新着情報

「総会&シンポジウム」のお知らせ


名古屋哲学研究会2024年度総会およびシンポジウムを以下の要領で開催いたします。皆さま奮ってご参加ください。

なお、今回もZoomによるハイブリッド開催を考えております。非会員の方でオンライン参加を希望される場合は、事務局までお問い合わせください。


日時 2024年5月25日(土)

・運営委員会 13:00〜13:30(運営委員のみ)
・総会 13:30〜13:50
・シンポジウム 14:00〜17:00

場所 愛知学院大学名城公園キャンパス ALICEタワー6階 7607教室

   https://www.agu.ac.jp/access/meijo/

   https://www.agu.ac.jp/pdf/guide/campus/meijo_campus2023.pdf

 

【シンポジウム・テーマ】
「『男性問題』としてのジェンダー平等」


【登壇者】
・報告1:池谷壽夫(会員)

「「男性問題」とは何か―「俺たち損している」という感覚のリアリティから考える」

・報告2:加野泉(名古屋工業大学准教授)

「男子の相対的剥奪感にいかに向き合うか―大学入試女子枠を巡って」

 

【開催趣旨】

ジェンダー平等が国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)の一つに掲げられ、その人類的課題としての重要性が国際社会の共通認識となる中、日本はこの方面におけるあいかわらずの後進国であることが問題視され続けている(世界経済フォーラムの2023年調べにおいて、日本のジェンダーギャップ指数は146ヵ国中125位と過去最低を更新した)。名古屋哲学研究会ではこうした時勢を背景に、ここ数年ジェンダー平等をテーマにしたシンポジウム開催に注力してきた。今回はその第三弾である。

 このテーマを最初に取り上げた2021年度のシンポジウムでは、ジェンダー平等の実現に向けてこと哲学になしうることは何か、という問題を(この局面で哲学のそもそも論を持ち出すこと自体、ジェンダー不平等という切迫した現実への鈍感さの証しではないのか、という逡巡交じりのぎこちない足取りで)追究した。ジェンダー平等という目標が自明視されることでかえって取りこぼされてしまうかもしれないセクシュアリティの複雑性に注意が喚起されると同時に、規制緩和政策という表向きは個を尊重する自由主義的な革新志向が、実はその裏側で伝統的家族観への保守的な回帰志向と癒着している点こそ、日本の後進性の秘密ではないのか、との問題提起がなされた。2023年度のシンポジウムはこれを受け、フェミニズム経済学、家事労働論争の再考、女性差別と高齢者差別の同根性、といった諸点からフェミニズム思想の射程を再検討し、ジェンダー平等という一見各論的な課題が、社会的承認をもっぱら賃労働と結びつけてきた従来型の生産主義からの離脱という、人間社会の巨視的構造に関わる抜本的変革と連動していることを確認した。

 以上の論脈を継承しつつ、今回の2024年度シンポジウムは、あえて男性の目線に立つことでジェンダー論の掘り下げを狙った異色の論集『男性問題から見る現代日本社会』(はるか書房、2016)の共著者から池谷壽夫氏と加野泉氏のお二人をパネリストに招き、ジェンダー問題を男性問題としても捉え直す、というテーマに挑戦する。出発点となるのは、これまで各方面において女性差別を下支えしてきた男性優位の価値観が、とりわけ90年代の景気後退を機に、この価値観を体現するための経済基盤を男性が単身で得ることに困難が兆すにつれ、現実離れした「強い男性」像による呪縛という形で、実は男性自身の生きづらさの原因ともなっている、という認識である。初回シンポジウムで問題化された日本社会の後進性に関する見立てが正しければ、男性を見舞うこうした苦境もまた今後激化していく可能性が懸念されよう。とはいえ一方で、この懸念には希望もある。なぜならそれにより、男女両性がジェンダー問題をまさに互いに共通の課題として再認識する場が形成されうるからである。セクシュアリティの複雑化という現状により適切に対応していくためにも、ジェンダー規範がはらむ問題性に男女両性の観点から複眼的に切り込むことは有効だろう。だが他方で、こうした男女ともに被害者なのだという視点があまりにも安直に導入され、女性を抑圧することで男性が構造的に受益者たりえてきたという、一面ではやはり動かしえない男女間の非対称性にまつわる事実を覆い隠してしまうなら、この視点は融和よりもむしろ分断をもたらすにちがいない。このように、ジェンダー問題を男性問題としても捉え直そうとする試みは両義的であり、その両義性ゆえに歯切れのよい整理を許さない難しさと危うさをはらんでいる。しかし、ジェンダー問題が人間社会の抜本的変革を巻き込むほど広く深い射程をそなえた問題であるというのが本当ならば、そしてそうした変革はあらゆる性差の垣根を超えた協働なしには実現しえないとすれば、これはそのリスクをあえて冒すに値する試みである。

