ誰が散布しているのでしょうか。今回、我らがビントロング、テナガザル、オナガサイチョウで半着生イチジクの種子散布者としてどのくらい貢献しているのかを比べてみました。これら3種の動物は、樹上性または飛翔性、という、半着生イチジクの種子散布者としての前提条件を満たします。さらに、食物の50%以上がイチジクの果実で、各分類群の中で最大の種または2番目に大きい種なので、体重も大きな差はなく、比較がしやすいのです。種子散布者としての貢献度は、量的・質的の両方を検討します。

様々な場所で発芽した半着生イチジクの実生

左上:苔、右上:枝の付け根

左下:枝が折れた箇所、右下:樹洞

まず、量的貢献度、つまりどれくらいイチジクの種子を散布したか、を検証します。これは、一日当たり一本の半着生イチジクの結実木でビントロング、テナガザル、オナガサイチョウ1個体あたり何個果実を食べたか、を観察して推定しました。その結果、一本の木ではビントロングが圧倒的に多くの半着生イチジクの果実を食べることが分かりました。その数なんと平均1063.5個。一方、テナガザルは309.5個、オナガサイチョウは58.2個です。観察した半着生イチジクの種(Ficus benjamina, Ficus kerkhovenii)一個当たりに含まれる平均の種子数148.7個をこれらの数字にかけると、散布種子数が推定できます。その結果、ビントロング132640.4個、テナガザル31554.1個、オナガサイチョウ8713.8個でした。ビントロングの圧勝です。ただ、この結果は一本の半着生イチジクの結実木の散布された種子数ですので、一日あたりに散布した半着生イチジクの種子の総数ではありません。つまり、ビントロングはしつこく同じイチジクの木に居続けて、飽きもせずひたすら食いまくるやつ、ということです。

次に、質的貢献度、つまり散布された種子がどのくらい生き残って子孫を残せたか、を検証します。結果からいうと、ほとんどの種子は死んでしまったので、ビントロング、テナガザル、オナガサイチョウが種子をどこに散布して、その散布した環境での種子の生存率を検証しました。散布した環境の種子の生存率は、Lamanさん(1995)の論文の値を参考にさせていただきました。3種の動物が種子を散布した環境、つまりうんこをした場所を調べた結果、ビントロングは樹上の枝や幹が二又に分かれたところに尻をこすり付け、糞を置いていきました。さらに、着生植物(例:オオタニワタリ)の中心にある林冠土壌がたまった場所にも糞を置いていきました。まるで、着生植物に肥料を与えているかのようです(右下の動画)。一方、テナガザルとオナガサイチョウは樹上で脱糞したものの、ビントロングのように確実に樹上に糞を置くのではなく、上からただ落とす、という排便方法だったので、ほとんどが地面や葉の上に落ちました。樹上の枝や幹が二又に分かれたところというと、繊細でわがままなめんどくさい半着生イチジクの種子が樹上で発芽するに足りる水分がある場所です。つまり、ビントロングは半着生イチジクにとってとても都合がよい場所にうんこをこすりつけてくれるのです。

この研究の結果から、ビントロングは半着生イチジクのとても重要な種子散布者のひとつであることが分かりました。これまで熱帯雨林で重要な種子散布者だともてはやされていたテナガザルやサイチョウに赤っ恥をかかせてやりました(もちろん彼らは半着生イチジク以外の植物の重要な種子散布者です)。ビントロングは決して、半着生イチジクの種子を育ててあげるためにこのような行動をしているのではなく、こういう習性(恐らくビントロング同士や他の動物とのコミュニケーションのため)が偶然にも主食のイチジクの種子散布に役立っていた、と考えられます。また、半着生イチジクもビントロングに種子散布を依存する訳では決してなく、他の多くの動物にも種子を運んでもらい、生き残った種子がいたらラッキー、と考えているのでしょう。

私は、送粉と違い種子散布で1対1の関係はとても稀だと考えます。特定の動物だけに種子散布を頼るのは、その動物が絶滅したり食性を変えた時に危険すぎるからです。密度は低くても、半着生イチジクはボルネオ島の熱帯雨林で今日も強かに生きています。ちなみに、生長した半着生イチジクの死亡原因の第一位は大きくなりすぎて宿主に抱き着くだけでは自分の体重を支えられなくなったことによる転倒(Harrison 2006)です。自業自得です。

この研究は、2019年出版PlosOneに掲載されました。論文には他にも種子散布距離の推定や半着生イチジクの実生の生育微環境と排泄環境の類似度等のデータも載せています。

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地上60mの着生ランに設置したタイムラプスカメラの映像。ビントロングが着生ランの根の部分に糞をした(DNAで確認済)。動画の最後に映っている毛むくじゃらの生き物がビントロングです。

最後に、ビントロングが森の中で果たしている役割についてお話します。

ビントロングは半着生イチジクの種子の散布に貢献していることが分かりました。でも、半着生イチジクの種子散布を行うのは、ビントロングだけではありません。アリや小鳥などのビントロングよりも小さな動物も同じように貢献しています。でも、彼らにはできない仕事があります。それは、大きな果実(果嚢)をつけるイチジクの種子を運ぶことです。

右の動画のように、サイチョウやビントロングなどの動物は、直径2-3㎝程度の大きいイチジクの果実(果嚢)は、飲み込みます。一方、小鳥やオオコウモリはそんなイチジクはついばんだりかじったりして、種子がある部分だけ残して飛び去って行くことがほとんどです。

ビントロングは、大きな果実(果嚢)をつける半着生イチジクの種子を確実に運んでくれる、大切な動物です。しかし、ビントロングの紹介ページにも書いたように、彼らは絶滅危惧種です。ビントロングが絶滅すると、やがて大きな果実(果嚢)をつける半着生イチジクの個体数も減少して、動物たちは貴重な食料を失うことになるでしょう。

森に生きる動物は、森と繋がっています。この繋がりを身勝手な理由で人間の手で断ち切ることは、決してあってはならないことです。このお話がきっかけでボルネオ島の熱帯雨林に関心を持っていただけるとうれしいです。

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