ビントロングによるイチジク食
Strong dependence on figs in binturongs
調査地:ダナンバレー自然保護区 Danum Valley Conservation Area
マリアウベイスン自然保護区 Maliau Basin Conservation Area
調査期間:2013-2016
調査地:ダナンバレー自然保護区 Danum Valley Conservation Area
マリアウベイスン自然保護区 Maliau Basin Conservation Area
調査期間:2013-2016
日本でビントロングの知名度が急上昇しているようです。
黒い毛に覆われた体重が15㎏近くある動物が巧みに樹上を移動するので、奇妙な生き物だという印象を持たれる方も多いと思います。屈強な見た目なので肉食だと思われるかもしれません。しかし、ボルネオの熱帯雨林では、ビントロングは専らイチジクの木でイチジクの果実(果嚢)を食べているのです(右の動画参照)。(いかに草食傾向が強いか、については論文が受理された後に解説します)
ボルネオの熱帯雨林で3頭のビントロングにテレメトリー発信機を装着して、その食物と行動を合計4年間追跡しました。その結果、ビントロングは1.5-4.2平方キロメートルの範囲(東京ドーム10個分! 私は東京ドームに入ったことないですが)を動き回り、特定できた採食物のうち約88%(採食場所40か所のうち35か所)はイチジクであったことが分かりました。
そのうち70%近くが半着生イチジクと言われる、宿主の樹上で発芽・生育するタイプでした(半着生イチジクの説明はこちら)。イチジクの他には、ウルシ科などの多肉果やドングリのような固い果実(マテバシイ属)も食べていました。
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イチジクの木で採食するビントロング(Danum valleyで撮影)
イチジクはイチジクコバチと絶対送粉共生の関係にあります。イチジクコバチはイチジクの果実(果嚢)の中でのみ産卵・生育し、イチジクは花粉の運搬をイチジクコバチに依存しています(Wiebes 1979 )。イチジクは送粉者であるイチジクコバチの個体群を存続させる(絶滅させない)ために、常にイチジクの果実(イチジクコバチのゆりかご)を生産する必要があります(イチジクの送粉システムのページ参照)。そのため、森林内には季節に関係なく必ずどこかでイチジクの果実が成っています。つまり動物にとっては、果実が少ない森林でもイチジクは探せば必ず食べられる貴重な食物なのです。
多くの動物は、選好する食物がない時や不足時にイチジクを救荒食物(fallback food)として利用します。しかし、ビントロングは他の果実が成っていてもイチジクをわざわざ食べるのです(ビントロングの食物選択のページ参照)。
テレメトリー調査(調査方法についてはこちらのページ内の動画参照)から、ビントロングはイチジクの木の場所を記憶しており、結実しているかどうか定期的に見回りをしていることが分かりました。ある木で採食して、その木で食べられるイチジクが少なくなる前に別のイチジクの結実木に移動します。また、同じ日に複数のイチジクの木で採食することもあります。イチジクを採食する動物は多くいますが、同じイチジクの結実木にずっと留まって、結実が終わるとまた別のイチジクの結実木に移動する動物は多くありません。
イチジクが成っている木が少ない、またはない時は、Ficus punctata(右図)という世界最大のイチジクで、別のイチジクの木で採食できるまで、時には2週間滞在し続けることもあります。
Ficus punctataはつる性のイチジクで、オランウータンやテナガザル、サイチョウなど大型の動物しか基本的に採食しません。ビントロングは、他の動物が救荒食物として利用するイチジクを主食とし、さらにイチジクの中でも救荒食物として利用するイチジクがあることが分かりました。
ビントロングは肉食に適した形態を持つので、果実をうまく消化できません(果実食性シベットの採食生態のページ参照)。また、多糖類を腸内で発酵させてエネルギーを獲得することもできません(Lambert et al. 2014)。そんなビントロングでも、単糖類は比較的容易に吸収することができます。イチジクの結実木の中でも特に熟した(単糖類を多く含む)イチジクを選んで採食しているのです。だから、まだイチジクがたくさん成っているように見えても、熟していない(単糖類が少ない)イチジクしか残っていない場合は、別の木に移動します。
これらの結果は、2018年出版European Journal of Wildlife Research第64巻66番に掲載されました。
世界最大のイチジクFicus punctata (Maliau Basinで撮影)
イチジクといっても、日本人におなじみの食用イチジクのみではありません。
世界にはイチジクは約750種あり、ボルネオだけでも約150種あります(Berg & Corner 2005)。イチジクは種だけでなく形態も様々で、高木、低木、つる、着生、半着生があります。
これまでに、ビントロングは少なくとも13種、低木と着生以外のタイプのイチジクを利用することを確認しました。観察を続けるとこれらの数字は増えるでしょう。