(文責:岩佐宣明)

 

【報告1概要】

 90年代からの新自由主義労働・経済施策によって戦後の男性稼ぎ手モデルが崩壊しつつあるなかで、また男女平等政策の下で女子・女性が一定の社会的進出をしてくるにつれて、女子・女性よりも「俺たちの方が損している」とか「女の方が何かと優遇されているんじゃないか」という漠然とした被害意識を少なからずの男子・男性が抱くようになっている。こうした感覚や意識は、今日の男子・男性の「生きづらさ」が女子・女性との関係で表明されたものだが、一定のリアリティを持っている。それは、これまであった「男性である」というだけで得られていた既得権の剥奪感であると同時に、その範囲内で保証されていた「世界のコントロール感覚」の喪失と言ってもよいであろう。

 当日の報告では、このリアリティがどこに起因するかを、①新自由主義的主体に求められる「企業的自己」(アントレプレナーシップ)とケア(育メン)、②労働構造の転換―製造業からサービス労働への転換とそこで求められる能力の変化、③学校教育における男子の地位低下、といった側面から検討し、男性が抱える問題を考えてみたい。

<参考文献>

池谷壽夫「今なぜ男性が『問題(トラブル)』なのか? 男性のジェンダーとセクシュアリティをめぐって」、唯物論研究協会編『ジェンダー概念がひらく視界』2006年、青木書店。

池谷壽夫『ドイツにおける男子援助活動の研究 その歴史・理論と課題』大月書店、2009年。

池谷壽夫他編著『男性問題から見る現代日本社会』はるか書房、2016年。

杉田俊介『男が男を開放するために 非モテの品格大幅増補・改訂版』ele-king books、2023年。

レイウィン・コンネル『マスキュリニティーズ』伊藤公雄訳、新曜社、2022年。

 

【報告2概要】

 近年、大学の理工系学部において女子枠の導入が相次いで発表されている。女子枠は、男性が圧倒的多数を占める理工系研究者・技術者の世界に女性の参画を促し、イノベーションの担い手を多様化し、社会の課題解決を進めることを目指すポジティブ・アクション(積極的格差是正措置)であるが、限られた座席の一定数を女性だけの席と定めることが「逆差別」にあたるという意見を中心に、批判や不満の声も多く聞かれる。

ポジティブ・アクションをめぐる議論では、こうした批判は、措置の対象となる集団への差別意識と、対象外となった人々の相対的剥奪感に起因すると説明される。相対的剥奪感とは、自分または自分の属するグループが、参照グループに比べて不利であると判断することで生じる、不安や不満などの感情である。

本報告では、女子枠に対する批判的言説を、相対的剥奪感を軸として読み解き、課題を整理するとともに、相対的剥奪感が緩和される条件を検討し、女性活躍施策が進められる環境下でのジェンダー・ダイバーシティ教育のあり方を模索し、議論したい。


--

名古屋哲学研究会事務局

〒470-0195 愛知県日進市岩崎町阿良池12、

愛知学院大学教養部 岩佐宣明研究室内

メールアドレス: meitetsuken@gmail.com